しげる牧師のブログ

聖書のことばから、エッセイを書いています。
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朝の露 <シムイ>

2025-02-24 | Ⅱサムエル記
「ダビデとその部下たちは道を進んで行った。シムイは、山の中腹をダビデと並行して歩きながら、呪ったり、石を投げたり、土のちりをかけたりしていた。」(Ⅱサムエル16:13新改訳)

ダビデの逃避行(とうひこう)は生涯最大の危機であった。このできごとをみると、人が心の奥に抱く思いや感情が赤裸々(せきらら)に現れ、多くのことを教えられる。ふだんは決して表面に出ない人間の心理が思いがけないかたちで示されるとき、私たちはおどろかされる。▼ベニヤミン人シムイもそうであった。彼はふだんから、ダビデに深い憎しみをおぼえていた。「王位をサウル一族からうばい、犠牲者を出しながら、目的達成(もくてきたっせい)のためには平気で血を流す悪人の典型(てんけい)、だからこそ今、自分の息子に殺されようとしている。いい気味(きみ)だ、神の刑罰(けいばつ)をとことん受けよ!」こうして感情を抑えきれなくなった彼はのろいの言葉を吐き続けた。▼たぶんベニヤミン人の中には、同じ思いを抱く人々がすくなくなかったのであろう。
ダビデ王国は決して一枚岩(いちまいいわ)ではなかった。詩篇に見るダビデの苦悩(くのう)の背景はここにあった。▼ただし、一歩下がって事態を観察すると、すべてはダビデの罪から出ている事実がみえてくる。彼がバテ・シェバ事件を起こしたとき、神は「今や剣は、とこしえまでもあなたの家から離れない。あなたがわたしを蔑(さげす)み、ヒッタイト人ウリヤの妻を奪い取り、自分の妻にしたからだ」(Ⅱサムエル12:10)と言われたが、それが成就しているのである。犯すまじきは罪であり、神のことばをあなどることだと、深く思わされる。