【ハイ・ヌーン】エドワード・ホッパー
パレアナは自分でそうと望んで、スノー夫人のところへお使いへ行くことになりました。
>>パレアナはスノー夫人のところへ肉のゼリー寄せを持っていく途中でした。ミス・パレーは一週一回は人のところへなにかしら届けていました。スノーおばさんは病気で貧乏でした。この人の面倒を見るのは教会全体の義務だとミス・パレーは信じていましたから、木曜日の午後、ナンシーを使いにだして――自分の義務をつくしていましたが、きょうはパレアナがぜひ自分をやってとせがみましたので、ナンシーは喜んでパレアナにパレー叔母さんの使いをさせました。
「わたしはうれしいんだけれど、お嬢さんにはお気の毒ですわ」
「あたしがいきたのよ、ナンシー」
「そんなことをおっしゃったって――一度いってごらんなさいまし、二度とごめんだと思いなさいますよ」
「なぜなの?」
「だれだっていやになりまさ。人の顔さえ見れば泣きごとばかり言ってさ。かわいそうだと思えばこそいってやるんですのにね。ひがみが強すぎますよ。いっしょにいる娘がかわいそうですわ」
「どうしてそんななの、ナンシー?」
「それがつまりね、スノー夫人にとっちゃ、何事も気に入るようにならないんですよ。なにもかもが気に入らないんです。一週間の日が気に入らないって言うんですね。月曜日になりゃ日曜日だったらいいって言うし、牛肉のゼリー寄せを持っていけば、きっとチキンのほうがよかったと言うでしょうし、ところが、チキンを持っていけば、羊肉のスープのほうがよかったと言うに決まってますよ!」
「まあ、なんておもしろい人でしょう!会ってみたいわ。きっと珍しく――ふうがわりの人でしょうね。あたし、ふうがわりの人が好きよ」
「へええ!スノーさんは確かにふうがわりですよ。まあまあ、みんなが助かりますから、好いてあげてください」
パレアナはみすぼらしいスノー夫人の家の木戸をくぐりながら、ナンシーとの会話を思いだしていました。「ふうがわりな」スノーおばさんに会う楽しみで心がはずみあがってくるのでした。
(第8章『パレアナの訪問』より)
――ここまで読めば、もう大体のところおわかりですね?(笑)
パレアナがスノー夫人のところを訪問致しますと、夫人は案の定、>>「おやおや、ゼリー寄せですかね?ありがたいことにはありがたいが、わたしはきょうは羊肉のスープが欲しかったんだのに」と言ったのですから!
けれど、パレアナは子供らしい無邪気さで、
>>「ああ、ゼリー寄せを持ってきたら、チキンが欲しかったと言いなさるんだと思いましたわ」
「なんですって?」
病人は鋭い声で問い返しました。
「いいえ、なんでもないんですの」
パレアナはあわてて、
「そりゃ、もちろん、どっちでもいいんですけど。ただ、ナンシーがゼリー寄せを持っていけば、チキンを欲しがり、チキンを持っていった時は、羊肉を欲しがりなさるんだって言ってたものですから――でも、その反対だったのを、ナンシーが思いちがえていたんでしょうね」
病人はベッドの上にちゃんとすわりました。パレアナは知りませんでしたが、これはじつに珍しいことなのでした。
「おせっかいさん、いったいあなたはどこのだれなんです?」
といきりたちました。
「あら、あたし、そんな名じゃないのよ、スノーおばさん――そうでなくてうれしいわ。おせっかいなんて名前は『ヘプジバ』っていうのよりまだひどいわね。あたしはパレアナ・フィテアと申します。パレー・ハリントンの姪で、あそこへいっしょに住むことになりましたの。それで、きょう、叔母の使いでゼリー寄せを持ってきましたんです」
(第8章『パレアナの訪問』より)
少し形は違えども、「こうした人は確かにいるな☆」と読みながら感じる方は多いのでないでしょうか(笑)
朝には夜であればいいと言い、夜には昼であればいいとこぼし、冬には夏だったら、夏には冬だったらいいのに……と言っているような人の精神構造を変えるのは実際至難の業というか(^^;)
確かこのスノー夫人はパレアナ叔母さんと同じく四十歳くらいだったと思うのですが、特に五十、六十と年齢を重ねている方の場合は、それまで生きてきたやり方や考え方を変えてもらうというのは難しいというより、ほぼ不可能に近いという気すらします。
なんにしても、お話を先に進めましょうm(_ _)m
(パレアナの訪問、第1回目☆)
>>スノー夫人は鏡を手からはなしてわずらわしそうに、
「わたしの身になってごらんなさい、こんなふうに一日じゅう寝ついているんだったら、黒い髪もなにもあったもんじゃありませんよ」
バレアナは考え込んで、
「そうですね、――それじゃあすこしむずかしくなりますものね」
「なにがむずかしくなるの?」
「なんでも喜ぶのが」
「なんでも喜ぶなんて――一生寝ていなけりゃならない病人が何を喜ぶんです?喜ぶことがあるなら、教えてください」
驚いたことにパレアナは飛びあがって手をたたくのでした。
「そうです。むずかしいですわ――まったくむずかしいことですね。もう帰らなけりゃなりませんが、帰り道でよくよく考えます。そしてこの次にお話しします。さよなら、きょうはおもしろかったですわ!さよなら」
ともう一度言って外へ出ていきました。
(パレアナの訪問、第2回目☆)
この時パレアナは、スノー夫人が「ゼリー寄せを持っていけば羊肉を欲しがり、羊肉のスープを持っていけばチキンを欲しがる」といったことを踏まえ、量は少なめではあるものの、その三品を全部持ってきたのでした。
>>スノー夫人はいらいらとして、
「どんなものか見たところで、味がよくなるわけでもないでしょうがね」
と言いながらも、籠をのぞいて、
「それはなんなの?」
「なんだかあててごらんなさい。いったい、おばさんはなにを欲しいの?」
パレアナは籠のそばへ飛んでいきました。病人はむずかしい顔をして、
「あたしはべつに欲しいものはないね。なにを食べたって味は同じだもの」
パレアナは笑いをおさえながら、
「これはちがうんですよ。当ててごらんなさい。もしなんか望むとしたら、なんですか?」
病人は言葉につまりました。いままでまったく気がつかなかったのですが、いつでもそこにないものばかりを欲しがる癖がついてしまったので、さて、いまなにを一番欲しいかということをはっきり、すぐ言うとなると、どうしても言えないのでした。――なにがあるのか、それを見てからでなければ言えないのです。けれど、なんとか言わなければならないのでした。この奇抜な子供が返事を待っているのです。
「そうですね。羊のスープもあるし――」
「持ってきましたよ」
パレアナは叫びました。
「いえ、それは欲しくない物なんですよ」
とためいきをつきながら病人は答えました。もうわかりました、自分の胃袋がなにを求めているかわかったのです。
「鶏肉が欲しいんです」
「それも持ってきたのよ」
とパレアナは大得意です。スノー夫人は驚いて、
「両方ともですか?」
「ええ両方とも。――子牛の足のゼリー寄せもよ。一度でもおばさんの欲しいとおっしゃるものをなんでもあげてみたいと思って、ナンシーとあたしと二人で用意しましたの。もちろん、みんな少しずつですの――ですけど、どれもみんなぽっちりずつありますの。鶏肉が欲しいっておっしゃって、ほんとにうれしいわ」
籠に入れた三つの蓋物を開けながら、
「あたしねえ、みちみち考えましたの――もしもおばさんが葱とか、それともなにかしらここにないものを欲しがりなさったらどうしようと、そればっかりが心配だったの。こんなに一生懸命に持ってきてそんなことだったらほんとにがっかりしますわ」
パレアナは声を立てて笑いました。
(第10章『スノー夫人の驚き』より)
このあと、スノー夫人はパレアナに「気分はどうですか?」と聞かれ、今度は別のことに関して不満を洩らしはじめます。たぶんすぐ隣あたりに住んでるらしい子(ネリー・ヒギンス)が午前中いっぱいピアノの稽古をしていて眠れなかったというのです。するとパレアナはスノー夫人に同情して、自分が元いた婦人会のホワイト夫人も似たことを言っていたと話しました。しかもこのホワイト夫人はリューマチで、寝返りも打てなかったのだと。
>>「わかりますわ。たまらないものね。ホワイトさんもそんなことがありましたよ――婦人会の会員よ。ホワイトの奥さんはそのうえにリューマチで熱がありましたの。寝返りも打てなかったんです。寝返りが打てたら少しはらくだったのにと言ってらっしゃいましたわ。おばさんはおできになりますの?」
「わたしが――なにを?」
「寝返りよ――音楽がやかましくてとても我慢できなくなったら、向きを変えるんですの」
スノー夫人は目を丸くして、
「そりゃ、もちろん、できますよ――どっちへでも――寝床の中でね」
と少しおこったようでした。
「じゃあ、それだけでも喜べますわね」
とパレアナはうなずきました。
「ホワイトさんはできなかったんです。リューマチの熱があったんじゃ寝返りはできません――いくらそうしたくても、だめだって、ホワイトさんが言ってました。ホワイトのおじさんの妹さんの耳がよかったら、とても我慢できなくて頭がおかしくなってしまったろうって、あたしに話しなさいましたよ」
「妹さんの――耳ですって!そりゃどういうわけなの?」
(第10章『スノー夫人の驚き』より)
パレアナは説明しました。ホワイトのおじさんというのは、ホワイトさんの旦那さんのことでしょうから、この耳の聴こえなかった聾唖の妹さんは、ホワイト夫人の義妹ということでしょう。この妹さんが兄のお嫁さんであるホワイトさんの看病をしていたのでした。でも耳が聞こえませんから、まわりの人も色々説明するのが大変だったようです。そこでホワイトの奥さんは、>>「近所でピアノの練習が始まると、聞こえるのがうれしいと思って我慢するようになったんですって」とパレアナは説明したのでした。
>>「おばさんも遊びをしていらしったんです。あたしが話したので」
「あ――そ――び?」
パレアナは手をたたきました。
「あら、あたし、もう少しで忘れるところでした。あたし、すっかり考えてきました、おばさんが喜べることを」
「喜べることを!いったい、それはなんのことですか?」
「あら、あたし、言ったじゃありませんか。お忘れになったの?なにを喜ぶのか、喜べることをさがしてもらいたいって、おっしゃったじゃありませんか。一日じゅう、寝ていなけりゃならないのになんの喜ぶことがあるかって、おっしゃったでしょう、ね?」
「ああ、あれですか?おぼえてますよ。でも、あんなこと本気じゃなかったのに、あんたは本気だったの?」
「ええ、本気でした」
とパレアナは得意で、
「そしてね、あたし、さがしだしました。むずかしかったですよ。むずかしければむずかしいほどおもしろいんですけどね、ほんとは。初めはなんにも思いつかなかったんですよ。それがやっと見つかったの」
「はあ、それで、なにがございましたの?」
とスノー夫人はいやに改まった調子で問い返しました。
パレアナは長い息をして、
「あたしね、考えましたの――おばさんは、ほかの人たちがおばさんみたいでないことを――どんなにか喜びなさることだろうと、思いました――こんなにいつでも弱いので、寝たきりじゃたいへんですものね」
スノー夫人はあまりいい気持ちでもなさそうに、
「いかにもね」
「さあ、遊びのことをお話ししましょうね」
とパレアナは元気よく始めました。
「おばさんがなさったらすばらしいわね――とてもむずかしいんですからね。むずかしいと、とてもおもしろいんです。こういうふうにやるんですの」
と、ここで慰問箱の中にはいっているはずだった人形がなくて松葉杖が送られてきた時の話をしました。
(第10章『スノー夫人の驚き』より)
――このあとパレアナは、パレーおばさんが「ピアノの練習をする時間」のことを電話で託けてきたため、しぶしぶ立ち上がって家へ帰らなければなりませんでした。
そしてパレアナが帰ったあと、スノー夫人の娘さんが母のことを見てみると……彼女のやせた頬には涙があったのです。
もちろん、この箇所を読んで、「むしろ嫌味な子だなあ」と感じる方があるかもしれませんし、児童文学とはいえ、あまりにあっさりスノー夫人がパレアナという子を受け容れすぎている……と感じる方もいらっしゃるかもしれません。
でもわたし自身は、こんなことがもし我が身に起きたとしたら、やはりスノー夫人と同じように涙を流すだろうと思いました。何よりもパレアナ自身が醸す雰囲気として、「本当に心からそう信じている」といった純真さがあったのだろうと思うのです。
そもそも、パレー叔母さんは例の崇高な義務心からスノー夫人に毎木曜食事を送っていたのですし、ナンシーは彼女に言いつけられて来るわけですよね。一方パレアナはといえば、自分のほうから楽しみにしながら進んでやって来たのです。その上、帰り際には「今日はおもしろかったですわ」だのと言ったり、優しく髪を結ってくれたり、「髪の黒いのがいい」と褒めてくれもすれば、またこの時にはしぶしぶ立ち上がって帰ろうとしていたのですから……。
きっとこれまで、病床の身となってからは――パレアナのように接してくれた人は、スノー夫人にとって誰もいなかったのではないでしょうか。もちろん、これは子供こそが、子供だけがなしうることでもあったでしょう。もし大人の女性なり男性なりが、いかに真心こめてパレアナと同じことを言おうとも、スノー夫人は受けつけなかったに違いありません。けれどもこんな小さな子が、人形が欲しかったのに、慰問箱に松葉杖が入ってきたというのを……むしろ喜んだというのです。
牧師一家の生活というのがどんなものかというのは、スノー夫人にも容易に想像できたでしょう。自分の家も貧乏ですが、牧師一家の家というのも大抵は貧乏なものです。しかも教会員たちがみんな白い羊のように従順で大人しいかといえばそんなこともなく――本来は<神の家>であるはずの教会内にも揉めごとがあるのが普通だということを、スノー夫人はよく知っていたことでしょう。
なんにしても、スノー夫人もまたパレアナの影響で<喜びの遊び>を自身の生活の中へ取り入れていくようになります。もちろん、暫くの間はパレアナの監督というか、助けが必要だったでしょうし、そのためにパレアナが来てくれるのを嬉しく思いもしたことと思います。
こうしてスノー夫人の生活には光が差し込んできました。ちょうど、パレアナが来た時、閉め切って薄暗かった寝室を、パレアナが開けて光を入れてくれたように……。
さて、次回はお待ちかね(?)。気難し屋ジョン・ペンデルトン氏の登場です♪(^^)
それではまた~!!
パレアナは自分でそうと望んで、スノー夫人のところへお使いへ行くことになりました。
>>パレアナはスノー夫人のところへ肉のゼリー寄せを持っていく途中でした。ミス・パレーは一週一回は人のところへなにかしら届けていました。スノーおばさんは病気で貧乏でした。この人の面倒を見るのは教会全体の義務だとミス・パレーは信じていましたから、木曜日の午後、ナンシーを使いにだして――自分の義務をつくしていましたが、きょうはパレアナがぜひ自分をやってとせがみましたので、ナンシーは喜んでパレアナにパレー叔母さんの使いをさせました。
「わたしはうれしいんだけれど、お嬢さんにはお気の毒ですわ」
「あたしがいきたのよ、ナンシー」
「そんなことをおっしゃったって――一度いってごらんなさいまし、二度とごめんだと思いなさいますよ」
「なぜなの?」
「だれだっていやになりまさ。人の顔さえ見れば泣きごとばかり言ってさ。かわいそうだと思えばこそいってやるんですのにね。ひがみが強すぎますよ。いっしょにいる娘がかわいそうですわ」
「どうしてそんななの、ナンシー?」
「それがつまりね、スノー夫人にとっちゃ、何事も気に入るようにならないんですよ。なにもかもが気に入らないんです。一週間の日が気に入らないって言うんですね。月曜日になりゃ日曜日だったらいいって言うし、牛肉のゼリー寄せを持っていけば、きっとチキンのほうがよかったと言うでしょうし、ところが、チキンを持っていけば、羊肉のスープのほうがよかったと言うに決まってますよ!」
「まあ、なんておもしろい人でしょう!会ってみたいわ。きっと珍しく――ふうがわりの人でしょうね。あたし、ふうがわりの人が好きよ」
「へええ!スノーさんは確かにふうがわりですよ。まあまあ、みんなが助かりますから、好いてあげてください」
パレアナはみすぼらしいスノー夫人の家の木戸をくぐりながら、ナンシーとの会話を思いだしていました。「ふうがわりな」スノーおばさんに会う楽しみで心がはずみあがってくるのでした。
(第8章『パレアナの訪問』より)
――ここまで読めば、もう大体のところおわかりですね?(笑)
パレアナがスノー夫人のところを訪問致しますと、夫人は案の定、>>「おやおや、ゼリー寄せですかね?ありがたいことにはありがたいが、わたしはきょうは羊肉のスープが欲しかったんだのに」と言ったのですから!
けれど、パレアナは子供らしい無邪気さで、
>>「ああ、ゼリー寄せを持ってきたら、チキンが欲しかったと言いなさるんだと思いましたわ」
「なんですって?」
病人は鋭い声で問い返しました。
「いいえ、なんでもないんですの」
パレアナはあわてて、
「そりゃ、もちろん、どっちでもいいんですけど。ただ、ナンシーがゼリー寄せを持っていけば、チキンを欲しがり、チキンを持っていった時は、羊肉を欲しがりなさるんだって言ってたものですから――でも、その反対だったのを、ナンシーが思いちがえていたんでしょうね」
病人はベッドの上にちゃんとすわりました。パレアナは知りませんでしたが、これはじつに珍しいことなのでした。
「おせっかいさん、いったいあなたはどこのだれなんです?」
といきりたちました。
「あら、あたし、そんな名じゃないのよ、スノーおばさん――そうでなくてうれしいわ。おせっかいなんて名前は『ヘプジバ』っていうのよりまだひどいわね。あたしはパレアナ・フィテアと申します。パレー・ハリントンの姪で、あそこへいっしょに住むことになりましたの。それで、きょう、叔母の使いでゼリー寄せを持ってきましたんです」
(第8章『パレアナの訪問』より)
少し形は違えども、「こうした人は確かにいるな☆」と読みながら感じる方は多いのでないでしょうか(笑)
朝には夜であればいいと言い、夜には昼であればいいとこぼし、冬には夏だったら、夏には冬だったらいいのに……と言っているような人の精神構造を変えるのは実際至難の業というか(^^;)
確かこのスノー夫人はパレアナ叔母さんと同じく四十歳くらいだったと思うのですが、特に五十、六十と年齢を重ねている方の場合は、それまで生きてきたやり方や考え方を変えてもらうというのは難しいというより、ほぼ不可能に近いという気すらします。
なんにしても、お話を先に進めましょうm(_ _)m
(パレアナの訪問、第1回目☆)
>>スノー夫人は鏡を手からはなしてわずらわしそうに、
「わたしの身になってごらんなさい、こんなふうに一日じゅう寝ついているんだったら、黒い髪もなにもあったもんじゃありませんよ」
バレアナは考え込んで、
「そうですね、――それじゃあすこしむずかしくなりますものね」
「なにがむずかしくなるの?」
「なんでも喜ぶのが」
「なんでも喜ぶなんて――一生寝ていなけりゃならない病人が何を喜ぶんです?喜ぶことがあるなら、教えてください」
驚いたことにパレアナは飛びあがって手をたたくのでした。
「そうです。むずかしいですわ――まったくむずかしいことですね。もう帰らなけりゃなりませんが、帰り道でよくよく考えます。そしてこの次にお話しします。さよなら、きょうはおもしろかったですわ!さよなら」
ともう一度言って外へ出ていきました。
(パレアナの訪問、第2回目☆)
この時パレアナは、スノー夫人が「ゼリー寄せを持っていけば羊肉を欲しがり、羊肉のスープを持っていけばチキンを欲しがる」といったことを踏まえ、量は少なめではあるものの、その三品を全部持ってきたのでした。
>>スノー夫人はいらいらとして、
「どんなものか見たところで、味がよくなるわけでもないでしょうがね」
と言いながらも、籠をのぞいて、
「それはなんなの?」
「なんだかあててごらんなさい。いったい、おばさんはなにを欲しいの?」
パレアナは籠のそばへ飛んでいきました。病人はむずかしい顔をして、
「あたしはべつに欲しいものはないね。なにを食べたって味は同じだもの」
パレアナは笑いをおさえながら、
「これはちがうんですよ。当ててごらんなさい。もしなんか望むとしたら、なんですか?」
病人は言葉につまりました。いままでまったく気がつかなかったのですが、いつでもそこにないものばかりを欲しがる癖がついてしまったので、さて、いまなにを一番欲しいかということをはっきり、すぐ言うとなると、どうしても言えないのでした。――なにがあるのか、それを見てからでなければ言えないのです。けれど、なんとか言わなければならないのでした。この奇抜な子供が返事を待っているのです。
「そうですね。羊のスープもあるし――」
「持ってきましたよ」
パレアナは叫びました。
「いえ、それは欲しくない物なんですよ」
とためいきをつきながら病人は答えました。もうわかりました、自分の胃袋がなにを求めているかわかったのです。
「鶏肉が欲しいんです」
「それも持ってきたのよ」
とパレアナは大得意です。スノー夫人は驚いて、
「両方ともですか?」
「ええ両方とも。――子牛の足のゼリー寄せもよ。一度でもおばさんの欲しいとおっしゃるものをなんでもあげてみたいと思って、ナンシーとあたしと二人で用意しましたの。もちろん、みんな少しずつですの――ですけど、どれもみんなぽっちりずつありますの。鶏肉が欲しいっておっしゃって、ほんとにうれしいわ」
籠に入れた三つの蓋物を開けながら、
「あたしねえ、みちみち考えましたの――もしもおばさんが葱とか、それともなにかしらここにないものを欲しがりなさったらどうしようと、そればっかりが心配だったの。こんなに一生懸命に持ってきてそんなことだったらほんとにがっかりしますわ」
パレアナは声を立てて笑いました。
(第10章『スノー夫人の驚き』より)
このあと、スノー夫人はパレアナに「気分はどうですか?」と聞かれ、今度は別のことに関して不満を洩らしはじめます。たぶんすぐ隣あたりに住んでるらしい子(ネリー・ヒギンス)が午前中いっぱいピアノの稽古をしていて眠れなかったというのです。するとパレアナはスノー夫人に同情して、自分が元いた婦人会のホワイト夫人も似たことを言っていたと話しました。しかもこのホワイト夫人はリューマチで、寝返りも打てなかったのだと。
>>「わかりますわ。たまらないものね。ホワイトさんもそんなことがありましたよ――婦人会の会員よ。ホワイトの奥さんはそのうえにリューマチで熱がありましたの。寝返りも打てなかったんです。寝返りが打てたら少しはらくだったのにと言ってらっしゃいましたわ。おばさんはおできになりますの?」
「わたしが――なにを?」
「寝返りよ――音楽がやかましくてとても我慢できなくなったら、向きを変えるんですの」
スノー夫人は目を丸くして、
「そりゃ、もちろん、できますよ――どっちへでも――寝床の中でね」
と少しおこったようでした。
「じゃあ、それだけでも喜べますわね」
とパレアナはうなずきました。
「ホワイトさんはできなかったんです。リューマチの熱があったんじゃ寝返りはできません――いくらそうしたくても、だめだって、ホワイトさんが言ってました。ホワイトのおじさんの妹さんの耳がよかったら、とても我慢できなくて頭がおかしくなってしまったろうって、あたしに話しなさいましたよ」
「妹さんの――耳ですって!そりゃどういうわけなの?」
(第10章『スノー夫人の驚き』より)
パレアナは説明しました。ホワイトのおじさんというのは、ホワイトさんの旦那さんのことでしょうから、この耳の聴こえなかった聾唖の妹さんは、ホワイト夫人の義妹ということでしょう。この妹さんが兄のお嫁さんであるホワイトさんの看病をしていたのでした。でも耳が聞こえませんから、まわりの人も色々説明するのが大変だったようです。そこでホワイトの奥さんは、>>「近所でピアノの練習が始まると、聞こえるのがうれしいと思って我慢するようになったんですって」とパレアナは説明したのでした。
>>「おばさんも遊びをしていらしったんです。あたしが話したので」
「あ――そ――び?」
パレアナは手をたたきました。
「あら、あたし、もう少しで忘れるところでした。あたし、すっかり考えてきました、おばさんが喜べることを」
「喜べることを!いったい、それはなんのことですか?」
「あら、あたし、言ったじゃありませんか。お忘れになったの?なにを喜ぶのか、喜べることをさがしてもらいたいって、おっしゃったじゃありませんか。一日じゅう、寝ていなけりゃならないのになんの喜ぶことがあるかって、おっしゃったでしょう、ね?」
「ああ、あれですか?おぼえてますよ。でも、あんなこと本気じゃなかったのに、あんたは本気だったの?」
「ええ、本気でした」
とパレアナは得意で、
「そしてね、あたし、さがしだしました。むずかしかったですよ。むずかしければむずかしいほどおもしろいんですけどね、ほんとは。初めはなんにも思いつかなかったんですよ。それがやっと見つかったの」
「はあ、それで、なにがございましたの?」
とスノー夫人はいやに改まった調子で問い返しました。
パレアナは長い息をして、
「あたしね、考えましたの――おばさんは、ほかの人たちがおばさんみたいでないことを――どんなにか喜びなさることだろうと、思いました――こんなにいつでも弱いので、寝たきりじゃたいへんですものね」
スノー夫人はあまりいい気持ちでもなさそうに、
「いかにもね」
「さあ、遊びのことをお話ししましょうね」
とパレアナは元気よく始めました。
「おばさんがなさったらすばらしいわね――とてもむずかしいんですからね。むずかしいと、とてもおもしろいんです。こういうふうにやるんですの」
と、ここで慰問箱の中にはいっているはずだった人形がなくて松葉杖が送られてきた時の話をしました。
(第10章『スノー夫人の驚き』より)
――このあとパレアナは、パレーおばさんが「ピアノの練習をする時間」のことを電話で託けてきたため、しぶしぶ立ち上がって家へ帰らなければなりませんでした。
そしてパレアナが帰ったあと、スノー夫人の娘さんが母のことを見てみると……彼女のやせた頬には涙があったのです。
もちろん、この箇所を読んで、「むしろ嫌味な子だなあ」と感じる方があるかもしれませんし、児童文学とはいえ、あまりにあっさりスノー夫人がパレアナという子を受け容れすぎている……と感じる方もいらっしゃるかもしれません。
でもわたし自身は、こんなことがもし我が身に起きたとしたら、やはりスノー夫人と同じように涙を流すだろうと思いました。何よりもパレアナ自身が醸す雰囲気として、「本当に心からそう信じている」といった純真さがあったのだろうと思うのです。
そもそも、パレー叔母さんは例の崇高な義務心からスノー夫人に毎木曜食事を送っていたのですし、ナンシーは彼女に言いつけられて来るわけですよね。一方パレアナはといえば、自分のほうから楽しみにしながら進んでやって来たのです。その上、帰り際には「今日はおもしろかったですわ」だのと言ったり、優しく髪を結ってくれたり、「髪の黒いのがいい」と褒めてくれもすれば、またこの時にはしぶしぶ立ち上がって帰ろうとしていたのですから……。
きっとこれまで、病床の身となってからは――パレアナのように接してくれた人は、スノー夫人にとって誰もいなかったのではないでしょうか。もちろん、これは子供こそが、子供だけがなしうることでもあったでしょう。もし大人の女性なり男性なりが、いかに真心こめてパレアナと同じことを言おうとも、スノー夫人は受けつけなかったに違いありません。けれどもこんな小さな子が、人形が欲しかったのに、慰問箱に松葉杖が入ってきたというのを……むしろ喜んだというのです。
牧師一家の生活というのがどんなものかというのは、スノー夫人にも容易に想像できたでしょう。自分の家も貧乏ですが、牧師一家の家というのも大抵は貧乏なものです。しかも教会員たちがみんな白い羊のように従順で大人しいかといえばそんなこともなく――本来は<神の家>であるはずの教会内にも揉めごとがあるのが普通だということを、スノー夫人はよく知っていたことでしょう。
なんにしても、スノー夫人もまたパレアナの影響で<喜びの遊び>を自身の生活の中へ取り入れていくようになります。もちろん、暫くの間はパレアナの監督というか、助けが必要だったでしょうし、そのためにパレアナが来てくれるのを嬉しく思いもしたことと思います。
こうしてスノー夫人の生活には光が差し込んできました。ちょうど、パレアナが来た時、閉め切って薄暗かった寝室を、パレアナが開けて光を入れてくれたように……。
さて、次回はお待ちかね(?)。気難し屋ジョン・ペンデルトン氏の登場です♪(^^)
それではまた~!!
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