ジャータカと今昔物語(PART 1 OF 3)
(jataka01.jpg)
(konjaku1.jpg)
(bikini08.gif)
(june001.gif)
デンマンさん。。。 どうして 私が“ジャータカと今昔物語”にビキニで登場するのですか?
(kato3.gif)
あのねぇ~、今日はジューンさんの祖先が“ジャータカと今昔物語”に登場する話をするのですよ。
ご冗談でしょう!。。。 わたしは、そのようなお話を聞いたことがありませんわァ~。。。
当然ですよ。。。 僕はその話を初めてネット市民の皆様の前でするのですから。。。
つまり、デンマンさんがデッチあげたお話ですわねぇ~。。。
いや。。。 その話は、マジで“ジャータカと今昔物語”に登場する話ですよ。
分かりましたわ。。。 とにかく、眉唾物(まゆつばもの)だろうとは思いますけれど、一応デンマンさんのお話を聞くことにいたしますわァ~。。。 余計な事は言わなくても結構ですから、細木数子さんのように“ズバリ!”と そのお話をしてくださいなァ。
ジューンさんがそう言うならば、さっそく次の話から読んでみてください。
恋の虜となって
仏道に励む話
今は昔のこと、比叡山の若い僧が、ある日京都の法輪寺に祈願に出かけた。
その帰途、いつの間にか日が暮れてしまい、とある家に一夜の宿をお願いした。
招じ入れられてみると、麗しい女主人が住んでいるではないか。
(heiangal7.jpg)
その夜はまんじりともせず、とうとう女主人の寝室に忍び込み、誘惑しようとした。
女主人は、「尊い僧侶と思えばこそ一夜の宿を差し上げたのです。 悔しうございます」と拒んだ。
僧は望みを遂げられず苦しみもだえた。
(34rou05.jpg)
するとその女主人は、「あなたは『法華経』をそらで読めますか。 それならりっぱな僧であるからいっしょになってもよろしいけれど」と言う。
僧は正直にまだ読めないことを告白すると、「それならば寺に戻り、読めるようになってからいらっしゃい。 そのときにはあなたの言いなりになりましょう」と約束した。
僧は翌朝急いで寺に帰り、一心不乱に『法華経』を覚えた。
そして女主人の家を訪れると。
「せっかくのご縁なので、人から後ろ指をさされないようなりっぱな僧の後見人となりとうございます。 3年間山にこもって修業したら、あなたの自由になりましょう」と言う。
僧もなるほどと思い、修行に励んだ。
こうして美しい女主人に身を変じた法輪寺の虚空蔵(こくうぞう)菩薩の導きによって、彼はりっぱな僧になったという。
(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)
182-183 ページ
『お経の基本がわかる小事典』
著者: 松濤弘道
2004年11月1日 第1刷発行
発行所: PHP研究所
あらっ。。。 上のお話に出てくる女主人が わたしの祖先なのですかァ~?
そうなのですよ。。。 上の写真の女性は どことなくジューンさんに似ているところがあると思いませんか!?
つまり、わたしには日本人の血が流れているとデンマンさんは思うのですか?
そうですよ。。。 だから、ジューンさんは日本語がペラペラに話せる遺伝子を持っているのですよ。
上のお話はマジでバンクーバー市立図書館でデンマンさんが借りた本の中に書いてあったものなのですか?
もちろんですよ。。。 ここまで出所をはっきりと書いたのだから、間違いがありません。。。 信用できないのならば、ジューンさんも図書館で借りて読んでみてください。
それにしても上のお話のお坊さんはあまりにも衝動的で、本能的で、単純で、まるで肉食系の人間が衣を着ているようなものではありませんか!?
でもねぇ~、この話は『今昔物語』の中にあるエピソードの一つなのですよ。
今昔物語集
(konjaku1.jpg)
『今昔物語集』とは平安時代末期に成立したと見られる説話集である。
全31巻。ただし8巻・18巻・21巻は欠けている。
『今昔物語集』という名前は、各説話の全てが「今ハ昔」という書き出しから始まっている事に由来する便宜的な通称である。
成立年代と作者は現在も不明である。
11世紀後半に起こった大規模な戦乱である前九年の役、後三年の役に関する説話を収録しようとした形跡が見られる事から、1120年代以降の成立であることが推測されている。
一方、『今昔物語集』が他の資料で見られるようになるのは1449年のことである。
成立時期はこの1120年代~1449年の間ということになるが、保元の乱、平治の乱、治承・寿永の乱など、12世紀半ば以降の年代に生きた人ならば驚天動地の重大事だったはずの歴史的事件を背景とする説話がいっさい収録されていないことから、上限の1120年代からあまり遠くない白河法皇・鳥羽法皇による院政期に成立したものと見られている。
天竺(インド)、震旦(中国)、本朝(日本)の三部で構成される。
各部では先ず因果応報譚などの仏教説話が紹介され、そのあとに諸々の物話が続く体裁をとっている。
『今昔物語集』の話はすべて創作ではなく、他の本からの引き写しであると考えられている。
元となった本は『日本霊異記』、『三宝絵』、『本朝法華験記』などが挙げられる。
また、平安時代の最初の仮名の物語といわれる『竹取物語』なども取り込まれている。
本朝世俗部の話には典拠の明らかでない説話も多く含まれる。
出典: 「今昔物語集」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
上の『ウィキペディア』の説明には元となった本は『日本霊異記』、『三宝絵』、『本朝法華験記』などが挙げられると書いてあるけれど、その元となった話は『ジャータカ』に出てくるのですよ。
その『ジャータカ』と言うのは、日本の物語集なのですか?
いや。。。 インドで作られた物語集なのです。
(すぐ下のページへ続く)