がんになってもぽじぽじいこか

2012年6月食道がん発見、53歳でした。始めての体験で体当たりの治療とリハビリ。見つけたものも意外にあり!

認知症母がストレスですが、角度変えて戦う

2020-01-14 18:53:31 | 介護
アヒルママの紹介から

私と違って、お手伝いさんがいた家に育っていて末娘で。
他の兄姉達は厳しい当時のしつけでしっかり前を向いていき、
みんな成功して幸せな家庭を築きました。

母は当時から(戦時中)とんでもないことをするやつで、姉達は
「嘘つき、お花もお茶も全然やらない、お裁縫もダメ」というのでした。

軍事中、授業をサボり、好きな教師が追いかけてくることを喜ぶ不謹慎な軍人の子供っている???
これは後から母の同級生に聞かされたこと

教師に振られ、自殺未遂パフォーマンスをする母
これは伯母から聞く


ちょっと待てよ、怖いDNA

お茶は好きじゃないが、花道は好きで結構突き詰めて、娘にも師範を持たせている。
セーフ!
じゃなくて。

このはすっぱさは母由来か。

ぞ〜〜


アヒルママその後

超有名な通信社で社内結婚したが、
好きな理由が「危なくてかっこいいから」

結婚したら即離婚。


ちょっと待てよ、怖いな

DNA!

私、ちゃんとした申し分ない人が「大好き」と言ってくれても全部断って
問題ある人に引っかかってきた傾向を感じる。
これは二の鉄は踏まないから改善されたよ

以上アヒルママ自己紹介。

こんなママが育児をきちんとしたでしょうか、全くなのはいうまでもありません。


ママを嫌い、と思いますが、私も子なので親離れして面倒を見たい

面倒みるったって施設に入ってもらっているのですが。

12じ少し前に電話かかってきて
どうせボケてるんだろうと思うが、心配なんで出ちゃうと
「あなた、返してよ、印鑑とかとったでしょう、ここにいられなくなるから返して」
日々バラエティ豊かに内容は変わるけど、
母への嫌な思いが爆発して母を憎み。
その憎しみは私の場合、自分に帰ってきて。
どうしようもなくていました。

イラスト、イラスト



認知症の心の不安を知る

支援事業で一所懸命働いてると、そだね、という言葉の威力を知る。

不安だよね、というと母が豹変。

いつもとったのなんだのと言っている人が素直になった感があった。


なくなった、盗られたという言葉に対して

じゃあ、買うよ

そういうと、アヒルちゃんは「いらない」という。

以前は「傘盗まれた」という
「ママが捨ててきたでしょう」
「いえ、ここの傘立てに確かにあったの」

今は「傘も雨靴も取られちゃったの」
「じゃあ、今から買いにいきましょう! はい、どんなのにしますか。黒くて丈夫なのは?」
「あ、いらない」

居室に持っていってはいけない新聞を持ち込むのがずっと続いていてクレームも多いので
「新聞取ろう」
「やだ、こんな高いところに入って、なんで」
「じゃ、ロビーで見てね、じゃないと取らないとね」
ケチな母は速攻ロビーに返し、
一緒に声を出して新聞ケースに書いてある文字を読む。
「新聞はロビーで読みましょう」
「赤い字も読んで。一緒に」
「個室に持ち込まないでください」

別に新聞とっても良いんだが、ロビーに出て欲しいし、ルールを一個でも学んで欲しい。


支援業務で少し賢くなったか

一瞬自惚れたが、違う違う。

携帯電話解約を提案してもらえたからだ。

距離を置くということが大事なんだよね。

プロに任せているからのこと!

日々一緒の人は大変だと思う。

でも参考になればい〜な〜

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母の電話解約ほか、のちライム

2019-08-16 17:49:20 | 介護
アヒルママの財産管理のため!

重い気持ちで早くに家を出て都会のホームに向かう。

家裁でママの財産管理権を取り上げて代行するよりは、
まず、携帯電話を解約してしまうという行動で封じようと思っている。

以前もオレオレ詐欺事件など娘や伯母にも動いてもらって大騒ぎを繰り広げてきたんだが。

気が重い、うまくいくかな。

はあ〜〜〜

車の中で斉藤和義が「大丈夫」を歌ってくれる。
もちろん本人が隣にいるのではなくAmazon musicが音源です。

毎回気が重い。
認知症以前から、母と会うのは私にとってとても気が重いことなのだ。



長い1日を簡単なイラストで





アヒルママふて寝してた

でも、ちゃんと朝ごはんは食べたって。
エアコン切った部屋はムワッとしている!
「起きてよ」と声をっけるとばつが悪そうに嘘をつく。
「お熱なの」
「じゃなくて部屋がお熱なの」

着替えさせると冬の下着を着ている!
まあ、はっきりいうとウールの長パンツ!

ペットボトルを持たせ、速攻でかける。
考える暇を与えないことにしている。


携帯の解約編

成年後見人制度を利用し、母と家庭裁判所に行くのも一つの方法だが、
携帯を解約してしまえばホームの管理の中ではもう大丈夫ではないか。

金融機関に通帳とカードと印鑑をなくしたので止めて欲しいと電話することもできないし、
認知症のホームのお友達に携帯を貸し、通販をいっぱい買ってしまったりも無くなるし、
夜中に電話をかけてくることからも解放される。

アヒルママは文句は言わなかったが、表情はよろしくない。
くちばしとんがらせて、目が虚ろ。

後で絶対騒ぐなあ。

でも本人に対しての説明を受け、解約に承諾する。
クレジット機能付きカードも紛失していて(やば)そちらも解約手続きを。


B/K口座復活編

B/Kでアヒルママは騒いでしまう。
待ち時間が長く、待っている間に
「私はそんなことしてない、あなたが止めたわけ?」などと言い、鳴き真似まで!
違った泣きまねか。

周囲の人がびっくりしている。
行員の女性に
「認知症で、お金のことになると不安感が出て、落ち着かないのです」と言い訳する。


おそ昼をいただく

毎回思うんだが、高齢のアヒルママは私よりよく食べるし、食べるのも早い。

カフェラテが超気に入りお代わりする。
好き嫌いもまずない。

絶対私より長生きしそうだ。

私は食べた後お腹が痛くなって大下痢をしてしまう。

アヒルママは今まで一度も「ありがとう」「どう、元気?」とか声をかけてくれたことはない。
思えば過去遡り、電話してくることはほぼ全て自分の要求で、通らないと暴言を吐くのだ。

ご飯食べ終えるとやっぱり
「誰かに傘盗まれたの」
「傘、持ってきてないよ」
「私傘いっぱいあったのよ(これは本当にそうだったなあ)
「本当に必要なら買うよ」

このような繰り返しが始まるのだ。

私はこの歳でも母の前では大人になりきれず、不愉快いっぱいな表情をし、
自分でも意地悪だなあと思う。

認知症は地獄でもあるよなあ、私の場合。

がんと違うタイプの。
先が見えない、どちらかがいつか死ぬまで続くんだ。


ふーみんの一方的勝利だが後味が悪い

わからなくなってしまう不安感は相当なものだと思う。
そうすると、私に助けを求める心が湧き上がり。
なぜか「私のカバン返して」「私なんか死ねばいいと思ってるんでしょう」と夜中に騒いでしまうのでしょうね。

携帯なくなっても母の心の不安のぶつけどころがなくなり、大変だろうなあと心中を察するのだ。

そして、アヒルママの血を引く私、
あんなになってしまったらどうしようと思うと恐ろしくなる。


悲しいので埋める、それが、なぜかライム

今、寛解を迎えて働くことができていて。

それは治療中の人たちから見れば、今ある幸せを噛み締めて生きてください、何が、不満なの??だというのもわかっている。

それでも長年抱えている別のものがあるのだ。
今の幸せとは感じられない。

長年、モラハラママと過ごしてきた私はママを心から捨てて自由になったところがある。
それががんの副産物だった。
ママに癌を伝えず隠れているだけで心が楽になり、自分を責める気持ちが溶けていく。

でもまたママを受け入れなくてはならない。

アヒルだよ??!!
うちの場合母親はアヒルに進化してしまった。

ガアガア言いすぎていつの頃だろうか、経験値が増えてついに完全にアヒルになっちゃったのは40歳くらいだった。


は〜、どうにかしないと。私のこの気持ち。

とりあえず、店の売り子が勧めたのでコロナビールとどうしようというような量のライムを買ってしまった。

これまでの人生ではライムなんて一個売りしか買ったことない。
その20倍以上を購入した。

帰宅してすだちより少し大きくて硬い果物の山を呆然と見ていた。

バカだったかも。
でもその馬鹿馬鹿しい量のライムが心にのしかかる、いい意味で。

心はライム。

とりあえずライムの木をググってみた。

そうなんだ。
そんなところで実ったのね。

仕方がないのでメキシコ料理に凝ることしか消費できないだろう。

あと、ライムの塩漬けしよう。
これは『若草物語』の末娘エイミーが流行っていたライムのスライスの塩漬けを学校に持って行って、先生に見つかり、一枚ずつ捨てさせられ、その都度打たれた、という心に残るエピソード。
エイミーの親が親が怒って、女中も怒って芋をすごい勢いで潰し、翌日学校を辞めるんだった。

内容もびっくりなんだが、ライムの塩漬けってどんな食べ物なんだろう、と子供心に残っている。

ライムよ、ライム。今はライム。

キヨシローはお月様をジンライムと歌ったが、
飲食店にあるライムシロップは皮のグリーン色だ。

でも私の買ったライムは絞ったら透明よ。

ライム大量で埋めるわ。

私には今ライムがある、人生なんてそんなもので立ち直るものなんだ。


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親という試練を思う

2018-02-04 22:08:14 | 介護
認知症で生活するって怖かったんだろうな

ホームに入所して規則正しく生活を送れるようになって母は「死んでやる」なんていうことはなくなった。

通帳や保険証などもすべて再発行だったから、ものを無くして困ってばかりいたのだろう。
何をどうしていいかわからない、何をしているのかわからなくなってしまう、帰り道がわからなくなる。
こうしたことは本当に恐怖だったんだろうなあ。

で、プライドが邪魔をして認知症を隠し、認知症になっている自分を受け入れられない。

母のここ数年はそんな感じだったのだと今更ながら感じ入る。


三ヶ月半、被害妄想が減ってる?

持っていったものを返して、とガアガア言っていたのだが、このところあまりなくなってホッとしてます。
相手が認知症と言ったって泥棒扱いされては気分良くない。

すごい、あの執着心は。
なんだって良いのだ。思いついたものがあると「返して」だものねえ。
妄想なんだろう「じゃあ、あの紙袋はなんだったのよ、持っていったじゃない」なんていう。

歳をとるとみんなそうなってしまうとしたら歳とりたくない。

きちんと栄養をとって、夜眠るようになったら妄想が減ってきたのかなあ。

ホームさまさまである。


認知症による意地悪なのか、もともとなのか

ここが曖昧です。
あんな優しい母が人格が変わって、という話を聞きますが、うちの場合、プルプルプル。
首を横に振る音

母を尊敬できない、嘘を見抜いて育つというのは歪むよ。
腹がたつのは愛したいからなのだろう。
この頃は達観しつつあってあまり深く考えずに済むように。

あ〜〜あ、試練ですわ。



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長生きも大変そう(ママ)

2017-12-10 01:51:21 | 介護
全ての人がそうじゃないと思います

私、祖父母、結婚先のご両親を看取っています。
自分の方の祖父は最後まで意識はしっかり、愚痴ひとつ言わず自分の人生に誇りを持っていました。
祖母はボケましたが文句ひとつ行ったことを見たことがなく。
結婚していた時はご両親が(一世代違うくらいの親、生理が終わったと思ったら妊娠していたという可愛いおばあちゃんでした)
高齢でお父様は体が弱り、病院でも腐らず、光学の本を読み、新しいことを考えていました。
その相方のおばあちゃまはボケまくったのですが、ここがどこか?みたいな感じでお金のことで疑うこともなく。
外食しても自分では払わない人でしたが、育ちの良さも色々困ります。
この方と向き合ったので、自分はオーケーと思っていました。
自分の親とはやれると思ったら大違い。

毎晩の念仏のように母の電話や手紙

就寝時間過ぎて11時、私は風呂入って寝よう。
電話が毎日。

でなければいいじゃん。

でもでてしまう。
親だから。
毎回予想通り人格を亡くした母が「返して」と妄想の段ボールを言うのだ

禁酒が溶けてしまう。

で、この親はボケているのに
「安倍総理の幼児教育無料化はおかしい」などと言うんですわ。
根拠はないんだけど。
私も同感だけど。


あたしゃ早くに死にたいし、家片付けよとまで思う今日のしんどさであった




伯母が理解してくれているので幸せです。
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母より先に死ぬよなあと再確認

2017-11-03 21:19:39 | 介護
アヒルママ最強

施設では感謝どころか暇とか文句を言っている。
午後のイベントには行きたくなくて無視するも
「ここは何にもやってないからね」などという。

手取り足取り教えないといけないほどボケていたんだ。

全て忘れて穏やかなんだけど、自分がよくいかなくてヒステリックに電話をかけてきた
「まま、今から死ぬから、もう自分が嫌、わからないんだもん」
その嫌な電話からは解放された

施設に入れるのも大変

よく、一銭もいらん、自分に使って、と言ってきた

ところが印鑑もなくしているし、転出届け他健康保険、介護認定症なども紛失、
日常のことはできていると言っていてもよほどボケていたのだろう。




すごいストレス

親子関係がうまくいかなかった(あっちは自分のいいなり)ので、でもボケた人でしょう?
相手に合わせている。
よかった、アスペルガーとかと対処してきて。


後見人制度

入所金など定期を崩せず(休みとって同行するが、印鑑が違う、改印届けを出して、受理まだはまだ時間がかかる)
娘が立て替えてくれた。

こういう手続きもしなくてはいけないのですねえ。

役所関係で移転の手続きをメモに書いて財布に入れたんですが全部無くしていて。


長生きも大変

私は母の下女かと思って生きてきたが健康すぎてストレスフリーも大変だ。

適当なところで逝くのがいいかと母を見ると思う。

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有料老人ホーム見学な一日

2017-09-10 20:27:50 | 介護
同じ金額でも色々あり

管轄する行政は色々あると思いますが、私立はそれぞれ個性もあり。
本当に嫌な空気のところもあった。
個人の状態に応じてフロアを分けて家庭的なところもあった。


行く前は眠れず

朝起きても考えると変な汗を脇の下にかいている。
ありがたいことに友が一緒に行ってくれた。



ベネッセ経営のところと小規模なところの2個に絞る。
私と友は後者がいいと思う。

施設長が情熱がある。
夢を叶えることを考えて、自宅に行きたい人を長い階段車椅子で運んでみたことがあるって。
本人がとても納得したという。
外食がしたければファミレスに連れて行くという。
コーヒーメーカーがあり、ローランドのキーボードがあり。
水槽があった。熱帯魚がいる。


そんな手の込んだ保育なんて

コーヒーで火傷したらいけないなど禁止事項が多くなりがち。
なのに、コーヒーがあってソファがあるスペース。

厳しい規制の中で私たちは働くのだが、
私立だと金額は高くなるが自由さは高くなる。
ちょっとハッとしたところもあった。
与えられた枠でしか何もできないところ。
みんな身を粉にして働いているが上が役所じゃなく自由競争だとこんなに違うのか?


帰り道

私たちどうしようかねえ、と話す。
なんか時間がすごく大事に思えて。

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元気になったら介護問題が降ってきた

2017-09-03 20:23:50 | 介護
辛かったり困ったり迷ったりしたら話す

そうはいっても本当に辛いことはなかなか話せませんよね。
でも違うこと、周辺話しただけでだいぶ救われる。

こうして見てると世間の人はいろんなことを乗り越えてきていて偉いなあと思ってしまう。

人ってそれだけで結構やれるんだなあ、変われるんだなあと思う。


こんな感じで過ごす



介護について補足すると、介護保険料を払っていることが前提で、
要介護は1〜5にランキングされ、もう少し軽症な人は要支援1~2に。


本屋で目に止まり「親の家を片付ける」を購入

情報戦だ!
なんたってねえ、10年前に買って使いこなせぬままのノートパソコンも大事に保管されていたもん。
整理整頓は好きな人だが物が多すぎ。本人もしまいすぎて何があるかわからない。

思う、私もそうはなりたくないぞ。
いらないもののない生活を心がけたいもの。


来週はホームの下見

こういう時は速攻で有無を言わせず、いいえ、間髪入れず、ですね。
プレゼンの天才かもしれない、と自分の動きに思う。
乗り気になってるうちに。
その翌週は介護のための調査員が来る。
調査員にもここまで揃ってるなら相当生活が困難だったんだろう、と思わせたいし、
母もええかっこしいではなく困った状況を認識して話せるかも。


やるだけのことを努力すれば少し救われる

わたくし。まだまだ生きたいなあと思っているのですが。
生きていくのも大変なんだと思う。

ちょっと自分がかわいそうなんでいくらを購入、いくらご飯いただきました。
ファイト!

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