日々の疑問を語る。離れの館

ヤフーに同名の題名があったが無くなってしまった。はなれ版のつもりだったが。。 ツウィッターは「反哺の孝あり」で参加中。

祖父にミへていた感覚

2018-02-20 00:25:53 | 日記
 数学を遣っていると今まで何故頭に入らなかったんだろうという違う意味での不思議な感覚になる。

原因は長岡亮介の本を読んで漸く解って体感したのだが,それが解っていても不思議に感じてしまう。理解すると言う事を解っていなかったと言うこと。数学の二つの心と言う本と動画で長岡亮介が語っていた事,本当に理解すると言うことに失敗していると語っていたが,確かにということ。

ある本で理解する事とはどういう事だろうかという本があって探した記憶はあるが・・。どうだったかな。。確か言葉と発想というものに行き着いたのだったっけか?他の本はどうなんだろう。確かこの本に関しては言葉に関しては理解できたんだったと思ったが・・。それで数学に付いては長岡亮介だったのかな。


あの長岡亮介の語り口が本当に好きだ。高校の頃に求めていたモノが長岡亮介先生の動画なりを見ているとそこに存在している気がする。


数学と言葉の理解を得られた結果,何だか尊敬する祖父が浮かんできた気がした。生前話した事がある祖父の兄と話していたときに話したイメージの像。それは祖父の兄の伯父さんに見たものとは違うモノが透けて診えていた気がしたが,伯父さん自身ではないその先は霞が掛かったようで見えたり見えなかったりする感覚だった。


漸く書くに相応しいモノが纏められたか。
コメント
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