私は、コーヒー中毒。何はなくても、コーヒーだけは欠かさない。冷蔵庫の中には、いつもコーヒーのストックがいくつか入っている。コーヒー通という程のものではない。まあ、モカと他のコーヒーとの違いくらいは分るが、それ以外はあまり分らない。ゆっくりと味わうのではなく、ただ、がぶ飲みするだけだから、味なんて二の次になるのだ。
そんな私だから、コーヒーを淹れるときは金属製のフィルターを使っている。ところが、このフィルター、使用後に、良く洗っているつもりなのだが、乾くと、フィルターに残っていたコーヒーの粉の残骸が落ちる。それも、水切りのフキンの上に、それを見た長男が、「このコーヒーフィルターは粉が落ちるから使わない方が良いよ。フキンの上に落ちて汚らしくなるから・・・」と言い、新しいドリッパーとペーパーフィルターを買って来て、「これからこれにしろ。入れ終わったら、捨てれば、粉が落ちることはないから・・・」と言う。何で余計なことするのだ!私は、たくさんのコーヒーを飲むから、ペーパーフィルター代も馬鹿にならない、だから、金属製のフィルターを愛用していたのに、そのことが全然分かっていない。長男は、まるで妻のコピーのような人間だと、思うことがたびたびある。まあ、生まれたときから妻に育てられてきたのだから、当然といえば当然なのだが、私だって相当育児には関わってきたつもりだが、私の痕跡はあまり残っていないようだ。視点を変えると、それはとても良いことなのかも知れないがね・・・・・・。
妻が入院し、ひとりでいると、コーヒーを味わう気持ちの余裕も出てきたようだ。妻といるときは、妻の要求に振り回されたり、苛付いたりしているばかりで、そんな余裕はなかったからね。
でも、そろそろ妻の退院に向けて、準備を始めなければいけない。部屋を掃除して、散らかった部屋を片付けて、風呂場のカビも落として・・・・、やることはたくさんだ。でも、妻を病院に入院させておいて、一人でいつまでものんびりしているわけには行かないからね!