「運のつき」(養老孟司 新潮文庫)を読んでいます。
1章 いずれ死ぬ
2章 身を鴻毛の軽きにおいて
3章 お勤めご苦労さん
4章 平常心
5章 変わらないもの
6章 学問とは方法である
7章 主義者たち
8章 日本人は諸行無常
9章 努力・辛抱・根性
10章 若いころ
11章 現代を生きる
「学問とは対象のことをいうのではない、方法のことをいう。自分は解剖学の方法でやってきた。頭のなかにある図や写真に説明を加えるのである。しかし方法とは長い時間をかけて自分でやってみて、自分で身につけるほかないものである。自分の方法とは、<ものの見方考え方>となった。それは自分が対照としたのが学問・研究・大学といった抽象的なものであったからである。わたしの方法とはわたしの脳である。論文には本には著者名がある。それがその意味である。さらにはわれわれが使う言葉も、また方法の一つである。」
「普通の顔の女性の顔写真をどんどん重ねてすかしてゆくと輪郭はぼやけてくるものの、どんどん美人の顔に近づいてゆく。」(P.128) の周辺に書かれている「フツーを重ねるとトクベツになる?」や「選ぶのは対象ではなく、方法」は、私もよく考えていきたいテーマだと思いました。
まだ読了していませんが、寝室に移動して、少し眠ることにします。
1章 いずれ死ぬ
2章 身を鴻毛の軽きにおいて
3章 お勤めご苦労さん
4章 平常心
5章 変わらないもの
6章 学問とは方法である
7章 主義者たち
8章 日本人は諸行無常
9章 努力・辛抱・根性
10章 若いころ
11章 現代を生きる
「学問とは対象のことをいうのではない、方法のことをいう。自分は解剖学の方法でやってきた。頭のなかにある図や写真に説明を加えるのである。しかし方法とは長い時間をかけて自分でやってみて、自分で身につけるほかないものである。自分の方法とは、<ものの見方考え方>となった。それは自分が対照としたのが学問・研究・大学といった抽象的なものであったからである。わたしの方法とはわたしの脳である。論文には本には著者名がある。それがその意味である。さらにはわれわれが使う言葉も、また方法の一つである。」
「普通の顔の女性の顔写真をどんどん重ねてすかしてゆくと輪郭はぼやけてくるものの、どんどん美人の顔に近づいてゆく。」(P.128) の周辺に書かれている「フツーを重ねるとトクベツになる?」や「選ぶのは対象ではなく、方法」は、私もよく考えていきたいテーマだと思いました。
まだ読了していませんが、寝室に移動して、少し眠ることにします。