絹糸のしらべ

一絃の琴、きもの、文学etc…日本人のDNAが目を覚ます・・・

体調不良続く、の巻

2007年01月15日 13時49分45秒 | Weblog
お正月明けからあった腰痛激化に加え
子どもも風邪を引き病院通い、その病院で私も風引きになり
湿疹が良くなったら、昨日の夕方門扉のそばで転んで
右側顔面から石畳に激突
切らずにすんだけど顎およびほっぺ黒地なり
打ったときは、顔が石畳の模様になると思いました。
頭の中に除夜の鐘が鳴り響き・・・
2007年、最悪の幕開けです。。。

今度から「健康」のカテゴリーも作るかな
かなり自虐的・・・

あと少しで全曲終了

2007年01月11日 00時18分41秒 | 一絃琴
そうだ、今日はこれが一番の報告だったのだった。
(悪乗り記事で忘れそうになりました
ちなみに、うちの一番でかいストーブ壊れました!!!
(またまた関係ない!?)
まだ、4年も経っていないのに。。。ひどい


今日はお稽古の日でした。
いま「土佐の海」ですが、先生いわくもうあと少しで
「泊仙操」まで行くとのこと、うれしい~~
って、全然よく弾けてないのですが、このごろ全く目標と言うものを
見失っていたので、あと少しで全曲網羅(実際はまだあるのだが)
ということがものすご~~くうれしいのです。。。わかります?
わからないでしょうね~~~(???)


腰痛アンド湿疹

2007年01月11日 00時09分52秒 | Weblog
湿疹いまだ治らず。。。
腰痛は昨晩痛み止めを飲んで寝ましたところ
今朝になって、全然痛くない!?

そこへもって今日は暖かくいいお天気でしたので
えいやっと家中の布団毛布類、干しましたとさ。。。


で、結局今頃になって痛くなってきましたよ~~~
なんででしょう~~(なんでだろう~のテツあんどトモってどっかへ行った?)

腰痛の人は、着物生活がいいかもしれないですね。
(あまりに痛い人はだめだけど)
帯が骨盤をしっかりと支えるから。
今私は、へんなゴムバンドみたいなのをやっていて
結構らくちんです。

うろ覚えの歌

2007年01月11日 00時02分19秒 | Weblog
むかしむかし、布施明の歌でこんなのがありませんでした?


この街で~愛し~合ったふたりさ~
これ~からは~ひとりで
冷たく 長い冬の日を オオ~どうしてくらそ~
粉雪舞う 停車場に 愛の終わり見つけたのさ~
あなたは~行く 遠い街に 僕を残して去っていく。。。

細部は間違っているかもしれませんが
こんな感じの歌でした。
大人っぽくて、自分の知らない世界、そんな気がした記憶有り。

ふとこの歌を思いだしたきっかけは
子どもと私のくしゃみの原因が、ストーブのほこり!?かも
しれないと気づいたときなのです。
「粉雪舞う」ではなく、部屋に「埃が舞う」のでした
何十年も経つと、ロマンティックはどこかへ消えた~

テンプレート

2007年01月10日 08時08分51秒 | Weblog
いくら冬の季節でも画面があまりにも寒そうなので
またテンプレート代えてみました。
自分で編集する機能もあるのですが
なかなかそこまでいきませんわ。。。

2007年、なにもしないうちにもう10日が経ったのね、、、
こんなふうにまた日々が過ぎていくのか
(何事もないのはなによりか)

お弟子さんの稽古

2007年01月09日 16時23分29秒 | 一絃琴
三味線のほうのお弟子さんの稽古の様子を
横の部屋で聞いていて
地歌三味線といういわば古典を大切にするものを演奏する
のではあるけれども、やはり現代に生きる自分たちが現代の人に
聞いてもらえるような演奏をめざすのであって
昔の人の全くの再現ということではない、という先生のお考えに
いたく感心した。

一弦琴にも同様のことが言えると思うし
また中国から渡ってきて、そのままの有り様を呈しているような楽器でも
同じことがいえるのではないかと思ったりした。

結局昔のコピーのままでは、たとえ伝承があったとしても
やがて消え去っていくことを阻むことは出来ない、ということ
なのかもしれない。

ぎっくり腰?

2007年01月09日 07時17分04秒 | Weblog
ぎっくり腰になってしまったかも?
胴体全体の筋肉が痛い!
くしゃみも響く。。。
なんでしょ、これ。ぎっくり腰のような「ぎくっ!」というのは
なかったけど、痛くなってもう4,5日経つ。
やっぱり病院いくべきか・・・

他の邦楽からみた一弦琴

2007年01月08日 13時56分00秒 | 一絃琴
以前の記事にも書いたかもしれませんが
邦楽の世界からみた一弦琴の存在というのは
非常に低いものであると思います。
現実に職業化されていない状態なので
彼らからしたら、いわば愛好家のなかで弾かれているに過ぎない
ものであり、語るほどのものではない、というのが本心なのでしょう。

土曜日にお会いした先生のところに、三味線のお弟子さんが
お稽古に来られていて、その方と少し話す時間がありました。
その方も以前一弦琴をやったことがあるけれども
民話語りに使えるかも、と思って始めただけで
筝曲や三味線の素晴らしさに比べたら全然だめだ、
というようなことを話されていました。

たしかにそうかもしれない、と思うと同時に
このちいさなお琴で表現できる世界を充分に表現するところまで
実は到達していないのではないかと思ったりしました。

霧が晴れる

2007年01月08日 00時34分16秒 | 一絃琴
一絃琴を習い始めて3年が過ぎました。
2年過ぎたくらいから、自分のなかにいろいろと課題が生まれ
なかなかそれが解決しませんでした。
邦楽の一音曲であるはずなのに、基本的なことが全然なっていないような
気がするけれども、自分自身その勉強をしたこともないので
それに対する答えも持ち合わせていないのでした。
いろいろとその答えを見つけるべく、他の演奏会を聞きに行ったり
能や狂言も見に行ったりしましたが、やはり、わかりませんでした。

もうおとといになりますが、土曜日、ある筝曲・地歌演奏家の方に
いま自分が悩んでいることについて、お話を伺いアドバイスを
いただく機会がありました。
いろいろと、邦楽全般や筝曲、地歌三味線について
また一弦琴、二絃琴についても説明してくださり
他の楽器との共通点や唄の有り様やら
私がもっとも悩む唄について、
非常にわかりやすく、かつ具体的に話してくださいました。
そのお話には、自分が今まで抱いていた疑問に対しての
すべての答えが存在していたと言っても過言ではありません。
それは「霧が晴れるように」と言う表現がぴったりな
感覚でありました。

以前ある先生から、「一弦琴を深めるためには、他の邦楽を勉強して
そこから類推して演奏に生かすしかない」というようなことを
お聞きしたことがあり、やはり一弦琴だけを習っていても深まらない
ということは気づいていましたが、結局そういうことなのでした。

また、あらためて自分自身のへたさ加減にがっくり来るとともに
これからの目標がはっきりしてきたので、まじめに?頑張れるような
そんな気がしてきました。

「○○さんは、どんな演奏をなさりたいのですか?」
と問われて、
自分は一弦琴には他の邦楽楽器のような華やかさや重層さはないが
なにかしら聞く人の精神的なものに迫るような、そんな特性を
持っているように思うのだけれども、いまの奏者の方たちは
どちらかというと聞く人への気持ちより、自分たちの気持ち優先
なので、もっと聞く人の共感を呼ぶようなそんな演奏をしてみたい
というようなことをおこがましくも述べたのでありました。。。
(まあ、それは夢ではありますが・・・)

聞く人に共感されるような演奏、というのは実に難しいことで
それはいわば「プロ」ということであります。
いや、お金をとってる人でも難しいかもしれない。
いまのような、趣味の世界でいいんだもん、みたいなことでは
すでに「廃れた」と邦楽の本に書かれているようなこの琴だから
どのみち消えていくのかもしれません。
まず、聞いている人に何を歌っているのかわからないもごもご歌や
かそけき音色をやめて、そういう「風情」だけの演奏が
本来のものなどという思い込みを捨てることから
はじめないといけないのではないかと思います。
つまり、はっきりした邦楽的発声と弦楽器の基本的演奏方法
ということです。(言うは易し、行うは難し)

だからなんなのだ、といわれても返す言葉はありませんが
まあ、一弦琴の持つ本来の性質、というようなものが
いまこの現代に蘇ってほしい、そんな気持ちでいるわけですね。
それは何も江戸時代の武士の気持ちが蘇ってほしい、ということではなく
日本人のもつ優れた感性、日本的な感受性、
そういうものが、一弦琴の唄と演奏で表現できたらいいなあ、と
思うだけのことなのです。

「きつねのおきゃくさま」の偽善

2007年01月06日 09時36分42秒 | Weblog
今朝はこの地方、雨です。
お天気はこれからますます悪化し、明日は雪も降るみたい。。。

お天気が悪いと気分まで悪くなって来る性質を『お天気や』という(ウソ)

わたくしです

タイトルの「きつねのおきゃくさま」ですが
言わずと知れた、あまんきみこさんの作品です。
あまんきみこは、小学校の教科書などで沢山使われるほのぼの作品が
多くありますが、この「きつねの」はちょっと違います。
いわゆるワルきつねが、他の動物の信頼?に応えるように変わっていき
最後はそれらを守るために戦って『笑って(微笑んで)』死んでいくお話です。

この童話(と言っていいと思いますが)には、表の顔と裏の顔が
あるような気がしてなりません。
小さい頃読んで感動した、という方も多いとは思いますが
ほんとうに、このワルきつねは「死んでしまって」良かったのでしょうか?
みんなを守るために自己を犠牲にして、それで本当に良かったのでしょうか?
また、きつねが死んだあとの遺された動物たちの有り様も画一的で
きつねが『微笑んで』死んだことへの虚しさでいっぱいになる終わり方です。

こういうストーリーをあえて子ども向けに書いた、というのは
作者に意図的なものがあり、この結末にしたのでしょう。
どういう意図で?
信頼されてうれしくなって、その信頼に応えるような行動をとるようになる、
までは理解できますが、そのあとそれをさらに「死」で証明しなければ
いけない「信頼」とは何なのでしょうか?
きつねは、みんなの役に立って死んでいってうれしかった、とでも?
(こんな結末で、小さい子どもの涙を誘うなんぞ・・・

やはり子どもむけには、悲劇的な内容でも最後には「明日への希望」を
持てる、そんな内容のお話をたくさんつくって貰いたいですね。
大人だって、過程はどうあれ読み終わった後に元気になるような、
そんなお話が喜ばれるのですから。




なにも若者の特権ではない

2007年01月05日 23時27分49秒 | Weblog
ここ数年、興味の対象が年寄りじみたものに傾いていって
(実際自分も年取ってきたためか?)
どうも、若者よりも年配の方に接する機会のほうが多くなった。

そこで感じたことは…
よく「自己チュー」と若者がなじられることが多いかと思うが
この「自分勝手」ということは、何も若者だけのことではなく
年配者にも当てはまるように思う。

若者の場合は、自分の周囲への気配り不足ということがあるかと
思うが、年配者の場合はむしろその反対で、わかっていて自分を
押し通す、というところが見受けられる。
ある種、自己規制のタガが外れてしまった、とでもいおうか。
「ここまで生きてきたんだ、もう、何も恐いものはないぞ!」
みたいな開き直りだったり、あるいは、小学生のごとく駄々をこねる
自分中心だったり。

いくつくらいからそんなふうになっていくのだろう?
もちろん、全員がそういうわけではないけれども。

話し合いの場面などでは、いつも、それぞれが自分のことばかり主張して
他者の意見を聞き入れず、話がかみ合わない時間が無意味に流れていく。
そういう場面によく出くわした。
そんな人もきっと、20年位前には、もっと自分を押さえることもできていたのだろう
などと思って、ちょっと悲しくなるのだが。

『人生 五十年』とは信長もよく言ったものだ。
まあ、それくらいを境に、状況判断や抑制心というようなことも
衰えていくのかもしれない。

新年の誓い

2007年01月05日 09時53分05秒 | Weblog
結婚以来、26回目のお正月を迎えました。
(長期我慢大会だ

最初の10年くらいは、お正月はずっと夫の実家に行くだけだった。
(郷里が離れていることや夫の仕事のこともあり)
結婚後10年近くも、自分の実家にお正月帰省したことはなかった。
義母からは「お嫁さんは『薮入り』って言って15日過ぎに帰る」と
いわれ、内心(いつの時代の話?しかも『薮入り』の意味違うし・・・)
とか思ったけれど、結局結婚したら意味不明でも言うとおりしておく方が
波風立たずいいのだろうと(若かったので)そう思っていた。
いま思えば、たとえ郷里が離れていようと何しようと
両親・姉妹も健在なのに、お正月前後に嫁・孫を帰省させない家なんて
あり得ないことがわかるのだが。
それから夫の実家ではいろいろなことがあり
お正月を自分の家中心に過ごすようになった。

お正月の過ごし方、ということを思うとき
なぜそんなことをしていたのかと(無理しても帰省しなかったのかと)
つくづく(夫や舅姑の言うことをそのまま聞いていた)自分がばからしくなり
また、そんなことでも文句も言わず、健在でいてくれた親に
内心感謝する気持ちになる。

長男もやがて結婚して独立していくだろう。(相手がいない?)
うちのような百年前みたいな考え方の家なんていまや存在しない、
現代の遺物に違いないが、これから先いろいろと子どものことに
口出しするのはやめて、自分の気持ちだけに走らないよう
くれぐれも(夫には)気をつけてもらいたいと思うのだった。





福袋

2007年01月05日 00時16分49秒 | Weblog
今年、福袋はお買いになりました?
私はもうずっと買ってなかったのですが
今回、名古屋パルコに入っている「ラッシュ」という石鹸などを
売っているお店の福袋を買おうと思い立ち
2日の10時前に栄に着きました。

パルコは9時半開店だったのでもう買い終わった人たちが
流れてきていましたが、「ラシック」や「三越」はすごく長い列が
どの入り口にも出来ていてびっくりしました!?

寒空のもと、福を求めて並ぶ人々を横目で見ながら
わたしも「ラッシュ」に行くと、もうレジが込んでいました。
でも、石鹸の福袋(2000円)バスボムの(1500円)を
買えました。
あとは、ラシックによって、3階にある「レ・ネイド」(ハンドメイドアクセサリ)
を見てみたら、3割引になっていたので結構真剣に時間を費やして
しまいました。(いつもよりは値段がかわいい

石鹸のは、100gのが4種類と変わりだまのバスボム一個入りで
バスボムの方は、3個入り、でした。
ちょっとだけお値打ち、でも自分の好きな石鹸は入ってなかったので
がっくり。。。
おまけに、おみくじが入っているバスボムで
逆に湿疹ができてしまい、かゆいったらない、、、
そういえば、温泉のもと、とかを入れても赤くなったり
かゆくなったりするんだった、、、今頃思い出しました。

あわぶくぶくのバスボム入れたら、子どもがさぞかし喜ぶだろうなんて
思ったのが運のつきでした。。。

いきなりですが

2007年01月04日 23時44分49秒 | Weblog
近況報告。
太りました。

お餅の食べ過ぎなんぞではないのに、すごく身体が重い
お腹が分厚いなんでなんだ~~

歩いたり軽い体操やらして、結構保っていたはずなのに、、、
うう。。。。。

着物をきても、全然補正の必要性を感じなかったはずだ。
タオル補正ならぬ、「肉」補正
着物を脱いでも、補正が取れないぞ~~~


一弦琴の記事を書くつもりが、あまりのお腹に
こんな記事になってしまった。。。

なかなか更新できない理由

2007年01月04日 00時29分14秒 | Weblog
上のバカボンが帰省して、私のパソコンを使うので
なかなか自由に書き込みできずにいました。
実はもう一台あるのですが、それは夫が休みで使っていて
仕方なく携帯から書き込みをしていました。

明日から夫も平常勤務で、バカボンも帰っていくので
自由に更新できます。