ⅭⅩⅨ「宝島」を見る聴く、 『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ 2023/1/4
今日の宝島、フランスの、郊外の、宝島、夏の休暇の避暑地、遊具の在るプール、山あり、川あり、木々が有り、緑が有り、青い空、白い雲、日差し、子どもたち、若者、大人、家族連れ、沢山の人々が集まってくる、ルノアールの時代の自由な、草原、川、緑、空は、囲い込まれた、公園に、しっかり管理されて、お金を払って、入園する世界、ルノアールのピクニックから遠く離れて、何所か、学校の延長ではないか、始まりは、子どもたちが、入り込んで、川を渡り、監視人に見つかって、座り項垂れる子どもたち、青年たち、娘たち、娘らに声を掛ける青年たち、スマホでの連絡先を尋ねて、聴いて、答えて、果たして、始まるのか、終わりか、そんな関わりと交わりの連続、橋から飛び込む者たち、川に、何所か、仕組まれた、作られ物々から自由に、漕ぎボート、少女たち、小さな路面電車の少女、流れる風、空気、心地よさ、広いプールでの遊泳、雑踏、ハイキング気分の人々、飲んで、食べて、語らって、川縁の高い櫓にカップルで上って、手を繋いで飛び込む二人、何所か、仕組まれた世界だが、皆が、羽目を外して、仕組みの外に、橋から飛ぶのも同じこと、岩場の高みからも飛ぶ、自然の満喫感を味わいたい、だが、何所か、作られた遊具の世界でしかない、裏口から、上って入り込もうとする子供、見つかって、いたるところに監視人が、泳ぐ子どもたちには、浮き輪が、腕に、足に、首に、安全対策、幹部の語らい、白人、黒人、アラブ人、アジア人、フランスに移民して来た者たちが、皆やってくる、その中に、黒人の兄弟が、大人同伴でないと入れない筈だが、どこからやってきた、施設のスタッフの子供なのだろうか、ベンチでの宿題、兄弟の鬼ごっこ、学校帰り、鞄を背負っている、だが、見つからない、連れ出されない、住み込んでいるのだろうか、こんな人々の夏が過ぎ、秋に、雨の季節に、雲が覆い、雨がやっくる、気象庁の発表ゆえか、人々を帰らせる監視人、雨がやってくる、そんな中、雨上がりか、彷徨い歩く黒人兄弟、そして、二人は、高台の上に、見晴るかす美しい自然の世界、山々、湖、遠く光がまばゆく、夕方前の世界、だが、果たして、ここに見える世界は、公園の内なのだろうか、外だろうか、此の二人はどこの誰なのだろうか、今日の遊具の遊園地に現れた、管理されたハイキングコースに現れた、天使、天使は自由に入り込める、だが、彼らは学校の鞄を背負っている、学校帰り、いや、学校に行かずに、やってきた、二人は、家族を飛び出し、学校を飛び出し、この仕組まれた宝島を飛び出し、その外に、今、二人して、上りついた、さて、二人の先は、フランスの外、人々の自然の疑似体験、ピクニックの疑似体験、確かに、それが遊園地なのだが、私たちには自然が無い、危険も安全も含めて、自然から遠く離れて、仕組まれて、一人大人の、老人のモノローグ、夢世界、今ある緑の中、光の中、過去の思い出しか、過去の自由な人々は、現れ出てこない、貧乏人、犯罪人、旅芸人、病人、狂人、邪魔な者ものたちは管理され、監視され、憩いの世界、恋も危険も管理されて、そこに入り込んだ、舞い降りた、黒人兄弟は、果たして、どこに、あのラストから、高台から、舞い上がるのか、どこに向かって、アフリカか、アラブ諸国か、アジアか、あるいは、坂道を、つえで引っ張る兄に着いていけずに、二人して、転がり落ちるのだろうか、さてさて、不吉な、雨上がりの坂道よ、弟のズボンはずり落ちそうで、尻が丸見えで、全てを脱ぎ捨て、アフリカ、アラブ、アジア成らぬ、天に。彼方に向かうか、転がり落ちるか、こんな狭間の中に、残されてある、不可能性の二人、これが、現代の宝島、あまりに仕組まれた、宝島、