風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

アレクサンドル・カントロフ ピアノリサイタル @東京オペラシティ(10月17日)

2023-10-25 23:31:03 | クラシック音楽




ブラームス:ピアノ・ソナタ第1番 ハ長調 op.1
J.S.バッハ(ブラームス編):シャコンヌ BWV1004
シューベルト/リスト:
さすらい人
水車職人と小川(歌曲集「美しき水車小屋の娘」から)
春への想い
街(歌曲集「白鳥の歌」から)
海辺で(歌曲集「白鳥の歌」から)
シューベルト:幻想曲 ハ長調 D760「さすらい人」

【アンコール】
サン=サーンス(ニーナ・シモン編):オペラ「サムソンとデリラ」から デリラのアリア「あなたの声に私の心は開く」
ストラヴィンスキー(アゴスティ編):バレエ「火の鳥」から フィナーレ
シューベルト/リスト:万霊節の日のための連祷 S.562-1
リスト:「超絶技巧練習曲集」から 第12番「雪かき」


書かなければいけない(いけなくはないけど)感想が、雪だるまのようにたまってゆく・・・
サクサクいきます。

いやぁ、今年のカントロフも素晴らしかった。。。。
昨年より更に深みを増していたようにさえ感じられました。若いって素晴らしい(現在26歳)。

ブラームスの「ソナタ1番」は、シューマンの家を訪ねた20歳のブラームスの情熱と、その才能に出会ったときのシューマンの鮮烈な喜びを感じることができました。カントロフの若さにとてもよく合っていた。
そして、カントロフのピアノってそういえばこういう音だった、と1年ぶりに思い出す。
意外と男らしい音なのよね。
そして情熱的。

ブラームス編の「シャコンヌ」
ブラームスの一番を聴いてからのこのブラームス編の左手のシャコンヌの流れ、沁みたな…。
情熱と静けさ、その両方をカントロフの音は教えてくれる。
右手を怪我したクララのためにブラームスが書いたこの曲からは、ブラームスの男性らしい優しさも感じます。
終盤の追い込みも、カントロフの演奏、すごく胸に迫った。
この曲っていつも「死」に向かっていることを強く感じさせられるのだけど(この曲の最後にあるのは間違いなく「死」だと思う)、この追い込みは「(人生において)時間は待ってはくれない」ということを痛切に感じさせられました。
連続するラ(絶対音感狂い中の私の耳にはシに聴こえたので、おそらくラ)の均一な音の、運命的な響き。ヴァイオリンでは感じられない、あるいはピアノの方がそれをより強く感じられるもの。ブラームスもそれを意識したろうか。
弾き終えたカントロフは、人生を燃焼し尽くしたようにずっと俯いたまま動かず。
私はいま人生で迷っていることが色々あるのだけど、立ち止まっていては答えは出ない。そんな時間もない。前に進んで、感じて、変化して行かなければと感じさせられた、そんな演奏でした。
しかし・・・よく左手だけでこれだけの演奏をして、たった20分間の休憩後に次の曲を弾けるものだなぁ・・・。両手で弾くより疲れそう・・・(そういえばトリフォノフは一曲目からこれ弾いてたな

(20分間の休憩)

シューベルトの歌曲シリーズ、どれも素晴らしかった。曲ごとに空気感がしっかり変化していて。
「水車職人と小川」は以前聴いたババヤンの方が幻想的な凄みを感じさせられたけれど、カントロフのストレートで若々しい演奏もこれはこれでとてもよい。
「さすらい人幻想曲」も以前聴いて大感動したレオンスカヤとは違うタイプの演奏だけど、この曲の芯を観じるような演奏で、やはり若いカントロフに合っているように感じられました。

アンコールは4曲。カントロフ、いつもアンコールを嬉しそうに弾いてくれますよね
特に、サンサーンスの歌曲から「あなたの声に私の心は開く」の優しい音が、しみじみと沁みました。。。
優しい人になりたい、と強く感じさせられた。
この日は、昼間に、もうひとつ優しさをもらえた日だったんです。
ずっと昔に仕事で関わったことがあるドイツ人の男の子が最近開業したというお店にふらりと足を運んだら、キッチンで背を向けていたにもかかわらず、私がレジでスタッフの女性に注文した声だけで「声でわかった」って嬉しそうに出てきてくれて。
数年に一回程度しか会うことはないのに、彼が来日したときに私がした僅かなことを感謝してくれているみたいで。会うといつも、とても嬉しそうにしてくれる。そしてちゃんと言葉でも「嬉しい」と言ってくれる。私は大したことは何もしていないのに(それどころかもっとしてあげられることはあったのに)。
でも、こんな私でも少しは人の心に残る何かをしてあげられていたみたい、ということを彼が教えてくれた。
そして、優しさはもらえると自分も優しくなれるということを教えてもらった。
だったら、私も勇気を出して、もっとあげられたら、と昼間の優しい出来事を思い返しながら、優しいカントロフの音を聴きながら感じていました。
二人に、感謝。

昨年のアンコールでも弾いてくれたストラヴィスキーの「火の鳥」フィナーレ。改めて冒頭の響きの幻想味の凄まじさよ・・・

シューベルト/リストの「万霊節の日のための連祷」も静かで清らかな空気が美しかった。
カントロフって、こういう静かな空気を生み出せるピアニストなのよね。
今年は彼のより内省的な面を感じることができた演奏会だったと思う。

最後は、リストの「超絶技巧練習曲集」から第12番「雪かき」で華やかに終了(ブラボー

来年のリサイタルはサントリーホールで行われるとのこと。オペラシティで聴くカントロフの音が好きだったのでちょっと残念ではあるけれど、サントリーホールデビューおめでとう




©Sasha Gusov