しばらく前から思っていた通りのやっぱりなという心情。図形の問題は自分の思考を組み上げていく上で必須だなという所か。
本当にいまさらだよなぁーという残念さと悔しさというべきなのか。歪められた結果だもんなという所もあるし、自分の事が見えていなかったというのもあるし、大人を信じてしまったというのもあるし、問題は何だったんだろうかと考えても無意味そうな事を考えてしまう。
当時でも戦争に負けたという事に成っているから、何かしらの事は起こっているだろうとは思っていたが何処にもその事に付いて言及が無いという。当時の私としては非常に奇妙な状態だったから何処がソレ何だろうかという事が解らないと言うのが問題だと思っていた時に友人に話した経験はあったが、誰も何を言っているのか解らないといって取り合って貰えなかったという状態。
これが小学生時代だもんな。もちろんこれ程には客観的な話し方では無くて主観的な話が中心の話し方にはなるのだが誰かは解っても良いものなのに。
そんな折に祖父の兄で本家家長である伯父さんとの話が数年で何回かに渡って話せた時に色々と通じたんだよな。そういう話が父にも父の兄弟にも誰にも勿論祖母にも通じなくて祖母には祖父だったら解っただろうけどと口々に数人の伯父にも言われて前述の家長と話すことに為ったんじゃないかな今思えば。
そう言えば家長と暫く話しているときに、唐突に私が弟と話している様だと。詰まりは祖父の幼い時と話している様だと言っていたんだよな。祖母も私が一番祖父に似ていると言っていたし。
当時の家長が自分が亡くなったら、私に家長を譲りたい的な事を言ったが、小学生時代の私には冗談だと思ったものだが、もしかしたら思いは本気だったのかもなと言うのが実際の所なのかもな。
本当にいまさらだよなぁーという残念さと悔しさというべきなのか。歪められた結果だもんなという所もあるし、自分の事が見えていなかったというのもあるし、大人を信じてしまったというのもあるし、問題は何だったんだろうかと考えても無意味そうな事を考えてしまう。
当時でも戦争に負けたという事に成っているから、何かしらの事は起こっているだろうとは思っていたが何処にもその事に付いて言及が無いという。当時の私としては非常に奇妙な状態だったから何処がソレ何だろうかという事が解らないと言うのが問題だと思っていた時に友人に話した経験はあったが、誰も何を言っているのか解らないといって取り合って貰えなかったという状態。
これが小学生時代だもんな。もちろんこれ程には客観的な話し方では無くて主観的な話が中心の話し方にはなるのだが誰かは解っても良いものなのに。
そんな折に祖父の兄で本家家長である伯父さんとの話が数年で何回かに渡って話せた時に色々と通じたんだよな。そういう話が父にも父の兄弟にも誰にも勿論祖母にも通じなくて祖母には祖父だったら解っただろうけどと口々に数人の伯父にも言われて前述の家長と話すことに為ったんじゃないかな今思えば。
そう言えば家長と暫く話しているときに、唐突に私が弟と話している様だと。詰まりは祖父の幼い時と話している様だと言っていたんだよな。祖母も私が一番祖父に似ていると言っていたし。
当時の家長が自分が亡くなったら、私に家長を譲りたい的な事を言ったが、小学生時代の私には冗談だと思ったものだが、もしかしたら思いは本気だったのかもなと言うのが実際の所なのかもな。