「生きる」 谷川俊太郎

「生きる」　　　　　　谷川俊太郎

 

 　生きているということ

　いま生きているということ

　それはのどがかわくということ

　木もれ陽がまぶしいということ

　ふっと或るメロディを思い出すということ

　くしゃみすること

　あなたと手をつなぐこと

　生きているということ

　いま生きているということ

　それはミニスカート

　それはプラネタリウム

　それはヨハン・シュトラウス

　それはピカソ

　それはアルプス

　すべての美しいものに出会うということ

　そして

　かくされた悪を注意深くこばむこと

　生きているということ

　いま生きているということ

　泣けるということ

　笑えるということ

　怒れるということ

　自由ということ

　生きているということ

　いま生きているということ

　いま遠くで犬が吠えるということ

　いま地球が廻っているということ

　いまどこかで産声があがるということ

　いまどこかで兵士が傷つくということ

　いまぶらんこがゆれているということ

　いまいまが過ぎてゆくこと

　生きているということ

　いま生きているということ

　鳥ははばたくということ

　海はとどろくということ

　かたつむりははうということ

　人は愛するということ

　あなたの手のぬくみ

　いのちということ

風に聞けいづれか先にちる木の葉

風に聞けいづれか先にちる木の葉

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　夏目漱石

満月に落葉を終る欅あり

満月に落葉を終る欅あり
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　大峯あきら

落葉降る天に木立はなけれども

落葉降る天に木立はなけれども
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　辻貨物船

風の輪を見せて落葉の舞ひにけり

風の輪を見せて落葉の舞ひにけり
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　加藤三七子

黒猫の影は動かず紅葉散る

黒猫の影は動かず紅葉散る

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　岸田今日子

枯野には枯野の音の雨が降る

枯野には枯野の音の雨が降る
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　松川洋酔

里ふりて柿の木もたぬ家もなし

里ふりて柿の木もたぬ家もなし
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　松尾芭蕉

柔かな夜につゝまれて初冬かな

柔かな夜につゝまれて初冬かな

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　星野立子

十一月やぎ座と南の魚座のしっぽ

十一月やぎ座と南の魚座のしっぽ
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　飯田香乃