12月6日の連邦司法省リリースは、バージニア州東部地区地方裁判所でロシア軍人やドネツク人民共和国軍人計4人を戦争犯罪容疑で告訴したが、その容疑には、2022年2月のロシアによるウクライナへの全面侵攻後のウクライナでの米国人への拷問、非人道的な扱い、不法監禁が含まれるというものである。
今回のブログは司法省のリリース内容を概観するとともに、司法省や米国メデイアが詳しく報じていない国際紛争かかる国際人権法問題やロシア議会の決議等に関し、筆者も加盟する国際人権団体であるHuman Rights Watchの解説等について補完する。
特に、筆者は米国がロシア軍人を国内法で起訴する根拠法は?に強い関心をもったが、その点に関する米司法機関やメデイアの説明は皆無であった。これに関し、本ブログの最後3.(12)に引用する。
なお、筆者は2022年9月に「ロシア連邦の政治体制、法制度等からみた非民主化の実態:新たな連邦体制崩壊の危機はあるのか!」でロシアの本音を垣間見たつもりである。併せて参照されたい。
1.連邦司法省報道局のリリース内容
以下のとおり仮訳する。
司法長官等の記者会見(司法省サイト動画から引用)
被告は、スレン・セイラノビッチ・ムクルチヤン(Suren Seiranovich Mkrtchyan )氏(45歳)、ドミトリー・ブドニク(Dmitry Budnik)氏、ヴァレリーLNU (Valerii LNU )氏(姓は不明)、ナザールLNU(Nazar LNU)氏はそれぞれ、ロシアとウクライナの間の武力紛争を背景とした米国人の不法拘束に関連してとして起訴された。被告らは被害者を尋問し、激しく殴打し、拷問したとされている。また、被害者を殺すと脅迫し、模擬処刑(mock execution)(注1)も行ったという。
メリック・B・ガーランド司法長官は「世界がロシアの残忍なウクライナ侵略の恐怖を目の当たりにしてきたように、米国司法省も同じだ。それが、司法省が米国「戦争犯罪法(18 U.S. Code § 2441 - War crimes)」に基づき、米国人に対する凶悪犯罪でロシア関連軍人4名を史上初の告訴した理由である。司法省はロシアの侵略戦争に対する責任と正義を追求するために必要な限り努力するだろう」と述べた。
また国土安全保障省長官アレハンドロ・N・マヨルカス(Alejandro N. Mayorkas)は、国土安全保障省調査局と司法省の連邦法執行官のたゆまぬ前例のない働きのおかげで、アメリカ国民に対する考えられない、容認できない人権侵害で告発された4人のロシア兵が戦争犯罪で起訴され、連行されることになった正義の味方だ 本日封印が解かれた起訴状は、ロシアに対して明確なメッセージを送っている。我が国政府は、アメリカ人の基本的人権を侵害した人々の責任を問うためにいかなる努力も資源も惜しまない」と述べた。
Alejandro N. Mayorkas 氏
クリストファー・レイFBI長官は「ウクライナへのいわれのない侵略を開始して以来、ロシアは人権侵害を武器にして想像を絶する悲劇を引き起こしてきた。本日の起訴は、米国の「戦争犯罪法」に基づく初めてのことであり、FBIが国際法執行機関の全面的な協力を得て、これらの残虐行為の犠牲者に正義をもたらすことを明らかにした。ウクライナ紛争による人的被害はFBIの心に重くのしかかっており、我々は戦争犯罪者がどこにいても、どれだけ時間がかかったとしても、責任を追及する決意をしている」と述べた。
Christopher Wray 氏
また、司法省刑事局のニコール・M・アルジェンティエリ司法次官補(Acting Assistant Attorney General Nicole M. Argentieri)は、「保護された人物に対する拷問や不法な監禁は深刻な人権侵害であり、処罰を免れることはできない。これらの歴史的な刑事告訴は、米国の戦争犯罪法の下で提起された初めてのことであり、ウクライナで戦争やその他の残虐行為を犯した人々に対するあらゆる手段で責任を追求するという司法省の継続的な取り組みにおける重要な一歩である」と述べた。
Nicole M. Argentieri 氏
起訴状の申し立てによると、ムクルチャン氏とブドニク氏はロシア軍やいわゆるドネツク人民共和国の軍事部隊の指揮官で、ヴァレリー氏とナザール氏は下級軍人だった。被告らは戦争犯罪を犯したとされる当時、ウクライナでロシアのために戦っていたとされる。
2022年4月、ムクルチアン氏とその指揮下の兵士らは、被害者の米国人をウクライナ南部ヘルソン州マイラブ村の自宅から誘拐、拉致し、少なくとも10日間不法に監禁したとされる。誘拐の際、ムクルチヤン、ヴァレリー、ナザールらは被害者を裸のまま地面にうつぶせに投げつけ、両手を後ろ手に縛り、頭に銃を向け、彼らの銃の銃床などで激しく殴打したとされる。その後、ムクルチヤン、ヴァレリー、ナザールらは被害者をマイラブにある即席の軍事施設に移送したとされる。
バージニア州東部地区のジェシカ・D・アバー連邦検事(U.S. Attorney Jessica D. Aber)は、「これらのバージニア州の告発は、被告らの行為が戦時の文民保護に関するジュネーブ条約(ウクライナとロシアは共に1949年のジュネーブ諸条約、及び同法ジュネーブ諸条約第一追加議定書の締約国である)の重大な違反であるだけでなく、米国法にも違反していることを反映している。我々は、ウクライナにおける戦争犯罪加害者の責任を追及する司法省の取り組みの最前線にいることを誇りに思っており、今後も追及を続けていく。我々は、この事件の捜査パートナーである戦争犯罪責任チーム、FBIワシントン現地事務所、国土安全保障省捜査局のこれらの容疑に必要な証拠を収集するための傑出した努力に感謝する」と述べた。
Jessica D. Aber 氏
また同起訴状は、ムクルチヤン氏とブドニク氏が少なくとも2回の尋問を主導・参加し、その間に被告ら4人が被害者を拷問したと主張している。ある尋問中、ムクルチヤン氏、ヴァレリー氏、ナザール氏は被害者の服を脱いで写真を撮ったとされる。その後、被告らは被害者を激しく殴り、後頭部に銃を突き付け、撃つと脅したとされる。ブドニク容疑者は被害者を殺すと脅し、最後の言葉を求めたという。その直後、ナザールらは模擬処刑を行ったとされる。容疑者らは被害者を地面に押し倒し、後頭部に銃を突き付け、銃をわずかに動かして被害者の頭のすぐ上に弾丸を発射したとされる。
さらにFBIワシントン現地事務所のデビッド・サンドバーグ担当次官補は、
「これらの歴史的な容疑は、FBIと世界中に広がる我々のパートナーによる複雑な捜査の集大成である」と述べた。「FBIは今後も国内外のパートナーと協力して正義を追求し、他者に対してこのような残虐行為を行った者の責任を追及していく。」と述べた。
国土安全保障調査局(HSI)のカトリーナ・W・バーガー(Executive Associate Director, Homeland Security Investigations :Katrina W. Berger)副局長は、「ロシア軍といわゆるドネツク人民共和国を代表して、これら4人はアメリカ国民の人権を侵害したとされる」「容疑によると、彼らはアメリカ国民を不法に拘束して拷問し、さらには模擬処刑まで行った。これらの戦争犯罪容疑の封印を解くことは、責任ある当事者に裁きを受けさせるための重要な一歩である。HSIは今後も、国内外を問わずアメリカ国民の人権を侵害する者を積極的に追及していく」と述べた。
Katrina W. Berger 氏
被告らは不法監禁、拷問、非人道的扱いという3件の戦争犯罪と、戦争犯罪共謀1件で起訴されている。有罪判決が下された場合、被告はそれぞれ最高で終身刑に処されることになる。
*米国の人権侵害者に関する情報、またはこの起訴状で名前が挙がっている被告の所在地に関する情報を持っている一般の人々は、1-800-CALL-FBI (800-225-5324) または FBI を通じてオンライン チップ フォームまたは HSI(1-866-DHS-2-ICE)、または ICE オンライン チップ フォームを通じて FBI に連絡することを勧める。すべてに 24 時間スタッフが常駐しており、ヒントは匿名で提供される
*本起訴は単なる申し立てに過ぎない。すべての被告は、法廷で合理的な疑いを超えて有罪が証明されるまで、無罪と推定される。
*起訴状原本参照。
2.ロシアのプーチン大統領は2022年2月24日にウクライナに対する宣戦布告とロシア議会下院の決議
Human Rights Watchの解説を、以下、抜粋する。
(キエフ)ロシア連邦議会下院(国家院)は2022年2月15日、ウラジーミル・プーチン大統領に対し、ウクライナ東部の2地域を独立国家として承認するよう求める決議を採択した。なお、両地域はロシアが支援する武装組織が支配している。
プーチン大統領は2月22日の記者会見で、ロシアが独立として認める領土は、ウクライナ政府の支配下にあるドネツク(ドネツィク)とルハンスク(ルハーンシク)両州のかなりな部分に及ぶと述べた。
ウクライナ東部のドンバス地方では、ロシアが国境沿いの軍隊を空前な規模で増強しており、戦闘が激化している。欧州安全保障協力機構(OSCE)特別監視団によると、2月中旬以降、接触線沿いの紛争地域で、2014年の停戦合意への違反行為が日々大幅に増加している。
いかなる名目でも、ウクライナにいるロシア軍は、ジュネーブ条約を含む国際法上の占領軍と見なされる。ロシア軍が正式にウクライナ東部に侵入した場合、後述するように、ジュネーブ第4条約における「占領」行為に該当することになる。「LNR」または「DNR」と自称する地元「当局」の主権主張、またはロシア政府による両者の独立承認は、占領に関する国際法の適用に影響を及ばさない。
3.ロシアとウクライナの武力紛争に関連する国際法
Human Rights Watchの解説を、以下、抜粋する。
ロシア軍とウクライナ軍との敵対行為は、国際武力紛争として、国際人道法(主に1949年のジュネーブ諸条約(Convention (I) for the Amelioration of the Condition of the Wounded and Sick in Armed Forces in the Field. Geneva, 12 August 1949)(注2)、1977年のジュネーブ諸条約第一追加議定書((Protocols Additional to the Geneva Conventions of 12 August 1949, and relating to the Protection of Victims of International Armed Conflicts (Protocol I))、1907年のハーグ条約(陸戦の法規慣例に関する条約)および慣習国際人道法の諸規則によって、規則が規定されている。
*ウクライナとロシアは共に1949年のジュネーブ条約、及び同法第一議定書の締約国である。
(1)戦時国際法の基本原則とは?
国際人道法(または戦時国際法)は、武力紛争の危険から、民間人などの非戦闘員を保護するための法律である。国際人道法は、紛争の全当事者による敵対行為(戦争の手段および方法)に適用される。前提として、紛争当事者はつねに戦闘員と民間人を区別しなければならない。民間人が攻撃の意図的な標的になることは決してあってはならない。後述するように、紛争当事者には、民間人および民用物への被害を最小限に抑えるため、実行可能なあらゆる予防措置を講じる義務がある。戦闘員と民間人を区別しない攻撃や、民間人に不均衡な被害を与えるような攻撃を行ってはならない。
(2)国際人権法はウクライナにも適用されるのか?
国際人権法は、ウクライナにも適用される。国際人権法はつねに有効であり、あらゆる状況に――戦時国際法が同時に適用される武力紛争中や占領下も含めて――当てはまり続ける。そして、人道法の規範が、特別法(lex specialis)、すなわち特定の状況に対するより具体的な規範として、人権規範に優先する場合がある。
また、ウクライナとロシアはともに、欧州人権条約(ECHR)、市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR:自由権規約)、拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約(CAT:拷問等禁止条約)など、多くの地域的または国際的人権条約を締結している。これらの条約は保障される基本的権利を要点を述べたもので、そのうちの多くの権利は、国際人道法下で定められた戦闘員や民間人の基本的権利とも一致する(例:拷問や非人道・品位を傷つける扱いの禁止、差別の禁止、公正な裁判を受ける権利の保障)。
なお、前述の欧州人権条約と自由権規約は、戦時下や公式に宣言された「国民の生存を脅かす公の緊急事態」(欧州人権条約第15条)の期間中、特定の権利に対し一定の制限を課すことを認めている。しかし、このような権利の削減は、例外的かつ一時的なものでなければいけなく、また「事態の緊急性が真に必要とする程度」でのみ容認される。また、一部の基本的権利(生命に対する権利、拷問など虐待から保護を受ける権利、不当な拘束の禁止、拘束の合法性に関する司法審査の保障義務、公正な裁判を受ける権利など)は、たとえ公の緊急事態下においても、つねに尊重されなければならないとされている。
(3)合法的軍事攻撃の対象とは?
戦時国際法のもと、攻撃の目標は「軍事目標」に限定される。軍事目標とは、軍事行動に効果的に資する物であることを示し、またその全面的または部分的な破壊、奪取または無効化が明確な軍事的利益をもたらすものを指す。敵陣の戦闘員、武器、弾薬、建物や車両など、軍事目的で使用されている物などが該当する。国際人道法は、武力紛争中、民間人の犠牲がある程度避けられないことを認識してはいるが、紛争当事者には依然、戦闘員と民間人の区別義務、及び戦闘員など軍事目標のみを標的とする義務が課される。ただ、民間人は、戦闘中の戦闘員を支援するなど、「敵対行為に直接参加している」間は、攻撃対象から除外されない。
戦時国際法はまた、軍事目標とみなされないもののすべてを「民用物」として定義し、戦時国際法の下保護されている。民用物(家屋、集合住宅、企業などのビジネス、礼拝所、病院、学校、文化財など)への直接攻撃は、それらが軍事目的に使用されていたり、軍事目標になっていない限り、禁止されている。しかし、通常民用物とされる施設に軍隊が配備されている場合、攻撃は禁止されない。だだ、対象物の性質に疑義の余地が存在する場合、戦争当事者はそれを民生用と見なさなければならない。
(4)禁止されている軍事攻撃とは?
上述したように、民間人や民用物への直接攻撃は禁止されている。また、戦時国際法では、無差別攻撃も禁止されている。無差別攻撃とは、軍事目標と民間人、または民用物を区別なく攻撃することを示す。無差別攻撃の例として、対象を特定の軍事目標のみとしない攻撃や、特定の軍事目標のみを対象とすることのできない兵器を用いる攻撃が考えられる。
禁止されている無差別攻撃に、「区域砲撃」が含まれる。区域砲撃とは、民間人または民用物が集中している地域に、多数の軍事目標が明確に分離されている状況下で、全地域を単一の軍事目標とみなし、砲撃、またはその他方法手段で攻撃をすることを示す。司令官は、軍事目標に向けて攻撃を行う際、巻き添えによる民間人の被害を最小限に抑えることができる手段を選択しなければならない。兵器がきわめて不正確で、民間人に被害を及ぼすことなく軍事目標を標的とすることができない場合、その兵器を配備すべきではない。
また、均衡性の原則に反する攻撃も禁止されている。均衡性の原則に反する攻撃とは、予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において、巻き添えによる民間人の死亡、負傷、または民用物の損傷などが過度であると予測できる攻撃のことを示す。対人地雷やクラスター弾は国際条約で禁止されており、その本質的な無差別性から、決して使用してはならない。
(5)人口密集地帯での戦闘における、紛争当事者の義務は?
国際人道法は、都市部での戦闘を禁じていない。しかし、多くの民間人がいるするため、紛争当事者は民間人の被害を最小限にする措置を講じる義務を負う。戦時国際法は紛争当事者に対し、軍事行動を行うに際しては、民間人に対する攻撃を差し控えるよう不断の注意を払い、巻き添えによる民間人の被害及び民用物の損傷を防止し並びに少なくともこれらを最小限にとどめるため「すべての実行可能な予防措置をとる」ことを求めている。これらの予防措置には、攻撃対象が軍事目標であって民間人または民用物でないことを確認するためのすべての実行可能なことを行うこと、状況が許す限り攻撃について「効果的な事前の警告」を与えることが含まれる。
人口密集地に展開する部隊は、人口の集中している地域またはその近傍に軍事目標を設けることを避けるとともに、また民間人を軍事目標の近傍から移動させるよう努めなければならない。交戦国は、軍事目標または軍事行動を攻撃から守る手段として、民間人を「盾」として使用してはならない。「盾」とは、民間人の存在を故意に利用して、軍隊または地域を、攻撃の対象とならないようにすることとされる。
ただ、攻撃を行う側に、民間人に危険が及ぶリスクを考慮する義務が免れることはない。攻撃を行う側は、相手勢力が居住地内、またはその近傍に正当な軍事目標を設けたという理由で、責任は相手勢力にあると考えてはならない。
(6)人口密集地帯での爆発性兵器(通称EWIPA)の使用は?
違法である無差別・不均衡な攻撃にあたる可能性が高いと懸念される。重砲、空爆(爆発半径が広い兵器)、またはその他の適切な照準のない間接砲(まったく見えない標的に用いられる兵器)での、人口密集地に位置する軍事目標への攻撃は、民間人へ及ばす深刻な脅威から、現代の武力紛争において最も懸念される攻撃である。
市町村への爆撃や砲撃は、多数の民間人に殺傷をもたらし、また心理的被害を与える。また、長期的には、民間建物や重要なインフラ設備の被害、医療や教育などの基本的サービスの中断、地元住民の避難などがあげられる。爆発性兵器は、人道上のリスクをさらに高める可能性があり、特に低い精度、広い爆発半径、多数の弾頭の同時投下などの要素で、より広範囲に影響を及ぼすと考えられる。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、武力紛争の当事者に対し、居住地に広範な影響を及ぼす爆発性兵器の使用を避けるよう求めてきた。
(7)「人間の盾」の使用とは?
「人間の盾」とは、特定の場所・地域または軍事勢力が、軍事攻撃の対象とならないよう、民間人の存在を意図的に利用することと定義されており、この行為は戦争犯罪である。ただ、「人間の盾」とされるのは、民間人を攻撃を阻止するために利用するという特定の意図がある場合のみ。居住地内、または近傍に軍隊、武器、弾薬を配置する前述の行為も、違法なものとなりうるが、「人間の盾」には該当しない。敵対勢力は、「人間の盾」を利用する軍事目標を攻撃することは国際法上可能である。しかし、その攻撃が均衡的であるかどうか、すなわち、民間人の生命・財産の予期される損失が攻撃によって予期される軍事的利益を上回るかどうかを、見極める義務を負う。
(8)紛争当事者による空港、道路、橋などのインフラへの攻撃は?
民用の空港、道路、橋は民用物ではあるが、軍事目的に使用されていたり、軍事目標がそれら施設に設けられていたりする場合には、攻撃されうる軍事目標となる。その場合にも、均衡性の原則が適用される。紛争当事者は、攻撃によって予期される軍事的利益と、民間人が被る短期的及び長期的な損害を比較考慮しなければならない。つまり、紛争当事者は、民間人への影響を最小限に抑えるあらゆる方法を検討しなければならない。民間人へ予測される被害が、予期される軍事的利益を上回る場合、攻撃を行うべきではない。
(9)戦時国際法とサイバー攻撃の関係は?
コンピュータネットワークへの攻撃、すなわち「サイバー戦争」は、ジュネーブ条約で特に取り上げられていない。しかし、サイバー攻撃にも、戦争の方法と手段に関する基本原則や規則が同様に適用される。サイバー攻撃は軍事的目標のみを対象とし、無差別的でも不均衡的でもあってもならない。例えば、民間人に長期的な損害を与える電力網への攻撃は、空爆であれサイバー戦争であれ、不均衡で違法なものとなる恐れが高い。民間人への背信行為、集団処罰、報復措置の禁止は、サイバー戦争でも引き続き適用される。
また、政府がサイバー攻撃やサイバー戦争に関わる行為は、基本的権利との抵触が懸念される。2015年、国連総会は、政府専門家グループ(UN GGE)による報告書を承認し、国際法のサイバー空間への適用可能性に関する合意見解を採択した。これにより、国家行動の規範に対するコミットメントが定められた。具体的には、インフラを故意に損傷させたり、公衆サービスの使用や運用に妨害を生じさせたりする情報通信技術(ICT)への軍事行動を実施しないか、それを故意に支援しないこと、また、ICT技術を用いた国際的不法行為に自国領土が使われることを故意に見逃さないことなどが含まれる。また、最近提出された国連政府専門家グループによる報告書では、病院のみならず、エネルギー施設、水道などの衛生施設、教育施設、金融サービス用設備などが、国民に不可欠なサービスを提供する重要インフラの例として挙げられている。
(10)国際人道法違反の責任を問われるのは誰か?
犯罪の意図をもって――すなわち故意または結果を顧みずに――なされた国際人道法の重大違反行為は、戦争犯罪となる。戦争犯罪は、ジュネーブ諸条約が定める「重大な違反行為」、および国際刑事裁判所議定書などに慣習法として記載されている。中には幅広い犯罪が含まれていて、民間人に対する意図的かつ無差別的な不均衡な攻撃、人質の利用、人間の盾の使用、集団処罰の実行などが挙げられる。また、個人も、戦争犯罪の未遂、幇助、促進、援助、教唆で、刑事責任を問われる可能性がある。
また、戦争犯罪を計画、または扇動した者にも責任が及ぶことがある。指揮官や民間人指導者は、戦争犯罪の実行を知りながら、あるいは知るべき立場でありながら、それを防止する措置を十分に講じなかった場合(例:責任者への処罰)、指揮責任を問われ、戦争犯罪で訴追されることがある。
(11)国際法の重大な違反行為に対する説明責任を確保する上で、誰が第一義的な責任を負うのか?
重大な違反行為に対し法の正義を確保することの第一責任は、その違反に関与した国民が属する国家の責任にある。政府は、職員またはその法的管轄下にある人びとが関与する重大な違反行為を調査する義務を負う。政府は、軍事法廷や国内裁判所などの機関が、重大な違反行為の有無を公平に調査し、国際的な公正裁判基準に従い、それらの違反行為の責任者を特定・起訴し、有罪とされた個人に対して、その行為に見合った処罰を与えるようにしなければならない。非国家武装勢力は、その内部における戦時国際法の違反者を訴追する同様の法的義務を負わないものの、戦時国際法を遵守する責任があり、裁判を行う場合には、国際的な公正裁判基準に従って実施する責任を負う。
(12)ウクライナで起きた戦争犯罪や人道に対する罪を国際刑事裁判所で裁くことは可能か?
国際刑事裁判所(ICC)は、2002年7月1日以降に行われた大量虐殺、人道に対する罪、戦争犯罪の容疑者を調査し、起訴し、裁判にかける権限を持つ、常設的国際裁判所である。
ただし、これらの犯罪に対して管轄権を行使できるのは、次の場合に限られる:
・犯罪がICCローマ規程の締約国の領域内で発生し、
・犯罪の容疑者がローマ規程締約国の国民であり、
・ローマ規程の締約国でない国が、裁判所書記に正式な宣言を行うことにより、問題となる犯罪について裁判所の管轄権行使を受諾し
・国連安全保障理事会がICC検察官に事件を付託した場合
ロシアとウクライナはICCに加盟していない。しかし、ウクライナは2013年11月以降に自国領内で生じた犯罪について、同裁判所の管轄権を受諾したため、これによって裁判所への協力義務も負うことになった。2020年12月、ICC検事局は予審を終え、ICCの根拠となるローマ規程の定める基準が満たされているので、正式捜査を開始すると発表した。しかし、正式な捜査を開始する許可を、裁判官に対してまだ求めていない。また、ICCは最終手段としての裁判所であるため、国内の捜査・訴追がなされれば、ICCの活動を補完するものとなりうる。
(13)ウクライナで起きた国際犯罪を他国が起訴することは可能か?
戦争犯罪や拷問など、国際法に違反する一部の重大犯罪は、「普遍的管轄権」適用の対象となる。これは、ある国の国内司法制度が、たとえその国の領土、あるいはその国の国民によって、あるいはその国民に対して行われなかったとしても、その犯罪を捜査し、起訴する能力を有することを意味する。1949 年のジュネーブ諸条約や拷問等禁止条約などの条約は、自国の領土内または管轄権下にある犯罪容疑者の身柄引き渡し、または起訴を、国家に義務付けている。また、国際慣習法では、その他の犯罪(たとえばジェノサイドや人道に対する罪)の責任者について、犯罪の発生場所を問わずに国家が起訴してもよいことが一般的に合意されている。
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(注1) 「模擬処刑」は、対象者に自分が処刑に導かれていると信じ込ませる拷問方法である。 これには通常、対象者に目隠しをしたり、最後の願いを語らせたり、墓穴を掘らせたりすることが含まれるが、場合によっては対象者の後頭部に空砲を発砲することまで行われることがある。(Academic Kidsから抜粋、仮訳した)
(注2) 1949年のジュネーヴ諸条約(ジュネーヴ4条約)は、 武力紛争が生じた場合に、傷者、病者、難船者及び捕虜、これらの者の救済にあたる衛生要員及び宗教要員並びに文民を保護することによって、武力紛争による被害をできる限り軽減することを目的とした以下の4条約の総称。日本は、1953年4月21日に加入。
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