竹心の魚族に乾杯

Have you ever seen mythos?
登場する団体名、河川名は実在のものとは一切関係ございません。

予測と行動と遊び

2010年03月13日 22時34分08秒 | やまめ研究所
晩秋に本流域で、降海のために山を下りて徐々に生活の場を下流へ下流へと移して行くヤマメ・アマゴの一群を見ることがあります。地域に依ってはシラメなどとも呼ばれているようです。この疎開組の行動を観察していますと(もちろん橋の上からですよ。釣りしながらじゃないです)、水面近くで時おり輪を描くような動きを見せています。秋の柔らかい陽射しの中で産卵するユスリカを捕食しているようにも見えます。けれども捕食するにしては水面を割る回数が少ないような、それともジャンプしようとしているのだけど、失敗しているだけなのか。なんだか自分には、シラメ達がユスリカと戯れているだけのようにも思えたのでした。



一般にブルーギルのような探索型の魚では、一度餌を見つけた場所に執着するという行動パターンが見られることから、場所に関しての条件付けが働いていると考えられています。このような場合でも、「ここに餌がありそうだなあ」という予測ではなく、仲間の1尾が、たまたま餌を見つけた場所に他の個体が集まってきて、その周囲を重点的に探るという、基本的な行動パターンが備わっているのだと考えるのが自然でしょう。
そうした探索型の魚に対して、渓流に棲むトラウト類は一般には「待ち伏せ型」の行動パターンをとると言われています。餌がたくさん流れてくる場所に陣取って、探索に体力を費やすのを防いでいるというわけです。もちろん餌が豊富に流れてくるポイントを探すことに、多大な労力が支払われていることは間違いないでしょう(1)。

ですがその待ち伏せ型と言われるトラウトも、これまでの観察からすると、単純に待ち伏せしていると考えたのでは説明できない奇妙な行動をとっていることがあるのです。

ところで自分が渓流で餌釣りをやるようになったのはだいぶ遅くなってからなのですが、それまではルアーとテンカラをやっていたものですから、餌釣りは面白味がないんじゃないかとか、釣れる魚が小さいんじゃないかとか、餌釣りに対してそういうイメージで見ていたわけですが、菱田流の短竿を使った郡上釣りスタイルというものを始めまして、そうしたそれまでの先入観がひっくり返されるカルチャーショックを体験しました。事実はまったく逆で、この郡上釣りはルアーやテンカラよりもずっと面白かったのです。
それはというと4.5mという短竿を使うため与一マは特殊な接近法を採るのですが、魚を驚かさないで接近することを身に付けると、面白いように魚の行動が観察できるようになるのです。もちろんそれには動きやすい足回りとよく見える偏光グラスも必要なのですが。

そうして目にすることのできたヤマメ(アマゴ)の生態は驚くべきものでした。一般的には渓流釣りというと、最適な場所(スジと呼ばれています)に餌を自然に流してやれば、渓流魚は動かないで捕食することができるため、それが理想的な餌の流し方なのだと言われて来ましたし、自分でもそうだと思っていました。ですが事実はちょっと違っていました。まず第一に、ヤマメが定位する場所と捕食する場所というのは明らかに異なっていました。それには、どうしても上流や水面を注視していなければならないという、流れの速い場所に棲む魚の宿命が関係しているように思われました。もちろん上流や水面を観察しながら、同時に流れてくる餌を効率的に捕食できるポジションがあれば理想的なのですけど、そうでない場合、ヤマメは餌を捕食することよりもむしろ、上流や水面をよく見渡せるかどうかを優先して定位するポジションを決めているように見えました。

さらに、それまで頭の中でイメージしていた以上に、ヤマメは多彩な行動をとっていました。自然に流れてくる餌に対して、流れてくるであろう場所で正対して待つ。このような雑誌に書いてあるような典型的な行動の他にも、物凄くさまざまなバリエーションがあることが分かりました。餌を確認した後に上流へ移動する、あるいは下流に移動する。あるいはまた、じっと待っていて餌が反転流に乗ってから食う、反対に反転流から主流に乗った瞬間に食う、餌と共に下り、浮上した瞬間に食う、等々です。けれども、流下する餌を後ろから追いかけて捕えるというような、最もありそうな行動はほとんど見られなかったのです。

そしてさらに驚くべきことに、ヤマメは想像以上に餌を獲ることに失敗していました。一見簡単なように見えた流れの中の捕食行動が、そんなに単純なものではなかったのです。そもそも「失敗する」というのはどういうことなのでしょうか?糸が付いているとはいえ、相手は小魚のように自ら逃げるということをしないわけです。水生昆虫とはいえ、ただ上流から下流へと流されているだけです。釣り人はあくまで魚に食べてもらおうとその餌を自然に漂わせる、その逃げない餌をヤマメは捕ろうとして失敗している。一体これはなんなんでしょうか…。また、捕食に失敗した後は動きが速くなることも分かりました。

小魚の形をしたミノーを使った場合は、直線的に飛びかかってくることも多いのですが、特に餌釣りの場合、最も多いパターンは、先回りをして捕食するという行動でした。このことには物凄く驚きました。餌を見つけて、例えばその足が動いていたりすれば、それはもう確かめてみなくても疑いなく生きている虫なのですから、もうちょっとまっしぐらに飛びついて来てもよさそうなものなのですが、どういうわけかヤマメたちはわざわざ、ある特定の領域に流れ着くまで行動を開始しようとしないように見えたのです。

こうしたヤマメたちの行動を見ていまして、最短距離で餌に向かって行くということにはきっと何かデメリットがあるんじゃなかろうかと、他の要因、例えば流れの関係とか体力をできるだけ温存しようとしているのではないかとか、いろいろと考えてみましたが、結局のところ納得のいく答えは見つけられませんでした。そしてそれまでルアーとテンカラをやっていてトラウトの攻撃的な面を見てきただけにいっそう、そのような行動は痛烈に印象に残ったのでした。

そこで一つ考えられることとして、ヤマメを始めとするトラウト達は餌を食べること自体の他に、餌を上手にとろうという、そういう努力というか営み自体に積極的な理由を見出しているのではないか。その積極的な理由というのはきっと神経にそういった仕組みがあって、うまくいった時に「報酬」が得られるようになっているのではないかというふうに考えました。ドーパミンか何かの物質が、すばやく流れ去る虫や水面上を移動する虫など、より難しい餌を獲った時に放出されるのではないか。わざわざ失敗する可能性のある行動をとらせる理由を、それはチャレンジすることによってもっと大きな餌やもっと質の高い餌に遭遇できる機会も増え、より大きな報酬が得られるからだというふうに説明することはもちろんできるわけですけど、そうすると、「チャレンジしようとする」「チャレンジすることができる」という仕組みを説明しなくてはならなくなるわけです。そこにはまた「上達する」という要素も必要になってきます。

そうしてみるとこの種の働きは「予測」と呼んでまったく差し支えないと思います。予測ができるからこそチャレンジすることもできるわけです。もし違いがあるとすれば、ただその「予測」が私たち人間が通常呼んでいるものに比べるとかなり短時間ということだけです。

トラウトが実際に捕食の際「予測」をしていることの一つの証拠として、彼らがしばしば水面スレスレを飛ぶ水生昆虫をジャンプして捕食するということが挙げられると思います。もしトラウトが予測をしていないとすれば、いつまで経っても水中で待ち受ける彼らに空中の虫を捕ることはできないと思われます。なぜなら産卵時や脱皮時の水生昆虫は押し並べてルーチン化した飛び方をするのでそれほど問題とはならないのですが、捕食対象が水面上にあるということが新たな困難となるからです。もし飛び出した瞬間自分のタイミングがずれていたと気付いたとしても、ひとたび水面を割ってしまった後はその補正を行うことができないからです。そんなわけで餌を見つけて単に「その方向に飛ぶ」というだけではダメで、明らかに間合いを予測するという能力が不可欠になるのであります。

ネコやサル、リスのようにジャンプすることができる動物は、足が地面や枝を離れる前に、離れた後のことを予測しなくてはいけないわけです(鳥のように空中で羽ばたきながら軌道を修正することはできませんので)。予測と言うからには当然適正な予測と粗野な予測とがあることになります。そこで予測の精度を上げるということが(チャレンジという行動を成立させるために)不可欠になってきます。それがすなわち「上達する」ということになるのではないのでしょうか。「ジャンプする」というと、私たちにはさほど大したことない、当たり前のことのように感じてしまうわけですが、ボラのようにただやみくもにジャンプするだけならなんでもないにしても、これを「餌を捕まえる」ことに結びつけるとなると、物凄く高度な神経の働きを伴うものになると思われるのです。

魚が幼魚の段階では、通常の捕食―報酬という基本的なシステムだけが機能していて、その後成育して行くに従って徐々に「予測」の精度を高めて行くとすれば、捕食―報酬システムの拡張だけでは不充分で、「予測」がうまくいったのかどうかに対しての報酬システムも必要になるのではないでしょうか。つまり「予測」が「成功」に結びついた時に「報酬」が得られるというふうに考えれば、「上達する」ということがきちんと説明されると思います。ここのところがうまく表現できないのですが、捕食―報酬という仕組みだけでは、「もっと食べよう」というインセンティブが働くことは当然ですが、「もっと予測の精度を上げよう」というインセンティブ、つまり上達していく過程がうまく説明できないように思えるのです。

少々強引にまとめますと、水槽の中の魚が餌を口に放り込んだ時に興奮する通常の報酬プロセスとは別の仕組みが一部の魚にはあるのかもしれない、そういうことになると思います。

で、そのように考えると、稚魚や幼魚が何だか遊んでいるように見える行動も、実はもう一つの報酬系のトレーニングなのかもしれないなあとも思うわけです。
(ナマズなどの魚種で、胃袋が一杯になっているにも関わらず、果敢にルアーにアタックしてくるという実例が確かあったと思います)



渓流域での稚魚放流が盛んになってきた頃、「最近の魚は毛針の出方が変った」という声が良く聞かれました。確かに昔の魚は、毛針がどうの、動かし方がどうのではなくて、投げ込みさえすれば魚の方で毛針が落ちてくるのを見ていて、着水と同時にポコンという感じで出てきてくれることが多かったと思います。桑原玄辰さんの空中釣法などというものさえあったわけです。
ところが近年は大振りで適当に巻いた毛針ではなかなか相手をしてもらえません。近頃の魚は子供の頃の遊びが足りないのかな、と思います。



1 参考:佐原雄二「魚の採餌行動」p57(1987年、東京大学出版会)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 釣りの効用 | トップ | 釣りは目の断食 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

やまめ研究所」カテゴリの最新記事