漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

漢方生薬探求:甘草

2021年01月10日 13時18分12秒 | 漢方
以下の参考資料を基に、生薬を私なりに探求するシリーズです。

<参考資料>

1.浅岡俊之Dr.の漢方解説
② Dr.浅岡の本当にわかる漢方薬(浅岡俊之著、羊土社、2013年発行)

2.「薬徴」(吉益東洞)

3.「増補薬能
編集人:南 利雄  出版元:壷中秘宝館 

初回は「甘草」です。
私の甘草に対するイメージは・・・

・たくさんの方剤に含まれるメジャーな生薬
・生薬同士のバランスを調節してくれる
・甘いので気持ちが落ち着く効果がある
・急性の症状に適用される
等々。

さて、新しい発見はあったでしょうか。
※ 以下の記述で、色分けは<参考資料>の色と同じにしてあります。

□ 甘草はマメ科カンゾウ、多年草で生薬として根を使う
□ 『傷寒論』の70方、金き要略の88方に含まれる

■  甘草の主治(Dr.浅岡)
① 体液不足:発汗・おう吐・下痢による体液喪失、薬剤による体液喪失
② 急迫(切羽詰まった状態)、躁
③ 咽痛

■  甘草の主治(吉益東洞)
・急迫を主治
・裏急(腹の皮が裏側でひきつれる)、急痛、孿急を治す
・厥冷(手足からひどく冷えてくる)、煩躁・衝逆(下から上へ突き上げてくる状)の毒を治する

<甘草を含有する方剤>

【芍薬甘草湯(68)】甘草・芍薬
適応:傷寒、脈浮、自汗出で小便数、心煩、微悪寒、脚痙急す
   脚のつり、筋痙攣
   脚孿急
・「体液不足」を目的にしたもので「自汗出で小便数」(「数」は「さく」と読み、数が多いという意味)が当てはまる。また、芍薬は筋肉のけいれんを止める作用があり「脚痙急」が当てはまる。
・運動や発熱などにより発汗すると、その後に筋肉の痙攣を認める場合があるが、それに対応する配合、透析の除水中に発生する「筋肉のつり」にも同様の理由で有効。
 一般に構成生薬の少ない処方には即効性があるが、この方剤も同様であり、症状が出たら服用(つまり頓服)が基本である。漫然と用いれば甘草による水の過剰(高アルドステロン血症)が浮腫を呼ぶ。

芍薬甘草湯の副作用として「浮腫」つまり「むくみ」が有名であるが、浅岡Dr.は、
「甘草は体液喪失・脱水状態を治療する生薬だから、水分が足りている状態に投与するとむくんで当たり前、これは副作用ではなく誤使用では?」
とコメント。

【甘草麻黄湯】甘草・麻黄
適応:一身面目黄腫、小便利せず
・「体液不足」を目的にしたものだが、条文に直接当てはまる作用が見当たらない。
「一身面目黄腫」とは全身がむくんでいるという意味で、
「小便利せず」(尿が出ない)とともに、麻黄の「(汗や尿を出して)乾かす」という薬効。

あれ、では甘草は何で入ってるの?
という疑問が湧きます。
そもそも、尿の出すぎを治す甘草と、尿を出す麻黄はバッティングするのでは?

そのカラクリとは・・・
麻黄は強力で、ときに尿が出すぎて脱水になってしまうことがあるのです。
その予防、麻黄の効果にブレーキをかけるために甘草が入っているんだそうです。
また、薬効の「部位」が違うのでバッティングはしないそうです。
麻黄の作用部位は表裏の「表」で、体の表面です。
そこを乾かすことができます。
甘草は「裏」(体の中、内臓)に働くので、作用点が違う、という解説でした。

□ 麻黄の「乾かす」(水分を飛ばす)作用は2系統存在する。
・外に向かって汗を出す(麻黄+桂枝)→ (例)麻黄湯
・内に向かって尿にして出す(麻黄+石膏)→ (例)麻杏甘石湯(55)

【大黄甘草湯】甘草・大黄
適応:食し已って即ち吐する者
   便秘、嘔吐
・「急迫」を目的にしている。大黄は「吐する」を治す。大黄は“下剤”として有名だが、元々の薬効は「吐き気止め」。「食し已って即ち」(食べてから間もなく)という、「急迫」症状に甘草は適用。
・食中毒などで下痢や嘔吐が出現した際、腹中の要因を大黄で下し、下痢嘔吐によって喪失した体液を甘草で補うために複合された方剤。

・・・同じDr.浅岡の解説なのですが・・・ケアネットDVD/TVでは「急迫」、書籍では「体液不足」を採用していますねえ・・・まあ、どちらも係っているのでしょう。

桔梗湯(138)】甘草・桔梗
適応:咽痛の者は甘草湯を与うべし、差えずんば桔梗湯を与う
   咽頭痛
・今その急迫して痛むを以つての故に甘草湯を与ふ、しかしてその差(い)えざる者は已(すで)に膿あるなり、故に桔梗湯を与ふ。
・「咽痛」を目的にしている。「咽痛」は桔梗の主治であるが、甘草の主治でもある。のどが痛いとき、アメをなめるのも同じ目的。風邪を引いたとき耳鼻科でのどに塗るルゴール液も甘い(あれはグリセリンの味)。
・排膿に働く桔梗を加えて咽痛軽減効果を強化した方剤。

【調胃承気湯(74)】大黄・芒硝・甘草
適応:発汗して解せず、蒸蒸として発熱する者
   便秘、腹部膨満
※ 芒硝:硫酸ナトリウム、硫酸マグネシウム ・・・カマ(酸化マグネシウム)類似
・「体液不足」を治す目的で入っている。発汗しすぎて脱水状態になることを予防するため。
・大黄は燥性、芒硝は潤性の便秘薬。甘草は体液不足の予防目的で配合されている。

【四逆湯】乾姜・附子・甘草
適応:大いに汗し、若しくは大いに下痢して厥冷(けつれい)する者
   四肢拘急、厥逆
・「体液不足」を目的に入っている。

【甘麦大棗湯(72)】甘草・小麦・大棗
適応:象神霊(かたちしんれい)の作する所の如く、しばしば欠伸す
   ヒステリー、神経症
   蔵躁(ヒステリー)、しばし悲傷し、哭(こく)せんと欲す
※ 「象神霊」ボーッとすること、ヒステリー発作?、キツネ憑き?
※ 「欠伸」あくびのこと
・「急迫」を目的に入っている。
・入っている生薬はすべて甘く、それらには安神(あんじん、精神安定)作用がある。子ども向けの「夜なき、ひきつけ」という適応があるが、大人にも同様の効果があり、不眠の軽減が期待できる。

浅岡Dr.の主治に照らし合わせると、
私のイメージは主治の②③にとどまっていたことが判明しました。
甘草が「体液喪失・体液不足」を主治にしているイメージはありませんでした。

一方、『薬徴』では「急迫」をメインにおき、東洞は古来から言われてきた「衆薬の主」「百薬の毒を解す」などは誤ったイメージで、本効はあくまでも「急迫」であると主張しています。

大塚恭男Dr.の薬徴解説では、東洞の意見をわかりやすく現代語に翻訳されていますので、少しアレンジしながら引用してみます;

 これまでに甘草を含んでいる漢方をいろいろみてきたけれど、急迫症状に関して言及していない。しかしさまざまな適応症にはすべて「急迫」という要素が含まれている。張仲景が甘草を使う状況を見ていると、その急迫状態の激しいときは、また甘草を使うことが多い。急迫症状が少ないときは甘草を用いることが少ない。以上より、甘草が急迫症状態を治すことは明らかである。
 古い言葉(おそらく『素問』(※))では、病気の人が急迫状態に苦しむときは、すぐ甘いものを食べさせてその急迫状態を感作してやれとされている。この甘いものとは甘草のことを言っているのではないか。
※ 吉益東洞が「古語」と書いたのは『素問』のことを指す。東洞が『素問』を好きではなかったので名前を出していないようである。東洞は「陰陽」「五行」が嫌いだった。東洞の「甘草が急迫症状を治す」という意見は、皮肉なことに彼の嫌いな古典である『素問』由来なのである。ちなみに、東洞が高く評価しているのは春秋時代の名医、扁鵲(へんじゃく)である。

 承気湯の中にも甘草を含んでいるものといないものがある。調胃承気湯(74)と桃核承気湯(61)は甘草を含んでおり、いずれも非常に強い瀉下剤であると同時に気剤でもある。しかし、大承気湯、厚朴三物湯には甘草が含まれていない。
 調胃承気湯(74)の証は、吐きもしないし下痢もしないで胸苦しい、楽しくないうつ状態で体の奥がなんとなく煩わしい状態であり、これらはその毒の急迫するところにできた結果である。
 桃核承気湯(61)の証では、精神錯乱状態あるいは下腹(=小腹)が痛む状態である。小腹に抵抗があるといっても、煩躁状態とか急結という状態はいずれも急迫状態を言っている、だから甘草を使うのである。
 大承気湯、小承気湯、厚朴三物湯、大黄黄連瀉心湯はお腹の中に毒を結んだ、外から抵抗を触れる結毒を解するだけで急迫を扱っておらず、これらの処方には甘草が入っていないのである。

 陶弘景(とうこうけい)、孫思邈(そんしばく)、甄権(しんけん)などの歴史上の名医達による誤った甘草の薬効解説が出てから以後、世の中の人は誰も甘草の本当の薬効を知ることができなくなってしまった、誠に悲しいことである。

(陶弘景)この草もっとも衆薬の主たり。
(孫思邈)百薬の毒を解す。
(甄権)諸薬中甘草を君となし、七十二種の金石の毒を治し、一千二百般の草木の毒を解す。衆薬を調和するに功あり。

 金元時代の四大家の一人、李東垣は「生で甘草を用いると脾胃の足りないところを補って、そして心火を除く。甘草を炙って使うと、三焦(上焦・中焦・下焦)、人間のいろいろな生理機転をつかさどるものの元気を補い、機能を高めてやることができるし、体表部分の冷えを除いてやることができる」と言うが、しかしそんなことは張仲景は言っていない。五行説で五臓を説明するのは戦国以降のことであり、戦国以降の妄説に従ってはならない。

 東洞先生、過激ですねえ。でもわかりやすい。
 本家本元の『傷寒論』の著者、張仲景の真意を「甘草は急迫を治す」と読み切り、それ以外の歴代名医の解説を一刀両断で否定しています。
 不思議なことに『薬徴』には浅岡先生の考え方「発汗・おう吐・下痢による体液喪失」「体液の不足」が全く出てきません。浅岡先生は「体液不足」が原因で「急迫」に至る、あるいは「急迫」の裏には「体液不足」があると論考しているようです。

次は、江戸時代以降の日本の漢方解説書の記述を一覧した書籍「増補薬能」からの抜粋です;

増補能毒】(1652年)長沢道寿

一本堂薬選】(1738年)香川修庵
諸薬を和し、衆味を緩やかにす。咽痛を治し、茎中の痛みを去り、百毒を解す。

薬徴】(1794年)吉益東洞
急迫を主治するなり。故に裏急、急痛、攣急を治す。而して傍ら厥冷、煩躁、衝逆の等、諸般急迫の毒を治すなり。

薬性提要】(1807年)多紀桂山
甘味平性、脾胃の不足を補い、十二経の緩急を通行し、諸薬を協和させ、百薬毒を解す。

古方薬品考】(1841年)内藤尚賢
味甘美にして涼降。故に其の能、中州を緩にし、百薬を協和す。以て拘急、卒痛、咽痛燥渇等を治す。凡そ駿剤を用いるときは必ず此れを加えて、以て胃気をして傷せらせずしむ。

重校薬徴】(1853年)尾台榕堂
急迫を主治するなり。故に厥冷、煩躁、吐逆、驚狂、心煩、衝逆等、諸般の急迫の証を治す。兼ねて裏急、攣急、骨節疼痛、腹痛、咽痛下利を治す。

古方薬議】(1863年)浅田宗伯
味甘平。毒を解し、中を温め、気を下し、渇を止め、経脈を通じ、咽痛を去る。

漢方養生談】(1964年)荒木正胤
急迫症状を緩め、咽痛、腹痛、歯痛、痔痛、下痢の激しいものに効く。諸薬に伍して薬力を安定する。

漢方薬物学入門】(1993)長沢:長城書店
鑑別の点からいきますと薄い黄色のものは避けた方がよい、できるだけ色の濃いものを選べということです。そして味わった時に、甘味が強く苦みが少ないものが品質の良いものになります。


こうして歴代の書物の甘草についての薬効を並べると、焦点が定まらずわかりにくくなってしまいがち。
やはり一番インパクトがあるのは『薬徴』でしょうか。そこには「急迫を治す」の他の薬効は歴史上の名医達が展開した解説であるが、原典の『傷寒論』にはその記載はなく後付けのものなので信じてはいけない、と強気です。

さて、最初に書いた私の甘草に対するイメージを振り返ってみます;

・たくさんの方剤に含まれるメジャーな生薬
・生薬同士のバランスを調節してくれる
・甘いので気持ちが落ち着く効果がある
・急性の症状に適用される

なるほど、すべて当たらずとも遠からずといったところですね。
四番目の「急性の症状に適用される」だけが張仲景の考えに一致し、
それ以外は歴代の名医達が展開した学説の影響を受けている薬効であることがわかりました。
今後は、「急迫性のない症状には甘草がたくさん含まれている方剤は合わない」ことを遵守したいと思います。
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