以前少しだけ書いたことがありますが、私は海老蔵に感謝をしていることがあるんです。
歌舞伎座新開場前の2013年正月の浅草歌舞伎は海老蔵が座頭だったのですが、当時私は仕事ですごく悩んでいることがあって、出口のない苦しさを感じていました。そんな時に友人と数年ぶりに歌舞伎を観に行こうということになって、私、公演そのものからというよりも、舞台の上の海老蔵からすごく大きなパワーと元気をもらったんです。舞台の上の海老蔵を観ているだけで、うじうじと悩んでいたことが一瞬で不思議なほど全部ふっとんでしまった。海老蔵の歌舞伎には鋭さのような魅力を求める方が一般的には多いと思うのですが、その時私を元気付けてくれたのは海老蔵の馬鹿馬鹿しいほどの大らかさのようなものでした。少し團十郎さんに通じるような空気。そして世襲という私の日常とは全く異なる世界。同じ日本の中でもこんなに違う世界や生き方や人があるということ。どんなこともなるようになる、と自然に感じさせてくれたんです。
それからひと月もたたないうちに、團十郎さんが亡くなりました。そして、あの浅草の幕間の楽屋で海老蔵が病院にいた團十郎さんとテレビ電話で最後の会話を交わしていたことを知りました(眠りに入った後はもう話をすることはできない、と言われていたそうです)。私はあのとき海老蔵からあんなに元気をもらって救ってもらったけれど、彼自身はそういう状態の中にいたのだと知ったのです。
あのとき救ってもらった事実と感謝の気持ちは、これまでもこれからも、たとえ彼がどういう人間であろうとも、どういう役者になろうとも、変わることはないと思います。
そんなことを、昨日は思い出していました。
私は幕見で観ることが多いのでロビーで麻央さんにお会いしたことはないのですが、2014年7月の『天守物語』の千穐楽の日に、一度だけお見かけしたことがありました。その月は昼の部が海老蔵の『夏祭浪花鑑』で、夜の部の開場前に歌舞伎座隣のカフェの2階から私がぼうっと昭和通を眺めていたら、楽屋口の方から歩いて来られて、そのまま横づけされたタクシーに乗って行かれました。涼しげな水色の着物がよく似合ってらして、テレビで見るよりずっと透明感があって綺麗な方だなあと感じたのをよく覚えています。その日のブログでは海老蔵が明るい笑顔の麻央さんの写真を載せていました。
麻央さんのブログの文章が好きで、いつも拝読していました。素敵な女性だな、と思っていました。あのとき海老蔵からもらったのと同じくらいの心の元気を、麻央さんのブログからいただきました。人生の大切なことも、教えていただきました。
ご冥福を心からお祈りいたします。