2038 69回目の終戦記念日、ほとんど、思うことなし、戦争はしない方がいいに決まっている。ただし、国でも個人でも、無茶をして攻めてくるなら、当然、戦う。
藤枝ゴルフは丸子の私の家から20分くらいの場所、リッポチカランの私の家からジャガベカゴルフとそう変わらない、一番近いゴルフ場だ。平日の今日のプレー費用は、昼食1000円を含めて1万円でした。スクラッチでとオリンピックで3000円ほどの頂きでした。 最終打ち合わせ、これで、行動計画を作りやすくなった。インドネシアへ戻ったその日から、行動をするつもりだ。
私の家は、江戸時代の宿場で言えば鞠子(現在は丸子、マリコと読む)府中(静岡)から安倍川を渡って手越(テゴシ)の宿、その次が鞠子である。旧東海道は、静岡の本通りから、安倍川橋を渡るが、静岡駅前辺りからは、家に戻るなら、駅前の1号線をひたすら西に向かう。グーグルマップで私の家の表札の前に立って、ぐるっと周囲を見回す写真があることを発見し、どうして、こんなことができるのだろうか、驚いた。家の表札がばっちり写されて出てくる。サテライトからっではこんなことはできない、誰かが実際の家の前に来て、ぐるっと回って撮ったとしか思えない。近所の何か所でもおなじことをし、全国、無限大の各所で、そうしたのでしょうか。ちょっと想像ができない。ただし、何番何号は私の家ではない。向かいの家だろうか。
旧東海道が左から合流し、200mほど一緒になり、その先で旧東海道は。左折し、1号線と分かれる。手越原の交差点、左に“丁子屋”、“一松園”(いずれもとろろ汁)と“月が瀬“の案内が書かれている。“丁子屋”、“一松園”は、1号線を2Km先と書いてあるが、旧道を行っても同じ距離だ、旧道側が表になる。“月が瀬“は地元では有名な老舗の和菓子屋で、十団子を作っていらないのかと、聞いたことがあった。作って売り出したことがあるが、全然、売れなかったとか。現在は、宇津の谷峠のトンネルのすぐ手前の家並みの何軒かの軒下に、魔よけとして十団子をぶら下げてある。こんなものなら、作って売っても、売れないだろうなと思う。
私の家は、やはり、新道と旧道の間だが、“丁子屋”、“一松園”まで1km手前である。西の方から家に戻る時には、丁子屋の表側の旧道を走る。狭いが、車は少ないからだ。
丁子屋の前で写真を撮っている東海道を散策する人達。
びっくり 不思議 怖い