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連載小説『フォワイエ・ポウ』(15回)「開店」(二番目の客は来るか?)

2006-03-29 07:52:56 | 連載長編小説『フォワイエ・ポウ』
    
      長編小説「フォワイエ・ポウ」3章

                   著:ジョージ青木

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(14回掲載より・・・)

「そろそろお勘定しておいて下さい。マスター、マスター、そろそろお客さんがお見えになるでしょうから、お客さんがお見えになる前に、私達のお会計済ませて下さい」
木村栄の発言を聞いた本田は、瞬間とまどった。
(そうか、自分は客に酒を飲ませて商売しているのだ。お金をもらわなければならないのか?・・・)
今まで自分が客として彼女の店に出入りし、自分がお金を支払っていた立場が、今は逆になっている。木村宛に、計算書を書くのが恥ずかしかった。しかし、思い切って、書いた。
計算書を見た後の木村栄の表情は、止まった。目が点になっていた。
「マスター、これはお支払いできません。この金額では、いけません!」
「エ! なせ?」
本田はたじろいだ。

<以上、前回掲載分・末尾より>

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(2)

 まだ他の客が入っていない店の状態を前提に、木村栄は、”支払えない理由”を説明した。
「これ、計算書は確かに5千円」
「その内訳は、ワインが3千円、おつまみというか、チーズクラッカーが2千円。という事は、チーズクラッカー1人分が、たったの千円。これは安すぎます。これでは3ヶ月もしないうちに、この店は潰れます」
「もう一度計算しなおしてください。というよりも、もっとしっかり高く料金設定してください」
落ち着いた口調で、木村栄は本田に説明する。
「いや、さかえさん、貴女だから、今日はこれでいい」
一旦提示した計算書の書換えをしたくない、本田の気分である。
「いいえ、違います。今日、新規開店日だからって、そうは行きません」
「・・・」
本田から、これ以上の会話を続けられない。
「今日は1万円、置かせていただきます。お釣はいりません。ご祝儀です!」
木村栄は、ついに啖呵(たんか)を切った。
彼女の大きな瞳は一段と大きくなり、やたら視線を崩さず、しっかりと本田の目を見据えながら、話しを続けている。
「わかった、さかえさん・・・」
「ありがとうございます。よろこんで、お受けします!」
こんな時の本田は、おそらく拒否するであろう、けっして素直に受け取らないであろう。と、思っていた木村栄は、ほっとした。
いかにも、木村栄の満足した表情があった。
すでに彼女の表情に出ている様子を、本田は見落とさなかった。
「嬉しい!これで安心しました。たぶん、マスターは断る。と、思っていましたから」
「いや、さかえさんが一旦出したもの、引っ込めないでしょう。さすがに私も、付き返すわけにはいかないからな~」
「そう、そうなの、私が言い出したら、絶対あとには引かないわよ。もし、これ受け取っていただけなかったら、もう2度と本田さんのお店には来ない! とかなんとか、一瞬思ってましたが、これで安心しました。ワインも少し残ってますから、すぐまた来ます。今夜また来るかなー、店が終わってから・・・」
「さかえさん、どうもありがとうございます。でも、飲み過ぎないように。今から出勤でしょう。そろそろ時間が気になるなあ~」
この間、3分と経っていない。そんなわずかな時間内での二人の口論は、本田の神経をすり減らした。本田にとっては全くの未経験、且つ、喜ばしい神経の消耗であった。
時計は7時45分を指していた。
「みちこさん、このグラス空けたら、そろそろ出ましょうか」
自分の思い通りの決着が付いた木村栄は、いつもの落ち着きを取り戻しながら隣の山本美智子に話しかけた。
「はい、そうしましょう、そろそろ店に入りましょう」
ワイングラスに視線を向けたまま、木村に返事をした山本は、いかにも穏やかな表情を装いながら、しっかり二人の会話に耳を傾けていた。

こんなやり取りが終わった頃、入り口のドアーが開いた。
「いらっしゃいませ!」
スムーズにスマートに、さりげなく本田の声が出た。
お客を迎える定番の挨拶と掛け声、そんな声を出すタイミングに慣れてきた。
客が入ってきた。
顔見知りではない男性二人。それなりにダークスーツを着こなし、決して派手でないネクタイをきっちりと締めている、いかにもエリートサラリーマン風の若者である。
「2人ですが、よろしいですか? 席、空いてますか?」
「どうぞ、空いています」
「ボックスでも、カウンターでも、お好きなところに、どうぞ・・」
マスター1人のお店である状況を察知した2人は、敢えてカウンター席を選んだ。男性客2人は、カウンター席に着く。
木村と山本は、席を立ち始める。
「ごちそうさまでした、マスター。またお伺いします」
カウンター席に座った2人の男性を一瞥し、さらに、にっこりと笑みを浮かべながら、
「お先に失礼します。どうぞごゆっくり・・・」
次の客が訪れたのを見届けた木村栄は、安心した。本田が始めた店の状況は、どうか?開店初日の客の入りは、果してどうなるか?彼女は内心、かなり心配していた。ようやく2番手の客が訪れたのを確認し安心した木村栄は、たった今訪れたお客に対し、お客同士の立場を守りつつ、さらにお客同士の礼儀を示そうとし、2人の男性客に対して決してわざとらしくない丁寧さをもって挨拶した。男性客は、笑顔で目礼している。こうして挨拶を交わしながら、女性たちは店を出た。

あらたにカウンター席に付いた2人の男性客に対し、本田の神経は集中した。
本田よりずいぶん年齢の若い2人の男性に対し、あらためて挨拶し来店の歓迎を述べ、おしぼりを渡した。さらに一連の所作の中、カウンターの適切な位置にコースターを置きながら、注文を聞いた。
2人は、ワイルドターキーのダブルをロックで注文した。
彼らに対し本田は、自分から先に、会話を切り出すタイミングを考えていた。
思いもよらず、客の方から挨拶してきた。
「はじめまして、山谷證券の浜田と申します。こちら、後輩の大塚です。宜しくお願いします」
すこしカウンター席から立ち上り、中腰になってそれぞれの名詞を本田に手渡す。正しく訓練と実践の行き届いた営業マンの姿、そんな若者の凛々しい姿を久しぶりに見た本田は、うれしくなった。
「はじめまして、本田です。本日からあらためてフォワイエ・ポウを開かせて頂きます。今後とも宜しくお願いします」
「本田さん、いや、マスターも何か召し上がってください。僕たちはバーボン飲んでますが、宜しかったらバーボンでも、いやスコッチでも、お好きなものを、どうぞ・・・」
バーボンは、本田は苦手であったし、客から勧められて飲むのは好きではない。が、ここはやむをえない。ビールをお願いした。
「マスター、あらためて宜しくお願いします!」
「こちらこそ、浜田さん、大塚さん、宜しくお願いします!」
「カンパイ!」
音頭をとったのは、浜田であった。
お客の男性2名に対し、本田はありきたりの質問をした。
「ところでこのお店、山根マスターのときからのお客様、当事からお見えになってたのですか?」
「エ? 山根マスター? 僕たちは知りません」
「あ~ 失礼しました、では、本日始めてのご来店でしょうか?」
「はい、今日が開店だと聞いてましたから、さっそくお伺いしました」
初めての客である浜田は、マスター相手に自ら積極的に話を弾ませてきた。
浜田は入社4年目で、さらに大塚は、今年の新入社員であるという。2人ともまだ十分に若く、当然ながら独身であった。
入社後、浜田はこの街の勤務となった。先輩の紹介で、同じこのビルに入店している居酒屋を知った。つまり、同じビルの2階に店を構える『焼鳥屋・とりちょう』と、同じ3階にある『居酒屋・ひょっとこ』に、足を運んでいたという。
「先ほどまで、同じ3階の『ひょっとこ』で、ご飯食べていました。今日のこのお店の開店は、もうすでに1週間前に『ひょっとこ』の大将から聞いていました」
「そうですか・・・」
「記憶をたどると、もう10ヶ月も前になります。フォワイエ・ポウ? なんだか、おしゃれな変わったお店の名前ですから、以前から興味あったのです。一度機会があれば、是非店に入ってみたいと思っていたら、いつの間にか肝心のお店が閉まってしまった、だから、開くのを待っていたのです」
「ありがとうございます」
「落ち着きますね。すてきなお店ですね・・・」
「ありがとうございます」
大塚は、口数少なく、うなずくだけであるが少しずつ、店の雰囲気になじんでいた。
本田は、浜田の会話の内容と雰囲気にたいへん興味を持ったが、浜田も同じ様子であった。二人の個性は、全くバッティングしなかった。
浜田は思った。
(ここはいい、良い店、見つけた・・・)
新しくもなく、かといって古くもない、店の佇まいが素晴らしい、落ち着ける。マスター一人がやっているから、さらに好い)
(これぞ、男の店だ!)
浜田は、自ら判然としない漠然とした理由で、むしょうにマスターの懐に入り込みたくなった。もっともっと本田という男、マスターに接近してみたい。いろんな会話を投げかけてみたい。こちらが投げかけたら、必ずそれに答える人だと看た。はたして、どんな答えが出てくるのだろうか?あらゆる興味が、浜田の脳裏にひしめき、ひしめきつつ新たな興味が湧き上がってきた。
(そうだ、会社の若い連中にも、この店を紹介したい)
浜田はつぶやいた。しかし間違っても、管理職クラスの連中には来て欲しくなかった。フォワイエ・ポウを、この空間を、仕事の延長線上にはしたくなかった。若い連中の溜まり場にしたかった。


   <・・続く・・>

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* 発表済み「小説・フォワイエ・ポウ」、掲載各号一覧・・

「第1章」
1)第1回掲載「第1章」(メタリックレッドのロールスロイス)(2月9日)
2)第2回掲載(2月10日)
3)第3回掲載「1章」(クリームチーズ・クラッカー)(2月15日)
4)第4回掲載(2月17日)
5)第5回掲載:「1章」完(2月22日)

「第2章」
6)第6回掲載「2章」(安易な決断-1)(2月24日)
7)第7回掲載「2章」(安易な決断-2)(3月1日)
8)第8回連載「2章」(安易な決断-3)(3月3日)
9)第9回掲載「2章」(安易な決断-4)(3月8日)
10)第10回掲載「2章」(安易な決断-5)最終章(3月10日)

「第3章」
11) 第11回掲載「3章」(1開店)(3月15日)
12)第12回掲載「3章」開店(1-2)(3月17日)
13)第13回掲載「3章」開店(1-3)(3月24日)
14)第14回掲載「3章」開店(1-4)

(添付画像):旧オーベルジュ・ブランシュ・富士 メインロビーにて