風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

ロンドン交響楽団 @みなとみらいホール(9月28日)

2018-09-30 06:26:27 | クラシック音楽

開演前にコスモワールドで遊ぶマエストロ
あのコースターってちゃんとメンテナンスしてあるのか心配で乗ったことないんですけど、マエストロは無邪気ねえ(最大の褒め言葉)。わが地元を楽しんでいただけたようで何よりです。
この日の公演は当初は行く予定はなかったのですが、直前で格安でチケットを譲っていただけることになり、交通費もかからずこの値段で行かなかったらクラシックの神様の罰があたる、と行ってまいりました(計画外の出費に変わりなし…)
以下、例によってド素人の自分用の覚書ですので、悪しからず・・・。


【ヘレン・グライム:織り成された空間 Woven Space】

‘I am simply fascinated by Helen’s music … She came up through the LSO’s young composers programme and I was immediately taken by her work.’
(Sir Simon Rattle @LSO concert programme for Apr. 2018)

若い作曲家の新作ってどんなもんだろう?とあまり期待してはいなかったのだけど、思っていたよりずっと楽しめました
ラトル×ロンドン響はこういうタイプの曲がほんっとうに合いますねー。どの楽章も「あれ?ここで終わり?」という終わり方だったけど、それもまたよし。
私は二楽章がダントツで好きだったな~
風の変化、水滴の粒、木の枝のしなり、勢いよくのびてゆく枝の力強さ、そんな生命力のようなものが、もっっっのすごく綺麗な音で繊細に表現されてた(あくまで私の解釈)。その様がステージ上に立ち上るのだから、ロンドン響の上手さはもちろんだけど、作曲の上手さもあるのだろうなと。
精神性で訴えるタイプの曲ではないけれど、感覚的に気持ちいいタイプの曲というか。
この二楽章の演奏はもうほんっっっと綺麗で、トランス状態になってしまった。今回の来日公演は『不安の時代』、この曲、『マ・メール・ロワ』、『シマノフスキ vn協奏曲1番』と、チェレスタがいっぱい聴けるのも嬉しいです。
3階正面で聴いていたんですけど、みなとみらいホールってあんなに繊細な音まですっきりと拾えるホールだったっけ?
ラトルと楽団ごとに持ち帰って時々こういう曲を演奏してもらいたいわ~と思ってしまった。
でも演奏後の会場の反応はイマヒトツでしたね。まあ反応の別れるタイプの曲だよね。
この演奏を聴いて翌日のシベリウスが楽しみになりました♪

(休憩20分)

【マーラー:交響曲第9番 ニ長調】

‘It’s completely haunted by death but is actually all about life.’

(Sir Simon Rattle – Interview (Gramophone, March 2008) by Peter Quantrill)

このインビューは帰宅してから見つけたもの。
会場で聴いているときは、実はかなり戸惑って聴いていました。
第一楽章の初っ端から知っている曲とは全然違う。二楽章も三楽章も、もちろん四楽章も。
一昨年聴いたヤンソンス×バイエルン放送響と今年聴いたハイティンク×コンセルトヘボウのマーラー9番はどちらも私の中で忘れ難い強い何かを残している演奏で、でもそれぞれの解釈は全く違うと今日までは思っていたのだけれど。
今回のラトル×ロンドン響を聴いて、これと比べるとヤンソンスとハイティンクの解釈は同じカテゴリーなのだな、と。つまり、最後に人の生の終わりを感じさせる種類の演奏。

一方、今回のラトル×ロンドン響の演奏の印象を一言でいうなら、「元気のいい健康な肉体のマーラー9番」。死の匂いが全くない9番。
4楽章後半の盛り上がる辺りでステージ上に私が見た情景は、そのまんま『アルプス交響曲』のそれだったんです。
山でも街でもいいですが、さぁー・・・っと美しい夕映えが広がって行く感じ。それはもうめちゃくちゃ美しい夕映えですよ。
やがて夜の帳が下りてきて。
そして最後は「あぁ、山あり谷ありの一日(←二楽章&三楽章)が終わった。明日からまた頑張ろう」と一日の心地よい疲れとともに眠りにつく・・・という情景です。

人生の終わりじゃないですよ、一日の終わり。言葉そのままの意味の眠りです。
怖いくらいの美しさも慟哭も痛切に胸に迫るものも告別の透明感も感じることはできなかったけれど、若々しさや生への讃歌みたいなものはいっぱいに感じることができました。

・・・ってマーラー9番がそれでいいんかい

と思ったけど、上記インタビューを読むと、本当にそういう風に聴いても構わない演奏のようで(私の受けとり方はさすがに乱暴かもだけど。一応死を描いてはいるつもりらしい)。
ラトルにとって9番は8→9→10番と続く流れの一部であり、ハイティンクやヤンソンスほどにはこの曲を「特別なもの」とはとらえていないことは、演奏会のプログラム構成からもわかります。
なるほど。これはこれで忘れ難いマーラー9番の演奏体験になったように思う。聴けてよかったと、心から思います。

ただ、音楽が自然に流れずに、指揮者の意図が演奏に透けて見えているようにしばしば感じられたのは、ちょっと気になってしまった。これはネルソンス×ボストン響の1番を聴いたときに受けた感じと似ているなぁ。でもラトルの中では曲全体の確固たるイメージがあるのであろうことは聴いていてわかりました。私にその全体像がイマヒトツ掴めなかっただけで。。

あとこれは従来の演奏に私が縛られてしまっている理由がきっと大きいと思うのだけれど、ここで聴こえるあの音が最高に綺麗なのに!という音をあえて聴こえなくさせて、ここで盛り上げていけば別世界の光景が広がるのに!という部分をあえて淡々と流して、ここの一瞬の沈黙が全てを物語って最高なのに!という部分に沈黙をいれないで、ここを鋭く演奏すると最高にかっこいいのに!という部分を滑らかに演奏させて、ガラッと空気が変わるはずの部分を変えないで、、、そういう諸々が単純に「もったいない」と思ってしまったんです。ラトルの見せたい世界を見せるためには、これほどの犠牲を払わないとならないのだろうか・・・と(ラトルはそれを犠牲とは考えていないと思うけど)。どうしても、あれらに変更を加えるのはもったいないと思ってしまう。従来の演奏の仕方をすればあんなに美しい曲なのに、と。。3楽章もああいう演奏だと苦悩のようなものが全く感じられなかったし。。ロンドン響の技術が及ばないのだという感想も見かけるけど、少なくともあれらについては明らかにラトルの指示によるもので、オケはそれを従順に実行していたように聴こえました。
なんて、ど素人がエラそうにごめんなさい
あ、3→4楽章への殆ど休みなしの繋げ方は、私は嫌いじゃなかったです。休みありももちろん好きですが。
上記インタビューによると、ラトルが得意としているのは2番、7番、10番なのだとか。10番、聴いてみたいなあ。ラトルさん、次回の来日で持ってきてくださいな。
ところでラトルはブルックナー9番も4楽章付きの完全版を基本の演奏としているんですね。こちらも好みが分かれそうですが笑、一度聴いてみたいです。

演奏後の会場はブラボーの嵐でした。
サントリーとプログラムが被ったので客の入りはあまりよくなかったようですが(私は3階正面席で1階の様子が見えなかったので正確にはわかりませんが)、最後の静寂もしっかり保たれ、マナーのいい客席だったのではないでしょうか。
2回目のソロカテコはラトルさんはワインを持って登場されたのだとか(私は一回目のカテコまで見届けて退場)

翌日はロンドン響日本ツアーの最終日@サントリーホールに行ってきました
感想は後日(素晴らしかったです!)。
結局BRSOの時と同じく、全曲コンプリートしてしまった。。。チケットを大人買いするこの癖、どうにかしたい。。。でもたぶんあと1年位で落ち着く、はず。歌舞伎もだいぶ落ち着いてきたし。


ロンドン響のヴァイオリニストさんの23日のtwitterより


横浜がマーラー9番ツアーの最後だったんですね。


25日のお写真。パーヴォさん、バレンボイム×SKBのブルックナー・ツィクルスの客席にもいらっしゃってましたよね。他の人の演奏をよく聴きに行く音楽家って、なんか好感持てます

※Maestro Simon Rattle on Berlin, London and career high notes(28 Sept 2018, The Asahi Shimbun)
Why Simon Rattle is the Tony Blair of classical music(10 Feb 2015, The Telegraph)
The Very Model of a Modern Maestro (the weekly standard, June 22, 2018)
Interview Simon Rattle: 'I would have been wary about taking the job had I known about Brexit' (The Guardian, August 4, 2017)

上のような記事を読むと、ラトルとベルリンフィルの間には色々なことがあったんだなぁと。。。ドイツのメディアとの間にも。

Dutch conductor Bernard Haitink and the Berlin Philharmonic Orchestra have enjoyed a collaboration lasting decades. However, it is not only this orchestra that treasures this artist. When asked with which conductor he most liked to hear his orchestra playing, Sir Simon Rattle immediately named Haitink.
(28 Mar 2015, Festival hall baden baden)

前にも紹介したこの記事(元記事はもうなかった)。どの指揮者が指揮しているときのベルリンフィルを聴くのが一番好きか?と質問され、ラトルはハイティンクと即答します。のびのびとした清らかで表情豊かな音がするからだそうで、ハイティンクがBPhを指揮したときはラトルにはすぐにわかるのだとか。
これ割と好きなエピソードなんですけど、今読むと、なんか色々考えちゃいますね ラトルはそういう自由な音をLSOに求めたのだろうか。指揮者とオケの相性ってやっぱりあるのだろうなあと思う。しかしその割には16年間って長いですよね。それこそ山あり谷ありだったかもしれないけど、お互いにとって良いこともちゃんとあったのでしょうね。そういうことを思ってあのマーラー9番を思い出すと、ちょっとじんわり来るかも・・・。“I accept this”(上記Gramophone)って・・・。そして先へ進む、と・・・。うわぁ・・・。
ベルリンフィルは一度ぜひ生で聴いてみたいオーケストラです。先日のアムステルダムでハイティンクの公演の数日前にラトル×ベルリンフィルのさよならツアーの最終公演があって、私が見たときはまだチケットが残っていたので0.5秒くらい迷ったのだけれど(東京よりずっと安かったし)、ポーランド旅行の方を選んだのであった。まぁ後悔はしていませんが。

そういえば今思い出しましたが、以前読んだハイティンクの昔のインタビューによると、ベルリンフィルの芸監選び(結果的にアバドが選出されたとき)の最終段階の時期にBPhの人間が彼を訪ねてきて「あなたが選ばれる可能性は極めて高い」と言われ、彼は「自分にその仕事は向いていない」と、「そもそも自分は少し歳をとりすぎており、また現代の商業的圧力に耐えられるほどタフな人間でもない」と答えたとのこと。そしてこの一件について「残念な気持ちは全くない。もしベルリンフィルの芸監になっていたら、それは自分にとって地獄だったろう」と。また「これで彼らと一緒に仕事ができなくなるとしたら残念だったが実際はそうはならず、より親密な関係を築けている」と。こういう道もあるのだねぇ。でもラトルはこの頃のハイティンクと現在同年齢で、ハイティンクもROH時代について後年"a rotten time"と振り返ったりしているので(音楽的な理由ではありませんが)、何事も経験、ですよね。ちなみにハイティンクはカラヤンについてはラトルと似た考えのようで、"I admired him as a musician very much, but not as the man who created a monopoly and enormous riches. It's not good for the profession."とのこと。 
ハイティンクは2004年のインタビューで「強いて世界一のオーケストラを挙げるとしたらどこだと思うか?」と聞かれ、「ベルリンフィル」と答えています(奥様には「あなたは最後に振ったオーケストラをいつも一番好きになってしまうのでしょ」と言われるそうですが。でもってそのご性格ゆえにここでRCOとは意地でも答えないと思いますが笑)。そしてこのオケが指揮者に対するときの独特な姿勢と音楽作りについて“There is the saying about Venice that all the cities are the same, but Venice is just a little bit different. One could say it about the Berliner Philharmoniker.”とも(in conversation with Klaus Wallendorf, BPh, 2015)。

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ロンドン交響楽団 @サントリーホール(9月24日)

2018-09-28 02:12:03 | クラシック音楽

旅行記の途中ですが、ロンドン交響楽団2018年来日公演の東京初日に行ってきたので感想を。

ロンドン響の“個性の少ないさっぱりとした音色”は本来の好みとは違うのだけれど
過去に聴いた全ての演奏会の中で間違いなくベスト3に入る演奏を聴かせてくれたのも、このロンドン響で(2015年のハイティンクとのブルックナー7番@川崎)

【バーンスタイン:交響曲第2番『不安の時代』】
今回の来日公演はラトルが音楽監督に就任して初めての日本ツアーで、その同行者がツィメさんであると知り、おお、ではついにこの光景↓が生で見られるのかっ と早々にこの日のチケットを買った私でしたが、

@LSO twitter

今回、より重要な意味を持っていたのはこっちのコンビ↓の方なのだ、ということを間もなく知ったのでございました。



バーンスタインは70歳のときにツィメルマンのピアノでこの曲を指揮していて、そのときバックステージで「僕が100歳になったときもこの曲を一緒に演奏してくれるかい?」とツィメルマンに聞き、二人で約束したそうです。
けれどそれから2年後の1990年、バーンスタインは病で死去。
ツィメルマンはその約束を覚えていて、バーンスタインの100回目のバースデーを迎えた先月25日にラトル×ベルリンフィルとこの曲の録音をリリース。そして8月から9月にかけてエディンバラ、ザルツブルク、ルツェルン、今回の大阪、東京とこの曲を携えてラトル×ロンドン響とツアーを行っています。
なお亡くなった年の最後の来日公演でバーンスタインがサントリーホールで指揮をしたのも、ロンドン響だったそうです。

“I realised two years ahead of Lenny’s centenary that he was about to be one hundred. So I looked into the music again – and it’s great. It’s so much fun. And it’s so much like him – with all the freshness and flexibility and craziness of his character.”
(Krystian Zimerman, Deutsche Grammophon)

今回の公演にあたり予習で聴いたのは1986年のバーンスタイン×ロンドン響とのツィメルマンの演奏でしたが、今日のピアノはそれよりずっと温かな音に私には聴こえました。本来ならサントリーホールよりもミューザのようなクリアな音響の方が合っている曲のように思うのだけれど、舞台上で絶えず嬉しそうな穏やかな笑みを浮かべてオケを見ていたツィメルマンの姿に、こういうのもいいものだな、と感じたのでありました。

 “Facing another long day of servitude to wilful authority and blind accident, creation lay in pain and earnest, once more reprieved from self-destruction, its adoption, as usual, postponed."
(詩のラストの一文)


一夜の夢が覚め、マンハッタンの夜明けとマリンの信仰告白が重ねられるようにラストに向けて音楽が盛り上がっていくところは、「今日も一日刑の執行を延期され、苦痛と緊張の中に横たわっている世界」を諦念も感じさせながら描く原作の詩のラストと比べて、曲の方は明らかに壮大というか前向きというか無邪気というか楽観的ですよね。人間の中で信仰がもつ力について、より強い確信を感じさせる。この詩を最初に読んだときの作曲家の心の感動が伝わってくるようで、なんだか微笑ましいような気持ちになります。こういうのを聴いていると、バーンスタインという人はいい人だったのだなあ、と感じる。良い意味でアメリカ人というか。私はそういう”アメリカ的”が嫌いじゃない人間で、一方でオーデンが“It really has nothing to do with me. Any connections with my book are rather distant.”と言った気持ちもわからなくもない気もしたりするのだけれど。

In comments prior to a BBC telecast of the London Symphony Orchestra’s performance of The Age of Anxiety with Krystian Zimerman, Bernstein conducting, the composer noted:
They become very close, these four characters, and when the bar closes, they are invited by the girl to come up to her apartment for a nightcap….It’s all fake of course, fake hilarity (which comes) not to grief, but to nobility. They pass out, and somewhere in the aftermath of this false hilarity….at least one of the characters does find the core of faith, which is what one is after, and what I am after in, I guess, every work I ever write.
(Experiencing Leonard Bernstein: A Listener's Companion)


私はとても好きです、この曲。
音楽という方法を用いることで情景や心情がより鮮やかに表現されることに成功しているし、なにより上手に演奏されると聴いていて実に楽しい(ただ原作の詩はやっぱり多少知っておいた方が楽しめる曲だとは思いますが)。今日の演奏を聴いて改めて思ったけれど、この曲は一つの章から次の章に移るときの流れがどこももっっっのすごくカッコイイんですよね  聴いていてゾクゾクしちゃいました。Prologueの最初のクラリネットが作り出す雰囲気も素晴らしかったなあ。

ツィメさんについては、先ほども書きましたが、終始嬉しそうな穏やかな微笑を浮かべていましたねぇ
"The Seven Stages (dream-quest)"でのラトルとのめっちゃ楽しそうな笑顔でのアイコンタクトなどなど、二人の表情を見ているだけでも楽しくて、当初のもう一方の目的も1000%満足させていただいちゃいました。演奏後のギュッと抱きつくようなハグにしても挨拶にしても、ラトル相手の仕草がいちいち可愛いツィメさん。仲がいいんだなあ。ラトルの方が2歳上でしたっけ?演奏の息も文句なしのピッタリ!
ツィメルマンのクリアで柔らかみの少ない音はこの曲に非常に合っていて。時代や世界を表しているようなオケの音の中を彷徨う、透明感のあるピアノの音。主人公の孤独な魂。一昨年のベートーヴェンのピアノ協奏曲のときもそうだったけど、ツィメさんの音ってこういうオケとは異質の存在を表わすのにすごく合ってる。一方でこの作品のスケール感も出せるのがこの人の凄さだなあ、と改めて感じた夜でした。強いて言うなら"The Masque"はもう少し浮かれ騒ぎ感が出ていてもよかったような気もしたのと(そういえばツィメさんもラトルさんもジャズがお好きなんですよね)、強奏時のオケにピアノが埋もれて聴こえないときがあったくらいだろうか。これは正面席でも同じだったようで。でもそんなの全部超えちゃって、やっぱりツィメさん最高だわ~~~と聴き惚れてしまった。

ロンドン響も同様で、温度や癖の少ないその音色(もはやこのオケの個性と言ってもいいように思う)がこういう曲にはピッタリで。エッジをきかせた音の鋭さとか、強弱が移り変わるときの繊細な鮮やかさとか、とてもよかった。少なくともこういう曲においては、ラトルとの相性は最高だと思いました。このオケを聴くのは今回が3回目だけど、「ロンドン響って巧いオケなんだなあ」という感想は今回初めて持った。いい緊張感をオケに与えられる指揮者なのでしょうね、ラトルさんって。

ああ、本当に贅沢なものを聴かせてもらいました。。。幸せです。。。

ところで今回ホームページと会場扉前にこんな案内↓が。

■9/23(日)大阪・フェスティバルホールおよび、9/24(月・祝)東京・サントリーホールで行われる、サー・サイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団の公演ですが、演奏者の強い希望により、前半のバーンスタイン「交響曲第2番・不安の時代」の演奏中は途中入場が出来ません。またホワイエのモニター映像も音声もオフにさせていただきます。

まさかのバーンスタインでの通さん場。のみならずホワイエのモニター映像音声までオフとは・・・。大阪は後半がマーラー9番だったのに、マーラーではなくバーンスタインを指定しているということは、この「演奏者の強い希望」って明らかにラトルでもオケでもなくツィメルマンですよね。ワタクシこの日はものすごく体調が悪くてサイアク途中退席すればいいやと思っていたので、HPでこの案内を読んだときは絶望的な気分でした・・・。まぁ実際は演奏が楽しくて体調もすっかり良くなったのですけども。でもシフやツィメさんの演奏に対するこういう真摯なこだわりは好きです。

(休憩20分)

【ドヴォルザーク: スラヴ舞曲集op.72(全曲)
そういう音のロンドン響なので、こういうタイプの曲にはやっぱり合わないなぁ、チェコフィルのような音で聴きたいなぁ、と最初は感じたのだけれど。
今日のようなスラヴ舞曲もこれはこれでいいものだなぁ、と。なんというか、チェコフィルとは別の意味でとても美しくて。ハーモニーの重なりがすごく綺麗で。
ラトルのイメージから勝手に想像していたよりも、ずっと優美で美しいスラヴ舞曲の演奏だった。特に3番とか意外でした。一方で7番のあの痛快さ!
この曲に欲しいこってり感も土臭さも全くないけれど、色んなタイプの曲を次々と美しい演奏で聴ける楽しみは無類で、あああと〇曲で終わってしまう、もっと聴いていたい、と思いながら聴いていました。
ラトルさんって面白い指揮者ですね。「好みな演奏ではないけど悪くない」ではなく、「好みな演奏とは違うけど、これも同じくらいいい」と思わせてくれるのだもの。まあ、どの曲でもそう感じられるわけではないとは思いますが。
この曲を振っているときのラトルはとても楽しそうで、幸せそうだったなあ。時々全く振っていなくて勝手にオケに演奏させてたのもなんだか面白かったわ(指揮者のああいうの初めて見た)。
そして、死ぬということはこういう音楽を聴けなくなるということなのだな、と思いながら聴いてしまった。友人も、もっともっと聴きたかったろうと思う。お母様も同じように仰っていた。できるだけそういう風には考えないようにしてきたけど、やはりそう思ってしまう。なぜならこの演奏を聴きながら、やっぱりもっともっと生きていたい、と私自身が思ってしまったから…。今頃友人も天国の演奏会を楽しんでくれているといいのだけれど。
この曲で彼女を思い出したのはドヴォルザークの旋律のせいかなと思ったけれど、これを書いていて思い出しました。友人と一緒に聴いた最後から2番目の演奏が、この曲だった。スラヴ舞曲第二集の第8曲。昨年10月のチェコフィルの来日でビエロフラーヴェクへの追悼として演奏されたアンコールでした。

【ヤナーチェク:シンフォニエッタ】
私はトランペット隊のすぐ近くの席だったんですけど(LSOのストリーミングでは彼らはステージ後方だったので今回もそうかと思っていたら、まさかのP席後方)、休憩時間に擦れ違うときに会釈してくれたり、演奏前後に周りの席の人に気さくに話しかけてたり、楽しい人達だった 。そしてステージ上からはこれまためっちゃ楽しそうな笑顔でこっちを見上げてくるラトルとコンマスさん(そういえばこのコンマスさん、ステージから転がり落ちそうだった前回来日時と違って今回は大人しいですね)。そんな席なのでトランペットの音量は耳をつんざくレベルで。ステージ上の音とのバランスもなにもあったもんじゃなかったけど、それも含めて、すごく楽しかったです。これは生で聴きたい種類の曲だねー。
最後の全奏も壮麗だったなぁ。綺麗なエネルギーが会場を満たすようだった。ヤナーチェクもチェコの作曲家だけど、こういう曲にはロンドン響の音色はよく合いますね。
演奏後にトランペット隊に拍手を送っていたら彼らが不意に困惑した顔で笑いだしたのでステージに目を移すと、ラトルがオケにP席へ挨拶させていたのでした。つまりトランペット隊は同僚に挨拶される形になっちゃって、「この状態はおかしいよな。後ろを向くか??」とみんなで壁を向いたりして、お茶目なおっちゃん達であった

ソロカーテンコールは大盛り上がり。ラトルは誰もいないオケを立たせるジェスチャーをしたり、まだ残っていたコントラバスさんを巻き込んで一緒に拍手を受けたり、サービス精神旺盛でした

次回は金曜のマーラー9番@みなとみらいに行ってきます。



Happy 100th Birthday, Lenny! 100回目のお誕生日おめでとうございます

※オーデンは『不安の時代』の前に『1939年9月1日 September 1, 1939』という題の詩を書いていて、その設定は『不安の時代』のプロローグと大きく重なっていて、元となった詩とも言えるものです。この詩は2001年のアメリカ同時多発テロ直後にアメリカで非常に注目を集めたそうで(恥ずかしながら私は知りませんでした)、オーデンの詩に描かれた社会や人々の心のありようが、彼らのそれに重なっていたからだそうです。1939年9月1日とは、ナチスドイツ軍がポーランドに侵攻した日であり、第二次世界大戦の始まりの日。
ツィメルマンがオーデンの詩をどう捉えているかはわかりませんが、オーデンの徹底した反権威主義の姿勢はバーンスタインはもちろん、彼にも通じるものがあるのは間違いないと思います(ラトルもかな)。彼は先日ルツェルンでこの曲の演奏後にスイスの内戦国への武器輸出に反対するスピーチをスイスの大物政治家を含んだ聴衆の前で行ったそうですが(詳しくはこちら。ツィメさんは相変わらずぶれませんね)、そういうこの人の行動力と人としての責任感を私は指示したいと思います。そして「ではあなたはどうなのか?」と突きつけられている気分になるのも、前回ベートーヴェンp協を聴いたときと同じ。でもそれは決して不快な感覚ではありません。音楽と政治は切り分けるべきという意見もあると思いますが、「パデレフスキは私のアイドル」と言うツィメルマンにとって、それらは自然に共存しているものなのでしょうし、私もそれでいいと思います。
そういえば、札幌のパシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)は、バーンスタインとロンドン響が創設した音楽祭なのだそうですね。その目指すものは音楽教育を通じた平和(国際相互理解)。

The Guardian(Glyn Maxwell, 10 Apr 2010):WH Auden's 'The Age of Anxiety'
Leonard Bernstein 100: Symphony No.2: The Age of Anxiety (1949)
Experiencing Leonard Bernstein: A Listener's Companion(Kenneth LaFave)

Sir Simon Rattle: Bernstein Wonderful Town and Age of Anxiety




27日のNHKホールでのシンフォニエッタのトランペット隊とラトルさん
トランペット隊は現地調達するのかと思っていたら、向こうから一緒に連れて来てくれるなんて最高に贅沢&嬉しい♪
トランぺッターのお一人はこの日が最後の日だったんですね(正式な引退は6月だったけど、この夏の間はヤナーチェクのトランぺッターとして参加されていたとのこと)。





Janáček Sinfonietta // London Symphony Orchestra & Sir Simon Rattle
今回のツアーに先だって9月19日にバービカンで行われたヤナーチェクの演奏。

Live from backstage: Janáček Sinfonitta & Sibelius Symphony No 5

同日のバックステージの様子。トランペット隊の方達のインタビューも。これから東京に行くんだって仰っていますね(大阪という名前が思い出せないらしい人達笑。大阪ではヤナーチェクはなかったですしね)


【マエストロ・ラトルに聞く】
ロンドン交響楽団(LSO)を率いて9月に来日する、同楽団音楽監督のサー・サイモン・ラトル氏(以下R)に聞きました。

―LSOのこと、今後の活動についてお聞かせください。

R:私は15年以上もベルリンという地で、ベルリン・フィルというスーパーなオーケストラの芸術監督を務め、そして故郷へ帰ってきました。LSOは私にとってとても新鮮!ずっと外国を本拠にしていた、という意味からでもあるけれど、ロンドンではフィルハーモニア管を振ることが多く、ご存知の通り私はバーミンガム市交響楽団の音楽監督としてそこにエネルギーをフルに注いでいましたからね。しかし今こうしてLSOの音楽監督となって活動を始め、改めてLSOの素晴らしさに目を見開かれています。灯台元暗し、ですね。
そして私たちは今後もっと向上していきたい。もちろん死んだ演奏は無意味で、1回1回生きた演奏をしていかないといけない。そしてLSOが今まで続けてきた理念の1つは、私がベルリン・フィルと進めてきたこととリンクしていて――それはオーケストラの、社会における教育的、社会的使命。これらをすべて含めて、やりたいプランはたくさんあります。ワクワクしていますよ。


―バーンスタイン生誕100年にあたるツアーに「不安の時代」を選んだ理由を教えてください。

R:レナード・バーンスタインは言うまでもなく、20世紀の巨人のひとり。作曲家としても指揮者としても。私の父はジャズをやっていたし、自分もドラムをやっていたし、バーンスタインの作ったミュージカルやジャズ的な音楽は憧れでした。バーンスタインの音楽は大好きです。
彼のミュージカル「ワンダフルタウン」はベルリンでもジルベスターコンサートでやったし、ロンドンでも先日やりました。つくづく素晴らしい音楽です。
そして知っての通りバーンスタインには別の顔もあって―― いや、別ではないですね、同じ根っこから違う方向で表現をした、というべきか―― とてもシリアスな交響曲を3つ書きました。その1つが「交響曲第2番・不安の時代」。イギリスの詩人W.H.オーデンによる、第2次世界大戦中の人々の苦難や孤独を書いた詩を、6楽章の交響曲として音楽にしたものです。
ここにはオーデンの詩とともに、バーンスタインの愛と祈り、伝えていかなければいけないという強い思いがつまっていて、私もこの曲をぜひ彼の生誕100年というメモリアルイヤーにあちらこちらで演奏したいと思っていたのです。そしてこれはピアノ協奏曲的な音楽で、ピアニストがとても重要なのだけれど、実はクリスチャン(・ツィメルマン)は昔、バーンスタインがLSOでこの曲を指揮したときのソリストで―― 彼はバーンスタインにすごく信頼されていたからね。ウィーン・フィルとブラームスやベートーヴェンの協奏曲を全部録音しているし―― そのときからマエストロが、自分が100歳になったらまたぜひこの組み合わせで演奏しよう!なんて冗談を言っていたらしい。指揮者は自分になっちゃったけど、概ね実現しましたね。こうして最高のピアニストであるクリスチャンとのコンビで、今シーズンはベルリン・フィルともLSOとも、この「不安の時代」をツアーに持っていっています。

―大阪だけで実現する、バーンスタインとマーラーのカップリングについて一言お願いします。


R:前者と後者には、どこか精神的に共通したものがあると思うし、どちらの曲にも強い祈りがあります。それに何しろバーンスタインは、皆さん知っての通り、マーラーの演奏には情熱のすべてを捧げていた。マーラーその人になりきってしまい、本当にすごかった。マーラーの使徒。作曲家と指揮者の感情のありとあらゆるものが音として伝わってきました。
そして私自身、マーラーの「第9」は特別。スペシャルな曲です。1991年にバーミンガム市響と来日したとき、そして2011年のベルリン・フィルとの来日公演でもこの曲を演奏しましたから、日本では今度で3度目。図らずも音楽監督を務めるオーケストラと日本に行くときには、必ずこの曲を指揮していることになります。本当に偉大な曲です。

(大阪フェスティバル公式ブログ 2018/08/01)


「サイモン・ラトル」 サントリーホール30周年記念 世界のアーティストからのメッセージ動画


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アムステルダム2日目①

2018-09-22 01:13:29 | 旅・散歩

旅行記つづき。


本日は唯一演奏会のないフリーの日。
9時入場のゴッホ美術館のチケットを買ってあるので、それまでに朝食を済ませねば。
朝食は7時からと勘違いして降りて行ったら食堂は真っ暗で、廊下でボケー・・・としていたらやがてオーナー父が起きてきて7時半からと教えてくれたのでありました(最初にもらった紙にちゃんと書いてあった











スタッフのお兄ちゃん、この日の朝にカプチーノをお願いしたら、翌朝も「あなたはカプチーノだね」とカプチーノをいれてくれ、いや今日はブラックがいいんだけど・・・と思ったがせっかく覚えてくれてたので有難くいただきました。
オーナー父が一人一人に焼いてくれるパンケーキはとっても美味 
アムステルダム滞在中でここの朝食が一番美味しかったかも あと屋台のニシンサンド



宿から徒歩数分のゴッホ美術館
この円形の建物は特別展などに使われる別館(黒川紀章の設計)で、本館とは内部で繋がっています。


このとき行われていた特別展は「Van Gogh & Japan」で、昨年東京に来ていたものと同じもの。私は東京では行かなかったので、今回見られてよかったです。オーディオガイドの説明もわかりやすかった。しかしこの特別展を見て改めて思いましたが、ゴッホって本当にもっっっのすごく日本という国に美しい夢を見ていたのですねぇ
特別展はとても空いていたけれど、常設展の方は10年前よりも混んでいたなぁ。前回は晩年の絵に心動かされた私でしたが、今回は小さな自然や素朴な人々の暮らしに向けられたゴッホの眼差しが心に残りました
しかし作品数は膨大で非常に充実した内容ではあるけれど、入館料€23って・・・オランダの物価はほんと高い




浮世絵仕様なロビー


ミュージアムカフェの、なんちゃらベリージュース ケーキや軽食もありました。
そういえば、ポーランド航空で飲んだブラックカラントジュースも美味しかったなぁ

さて、トラムに乗って、次の目的地へ移動しましょう
トラムのチケットは運転手から買えるけど、現金不可で、カード払いのみ。世の中から現金が消える日は私が思っている以上に近いのかもしれない。
宿でもらった市街マップにはトラムの停留所名が全部は書かれていなくて、自分の降りたい停留所はどうすればわかるのかと宿の兄ちゃんに聞いたら、ドットの数を数えていればOKと。なるほど。実際それで問題なかったです。
それは問題なかったのだが~。
アムステルダムのトラムの降り方って、降車ボタンを押してチケットをピッとかざすだけではドアが開かないんですね 更にドア横のOPENボタンを押さなければならない。今回最初に乗ったとき(10年前にも乗ってるが)それがわからずボーっとドアが開くのを待っていたら、トラムが発車してしまった。近くの男性が急いで押してくれたけど、時遅し 周りの観光客が口々に降り方を教えてくれました。それ以降は私も同じ状況に陥っている人に教えてあげたのであった。困ったときの観光客ネットワーク
せっかくなのでこのまま終点の中央駅まで行くことに。


車窓から見えた、アムステルダム市立劇場


その横のライツェ広場


久しぶりのアムステルダム中央駅。東京駅のモデルになった駅です。
前回はブリュッセルから鉄道でこの駅に着いたのだった。


駅前の眺め。
写真左の建物には観光案内所やカフェが入っています。
ここから再びトラムに乗車。慣れるとやっぱりトラムは便利。


と言ったそばから間違った番号のトラムに乗ってしまい、レンブラント広場で慌てて下車。
今回の旅行、どうもいつも以上にうっかりが多い 一人旅って多少間違えても誰にも迷惑をかけないので、ついテキトーに行動しがちになってしまう。
写真は、広場のレンブラント像と3D夜警団。
そして正しいトラムに再び乗車。


そうそう、ここで降りねば。
オランダ国立オペラ&バレエ。
といっても目的地はここではなく。
えーと・・・


お、なんかディズニーシーのような眺め (TDSはヴェネチアだけど)


水のある街の風景っていいですよね。


えーと・・・


んーと・・・


地図によるとこの辺りのはずなんだけど・・・(っとにゴミゴミしてるなぁ)


だめだ、ギブアップ。
そしてお約束の・・・

そこの地元の人らしきおばさま達~~~ヘルプミ~~~


とても親切に教えていただき(オランダ人ってみんな流暢に英語を話しますよね)、到着~~~。てか地球の歩き方の地図、わかりにくすぎだわ
この赤と緑の窓の可愛らしい建物は、レンブラントが住んでいたおうち🏠です。隣の新館(彼のエッチングなどを展示)とは内部で繋がっています。ミュージアムへはこの新館の入口から入ります。
10年前に来たかったけど時間がなくて泣く泣く諦めた場所だったので、今回来られてよかった。


1606年築。こういう建物が何気なく残っているのがヨーロッパの街のいいところですよね。
裕福な家のサスキアと結婚し画家としても絶頂期にあったレンブラントは、1639年にこの家を13,000ギルダーで購入し、経済的に困窮し売り払うことになる1656年まで住んでいました。『夜警』が描かれたのもこの時期。


建物内部は最新の研究に基づき当時のインテリアが再現されています。こういう展示は楽しくて大好き  いろいろ可愛い
この部屋は台所で、奥のベッドは召使のためのもの。ベッドの長さが異様に短いのは、当時の人は小柄なうえ少し上体を起こす姿勢で寝ていたからとのこと(by 日本語オーディオガイド)。


フェルメールの『牛乳を注ぐ女』の絵のような台所


寝室兼応接室。
沢山の絵が飾られています。


玄関ホール的な部屋




のんびりと外の景色を眺めている警備員さん笑


可愛い小窓


小窓の奥はこんな感じの小部屋で、事務室として使っていた部屋のようです。


この白い部分は大理石のように見えるけど、木製。だまし絵ですね。


玄関ホールの隣の待合室。
この暖炉も、大理石ではなく木製です(下の柱部分は確か本物の大理石だったような記憶)。


このドア枠も。


ね?
フェルメールの絵にも大理石を模したヴァージナルなどが描かれていますが、当時こういうインテリアが流行っていたのだろうか。大理石よりは安価だけど、これはこれで結構手がかかってる気がする。レンブラントなどは自分で彩色するのが絶対に一番いい仕上がりになりますね


ロープがないと上がれない急な階段。
豪邸のはずだけど、あまり豪邸ぽくはない雰囲気のおうち。
以前行ったアントワープのルーベンスの家はThe豪邸という風だったので、だいぶ雰囲気が違います。どちらも工房を兼ねたおうち。


破産時(正確には破産ではないそうですが)の競売リストをもとに再現したという、レンブラントの蒐集の数々。昆虫標本や貝殻など実に多様。これらのための出費が、破産の大きな原因の一つといわれています。




レンブラントのアトリエ。
光が最も多く射し込む部屋だからだそうです。


その部屋でクロスワードパズルに夢中の警備員笑


弟子たちのアトリエ。
ふつーに撮った写真もオランダ絵画ぽくなる 

日本画では光と影の表現に重きが置かれず(代わりに線描に重きが置かれた)、西洋画ではそれらに重きが置かれた理由が、今回実感としてわかった気がします。伝統的な日本家屋って、障子から全体的に柔らかな陽光が入るじゃないですか。だから光は当たり前にそこにあって、光と影の境が曖昧で、その存在が強く意識されることはないように思う。一方で窓の小さな西洋家屋は光と影のコントラストが強烈で、画家がこれを意識しない方が不自然なのではないかしら。
そしてこの光と闇の境界の感覚の違いは、絵画だけでなく、東洋と西洋の精神的な文化にも影響しているように思われたり。うーん、面白いなぁ。


最後にレンブラントのエッチングなどを見て、見学終了。
レンブラントやフェルメールの絵画の世界に入ったような気分になれるこのミュージアム。この時代の絵が好きな方にはオススメですよ

この時点で16時過ぎ。
日の長い夏のアムステルダムのお散歩はもう少しつづきます。

※追記:レンブラントの家については、こちらのブログ様がとても詳細に書かれています(勝手にリンク失礼します)。

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アムステルダム1日目

2018-09-12 00:47:29 | 旅・散歩

すっかり季節は秋になってしまいましたが、夏の旅行記の続きを。



4時過ぎに起床。ねむい。。。
飛行機は7:20発でシェンゲン内の移動だけど、やっぱり2時間前には行っておいた方がいいよね。


短い間ですがお世話になりました~


ホテルから空港までは徒歩10秒なので、5時過ぎには空港に到着。
ポーランド航空のカウンターには既に行列が。
保安検査もちっとも列が進まないし、2時間前で全然早すぎではなかった。


一国の空の玄関口とは思えぬ非常にコンパクトなワルシャワ・ショパン国際空港。エンターテインメントな楽しみは皆無だけど、利用しやすいサイズの空港でした。
保安検査後の売店で、Tシャツやらwawelの袋詰めチョコレートやら買い残しのお土産を購入し、ズロチを使い切る。帰りにまたワルシャワを経由するので、チョコレートが美味しかったらそのときに買い足そう♪と思っていたのに・・・・・よもやこの空港に再び戻ることはないとはこのときは露知らず。


30分ほどの遅延で、離陸。アムステルダムまでは2時間15分のフライトです
機内で配られたのは、ポーランドの国民的お菓子プリンスポロ。チョコレートのウエハースだけど、これが美味しい♪ポーランドはチョコレートが本当に美味しくて、プラムが丸ごとチョココーティングされたものや、砕いたナッツが練り込まれたものや、どれも絶品でした。帰りに買い足したかったのになぁ・・・。

ポーランド航空の機内は相変わらずで、キャビンアテンダントの制服がぼろぼろに破れていたり(でも笑顔が可愛らしい女の子だった^^)、プレミアムエコノミーとの仕切りのカーテンが壊れてたり、前の座席の背もたれのバッグに飴のようなのがベッタリついてたり。スキポール空港に着いて、煌びやかに整然と物が溢れかえっている様子がひどく新鮮で、西側だ!と感じてしまった。でもポーランドという国の素朴さも好きですけどね



というわけで写真は一気にアムステルダムに。
空港では強い雨だったけど、バスで市内に向かう間にやんでくれました。
写真は、宿の裏手の道。アムステルダムの滞在目的はコンセルトヘボウなので、宿もミュージアムクォーターにとりました。


家族経営の小さなホテル。tripadvisorの評価が高かったのでここにしたのだけど、とてもいい宿だった。宿泊費が異常に高いアムステルダムの中では良心的だし、部屋も清潔で、朝食も美味しく、なによりスタッフが素晴らしかった。日本からのメールの質問にすぐに丁寧な返事をくれて、オーナー親子も他のスタッフもとても感じがよく。またアムステルダムに行くことがあったら泊まりたいです。唯一の欠点はエアコンがないことか(クラクフのホテルもなかった)。
建物は1902年築。ちょうど漱石がロンドンにいた頃ですねー。ちなみにコンセルトヘボウは1886年築。

今夜はコンセルトヘボウでのコンサートで、この旅のメインなので、それまではムリをせず近くをお散歩しましょう


ゴッホミュージアムのチケットはオンラインでのみ購入可で、日中の分は殆どソールドアウト。
10年前は、ここもアンネもその場でふらっとチケットを買えたものだったがなあ。


コンセルトヘボウ。ちょうどこの時期に開催されていたHolland Festivalのカラフルな幟がオランダらしくて可愛い

しかし・・・アムステルダムってこんなに人が多くてゴミゴミとした街だったけ
このミュージアムクォーターはまだマシだけど、翌日行った運河の中心地域は汚いと言ってもいいレベルであった。10年前も特に整然とした街ではなかったけど(SEXショップが普通にあったり)、もう少し空気が落ち着いていた気がするのだけどなぁ。この雑然具合、ロンドンよりもひどいのではなかろうか。夏のせいかしら。


I amsterdamのオブジェクトと国立美術館。
ゴッホミュージアムは明日行く予定なので、今日はこちらに入場しましょう。











これらのお部屋、
みんなドールハウスなんですよ~


ね?


夜になるとアリエッティが出てきそうですよね!


ここは図書室も素敵なんです
写真を撮り忘れたので、この写真のみネットから拝借。




つきあたりはオランダの至宝、レンブラントの『夜警』


この絵は10年前にも見てるけど、そのときこの建物は工事中だったので、この場所で見るのは初めて。
閉館近い時間に行ったので割と混むことなく見られましたが、それでもやっぱり美術館の一番人気。






レンブラントの部屋


レンブラント作品の充実度はさすがアムステルダム。
展示数が多いため、夜警以外は人も少なくゆったり見られます。レンブラント好きには至福
レンブラントは夜警よりも他の絵の方が私は好きだな。


















レンブラント部屋その2
閉館間際の美術館のこの静けさが好き。






レンブラントがめっちゃこっちを見ている・・・
しかし写真に撮ると実際の絵の美しさや魅力が全く伝わらず残念


日中は大人気なフェルメールコーナーも(それでもこの程度の混み具合ですが)、


閉館時間が近づくとこのとおり、ゆったり見放題。
この美術館には計4点のフェルメールがあって、中央の絵は来月日本にくる『牛乳を注ぐ女』と『恋文』。


この絵はラピスラズリの青色が鮮やかで美しいので未見の方はぜひ~。








「お前さんも一杯どうだい?
「楽しそうだけど、私は外界に戻らないといけない時間なんで」
「そうかい?残念だねえ。またな~」
最後はフランス・ハルスの陽気なおっちゃんに見送られて、ご機嫌にさよなら~~~




閉館と同時に外に出て~


一旦宿に帰ります。
広場から一本奥に入っただけでこの静けさ。落ち着く。


そしてまた夜警と牛乳を注ぐ女に迎えられるという笑

軽く食事をとって、夜はコンセルトヘボウへGo~
演奏会のことは、既にこちらに書いたとおり。


コンサートが終わり、22時過ぎのミュージアム広場。


まだまだ明るいし人もいるけど、奇声をあげる若者たちがいたり、決して治安が超いい!とは言い難い雰囲気な夜のアムステルダム。
オランダは大麻と売春が合法な国ですしね。


宿のオーナーは「この辺は夜でも全然安全」と言ってましたけど。
一本奥に入ると人も少ないし、コンサートがなかったらやっぱり22時過ぎに女一人で歩くのはあんまりよろしくないように感じたのでありました。


つづく。


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