風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

国民の品格

2013-12-14 23:05:17 | 日々いろいろ


※英国ケンブリッジのトリニティカレッジ


昨今の我が国は自らをクールジャパンと称して悦に入っておるようですが、正直申しまして自らをクールなどと呼ぶことに、私は違和感を禁じ得ないのでございます。そういうのは人から言われてナンボのものでございましょう。まるで自分の会社を御社と言ってしまう新入社員のようで、あまりみっともいいこととは思えませぬ。
その影響なのかどうなのか昨今は巷でも「ニッポン大好き!」な自己愛が充満しておるようで、それ自体は結構なことなのですが、困ったことにそれだけでは飽き足らぬ人々も思いのほか多いようで。
自己の価値を上げるために他者を下げる必要は本来どこにもないはずですが、そうしないと自分に自信を持てない人々が世の中には多いのでしょう。
またタチが悪いのは、自身の頭で考えることをせずに大きな声の意見やメディアの情報を無条件に信じ込み、反対意見には一切耳を傾けようとしない、安易で軽率な人間がとても多いように思われることです。

今日は12月14日、赤穂浪士の討入りの日。
私が初めて歌舞伎座で歌舞伎を観たのは、さよなら公演の『元禄忠臣蔵』でした。
その日の記事を読み返しながら、あの夜内蔵助を演じられた團十郎さんのことを思いながら、『利休にたずねよ』に関して映画の感想以前のコメント(上げコメも下げコメも両方)で炎上のようになっているツイッター&レビューを眺めながら、日本人について色々と考えないではいられない一日でした。

日本は一体、いつの間にこんな風になってしまったのでしょう。
いつの間に、そう本当にいつの間に、です。
少なくとも私の知っている限り、ほんのここ数年の間です。
あまりの変化に、何か目に見えない力が働いているようにしか、そういう部分に関して未成熟な国民の性質を誰かが冷静に利用しているようにしか、私には思えません。
そして“そういう種類”の目に見えない大きな力に関しては、案外中国や韓国の国民の方が日本人よりもずっと冷静で醒めた目を持っているのではないかと、この頃の感情的な日本人の姿を見ながら思います。
日本人:5人、中国人:36人、韓国人:42人。
2009年にハーバード大学に学部入学した人数です。日本人の留学者数は激減する一方で、中国人韓国人は増加の一方だそうです。
彼らは日本人が思っているほど日本のことなど気にしておらず、世界に目を向けています。

私は、もし嫌いな国があるなら、そういう人こそ、積極的にその国の文化を知り、その国の人達と交わってみるべきだと思います。思想の偏りなく、幅広く。
相手を知らなくては、戦うことはできません。まず相手を知ることです。良い面も、悪い面も。伝聞ではなく、自分自身の目と耳で。
そうした経験を積むことで異なった考え、異なった文化を持つ人々を相手にする対話力がつき、交渉力がつき、世界の人々と同じテーブルにつく力がつき、結果的に自国の国力を上げることにも繋がるのだと思います。

知性と理性と品を失っては、世界から馬鹿にされるだけ。
他人(他国)を貶めている人達は、同時に自分(自国)も貶めているということに、気付くべきです。
知性と理性と品をもって、偏ることなく様々な立場からの意見に耳を傾け、自分の頭で考え、咀嚼し、言うべきことは他人の言葉ではなく自分の言葉で言う。
それこそが、このグローバル社会を生きる国際人のあるべき姿でしょう。
本気で世界で生き残るつもりなら、世界を味方につけたいなら、世界からクールな国と認められたいなら、まずは自分自身がクールでいることです。



※ソウルの昌徳宮


※鎌倉の明月院のお庭


※同上

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ボクらの時代 ~市川海老蔵×伊勢谷友介×中谷美紀

2013-12-14 14:35:27 | 歌舞伎




「自分のためだけに頑張るのはもう疲れてしまった」と自身の仕事について語る中谷さんと伊勢谷さんに、「俺はそういうのは全くない」と海老蔵。

中谷:でもお嬢さんがいたりとか…。

海老蔵:それは家族がいるからね、プラスアルファですけど。僕なんかはやっぱり…、伝統だからかな…。

伊勢谷:でも演者としては必ず観てくださる人達がいて、その人達が喜んでくれなかったらこっちの文化はあってもしょうがないものになっていっちゃうじゃない。

海老蔵:そこらへんだよね。もちろんお客様がいらっしゃって、楽しんでくださって、それはもう最低限ないと成り立たない職業なんですけど、お客様が一人も観なかったとしてもこの時期はそれを凌がなければならぬ、伝統っていうことを運ぶDNAとしてみれば。だから家族がいる、他の人のため、そういうこともあるんだけど、もう一個手前に「続けなくちゃいけない」というのがどっか子供のときからあるから。だから飽きるとか、自分のためとかが根っから元々題材として上がってこない。

海老蔵:すっごい厳しい稽古だったの。それも父親が教えるわけじゃなくて、曽祖父から伝わっているお弟子さんが僕の首根っこ掴まえて稽古するわけ。

中谷:普通に扇子が飛んできたりしますでしょ。

海老蔵:扇子どころじゃないよねぇ。そんなものより、70代くらいの…歌舞伎ってやっぱり世襲だから、坊ちゃん連中がいい役をやるわけよ、御曹司が。最近の風習ですけど。外から入ってくるとなかなかうまくいかないっていう時代の方が、曽祖父七代目松本幸四郎っていう方のお弟子さんでいて。『勧進帳』っていう演目があって、弁慶がいて富樫がいて義経がいて、四天王っていうのがあって、番卒っていうのがあるの。それでね、四天王までだったら俺はできるんじゃないかなって思って必死こいて修行した方がいらっしゃったの。歌舞伎のことは何でも知っている方。でも番卒止まりで終わったの。で、「俺が人生として生きてるのはお前に教えるためにやってるんだ」って70のお爺ちゃんが鬘かぶって、頭こうやって持ちながら、涙流しながら切々と語るわけ。子供心だよ。8歳とか9歳とか。泣くんだよ、70のお爺さん、ぼろぼろぼろぼろ。「俺はお前に教えるために人生がある」って泣かれるともうね、耐えられない…。だから、やらざるを得ない。ぶっかえるしかない。もう隠してる場合じゃない。そういうようなことだったの。
実の親っていうのは現代社会でもそうだけど、なかなか自分の子供に対して強い教育ができないよね。歌舞伎の世界でいいなって思うのは、子供を預けるんだよね。能楽の世界もそうらしいけど。預けることによってちゃんとした教育を…
、まぁ俺は教育ができてないけど、そういう歌舞伎の芸をばーんとぶつけるわけ。もし自分の子供だったら、あ、泣いちゃったな、とか手加減が絶対出るわけでしょ。俺が感謝してるのは、その人にばーんってやられたの。


録画を失敗したため、後半からしか観ていませんが。
伊勢谷さん、意外と真面目なのね~。中谷さん、やっぱり美人やわ~(私と同い年)、言葉遣いも綺麗~。海老蔵、中谷さんの話を遮るんじゃない!麻央さんとの馴れ初めはもう一万回くらい聞いた!と朝食の胡桃トーストを頬張りながらぽやぽやと観ていたら。
上の海老蔵の話に図らずも目を潤ませられることに。。。

海老蔵って私生活でどんなに色々あろうと歌舞伎に対してだけは真剣なのだなと最初に彼の舞台を観たとき(玉さまの天守物語)に感じたのだけれど、ときどきやっぱり「この人大丈夫か…」と彼の歌舞伎に対する姿勢が不安になるときもあり、でもまたその舞台を観たりTV(ナイナイの岡村さんとの番組とか。って、あれ歌舞伎座開場前だったのか。感慨深い…)で話すのを聴いたりすると「ああ、やっぱり大丈夫みたい」と安心したり、と私の中でなんとも不思議な位置にいる役者なのですが。

そもそもこの天守物語のときからしてそうでした。あれは旧歌舞伎座でのこと。
夜の部を観終わって駅へ行く途中で、楽屋口前に10人くらいの人だかりができておりました。で、私にとって最初で最後の出待ち(といっても私達は離れた場所から様子見していただけですが)というやつをやってみたわけですが、まず最初に出てきたのは獅童。まあファンサービスの素晴らしかったこと。かなり長い時間ファンの方達と一緒に写真を撮ってあげたり、サインをしてあげたり、握手をしてあげたりと笑顔を絶やさず。この一件で、私の彼に対する好感度はすっかりアップでございます。
で、次に現れたのは海老蔵。まあ、すごかったですよ。ファンの人達も声をかけられないのですよ、その雰囲気に。スタスタと楽屋口を出て、一切の笑顔も見せず、一切ファンと目を合わせないまま、まっすぐに車へ直行。車に乗った後も信号待ちの間獅童はずっと手を振っていたけれど、海老蔵はファン=空気とばかりにそっぽを向きっぱなし。昔の自分について彼自身も言っているとおり「舞台でちゃんとやりゃあ文句ねーだろ!?」という気持ちだったのでしょうねぇ。
で、結局玉さまはなかなか出てくる気配がなかったため、私達の出待ちもそれで終了。

たぶん子供がそのまま大人になってしまったような、不器用な人なんだろうなと思います。でもやっぱりマスコミではなくファンに対して(しかもちゃんと彼の本業の歌舞伎を観に来た人達に対して)ああいう態度をした役者というのは、今はどうであれ、また理由はどうであれ、私はやはり単純に好きにはなりきれないのも正直なところ。
なので純粋に「海老蔵大好き!」という風にはおそらく今後もなれないとは思いますが、それでも繰り返しこのページでも書いているとおり、決して嫌いになることもないと思います。理由はただ一つ。彼の舞台が私に感動をくれたからです。
海老蔵に限りません。
たった一度でもその生の舞台で感動をくれたことのある役者を、たとえその後何があろうと、私は感謝こそすれ、心から嫌いになることはないでしょうし、できないと思います。

と、なぜか番組について書くつもりが海老蔵について語ってしまった^^;
この番組で海老蔵がみせた涙は、本物だったと思う。
他の話ではなく歌舞伎の話で泣かれると…、クるなぁ。

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