五苓散はノロウイルスによる急性胃腸炎(=嘔吐下痢症)の嘔吐の特効薬として有名です。その他に、二日酔、車酔い、めまい、低気圧で悪化する頭痛、軽い熱中症などにも応用できる懐の深い漢方薬です。
なぜいろんな病気に効くのか?
五苓散の薬効は「利水」といって体の水バランスを整えるイメージです。
病態のベースに「水分布の偏在」があれば効くわけですね。
西洋医学では「利尿剤」という薬があります。「利尿」と「利水」、言葉は似てますが意味することは違います。
利尿は強制的に水分を体内から尿として排泄する作用、一方の利水は体の水分が過剰なときは尿で排泄し、不足しているときは尿量を減らして維持するという調節能力も含んでいるのです。
ですから、嘔吐下痢でつらいときに利尿剤を投与すると脱水症が進んで大変なことになりますが、利水剤である五苓散を飲むと楽になるのです。
不思議なくすりですね。
さて、乳幼児の体は水分の比率が高いので「水毒・湿の状態であり五苓散が有効である」と読みました。
でも乳児湿疹〜乳児アトピー性皮膚炎に五苓散を使うと書いてある本はあまり目にしたことがありません。
ちょっと調べてみました。
■ 皮膚科漢方10 処方 Part 2「五苓散」より
<ポイント>
・五苓散は水毒を治療する代表的な利水剤である。
・水の貯留(浮腫、胃内停水、関節腫脹、腹水)、水の排 泄異常(排尿障害、唾液過多、発汗過多)などに用いられる。
・メカニズムとしてアクアポリンに作用し、利尿ばかりではなく、水分代謝調節に働くと考えられている。
<使用時のポイント>
・五苓散は水分循環を改善し、無駄な水分を取り除くことから、中等度の体力 があって、喉が渇き、尿意の減少がある人の多汗症にも用いられる(むくみがあっても、汗が出ていて、水を飲んでも渇きがある場合)。
・五苓散は比較的速効性があり、応用として二日酔いにも用いられることがある。
◆実地臨床における応用例
・浮腫
・湿疹、汗疹、ストロフルス様発疹
◆現在までに得られているエビデンス・参考文献
●薬効薬理
1アルコール代謝改善作用
2利尿作用
3水チャンネルであるアクアポリン(AQP)のうちAQP4、 AQP5を抑制
●臨床効果
1上口唇の腫れ、顔・頭部の湿疹を改善
2汗疹やストロフルス様発疹が軽快
3伝染性軟属腫に薏苡仁湯と合方して有効
応用例には「湿疹」とシンプルに書いてあるだけです。他には浮腫、汗疹とちょっと水っぽい病態が並んでいるので、湿疹の中でも水っぽいタイプに効きそうです。
あ、この小冊子の解説を見つけました。
■ 『皮膚科漢方10処方 Part2』解説3より「五苓散」
処方の目安となる症状 沢瀉・茯苓・蒼朮・猪苓で作られる四苓散に桂皮を足したものが五苓散になる。これらの生薬は、体の中の水分の代謝異常を正常な水分の巡りに戻す働きがあり、五苓散は総合水分代謝改善薬ともいわれる。シャープな利尿効果が得られるにもかかわらず、腎 能や電解質に影響を与 えないためフロセミドより使いやすいといわれる。五苓散を処方する場合には、以下の症状が 目安となる。
・汗がよく出る。
・咽が渇いて水分を飲んでしまうが、飲んでもなかなか渇きが癒えない。
・小便が出ない。
・熱っぽい・暑いなどの表現をする。
★ 五苓散の利水作用とアクアポリン
近年、水チャネルの機能調節について熊本大学の礒濱洋一郎が,漢方薬についてのすばらしい解析をして一気に理解が深まった。アクアポリンは、細胞膜を介した水の移動を促進する水チャネルであり、ほ乳類では 13 種類の AQP アイソフォームが全身に分布して いる。漢方では利尿作用と呼ばず、利水作用と呼ぶが、利水作用には水分排出促進作用だけでなく、滋潤作用あるいは水分保持作用の両面がある。
礒濱らは、利水薬の代表である五苓散が AQP 類を介した水透過性を阻害することを in vitro の実験系により明らかにし、構成生薬の蒼朮などに含まれる金属イオンが重要であると報告した。滋潤効果をもつ麦門冬湯は AQP5 の活性低下を抑制するという。
また、皮膚のケラチノサイト型の AQP3は TNF-αで発現が抑制され、ステロイドではこの系を回復できないが、十味敗毒湯や荊芥連翹湯、消風散に含まれる荊芥は AQP3 の発現を濃度依存的に増加させるという。面白いことに、水分代謝異常は炎症に伴う症状として生じる場合が多いので、アトピー性皮膚炎などではむくみがあって尿の出ない場合がある。荊芥が入っている、ステロイドのように単純な乾燥を起こさないことが多く、荊芥に皮膚乾燥を予防する作用があると考えることができる。保湿効果が認められるのは、このような現象を意味していると思われる。また茯苓・沢瀉・猪苓などの生薬には微量元素が多く含まれる可能性があるので,これらが AQP の発現に関与している可能性がある。
非常に興味深い情報です。現代科学がその解析能力で漢方薬の効果のメカニズムを解明した良い例ですね。五苓散の項目ですが、メインは“荊芥”?
「皮膚科の漢方治療-アトピー性皮膚炎について」という対談(夏秋優Dr./小林裕美Dr.)では、五苓散はアトピー性皮膚炎の本治(いや標治もにらんだ本治?)として水滞を目標に使う薬として取りあげられています。
水滞の具体的な症状は、
全身→ むくみ、体が重だるい感じ、発汗過多
頭部→ 頭重感、めまい、耳鳴り、立ちくらみ
胸部→ 胸水、水様性鼻汁・喀痰、咳嗽
腹部→ 腹水、胃内停水(胃がチャプチャプ)、腹重感、消化不良
関節→ 関節の炎症・痛み・こわばり
診察所見では、
・舌診:歯痕 腫大 厚白苔
・腹診:心窩部振水音
湿疹に水っぽさを感じ、上記症状・所見があれば五苓散ひとつでみんなよくなってしまうかも。
五苓散に含まれる生薬の性質を列挙した表を見つけました。「漢方薬に親しむには」(黒川晃夫Dr.)より;
これを眺めると、すべての生薬が「躁」つまり乾かす作用があるのですね。寒熱は一定せず、中間証と考えてよいでしょうか。
次は秋葉先生の「活用自在の処方解説」より。
■ 17 五苓散
1.出典: 『傷寒論』、『金匱要略』
1 )脈浮、小便不利、微熱、消渇の証。(『傷寒論』太陽病中篇)
2 )中風、発熱し、解せずして煩し、表裏の証あり、水逆を発する証。(同上)
3 )霍乱(吐瀉病)、頭痛、発熱し、身疼痛し、熱多くして水を飲まんと欲する証。(霍乱病篇) 4)臍下に悸有り、涎沫を吐して癲眩(狂し、めまいす)し、水飲停蓄ある証。
(『金匱要略』 痰飲 嗽病篇)
2.腹候:腹力は中等度前後(2-4/5)。軽度の心下痞や胃内停水を認めることがある。
3.気血水:水と気が主体。
4.六病位:少陽病。
5.脈・舌:脈、浮、浮滑。舌苔は白滑、あるいは白膩。
6.口訣:
●この方は、もと五味猪苓散と称す。後世之を省略し、五苓散と呼ぶに至れりという。(奥田謙藏)
●五苓散を多数例の頭痛に適用して効果を確認したが、慢性頭痛ということであれば症例を選ばず用いてよく、なかでも女性に効きが良いという印象である。(矢数道明)
7.本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果:口渇、尿量減少するものの次の諸症:浮腫、ネフローゼ、二日酔、急性胃腸カタル、下痢、悪心、嘔吐、めまい、胃内停水、頭痛、尿毒症、暑気あたり、糖尿病。
b 漢方的適応病態:
1 )水湿の表証(太陽病蓄水証)。すなわち、悪風、微熱、尿量減少、口渇するが飲むとすぐに嘔吐するなどの症候。
2 )水湿による水様物の嘔吐あるいは浮腫あるいは水様の下痢などで、尿量減少、口渇を伴い、めまい感、腹部の動悸、身体が重いなどの症状がみられることがある。
★ より深い理解のために:
本方は主として消化管や組織の余剰の水分を血中に引き込むことによって利尿し、同時に口渇、下痢、浮腫、留飲などを寛解するものである。したがって、脱水には用いるべきでない。 甘草や人参剤を用いて浮腫が出現する場合があるが、本方で速かに消褪す る。
8.構成生薬:沢瀉4、蒼朮3、茯苓3、猪苓3、桂皮1.5。(単位g)
9.TCM的解説:利水滲湿・通陽・解表(利水して体内の湿をさばき、温めて、表を発する)。
★ より深い理解のために
五苓散は、「水湿による尿量減少・口渇に対する代表処方である。したがって、
1.脱水には禁忌。
2.明確な熱証を呈するものには適さない。
3.気虚、陽虚による痰飲には適切な配慮が必要である。
ちなみに真武湯は、陽虚の下半身の水滞に用いるとされている。
11.本方で先人は何を治療したか?
龍野一雄著『新撰類聚方』増補改訂版より
1 )感冒・流感・急性腸カタル、消化不良・コレラ・コレラ様吐瀉・小児吐乳等で、発熱、下利、嘔吐、煩渇、尿利減少するもの。
2 )胃拡張・胃アトニー・胃下垂・留飲症・胃液分泌過多症、幽門狭窄等で口渇、嘔吐、胃部振水音、心下部がつかえ小便不利するもの。
3 )虚証の黄痘に使った例がある。
4 )糖尿病で煩渇小便不利するもの。
5 )腎炎・ネフローゼ・膀胱炎・尿毒症・尿閉・心臓不全等で、浮腫、小便不利、煩渇、或は発熱頭痛、脳症を伴うもの。
6 )てんかん・メニエール氏症候群・日射病・脳水腫等でめまい、昏倒、煩渇小便不利、腹動、口からあぶくを出す等があるもの。
7 )夜尿症で煩渇するもの、咳をすると小便が漏れるものに使つた例がある。
8 )結膜炎・角膜フリクテン・角膜潰瘍・斜視等の眼病で、羞明、充血、閃視飛蚊症等があり、煩渇、小便不利等のもの。
9 )禿頭・脱毛で肛門また陰部に瘡を生ずるもの、或は子宮出血後に起こったものに使った例がある。
やはり湿疹・皮膚炎できませんでした。
イメージは何となくつかめましたが、実際に処方できるかどうか自信がありません。
赤ちゃんで診察の際、水毒の所見(歯痕舌、振水音)が気になったら選択するのもあり、でしょうか。
しかし歯痕舌を乳児で観察したことはないなあ。
とあきらめかけたときに次の記事を見つけました。
第108回 日本皮膚科学会の教育講演「東洋医学・心身医療」から小林裕美先生のお話の抜粋を:
■ 湿疹・皮膚炎に対する漢方治療
〜基本は消風散だが個別に加減を。西洋医学と東洋医学の併用が必要
湿疹・皮膚炎に対する基本方剤に消風散がある。
消風散は消炎、止痒、利水、滋潤作用を有する生薬で構成されている。
漢方の弁証では湿疹にみられる、
・紅斑、丘疹、小水疱、膿疱、結痂は熱と捉え、清熱剤を使用する。
・膿疱、結痂は毒で解毒剤、
・小水疱、湿潤は水滞で利水剤を、
・結痂、落屑は燥で滋潤剤、
・結痂、苔癬化は瘀血で駆瘀血剤、
・掻痒は風で祛風剤を用いる。
湿疹の病理組織にある表皮内水疱や表皮細胞間浮腫は水滞の状態であり、これにはエキス製剤としては 五苓散(TJ-17)を基本とする利水剤を用いる。ただ、湿疹には炎症反応もあるため、利水剤のみでは治癒しない。ステロイド外用を併用し、なお軽度の炎症と水滞が残る湿疹には抗炎症作用と利水作用を有する越婢加朮湯(TJ-28)や猪苓湯(TJ-40)などが有効である。 ステロイド外用薬を併用しない場合の皮疹に対する方剤選択目標は、抗炎症、利水、止痒、駆瘀血となる。
すごく単純化していてわかりやすい解説です。とくに「湿疹の病理組織にある表皮内水疱や表皮細胞間浮腫は水滞の状態であり、これにはエキス製剤としては 五苓散(TJ-17)を基本とする利水剤を用いる。ただ、湿疹には炎症反応もあるため、利水剤のみでは治癒しない。」とは私が求めていた答え。
なぜいろんな病気に効くのか?
五苓散の薬効は「利水」といって体の水バランスを整えるイメージです。
病態のベースに「水分布の偏在」があれば効くわけですね。
西洋医学では「利尿剤」という薬があります。「利尿」と「利水」、言葉は似てますが意味することは違います。
利尿は強制的に水分を体内から尿として排泄する作用、一方の利水は体の水分が過剰なときは尿で排泄し、不足しているときは尿量を減らして維持するという調節能力も含んでいるのです。
ですから、嘔吐下痢でつらいときに利尿剤を投与すると脱水症が進んで大変なことになりますが、利水剤である五苓散を飲むと楽になるのです。
不思議なくすりですね。
さて、乳幼児の体は水分の比率が高いので「水毒・湿の状態であり五苓散が有効である」と読みました。
でも乳児湿疹〜乳児アトピー性皮膚炎に五苓散を使うと書いてある本はあまり目にしたことがありません。
ちょっと調べてみました。
■ 皮膚科漢方10 処方 Part 2「五苓散」より
<ポイント>
・五苓散は水毒を治療する代表的な利水剤である。
・水の貯留(浮腫、胃内停水、関節腫脹、腹水)、水の排 泄異常(排尿障害、唾液過多、発汗過多)などに用いられる。
・メカニズムとしてアクアポリンに作用し、利尿ばかりではなく、水分代謝調節に働くと考えられている。
<使用時のポイント>
・五苓散は水分循環を改善し、無駄な水分を取り除くことから、中等度の体力 があって、喉が渇き、尿意の減少がある人の多汗症にも用いられる(むくみがあっても、汗が出ていて、水を飲んでも渇きがある場合)。
・五苓散は比較的速効性があり、応用として二日酔いにも用いられることがある。
◆実地臨床における応用例
・浮腫
・湿疹、汗疹、ストロフルス様発疹
◆現在までに得られているエビデンス・参考文献
●薬効薬理
1アルコール代謝改善作用
2利尿作用
3水チャンネルであるアクアポリン(AQP)のうちAQP4、 AQP5を抑制
●臨床効果
1上口唇の腫れ、顔・頭部の湿疹を改善
2汗疹やストロフルス様発疹が軽快
3伝染性軟属腫に薏苡仁湯と合方して有効
応用例には「湿疹」とシンプルに書いてあるだけです。他には浮腫、汗疹とちょっと水っぽい病態が並んでいるので、湿疹の中でも水っぽいタイプに効きそうです。
あ、この小冊子の解説を見つけました。
■ 『皮膚科漢方10処方 Part2』解説3より「五苓散」
処方の目安となる症状 沢瀉・茯苓・蒼朮・猪苓で作られる四苓散に桂皮を足したものが五苓散になる。これらの生薬は、体の中の水分の代謝異常を正常な水分の巡りに戻す働きがあり、五苓散は総合水分代謝改善薬ともいわれる。シャープな利尿効果が得られるにもかかわらず、腎 能や電解質に影響を与 えないためフロセミドより使いやすいといわれる。五苓散を処方する場合には、以下の症状が 目安となる。
・汗がよく出る。
・咽が渇いて水分を飲んでしまうが、飲んでもなかなか渇きが癒えない。
・小便が出ない。
・熱っぽい・暑いなどの表現をする。
★ 五苓散の利水作用とアクアポリン
近年、水チャネルの機能調節について熊本大学の礒濱洋一郎が,漢方薬についてのすばらしい解析をして一気に理解が深まった。アクアポリンは、細胞膜を介した水の移動を促進する水チャネルであり、ほ乳類では 13 種類の AQP アイソフォームが全身に分布して いる。漢方では利尿作用と呼ばず、利水作用と呼ぶが、利水作用には水分排出促進作用だけでなく、滋潤作用あるいは水分保持作用の両面がある。
礒濱らは、利水薬の代表である五苓散が AQP 類を介した水透過性を阻害することを in vitro の実験系により明らかにし、構成生薬の蒼朮などに含まれる金属イオンが重要であると報告した。滋潤効果をもつ麦門冬湯は AQP5 の活性低下を抑制するという。
また、皮膚のケラチノサイト型の AQP3は TNF-αで発現が抑制され、ステロイドではこの系を回復できないが、十味敗毒湯や荊芥連翹湯、消風散に含まれる荊芥は AQP3 の発現を濃度依存的に増加させるという。面白いことに、水分代謝異常は炎症に伴う症状として生じる場合が多いので、アトピー性皮膚炎などではむくみがあって尿の出ない場合がある。荊芥が入っている、ステロイドのように単純な乾燥を起こさないことが多く、荊芥に皮膚乾燥を予防する作用があると考えることができる。保湿効果が認められるのは、このような現象を意味していると思われる。また茯苓・沢瀉・猪苓などの生薬には微量元素が多く含まれる可能性があるので,これらが AQP の発現に関与している可能性がある。
非常に興味深い情報です。現代科学がその解析能力で漢方薬の効果のメカニズムを解明した良い例ですね。五苓散の項目ですが、メインは“荊芥”?
「皮膚科の漢方治療-アトピー性皮膚炎について」という対談(夏秋優Dr./小林裕美Dr.)では、五苓散はアトピー性皮膚炎の本治(いや標治もにらんだ本治?)として水滞を目標に使う薬として取りあげられています。
水滞の具体的な症状は、
全身→ むくみ、体が重だるい感じ、発汗過多
頭部→ 頭重感、めまい、耳鳴り、立ちくらみ
胸部→ 胸水、水様性鼻汁・喀痰、咳嗽
腹部→ 腹水、胃内停水(胃がチャプチャプ)、腹重感、消化不良
関節→ 関節の炎症・痛み・こわばり
診察所見では、
・舌診:歯痕 腫大 厚白苔
・腹診:心窩部振水音
湿疹に水っぽさを感じ、上記症状・所見があれば五苓散ひとつでみんなよくなってしまうかも。
五苓散に含まれる生薬の性質を列挙した表を見つけました。「漢方薬に親しむには」(黒川晃夫Dr.)より;
これを眺めると、すべての生薬が「躁」つまり乾かす作用があるのですね。寒熱は一定せず、中間証と考えてよいでしょうか。
次は秋葉先生の「活用自在の処方解説」より。
■ 17 五苓散
1.出典: 『傷寒論』、『金匱要略』
1 )脈浮、小便不利、微熱、消渇の証。(『傷寒論』太陽病中篇)
2 )中風、発熱し、解せずして煩し、表裏の証あり、水逆を発する証。(同上)
3 )霍乱(吐瀉病)、頭痛、発熱し、身疼痛し、熱多くして水を飲まんと欲する証。(霍乱病篇) 4)臍下に悸有り、涎沫を吐して癲眩(狂し、めまいす)し、水飲停蓄ある証。
(『金匱要略』 痰飲 嗽病篇)
2.腹候:腹力は中等度前後(2-4/5)。軽度の心下痞や胃内停水を認めることがある。
3.気血水:水と気が主体。
4.六病位:少陽病。
5.脈・舌:脈、浮、浮滑。舌苔は白滑、あるいは白膩。
6.口訣:
●この方は、もと五味猪苓散と称す。後世之を省略し、五苓散と呼ぶに至れりという。(奥田謙藏)
●五苓散を多数例の頭痛に適用して効果を確認したが、慢性頭痛ということであれば症例を選ばず用いてよく、なかでも女性に効きが良いという印象である。(矢数道明)
7.本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果:口渇、尿量減少するものの次の諸症:浮腫、ネフローゼ、二日酔、急性胃腸カタル、下痢、悪心、嘔吐、めまい、胃内停水、頭痛、尿毒症、暑気あたり、糖尿病。
b 漢方的適応病態:
1 )水湿の表証(太陽病蓄水証)。すなわち、悪風、微熱、尿量減少、口渇するが飲むとすぐに嘔吐するなどの症候。
2 )水湿による水様物の嘔吐あるいは浮腫あるいは水様の下痢などで、尿量減少、口渇を伴い、めまい感、腹部の動悸、身体が重いなどの症状がみられることがある。
★ より深い理解のために:
本方は主として消化管や組織の余剰の水分を血中に引き込むことによって利尿し、同時に口渇、下痢、浮腫、留飲などを寛解するものである。したがって、脱水には用いるべきでない。 甘草や人参剤を用いて浮腫が出現する場合があるが、本方で速かに消褪す る。
8.構成生薬:沢瀉4、蒼朮3、茯苓3、猪苓3、桂皮1.5。(単位g)
9.TCM的解説:利水滲湿・通陽・解表(利水して体内の湿をさばき、温めて、表を発する)。
★ より深い理解のために
五苓散は、「水湿による尿量減少・口渇に対する代表処方である。したがって、
1.脱水には禁忌。
2.明確な熱証を呈するものには適さない。
3.気虚、陽虚による痰飲には適切な配慮が必要である。
ちなみに真武湯は、陽虚の下半身の水滞に用いるとされている。
11.本方で先人は何を治療したか?
龍野一雄著『新撰類聚方』増補改訂版より
1 )感冒・流感・急性腸カタル、消化不良・コレラ・コレラ様吐瀉・小児吐乳等で、発熱、下利、嘔吐、煩渇、尿利減少するもの。
2 )胃拡張・胃アトニー・胃下垂・留飲症・胃液分泌過多症、幽門狭窄等で口渇、嘔吐、胃部振水音、心下部がつかえ小便不利するもの。
3 )虚証の黄痘に使った例がある。
4 )糖尿病で煩渇小便不利するもの。
5 )腎炎・ネフローゼ・膀胱炎・尿毒症・尿閉・心臓不全等で、浮腫、小便不利、煩渇、或は発熱頭痛、脳症を伴うもの。
6 )てんかん・メニエール氏症候群・日射病・脳水腫等でめまい、昏倒、煩渇小便不利、腹動、口からあぶくを出す等があるもの。
7 )夜尿症で煩渇するもの、咳をすると小便が漏れるものに使つた例がある。
8 )結膜炎・角膜フリクテン・角膜潰瘍・斜視等の眼病で、羞明、充血、閃視飛蚊症等があり、煩渇、小便不利等のもの。
9 )禿頭・脱毛で肛門また陰部に瘡を生ずるもの、或は子宮出血後に起こったものに使った例がある。
やはり湿疹・皮膚炎できませんでした。
イメージは何となくつかめましたが、実際に処方できるかどうか自信がありません。
赤ちゃんで診察の際、水毒の所見(歯痕舌、振水音)が気になったら選択するのもあり、でしょうか。
しかし歯痕舌を乳児で観察したことはないなあ。
とあきらめかけたときに次の記事を見つけました。
第108回 日本皮膚科学会の教育講演「東洋医学・心身医療」から小林裕美先生のお話の抜粋を:
■ 湿疹・皮膚炎に対する漢方治療
〜基本は消風散だが個別に加減を。西洋医学と東洋医学の併用が必要
湿疹・皮膚炎に対する基本方剤に消風散がある。
消風散は消炎、止痒、利水、滋潤作用を有する生薬で構成されている。
漢方の弁証では湿疹にみられる、
・紅斑、丘疹、小水疱、膿疱、結痂は熱と捉え、清熱剤を使用する。
・膿疱、結痂は毒で解毒剤、
・小水疱、湿潤は水滞で利水剤を、
・結痂、落屑は燥で滋潤剤、
・結痂、苔癬化は瘀血で駆瘀血剤、
・掻痒は風で祛風剤を用いる。
湿疹の病理組織にある表皮内水疱や表皮細胞間浮腫は水滞の状態であり、これにはエキス製剤としては 五苓散(TJ-17)を基本とする利水剤を用いる。ただ、湿疹には炎症反応もあるため、利水剤のみでは治癒しない。ステロイド外用を併用し、なお軽度の炎症と水滞が残る湿疹には抗炎症作用と利水作用を有する越婢加朮湯(TJ-28)や猪苓湯(TJ-40)などが有効である。 ステロイド外用薬を併用しない場合の皮疹に対する方剤選択目標は、抗炎症、利水、止痒、駆瘀血となる。
すごく単純化していてわかりやすい解説です。とくに「湿疹の病理組織にある表皮内水疱や表皮細胞間浮腫は水滞の状態であり、これにはエキス製剤としては 五苓散(TJ-17)を基本とする利水剤を用いる。ただ、湿疹には炎症反応もあるため、利水剤のみでは治癒しない。」とは私が求めていた答え。