(むごい仕方でまた時に
やさしい仕方で)
私はいつまでも孤りでいられる
私に始めてひとりのひとが与えられた時にも
私はただ世界の物音ばかりを聴いていた
私には単純な悲しみと喜びだけが明らかだ
私はいつも世界のものだから
空に樹にひとに
私は自らを投げかける
やがて世界の豊かさそのものとなるために
……私はひとを呼ぶ
すると世界がふり向く
そして私がいなくなる
(谷川俊太郎『六十二のソネット』62より)
あの青い空の波の音が聞えるあたりに
何かとんでもないおとし物を
僕はしてきてしまったらしい
透明な過去の駅で
遺失物係の前に立ったら
僕は余計に悲しくなってしまった
(谷川俊太郎『かなしみ』)
私のもつ最も古い記憶は3歳頃のものだけれど、あの頃から私の根っこは変わっていないように思う。
そんな幼児といえるような年齢だったにもかかわらず、「自分は間違った世界に生まれて来ちゃったんじゃないか」と感じるような子供だったのだ、私は。
世の中には世界がいくつもあって、私一人だけ間違った世界にきちゃったんじゃないかって、本気で思ってた。
だって、すごく居心地が悪かったのだ。自分のいるこの場所が。
特別嫌な体験をしたわけではない。原因なんか何一つない。
なのにその違和感は、周りの子供達に対してだけじゃなく、実の親に対してでさえぬぐえなかった。
周りを見ても、そんなことを感じていそうな子供は一人もいなかった。
私はどこかおかしいんじゃないかって、不安だった。
子供心に、これは親に言っても理解してもらえないだろうなと感じていた。
それでもどうにか周りと折り合いをつけることを覚え、友達もでき、違和感はぬぐえないながらも何年か過ぎた頃、谷川俊太郎さんのこの詩と出会った。
私のずっと感じていた感覚が言葉になってそこにあった。
とんでもない落し物をしてしまったのは、「青い空の波の音が聞えるあたり」。
この世界に生まれ落ちるよりもっと過去の、いつかに…。
そう、私はずっと、「かなしかった」のだ。
「彼にも彼女にも世界はある。……貴方が世界の構成要素なんです。そして、貴方は世界のことなど」
何も知らない。
(京極夏彦『邪魅の雫』p785)
世間も社会も世界も、私の存在など関係なくそこに存在していて、私はその一要素にすぎない。
そして私達は、京極堂みたいに「ああなる程ね」と流したり、関口君みたいに「まずは姿勢から正してみようかな」と思ってみたり、あるいは榎さんみたく「僕は僕だ」と腹を括ったりしながら、この世間を社会を世界を生きていくのだろう。
前作に引き続き賛否両論ありそうな本作。
正直なところ、ストーリー展開は今までの中で一番平凡な気がしました。でも「世間・社会・世界」というテーマがとても面白かったので、私は文句なしに★5つ。
それにしても、京極や榎さんの出番が少なかったのがどうにも寂しかったー…。毎年出版されるシリーズなら構わないけれど、数年ペースでしか出版されないのだから、やっぱり彼らのシーンを沢山読みたいよー…。木場さんなんて友情出演程度だったし(泣)。次回はお願いします、京極先生!
そして、ようやく『百器徒然袋』のあたりまで時間軸が進みましたねぇ。昔『百器…』を読んだとき、どうして益田君は馬の鞭なんか持っているのだ?と不思議に思ったけど、こういうことだったのねー。
※Yahoo!ブックス:京極氏インタヴュー抜粋(全文は下記URL)
http://books.yahoo.co.jp/interview/detail/31775078/01.html
「確かに作品全体のトーンは世界と個人を対比するような言説で統一されています。“私が主役だ”と思っている人に“そうじゃないでしょ”と言う話ですし。でも“私は主役じゃない”と思っている人にも“そうでもないでしょ”と言ってるわけですが。
大言壮語を吐いても、しょせん人間は目で見たり触ったりできる範囲で暮らしていくしかないし、それは仕方がないことです。でも、そのへんを自覚していない人が増えている気はします。自分が見たり触ったりできるものが世界のすべてだと思ちゃう。もちろん“個”は尊重されるべきだし、確固として独立したものであるべきだという主張はもっともなんだけど、結果的に世界史と自分史を容易に重ねてしまうようなことをしてしまう。
個人的なことで世界が一変する、宇宙が崩壊する、みたいな考え方は心地よいんだろうと思います。自分が世界の中心にいるような錯覚を持ってしまえる世界観でしょ。それはね、何か悲しいことがあった時に世界中が“かわいそうに”と言ってくれたらいいですよ。でも実際は何も言ってくれませんから。個人に何が起ころうと世界にはカンケイないわけですからね。それなのに“言ってくれたらいいな”“言ってくれるかもな”と、どこかで思ってる。そんな“気になる”ことは別に悪いことじゃないんでしょうけど、“そうに違いない”と思っちゃうといけませんよね。」