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このところ安部公房を集中的に読んでいたのですが、あまり安部公房に傾倒すると頭がアバンギャルドになってしまいそうなので、ちょっと休んで他の作家も読んでみようと思ってたところ、どういうわけか浮かんだきたのが倉橋由美子でした。
倉橋由美子といえば、十代の頃に何冊か読んでいたと思うのだけど、内容があんまり思いだせない。それが気になって、久しぶり(40年近くぶり?)に読んでみよっかな、と。
どの作品を読んだかも全く覚えてないので、デビュー作から読んでみますか。
と、パルタイを読み始めました。
いやあ、わしって十代の頃にこういう小説読んでたのか...なんか読書の趣味って若い時もじじいになってからもあまり変わらないもんだね。タイムマシンで当時に戻って、十代のわしの頭をなでなでしたい^^;
『パルタイ』は学生運動の姿を別角度から客観的に眺めている作品です。パルタイに入る理由に形式を求める<あなた>、意識で十分ではないかと思う<わたし>、キーワードはオント(honte)でしょうか。当時の学生気質を別の次元から眺めているような作品です。
なお、タイトルの partei はドイツ語で、英語では party、"党"という意味です。
『非人』は共同体における保身主義を批判しているような、いろいろな解釈があるかなと思いますが、不可思議な学生寮社会の物語。
『貝のなか』も女子寮という共同体での赤裸々で不思議な話。これは作者の歯科衛生士学校での寮生活がモチーフになっているようです。
『蛇』はこれぞシュールリアリズム、安部公房の作風を思い起こします。
『密告』は終戦間際の学生共同体が舞台で、ホモ、サディズム、レイプ、自死とダークな内容。
作者のあとがきで、「ここにおさめられた作品は、存在論の核を包み込んでいるある形而上学を、イマージュの造型物に転移させることをねらいとしたものです。それだがつくりだしている、日常性から離れた歪みの多い世界は、ある程度、読者による自由な解釈をうけいれるものになっているとおもいます」とあります。
上でわたしの書いていることは、まさにその自由な解釈のほんのひとつに過ぎないと思います。
というわけで、今読んでも、いや、今読んだからこそ、とても面白い小説だと感じました。
もうちょっと倉橋由美子の作品を読んでみようと思います。
しかし、なんで突然頭の中に倉橋由美子が浮かんできたのだろう?
書誌事項。
p.s. 確定申告が終わった、税金とられ杉!
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