樹の伝記 長田 弘
この場所で生まれた。この場所で
そだった。この場所でじぶんで
まっすぐ立つことを覚えた。
空が言った。――わたしは
いつもきみの頭のすぐ上にいる。――
最初に日光を集めることを覚えた。
次に雨を集めることも覚えた。
それから風に聴くことを学んだ。
夜は北斗七星に方角を学び、
闇のなかを走る小動物たちの
微かな足音に耳をすました。
そして年月の数え方を学んだ。
ずっと遠くを見ることを学んだ。
大きくなって、大きくなるとは
大きな影をつくることだと知った。
雲が言った。――わたしは
いつもきみの心を横切ってゆく。――
うつくしさがすべてではなかった。
むなしさを知り、いとおしむことを
覚え、老いてゆくことを学んだ。
老いるとは受け容れることである。
あたたかなものはあたたかいと言え。
空は青いと言え。