教団「二次元愛」

リアルワールドに見切りをつけ、二次元に生きる男の生き様 (ニコニコでは「てとろでP」)

シナリオを外注するということ

2016-07-29 21:58:22 | オタネタ全般
いま某絵師さんの描いている同人誌のシナリオを書いて渡したという話はときどきしているので、常連の方々はご存知のことと思われる。

そこでときどき思うのが、
「本当に本人ではない我輩がシナリオを作ってそれを絵師が描くという分業化、これははたして絵師の幸福を最大化する選択肢になっているのだろうか?」
というもの。

もうちょいぶっちゃけて言えば、
「いちばんおもしろいシナリオ作成部分を我輩が受け取って本当にそれでいいんだろうか?」
というものだ。

これはどういう意味か?

それをズバリ説明する前に、背景から順に説明したい。



文科系の職業の人から
「どういうところから今の職業(電子回路のエンジニア)に入ったのですか?」
とよく聞かれる。

これはバンドのドラマーに
「何がきっかけでドラムを始めようと思ったのですか?」
と聞くのと同じようなものとお考えいただきたい。

ようは、
「そういうルートへ入るきっかけなど日本人のテンプレな人生からは想像しがたいので、いったいどういう子供時代を過ごしたらそういうふうになるんですか?」
という質問である。

これにはどう答えたらいいだろうか?

「は? そんなん楽しいからに決まってるだろwww」
が正解なのだが、いくらなんでもそれではみもふたもない。

なので、もうちょい聞き手が納得しやすいテンプレじみた答えを既に用意してある。

それは
「子供時代にガンプラにはまってまして、そこから電子工作にうつり、さらに自分で設計してみたいというほうへ行ったわけですよ」
というものだ。

これは完全に正しいわけではないが、1~2行くらいで説明するという制約の内ではこれ以上の説明は思いつかない。

ここまでが前提だ。



でだ。
ガンプラというのは何が楽しいのか?

そりゃーもちろん、モノを作るのが楽しいのだ。
これは絵を描くのが楽しいというのにかなり近い。

ひととおりガンプラを組み立てられるようになったあと、人はどこへ進むのか?

マスターグレードやモーターヘッドなどパーツ点数が多い難易度の高いモデルへ移行する者もいる。
色を塗り出し、さらに接着剤やパテでスキマを埋めてから組み立てるという技の方向への進化をめざす者もいる。

一時的にそっちの道へ進みかけたものの、しかし我輩はそうではなかった。
既に半完成品として存在しているガンプラや電子工作キットを買ってきて組み立てるのではなく、そういうものを一から設計して組み立てたいと思うようになった。

そして自分で回路図を引いて部品を買いにいくようになり、ときには爆発させて肝を冷やし、ときには動かずに半泣きになってトラブルシュートするはめになり、そして今にいたる。

この系譜は何を意味するのか?

できあいのものを作るのではなく、それを設計するほうが楽しいと思ったからだ。



この我輩の思想は文章においても同じである。

前から言っているように我輩は「日本語の美しさが(略)」という国語の教員をクッソバカにしている。
だから純文学が好きな人が語るような文体だか文章の表現力だかというものに重きを置いていない。
小説で最も重要な、というか、小説で重要性のほとんどを占めるのはシナリオ、つまり設計であり、文体の議論など犬にでも食わせろくらいなのが我輩である。
純文学なぞシナリオなんてどーでもよくて文体こそ全てなどというヤツがたまにいるのだが、そういうヤツとはいっしょに酒飲むとケンカになりそうな気がしてならないと常々思うところだ。

これはマンガについても同様の傾向がある。
(ただしマンガは、小説でいうところの文体に相当する絵師の画風については高く評価する。)

そういう我輩が同人誌の作成に1枚かむチャンスがあるとしたら、どう言うか想像がつくだろうか?

「ダメだったらボツにしてもいいから、まず我輩にシナリオを書かせてみてくれ」
と言うのだ。

そして今回はたまたま絵師も望むところであったために思ったとおりになったというわけである。



そしてようやくはじめに戻る。

モノを作るとき、最も楽しい工程は何か?

それは設計である。

同人誌でいえば、シナリオである。

だからこそ、
「いちばんおもしろいシナリオ作成部分を我輩が受け取って本当にそれでいいんだろうか?」
と思うのだ。

もちろん絵師のほうに設計がないわけではない。
コマ割りやらキャラクターメイキングやら絵コンテに相当するラフ画やらは同じくらいクリエイティブな作業だとは思っているが。