前回からの続きです。
改めて地図を眺めてみて、「飛行機って思っていた以上に北を飛んでいるのだな」と感じた私。
これまでどの国の上を飛んでいるかは意識しても、緯度までは意識していなかったんです。
そしてふと思ったのである。
私が今までに行った中で最も北の地点って、どのあたりなのだろう?
地上では間違いなくフェアバンクスですが、飛行機で通った上空を含めるとどうなのだろう?と。
ワタシ、北の方角に惹かれる人間なので、ちょっとワクワクしてきました(←北極にペンギンはいません)
以下は、google earthで作成した2011年12月の成田→ロンドンの飛行ルートです。
その中で最北の地点を確認すると、ちょうどそこにディクソンという名前の町があることがわかりました。
どんな町だろうとワクワクしながら、google mapで「ディクソン」と入れてみたところ。
出てきたのが、この画面↓
・・・・・・なんというか・・・・・予想を遥かに超えた最果ての地のような画像が出てきてしまった。。。
wikipediaによると、
ディクソンもしくはジクソン(ロシア語:Диксон)とは、ロシア連邦クラスノヤルスク地方の閉鎖都市である。
・・・・・・・・・「閉鎖都市」って・・・なに・・・?
閉鎖都市は、核兵器開発や化学兵器開発などといった国家秘密にかかわるような、特定の目的のための都市であり、その住民は、主として核兵器製造や化学兵器製造、あるいは何らかの軍事活動に従事している者やその家族である。通常、都市というのは出入りが自由であるが、閉鎖都市は多くがフェンスや壁など、出入りの障壁になるもので囲まれており、検問所や何らかのゲートのようなものが設置され、立ち入ることが厳しく制限されており、一般人は立ち入ることができない。立ち入ることができるのは、極めて限られた者だけである。
現在のロシア、現在のCIS諸国には多数の閉鎖都市がある。
(wikipedia「閉鎖都市」)
・・・なんだか生臭い話になってきてしまった。
ググってみると、南アフリカのメディアNews24の記事では"8 Cities in Russia you can't visit"(あなたが訪れることができないロシアの8つの都市)の一つとして紹介されていて、最後に次のように書かれてあります。
Today it is an isolated part of the world you can't go to nor would you likely want to unless complete, Arctic isolation is what you're looking for.
(今日ではそこは世界から孤立した、訪れることができない、また訪れたいとも思わないであろう場所である。あなたが完全な北極の孤独を求めているのでなければ。)
一方ロシアのメディアRussia Beyondは、"the edge of the Earth"(地球の果て)と呼ばれるこの町について、「10 facts about Russia’s northernmost settlement"」(ロシア最北の町に関する10の事実)という記事でこんな風に紹介しています。
1) A territory the size of Great Britain with a population of just 548(たった548人の人口に対して英国と同サイズの領地)
2) You need a special permit to enter(訪れるには特別な許可が必要)
3) You can only buy gas once a year(ガスを買えるのは年に1回だけ)
4) The winter lasts 9 months(冬は9ヶ月間続く)
5) There are no trees(木はない)
6) The police is there to keep you safe… from bears(警察はあなたを守るためにいる・・・熊から)
7) No one watches YouTube videos in Dikson(ディクソンでは誰もyoutubeを見ない)
8) There are no hospitals(病院はない)
9) It costs 100 million rubles ($1.2 mln) a year to run the settlement(町の運営には年に1憶ルーブルかかる)
10) It’s the former capital of the Arctic(かつての北極の首都である)
各詳細は記事にありますが、面白いですよ。
ところでこのRussia Beyondというメディア、『ロシアのもっとも辺鄙な場所での狂気の生活』とか『世界の終末みたいな場所TOP7』とか『ソ連史上最悪の産業・交通事故5選』とかいうタイトルの記事がわんさか出てくるので反ロシア系メディアかと思いきや、なんとロシア国営。欧米諸国からは「プロパガンダ的」という批判があるそうですが、政府系メディアなのでそれはそうだろうとは推察しますが、これがプロパガンダだとしたら、そのセンスはシュールというかなんというか、ものすごく独特。ニュータイプのプロパガンダなんだろうか・・・
また『プーチン大統領のタイガで過ごす休日(写真特集)』や『銀座にオープンしたロシア食品専門店 。「アレクサンドロフ」のスィロクも買える!』なんて呑気な記事があるかと思うと、『カラシニコフ製の新型アサルトライフル3選』というような物騒な記事が無邪気に唐突に現れたりする。ロシアは一体どこを目指しているのだろう・・・と困惑させられるが、それも含めてある意味とてもロシア的。狙っているのか天然なのか。ロシア・ビヨンドは欧米をターゲットにしているそうで、最大の読者は米国人だそうです。
そんなロシアのイメージ戦略について、こんな記事を見つけました。記事によると、ロシアは開かれたロシア、親しみやすいロシアのイメージを持ってもらおうと頑張っているようだが、欧米諸国のロシア嫌いは根強く、あまり功を奏していない、と。「そもそも、民主主義国家とは政治体制が異なるため、欧米の価値観に基づくパブリック・ディプロマシーとは相容れないことは、当然かもしれない。かといって、パブリック・ディプロマシーを諦め、政治宣伝やサイバー空間を利用した世論工作や、政治・軍事介入といった手段に出れば、民主主義国家は自国に対する直接の脅威だと認識し、決して野放しにできないだろう。ロシアはそのことを理解すべきである。あらゆる「脅威」がはびこり、イメージをめぐる国家間の対立が激化する今日の国際社会だからこそ、真の意味でソフトパワーに関連したパブリック・ディプロマシーに価値が見出されることに期待される。」とのこと。
話を戻して、ロシア・ビヨンドはディクソン推しのようで、サイト内検索をするとこの町に関する記事が沢山出てきます。以下は抜粋。
タイミル半島のまさに端にあるこの村は、北極の砂漠と呼ばれている。永久凍土、永遠の冬、永遠の風の王国がここにある。雪は9月から降り、5月まで続く!ディクソンでは、極夜は11月10、11日に始まり、2月の初めまで続く。
(ロシア・ビヨンド「ロシアで最も長い極夜はどこか」)
ディクソンはロシア最北の村。クラスノヤルスク地方に属し、カラ海に面している。ソ連時代はロシア最大の港があり、「雪極の都」と呼ばれていた。夏はエニセイ川から船でディクソンまで行くこともできる。
ここの気候はノリリスクよりも厳しい。極夜の時期は真っ暗で、9月から氷点下になり、雪は6月までとけない。時に、雪解けはもう少し遅くなる。通常、5月にスキー大会が実施される。
「黒吹雪」もある。風速40メートルの強風の吹雪は大嵐に変わる。地元住民によると、大嵐の時には犬や海岸にたくさんある空の燃料のドラム缶が空中に飛ぶという。
ディクソンはとても美しい。北極の端に立ち、カラ海のエネルギーを感じながら、シロイルカ、セイウチ、オーロラを見ることができる。
(ロシア・ビヨンド「ロシア北部の極寒の街5選」)
— There are no cinemas or mobile Internet, buses, coffee shops, supermarkets, or outdoor advertising. Every single person here has seen polar night and the green iridescence of the Northern Lights, knows what to do if they encounter a polar bear or how to react to a storm warning, and anticipates Arctic poppies and a scheduled flight. This is Dikson, the northernmost settlement of Russia.
Dikson is habitually called ‘the edge of the world’: it is located in the north of Krasnoyarsk Krai, in the Yenisei Gulf on the Kara Sea, the outskirts of the Arctic Ocean. The distance between Dikson and the nearest big cities, Dudinka and Norilsk, is 500 kilometers of uncivilized tundra. Access to the settlement is restricted, and you can get there only with a special pass, and only on an old AN-26 plane, which flies from Alykel Airport once a week, if there is no blizzard or fog. For the locals, everything that is not Dikson is the ‘mainland’. The ‘mainland’ has Siberia, wild taiga, roads, the usual change of day and night. ‘On the edge of the world’ there are stilt houses, “Have you seen the Arctic Fox chase the dog in the yard?”, wild tundra, open to all the winds, and endless ice, the Arctic.
(Russia Beyond "On the Edge of the Snow: Life in the Northernmost Settlement in Russia")
ロシア・ビヨンド以外では、これらの記事が町の写真が多いです↓。独特な雰囲気の美しい写真が見られますよ。
※On the Edge of the Snow: Life in the Northernmost Settlement in Russia(BIRD IN FLIGHT)
※Dikson - Russia's Arctic "capital"(The Barents Observer)
※白く凍てつく、からっぽの辺境地で(swissinfo.ch)
ディクソンの町は西のディクソン島と東の本土の二ヶ所から成っていて、写真に出てくる教科書が置かれたままの廃校などはディクソン島のもののようです。この廃墟のような風景が、この町の一種の魅力となっているのでしょう。
以下、再びwikipediaより。
ディクソン島はカラ海のエニセイ湾の北東部、北極海に面した湾口にある岩がちな島である。本土から1.5 km、北極点から飛行機で2時間ほどの距離にある。
ディクソン島の気候はツンドラ気候であり、木本類は育たず、1年の内9ヶ月以上が雪に覆われる。最も暖かい月は8月で平均5.5℃である。0℃を上回る気温は平均的には6月下旬から9月下旬まで観測される。・・・
島の北東部にはディクソンの町の西半分が立地する。急激な人口減少により2010年に島は閉村され、今ではほとんど無人と化しているが、島には空港があり、週に1度飛行機が発着する。ディクソン島とディクソン本土の2つの集落は1.5km離れており、夏には1日2便の船が往復する。冬にはアイスロードの上を車で往来する。春と秋には、2つの集落はヘリコプターによってしか行き来できなくなる。・・・
戦後、ソ連の開発戦略の下でディクソンは北極圏の主要な交通ハブとなり、軍事基地が置かれ、数々の学術調査が行われた。最盛期であった1985年~1991年ごろにはディクソンの人口は5,000人を数えたが、ソビエト連邦の崩壊後、経済的需要が低下するにしたがって急速に人口が流出し、2019年現在では500人前後にまで減少している。・・・島側の集落は2010年に本土側に移転されてインフラ設備は停止しており、現在では空港と水文気象観測所が稼働しているのみである。
(wikipedia「ディクソン島」)
ところで英語版wikipediaの「Dikson island」の記事には、次のような一文があるのです。
Dikson island was one of the transfer destinations for 1949 march deportation from Latvia.
(ディクソン島は、1949年3月のラトビアからの強制移住の移住先の一つだった。)
「1949年3月のラトビアからの強制移住」とは?
調べました。
Operation Priboi was the code name for the Soviet mass deportation from the Baltic states on 25–28 March 1949. More than 90,000 Estonians, Latvians and Lithuanians, labeled as "enemies of the people", were deported to forced settlements in inhospitable areas of the Soviet Union. Over 70% of the deportees were women and children under the age of 16.
プリボイ作戦は、1949年3月25〜28日に行われたバルト三国からソビエトへの大量強制移住のコードネームである。「人民の敵」と名付けられた9万人以上のエストニア人、ラトビア人、リトアニア人が、ソビエト連邦の住みにくい地域の強制入植地に強制移住させられた。被移送者の70%以上は、女性と16歳未満の子供だった。
(wikipedia "Operation Priboi")
※なぜスターリンは多数の民族を強制移住させたのか(ロシア・ビヨンド)
ソヴィエト時代にこんな出来事があったこと、恥ずかしながら今まで知りませんでした。
写真にある強制移住に使われた列車は、以前写真で見た祖父が満州からシベリアへ運ばれた貨車と同じだな…。
これらのスターリンによる強制移住は、現在でもクリミア問題などに影を落としているそうです。
さて、そんな町の歴史や閉鎖都市という性質に似合わず、ディクソン市のマークはとっても可愛らしいのです↓
かつて「北極の首都」と呼ばれ、シロクマが頻繁に出没するという町の特徴がよく出ていますね。
ディクソンの緯度は、北緯73度。
へぇ、バロー(北緯71度)よりも高いのか。バローは北極海に面したアメリカ合衆国最北端の町で、いつか行きたいと思っている町なんです。フェアバンクスの空港で私が乗ったシアトル行きの飛行機がちょうどバロー行きと同じ搭乗口で、乗客の殆どがエスキモーの方達でした。
というわけで、世界一寒い村オイミャコンへはパッケージツアーで行くことができますが、一般人が閉鎖都市ディクソンへ行くことは現在のところ不可能のようです。おそらく北極点へ行く方が遥かに容易です(「海外旅行が初めてのお客様でも安心 添乗員同行 北極への船旅」)。
こういう町の上空を飛行機で通っていたとは、やっぱり海外旅行は面白いね。
ちなみにディクソン港は、ソ連の国家をあげての「北極海航路」開拓の主要な拠点でした。
船がアジアからヨーロッパへ行く場合、一般的な航路はスエズ運河を通る「南回り航路」ですが、北極海沿岸を通って移動する「北極海航路」は、南回り航路に比べて航行距離が30~40%ほど短く、時間と燃料を大幅に節約でき、海賊に遭うリスクも低いため、夢の航路なのだそうです。しかしそれを阻んでいたのは、北極の分厚い”氷”でした。ソ連は軍事的な重要性から、北極海に面した国土の北側に多くの軍需産業を配置し、原子力砕氷船により北極海航路を切り拓いてきましたが、やがてソ連が崩壊し、北極海航路も本格的な実用に至ることのないまま衰退しました。
ですが近年、地球温暖化に伴い北極の氷が急速に溶け始めていることから、「北極海航路」の存在が再び注目を集めています。ロシアは2019年、ディクソン港を外国船に開くことを決定しました。ディクソンは温暖化の影響が最も顕著な町の一つだそうです。北極海航路は経済的な観点からは夢の航路といえますが、その実現が地球温暖化の裏返しであることを考えると、単純に喜んでいい話ではありません。また、北極の脆弱な自然環境への影響も強く懸念されています。
※北極海航路とは?南回り航路との違いや今後の課題について(POLEWARDS)
※商用利用が始まった北極海航路(マネクリ)
※ソ連が北極圏で成し遂げようとした壮大なプロジェクト(ロシア・ビヨンド)
更に、こんな記事も。『氷が解ける北極圏、新たな覇権争いの場に』(ナショナル・ジオグラフィック)。
「各国政府と企業が虎視眈々と狙っているのは、金、ダイヤモンド、レアメタル(希少金属)などの鉱物、石油、天然ガス、さらには漁業資源など、膨大な価値のある未開発の資源と、海上輸送コストの大幅削減が見込める新航路だ。」
北極の重要性は、北極海航路だけでなく、氷の下に眠る豊富な天然資源にもあるんですね。減少する一方だったロシアの閉鎖都市が近年再び増え始めているそうだけど、こういうことも関係しているのかな。日本の一室で私が呑気に生活している間にも、世界は色々動いているんですね…。
※ロシアが目指す「エネルギー大国」の野望を、極寒のシベリアに見た:その本気度を物語る16枚の写真(wired)
なお今回のブログ記事につけたタイトル『北の果てで見る夢』は、ナショナル・ジオグラフィック日本版の特集からとりました。
「ロシアの極北地方には、長い極夜に育まれ、凍りついて時間が止まったかのような昔ながらの暮らしと伝説が息づいている。」
ロシアの最果ての地に敢えて暮らす人々の特集です。"生活の豊かさ”ってなんだろう、と改めて考えさせられる記事でした。
最後に、トリビアを二つご紹介。
世界最北端の町はどこ?
ノルウェーのロングイェールビーンという人口2000人超の町だそうです(北緯78度)。
北緯約80度という位置のため、一年の大部分が白夜か極夜になる。白夜は4月20日から8月23日まで、暗期(Mørketiden, 太陽が昇らない、いわゆる極夜)は10月26日から2月15日までであり、このうち11月11日から1月30日までは薄明にもならないためずっと夜が続く(ノルウェー語ではこちらをpolarnatt「極夜」と呼ぶ)。暗期には晴れていれば頻繁にオーロラを観測できる。
(wikipedia)
ロングイェールビーンの位置は、冒頭のgoogle earthの画像にピンで示しました。北極点までの距離は1200kmとのことなので、東京から長崎くらいですね。観光にも力を入れているそうなので、割と容易に行くことができるようです。ネットにも日本人の旅行記が多くありますよ。
ちなみに世界最南端の町はアルゼンチンのウスアイアで、南極点までの距離は1000kmとのこと(人が住む地球最北端と最南端の町へ!アルゼンチンとノルウェーの旅)。
「北極」と「南極」の違い
オーロラが北極と南極で同時に発生するということ、初めて知りました!
私がアラスカでオーロラを見ていたのと全く同じ時間に、地球の反対側でもオーロラが発生していたということか。私達が宇宙の法則の中にあるということを改めて感じますね。
ちなみにオーロラは極地に近いほど見やすいというわけではなく、オーロラベルト(北半球の場合は北緯65度付近)と呼ばれるドーナツ状の地域で観測されます。フェアバンクスは北緯64度なのでちょうどオーロラベルトにあたり、街中でもはっきりとしたオーロラを長時間見ることができました。郊外の暗い森に囲まれて見たオーロラも神秘的で素敵でしたが、人間達が普通に生活している街中で見たオーロラもとても印象に残っています。なお英語ではauroraではなくnorthern lightsという言い方が一般的です。