漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

漢方生薬探求:桂枝

2021年01月11日 08時52分17秒 | 漢方
下記資料を参考に、私なりに漢方生薬を探求するシリーズ第二回。
今回は「桂枝」です。

私の桂枝に対するイメージは・・・

・カプチーノに入っているシナモンの親戚
・八つ橋が嫌いな人には漢方薬が合わない
・かぜ薬の基本である桂枝湯の骨格、表寒に使われるので表を温める生薬
・気逆(奔豚気)の薬

といったところ。
正直、薬効の全容が今ひとつ掴めていません。
学び甲斐がありそうです。

<参考資料>

1.浅岡俊之Dr.の漢方解説
② Dr.浅岡の本当にわかる漢方薬(浅岡俊之著、羊土社、2013年発行)

2.「薬徴」(吉益東洞)

3.「増補薬能
編集人:南 利雄  出版元:壷中秘宝館 


□ 桂枝の基本
・クスノキ科ニッケイ(肉桂)、常緑樹
・幹の樹皮→ 桂皮、若い枝→ 桂枝と区別されるが、あまり重要視しなくてもよい。
・アジアに産地が分布しており、セイロン桂皮、ジャワ桂皮、広東桂皮、東興桂皮、ベトナム桂皮などがある(日本ではベトナム経皮の品質評価が高い)。
・味:辛
・薬性:温

□ 桂枝と含有方剤
・傷寒論では43方
・金匱要略では56方

★ 桂枝の主治(浅岡Dr.)
・気の上衡を治す
・温薬(発汗)・・・表を温める
・温薬(腹)
・温薬(手足)
・健胃

★ 桂枝の主治(吉益東洞)
「衝逆(突き上げること)を主治、かたわらに奔豚、頭痛、発熱、悪風、汗出でて身痛するを治す」
(衝逆)突き上げること
(奔豚)下腹から上方の喉に向かって突き上げてくる感じ(浅岡Dr.の説明では「胸あたりを豚が走り回る感じで動悸がすること」)
(悪風)悪寒の軽症で、風に当たるとゾクゾクと感じること
(身痛)体のあちこちが痛むこと

<方剤における桂枝の役割>

□ 桂枝甘草湯桂枝、甘草
・適応:発汗過多、其の人手を叉み自ら心を冒い心下
・薬能:
(甘草)体液の不足
(桂枝)心下悸
『方極』では「その人叉手(さしゅ)して自ら心を冒(おお)う。心下悸して按を得んと欲す」・・・心臓の部分に左右の手を組んで載せて動悸を鎮めようとすること

□ 桂枝加桂湯桂枝、芍薬、生姜、大棗、甘草
・適応:気少腹より上がりて心を衝く者
『薬徴』気少腹(下腹)より心(みぞおち辺り)に上衡す
『方極』では「上衡はなはだしきものは桂枝加桂湯之を主る。もし拘急硬満の証あるものは、すなわち桂枝湯を与えてよろしからず。およそ上行する者は上逆の謂にあらず。気少腹より上りて胸を衝く是なり」

□ 苓桂甘棗湯
『薬徴』奔豚をなさんと欲す
『方極』臍下悸する者、奔豚して心胸に迫り、気短息迫するもの

□ 苓桂朮甘湯:茯苓、桂枝、白朮、甘草
・適応:心下逆満、気上がって胸を衝き、起きれば則ち頭眩
・薬能:
(茯苓)頭眩
(白朮)眩暈、心下逆満
(桂枝)気の上衡
『薬徴』気胸に上衡す
『方極』心下逆満し起てばすなわち頭眩するもの。眼痛み赤脈を生じ、開くことあたわざる者。耳聾し、衝逆甚だしく、頭眩するもの。

□ 麻黄湯:麻黄、桂枝、杏仁、甘草
・適応:無汗にして喘する者
・薬能:
(桂枝)温薬:発汗
※ 麻黄+桂枝→ 発汗、麻黄+石膏→ 利尿

□ 桂枝加芍薬湯桂枝、芍薬、生姜、大棗、甘草
・適応:腹満して時に痛む者
・薬能:
(芍薬)鎮痙
(桂枝)腹を温める

□ 安中散桂枝、延胡索、牡蛎、茴香、縮砂、良姜、甘草
・適応:痺痛翻胃、口に酸水を吐す
・薬能:
(桂枝)健胃
※ 民間薬の胃薬にも入っている

□ 八味地黄丸:六味丸+桂枝、附子
・薬能:
(桂枝)手足を温める?

□ 桂枝湯:桂枝、芍薬、生姜、大棗、甘草
・主治:風邪(表寒)、健胃
『薬徴』上衡、また曰く、頭痛、発熱、汗出でて悪風

□ 小柴胡湯:柴胡、黄芩、人参、半夏、生姜、大棗
・主治:風邪(半表半裏の熱)、胃炎

□ 桂枝湯+小柴胡湯→ 柴胡桂枝湯:柴胡、桂枝、黄芩、人参、半夏、芍薬、生姜、大棗、甘草
・適応:感冒(表寒〜半表半裏)、胃潰瘍、・・・

次に「増補薬能」から桂枝の項目を抜粋します;

増補能毒:「味甘く辛く大熱。心・肺・脾・腎の四経に入る。胸腹冷えて痛むに、十二経脈冷えて脈遅きに、血衰えて手足冷えるに、表虚して自汗出るに、脾胃を温め、血を破り経脈の中風に、身の内の痛みに、冷えて痺るるに」。私曰く、此の薬は大いに血を温め十二経を通ずると心得て使うべし。何にてもあれ、温めるべきと思うには大方此の薬を用いてよし。気血ともに冷えて脈切れたる病人、または冷えてモガサ(痘瘡)などの出がたきと、霍乱のコブラガエリに用う。速やかにしるしを得たりと、理慶は申されたり。桂枝は血中の気薬にして、浮かみたる汗を出して汗を止めるなり習いあるぞ。但し傷寒の汗薬には悪しし。傷風の汗薬にはよし。目の付けどころは表裏ともに温め、気を散らし、血を通ずると心得るべし。
(毒)「脈数に、妊みたる人に」。私曰く、九ヵ月、十ヵ月より用うべし。

一本堂薬選:傷風寒を療じ、汗を発し、肌を解し、中を温め、気を下し、煩を止め、渇を止め、須理を開き、関節を利し、奔豚を治し、水道を導き、月閉を通じ、難産、胎衣下らずを治し、癰疽、痘瘡の内托、百薬を宜導し、畏忌する所無く、諸薬の先聘の通使と為す。
   
薬徴衝逆を主治するなり。傍ら奔豚、頭痛、発熱、悪風、汗出、身痛を治す。

古方薬品考:桂の物為る、純陽発散。其の枝の性は自ずから表部に達し、皮の性は自ずから肌膚に走る。味辛熱、甘和にして芳発の気有り。以て善く発表の先鋒を致すなり。故に仲景氏、肉桂を用いずして専ら桂枝を用うるは、其の枝皮以て発表に利しきの義を取れり。其れ麻黄湯、大小青龍湯、葛根湯等の発表の功有るは、皆桂枝の力に因りて致す所なり。故に此れを以て発表の宰宗と為すなり。

重校薬徴上衝を主治するなり。故に奔豚、頭痛、冒悸を治す。兼ねて発熱、悪風、自汗、身体疼煩、骨節疼痛、経水の変を治す。

古方薬議:味辛温。関節を利し、筋脈を温め、煩を止め、汗を出し、月閉を通じ、奔豚を泄らし、諸薬の先聘通使と為す。

漢方養生談:よく気血をめぐらす。気の上衝を下し、筋脈をゆるめ、肌表の邪気を発解し、頭痛をとり、身体の疼痛、経水の変を治す。

漢方薬物学入門:どういう薬効を持っているか簡単に言いますと、発汗、解熱、健胃、鎮痛作用があります。それから血をめぐらす、利尿、鎮静などの作用もあります。また、腎臓にも作用します。 桂皮の品質の見分け方ですが、小さく折ってそれを口に入れて噛みます。その時に甘味も辛味も強い物が上等なわけです。辛味が弱くて甘味の弱いのは勿論だめです。もう一つの要素として粘液が口の中に出てくるものがあります。これは品質の落ちる1つの指標になります。ですから噛んでみて粘液質だというように思った物は品質が2級とか3級とかと思えばよいわけです。

<参考>
増補能毒】(1652年)長沢道寿
一本堂薬選】(1738年)香川修庵
増補片玉六八本草】(1780年)加藤謙斎
薬徴】(1794年)吉益東洞
薬性提要】(1807年)多紀桂山(訂補薬性提要:山本高明)
古方薬品考】(1841年)内藤尚賢
重校薬徴】(1853年)尾台榕堂
古方薬議】(1863年)浅田宗伯
漢方養生談】(1964年)荒木正胤
漢薬の臨床応用】(1974年)神戸中医学研究会
中薬大辞典】(1985年)上海科学技術出版社
漢方薬物学入門】(1993年)長城書店
(壷中)著者不明


以上、古今の生薬解説に目を通すと、吉益東洞の「気の上衡を治す」と断言しているのがやはりインパクトがあります。
しかし「気の上衡を治す」ことから他の薬能を一元的に演繹することができません。私は「奔豚、頭痛、発熱、悪風、汗出でて身痛するを治す」をどう「気の上衡」と結びつけて理解すべきか頭を悩ませてしまいがちですが、所詮無理なこと。
そこに浅岡Dr.の「薬能がいくつもある」「方剤は生薬の薬能の集まりである」という「薬能の足し算」方式アドバイスが光ります。複数の主治が存在することを認めて受け入れないと、方剤の薬効は理解できません。

さて、私の当初のイメージを振り返ってみますと・・・

・カプチーノに入っているシナモンの親戚
・八つ橋が嫌いな人には漢方薬が合わない
・かぜ薬の基本である桂枝湯の骨格、表寒に使われるので表を温める生薬
・気逆(奔豚気)の薬

1、2番目はいいとして、
3番目と4番目も合ってはいますが、私はこの二つをどう一元的に理解すべきかと悩み、そこでフリーズして「桂枝の薬能のイメージが沸かない」と諦めてきたのですね。
理気薬が各部分かもしれませんが、それとは独立して体全体を温める温薬、健胃剤作用があることを頭の引き出しに入れておきましょう。

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