風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

シュツットガルト・バレエ団『オネーギン』 @東京文化会館(11月3日)

2018-11-04 00:12:22 | バレエ

©Damon Winter/The New York Times


半年ぶりのバレエ鑑賞に行ってきました。
6年前のマリインスキー来日で観たヴィシニョーワのバヤがものすごく良くて、もう一度彼女の全幕が観たいとずっと思っていたので、この日を選んだのでした(今回はゲストとしてご出演)。


【第一幕】
『オネーギン』を観るのは初めてで、ストーリーを予習したところ「この役はヴィシ様には合わないのではなかろうか…」と少々不安だったのだけれど、、、

ヴィシニョーワ圧倒的

彼女、やっぱりすごい。
想像を軽く超えてました。
何がすごいってその技術も存在感も半端ないのに、The 女王様なはずなのに、役の前ではその貫禄を完全に消し去る表現力!完璧さを目立たせない完璧さ!
そういうところはロパ様と似ていて、マリインスキー恐るべし。
最初の登場場面で妹から声をかけられたタチヤーナが顔を上げた瞬間に、「イケる(いいタチヤーナ)」と確信しました。顔の表情はもちろんだけど、動いているときも止まっているときも、腕の角度ひとつとっても、一幕のヴィシニョーワは”田舎の令嬢”(そう、田舎臭さもちゃんと出てるのです)で、”読書を好む内気な少女”。ヴィシニョーワの全ての動きに意味があって、全てがタチヤーナという人物を表していて、音楽が彼女と一体になっていて、でもそれが実に自然で、、、ってこれもロパ様のときにここに書いたな。
そして、ロシア文学の小説の中から抜け出てきたような彼女の空気。ロシア人独特の少し翳のある感じがチャイコフスキーの哀愁漂う音楽にとてもよく合っていて。
一幕の庭の奥の椅子で本を読んでいるときの夢みる表情。頭の先から足の先までその姿の美しさ、可愛らしさ(ヴィシニョーワの体型、好きです)。歌舞伎のように舞台写真売ってくれればいいのに!と思ってしまった。そしたらこの場面絶対に買う。
そして手紙を書く場面の彼女の空気といったら!ロシア文学の世界!
ベッドの中で見せる幼い無邪気さ、愛らしさ。ああもうほんと可愛い。恋する少女以外の何者でもない。
そして鏡のPDDでの少女の恋の高揚の中に、そこはかとなく花開き始める大人の女性の色気。
はぁ、素晴らしかった。。。


【第二幕】
そんなわけで一幕ではひたすらヴィシ様のタチヤーナに目が釘づけだったワタクシでしたが、二幕では、

あれ?・・・ジェイソン・レイリーのオネーギンも、もしかしてすごくいいんじゃない?

もしかしたら原作の性格設定とは違うのかもしれないけれど、こういうオネーギン、私はとても好きかもしれない。
パーティー場面の彼は、若さゆえの高慢というよりは(そもそもレイリーはそれほど若くは見えない笑)、世の中や人生の全てに嫌気がさしていて、いま目の前にどんな女性が現れても本気の恋愛をするつもりはないのだな、と感じさせる。でもタチヤーナへの態度は意外に優しいの。手紙は破るけど
この自分自身も含めた全てに苛立ってる感じは、ちょっと椿姫三幕のエルヴェのアルマンを思い出しました(超サイテーな行動しちゃってるけど本当は嫌な奴ではないのだろう、と感じさせるところも)。
ばかだねえ、初恋に少々突っ走り気味になっちゃってはいるけどタチヤーナのような綺麗な心の女性がいかに彼の人生を温かなものにしうるか、後から気付いても遅いのに。。。
そしてそんな彼を「あの人は私の手紙をどう思ったろう…?」と不安そうに遠くから見つめているヴィシ様のタチヤーナが、とっても可愛らしいのです。
ヴィシニョーワのタチヤーナとレイリーのオネーギンは、二人の雰囲気がとてもよく合っていて(いわゆる「この二人は似合ってる」と感じさせる雰囲気があって)、もう少し違うタイミングで出会っていれば、オネーギンがもう少し違う状態のとき(もう少し精神的に大人になったとき)に出会っていれば、とてもいい恋人同士になっただろうにと感じさせる二人で。
だってレイリーのオネーギン、根は優しくて繊細そうだし、きっとタチヤーナを大切にして、彼女の個性を真に理解して愛してくれる恋人になったと思う。ああ、本当に、もっと違うタイミングで出会ってさえいれば・・・。
人生の擦れ違い、人の運命、、、切ないねえ・・・。
決闘を終えたオネーギンを見つめるタチヤーナの目は強い非難や激しい悲嘆を示すものではなく、ただ静かにじっと、透徹する目で見つめていて。それは彼の心の奥まで見つめているようで。こんな目で見つめられたら、オネーギンは非難される以上にたまらなかったろう。

ダンサーとしてのヴィシニョーワとレイリーですが。急拵えのパートナーゆえのぎこちなさがあったことは否定できないけれど、一方で急拵えの二人ゆえの緊張感と個性のぶつかり合いがあって、それが私には好ましく感じられました。いつも思うのですがバレエや歌舞伎の恋人同士の演技って、長年の夫婦のような安定感が必ずしもプラスに作用するとは限らないんですよね。時には必要な擦れやザラツキもある、というか。そういう意味ではヴィシニョーワはおそらく一心同体レベルな踊りができてしまうゴメスのようなパートナーよりも、レイリーとの組み合わせの方がこの作品にはいいのではなかろうか、と個人的には感じました(ゴメさん大好きだけど)。一幕の鏡のPDDは別ですが。レイリーの翳のある風貌もヴィシニョーワとよく合っていました。


【第三幕】

ヴィシニョーワもレイリーも素晴らしい・・・

レイリーのオネーギンは、彼がこれまでに過ごしてきた数年間が目に見えるようで、非常に説得力がありました。
今更タチヤーナに縋っちゃって都合のいい…と感じさせない。
このオネーギンがいつ恋に落ちたかといえば、昔から恋には落ちていたのだろうと思う(本人無自覚だが)。立派な婦人になったタチヤーナを見て心動かされたのではなく、むしろ昔から変わっていないタチヤーナの内面から滲む美しさを今改めて目にして、それがどれほどこの世界の中で貴重なものであるか、自分のような人間の心をどれほど温かく満たしてくれるものであるかを痛いほど思い知ったのだと思う。でもそれに気付くことができたのは、今の彼だからで…。

ヴィシニョーワのタチヤーナはグレーミン公爵と幸せに暮らしてはいるけれど、それに偽りはないけれど、かつてオネーギンを愛したような心で夫を愛せたことは、きっと一度もないのだと思う。夫婦で踊っている場面のヴィシニョーワの表情にそう感じました。公爵はとてもいい人で、心からタチヤーナを愛してくれて大事にしてくれているけれど、、、タチヤーナは心の底から満たされているわけではない。ここのヴィシニョーワの絶妙さときたら!笑みは浮かべているけれど、心が別の場所にあるような。それが露骨じゃなく飽くまで自然なのが、素晴らしいよねえ、本当に。。。。
オネーギンが部屋に訪ねてきたときに机に向かっていたタチヤーナが一瞬で見せた表情は、毅然とした態度をとらなければならないと自分に言い聞かせるもので。つまり、そう強く自分に言い聞かせなければ自分の心が揺れてしまうことがわかっているからで。もし心の底から公爵を愛していてオネーギンが完全に過去の人になっているなら、そんな努力は必要ないものだよね・・・。

だからこそ、そこから彼女が冷静を保てなくなる展開は・・・辛いねえ・・・。
でももうどうしようもないのだ、と。ヴィシニョーワのタチヤーナは、彼を受け入れることはしないと最初から決めている。
ここでヴィシニョーワが見せた自分自身に対しての厳しさ、よかったなあ。それはタチヤーナが人生の様々な出来事を通して身につけたものでもあり、また生まれながらに彼女自身がもっている性質でもあるのだと思う。
このタチヤーナにはそういう美しさがある。

最後に幕が下りるときのヴィシニョーワの表情、気高く美しかったですねえ・・・。決して大仰ではないのにあらゆる感情がつまったその表情は、どんな想いも全て自分で引き受けて生きていく大人の女性の顔に見えました。おそらく人生でたった一度の、二度と持てることはないであろう激しい恋情も全部自分の内に引き受けて、彼女はこの先の人生を生きていくのでしょう。
そしてオネーギンもそれを背負って、これからの人生を生きていくのだと思います。

号泣!!というのとは少し違い、人間の人生や運命というものを2時間で観てしまったような、静かに重く心に響いた舞台でした。
バレエ版『オネーギン』、いい作品だねえ。。。
ヴィシニョーワもレイリーもブラヴォー

カーテンコール。
ヴィシニョーワはもらった花束の中から薔薇の花を一本ずつレイリーと指揮者の方へ。舞台奥の方にいるときも、オケへの拍手の時には、一人だけ腕をいっぱいに前方へ伸ばして拍手していて。最後まで完璧なヴィシ様でありました。

東京シティフィルも今日はよかったよ~やればできるじゃない!(上から目線で失礼。でもそれだけこれまで辛い思いをさせられてきたので…)

ユルゲン・ローゼの装置と衣装も、相変わらず素晴しかった。ああロシア行きたい、と思ってしまった。また、どの衣装もヴィシニョーワにとてもよく似合っていました。
今日の席はLサイドの真ん中辺りだったのですが、ノイマイヤーの『椿姫』や『真夏の夜の夢』のように舞台の端から端まで使ったらどうしましょうと思っていたが、違ったのでよかったです笑。ベッドの中のタチヤーナの演技がよく見えて、下手側での演技もさほど問題なく、いい席でした。

はあ。。。幸せな時間だった。。。。。

あ、最後に脇キャストについて。
快活なオサチェンコの妹オリガは、内気だけど芯はしっかりしたヴィシニョーワの姉タチヤーナと好対照で、なかなかよかったです。彼女はカザフスタン出身なんですね。
レンスキーは・・・これからに期待、かな。彼がどういう人物なのかがあまり伝わってこなかった。でも人の良さそうな明るさはGoodでした。
その他の皆さんも、コールドも、演技が細かく丁寧で、踊りも安定していてよかったです。


~「オネーギン」アレクサンドル・プーシキンの韻文小説に基づくジョン・クランコによる全3幕のバレエ~
振付: ジョン・クランコ
音楽: ピョートル・I.チャイコフスキー
編曲: クルト=ハインツ・シュトルツェ
装置・衣裳: ユルゲン・ローゼ
世界初演:1965年4月13日、シュツットガルト・バレエ団
改訂版初演:1967年10月27日、シュツットガルト・バレエ団

◆主な配役◆
オネーギン:ジェイソン・レイリー
レンスキー(オネーギンの友人):マルティ・フェルナンデス・パイシャ
ラーリナ夫人(未亡人):メリンダ・ウィサム
タチヤーナ(ラーリナ夫人の娘):ディアナ・ヴィシニョーワ(マリインスキー・バレエ プリンシパル)
オリガ(ラーリナ夫人の娘):アンナ・オサチェンコ
彼女たちの乳母:ソニア・サンティアゴ
グレーミン公爵(ラーリナ家の友人):ロマン・ノヴィツキー
近所の人々、ラーリナ夫人の親戚たち、
サンクトペテルブルクのグレーミン公爵の客人たち:
シュツットガルト・バレエ団

指揮:ジェームズ・タグル
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団  

◆上演時間◆
第1幕  14:00-14:45

(休憩 20分)
第2幕  15:05-15:30
(休憩20分)
第3幕  15:50-16:15


©Roman Novitzky/The Stuttgart Ballet 
ロシア文学の世界そのままのヴィシ様
シュツットガルトバレエが舞台写真をあげてくれました!
今日の公爵を踊ったロマン・ノヴィツキーによる撮影。写真もプロ並みですね。彼の公爵もとてもよかったです。誠実で優しそうで品があって。

©Roman Novitzky/The Stuttgart Ballet 

©Roman Novitzky/The Stuttgart Ballet 

©Roman Novitzky/The Stuttgart Ballet 
ヴィシニョーワはレイリーの”his dream ballerina"なんですってThe Suttgart Ballet Blogより)

©Roman Novitzky/The Stuttgart Ballet
こちらは稽古時の写真。この場面のヴィシニョーワの表情…

©Roman Novitzky/The Stuttgart Ballet







Diana Vishneva’s Last Days with American Ballet Theatre | The New Yorker

昨年のゴメスとのABTフェアウェルに向けたオネーギンの稽古風景とインタビュー。
彼女は今年5月に男の子を出産し、今日が出産後初の本格的な舞台復帰だったそうです。そんなブランクは微塵も感じさせない完成度の高さでした。というよりも、より表現の深みを増していたように感じられました。すごいなヴィシニョーワ。。。
前にも書きましたが、私、ヴィシニョーワと同い年なんですよ・・・。楽な方に流れて生きていてはいけないな、と喝を入れてもらった気分です。

Diana Vishneva Bids Farewell to Ballet Theater, but Not to Dance (The New York Times, June 20, 2017)
インスタグラムは若手バレリーナにとって「毒」、世界的プリマが苦言 (AFP, Nov 3, 2018)
どちらも良いインタビュー。


ヴィシ様の先月の投稿より。女神が二人並んでいる。。。


2 Comments

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Unknown (もん坊)
2018-11-05 11:26:01
私も観てきました。もちろんヴィシニョーワ目当てです。ヴィシニョーワが舞台にいると、彼女しか目に入らないのが難点です。彼女の、特に腕が大好きで、もううっとりしてしまいました。しかも出産からわずか半年だったんですね!驚きです。
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もん坊さま (cookie)
2018-11-05 12:50:55
コメントありがとうございます。
本当に、ヴィシニョーワ素晴らしかったですね!!

そうなんです、今回のタチヤーナも、彼女の腕が語る雄弁さに驚きました。
ヴィシニョーワなので失望させられることはないだろうとは思っていましたが、まさかあれほどのレベルのタチヤーナを見せてもらえるとは。
ロパ様の白鳥のときにも感じましたが、今後これ以上のタチヤーナに出会えるのだろうか・・・と心配になってしまいます。。
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