またまた、妻のところに送られてきたのはフランクフルトの新聞記事とアイゼナハの花の写真でした。
ドイツに行くと必ず泊まらせてもらっているのがフランクフルトのルースとトーマスの家です。そのトーマスからフランクフルトの新聞記事が送られてきました。リーメンシュナイダーの「天使に支えられる聖マグダレーナ」にまつわる記事です。この像はリーメンシュナイダーの傑作の1つで、妻はこれに涙し、リーメンシュナイダーの追いかけ人になる決心をしたのです。
この記事にはリーメンシュナイダーのライバルと目されているファイト・ストースのことも書かれています。リーメンシュナイダーの初期の代表作、ミュンナーシュタット祭壇はファイト・ストースが彩色をしたということです。そのへんの事情についても書かれているようですが、残念ながらまだ翻訳できていません。妻が鋭意翻訳中です。
ミュンナーシュタット祭壇は実に興味深い祭壇で、ミュンナーシュタットの教会にあるオリジナル作品は右翼のレリーフ2枚だけです。中央のマクダラナマリアと左翼下のレリーフはミュンヘンのバイエルン国立博物館に、残りの4使徒像と左翼上のレリーフはベルリンのボーデ博物館に展示されています。オリジナル以外はレプリカということになります。
ここまで書いてきたら、妻からの次のような駄目出しがありました。
《ミュンナーシュタットの祭壇では中央の聖マグダレーナはレプリカでも、その両側にある聖キリアン、ハンガリーの聖エリザベート、その他の上部の彫刻も全てリーメンシュナイダーのオリジナルです。つまり、ミュンナーシュタットの祭壇ではレプリカが聖マグダレーナ、四使徒像、左翼のレプリカ2枚だけとなります。この教会では公開は禁止されているのでどこにも祭壇全体の画像は出していませんから印象が薄いのかと思いますが、私の作った基礎資料にはその内容が書いてあります。》
妻に誕生日の花の写真を送ってくれたのはアイゼナハ(旧東ドイツ)に住むエルケでした。彼女は長らく世界遺産のヴァルトブルク城にある博物館の学芸員をしていました。展示されているリーメンシュナイダー作品をケースから取り出して緑に撮影を許可してくださった方です。
せっかくなので皆様に新聞を見てもらいましょう。
ドイツに行くと必ず泊まらせてもらっているのがフランクフルトのルースとトーマスの家です。そのトーマスからフランクフルトの新聞記事が送られてきました。リーメンシュナイダーの「天使に支えられる聖マグダレーナ」にまつわる記事です。この像はリーメンシュナイダーの傑作の1つで、妻はこれに涙し、リーメンシュナイダーの追いかけ人になる決心をしたのです。
この記事にはリーメンシュナイダーのライバルと目されているファイト・ストースのことも書かれています。リーメンシュナイダーの初期の代表作、ミュンナーシュタット祭壇はファイト・ストースが彩色をしたということです。そのへんの事情についても書かれているようですが、残念ながらまだ翻訳できていません。妻が鋭意翻訳中です。
ミュンナーシュタット祭壇は実に興味深い祭壇で、ミュンナーシュタットの教会にあるオリジナル作品は右翼のレリーフ2枚だけです。中央のマクダラナマリアと左翼下のレリーフはミュンヘンのバイエルン国立博物館に、残りの4使徒像と左翼上のレリーフはベルリンのボーデ博物館に展示されています。オリジナル以外はレプリカということになります。
ここまで書いてきたら、妻からの次のような駄目出しがありました。
《ミュンナーシュタットの祭壇では中央の聖マグダレーナはレプリカでも、その両側にある聖キリアン、ハンガリーの聖エリザベート、その他の上部の彫刻も全てリーメンシュナイダーのオリジナルです。つまり、ミュンナーシュタットの祭壇ではレプリカが聖マグダレーナ、四使徒像、左翼のレプリカ2枚だけとなります。この教会では公開は禁止されているのでどこにも祭壇全体の画像は出していませんから印象が薄いのかと思いますが、私の作った基礎資料にはその内容が書いてあります。》
妻に誕生日の花の写真を送ってくれたのはアイゼナハ(旧東ドイツ)に住むエルケでした。彼女は長らく世界遺産のヴァルトブルク城にある博物館の学芸員をしていました。展示されているリーメンシュナイダー作品をケースから取り出して緑に撮影を許可してくださった方です。
せっかくなので皆様に新聞を見てもらいましょう。