しげる牧師のブログ

聖書のことばから、エッセイを書いています。
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朝の露 <迫害に会いながら>

2025-02-15 | ヘブル書
「あなたがたは、光に照らされた後で苦難との厳しい戦いに耐えた、初めの日々を思い起こしなさい。嘲られ、苦しい目にあわされ、見せ物にされたこともあれば、このような目にあった人たちの同志となったこともあります。」(ヘブル10:32、33新改訳)

エルサレム教会はステパノが殉教(じゅんきょう)したことを契機(けいき)として、ユダヤ人同胞(どうほう)からはげしい迫害を受けたと思われる。迫害者の中心はサウロ(後のパウロ)だったにちがいない。「その日、エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。・・・サウロは家から家に押し入って、教会を荒らし、男も女も引きずり出して、牢に入れた。」(使徒8:1~3同)▼それでも会員数万人から成るエルサレム教会の多くは残り、苦しめられながらも信仰を守り続けた。ヘブル書はだいぶたってから、その人々に送られた激励(げきれい)の書簡(しょかん)と見ることができる。今日でも、世界各地に異教徒から熾烈(しれつ)な迫害を受け、犠牲者を出しながら信仰を守り続けている人々が存在する。私たちは世界の兄弟姉妹たちのために祈りの手をあげなければならない。

            ましろのきぬきて
①真白のきぬきて シュロの葉かかげて 来たるは誰ぞや 数えがたし
 子羊なる主の血にてきよめられ 悩みを通りし人々なり
 集える彼らは大声に叫べり 救いを成ししは子羊なり
②み神を愛してこの世に憎まれ 迫害受けたる聖徒たちの
 擦り切れしきぬは 白衣に変えられ 嘆きはいつしか歌となりぬ
 集える彼らは歌声もろとも みくらに座す主を うち囲めり
③勝ち抜け聖徒よ 忍べ、終わりまで 報いを得る日の間近き今
 泣きつつ蒔きにし、みことばの種を 嬉しき声もて刈り取るべし
 うち振れ木の枝、歌え高らかに 子羊イエスに栄えあれと
                                                                     <聖歌365 Hans A Brorson,1694-1764>