Civilian Watchdog in Japan-IT security and privacy law-

情報セキュリティ、消費者保護、電子政府の課題等社会施策を国際的視野に基づき提言。米国等海外在住日本人に好評。

日本における血糖値監視デバイスの利用を巡る米国食品医薬品局(FDA)の警告文書とその意義および健康監視デバイスの新規参入動向

2024-02-24 09:26:17 | 海外の医療最前線

 わが国のメデイアでは毎日のように生活習慣病である高血圧や高血糖値の予防が報じられている。その中で、スマートウオッチによる血圧、心電図(注1)等の健康状態のモニタリング機能を宣伝するサイトが多くなっている。

 今回のブログは、2018年ころからApple Watch等により活発になりつつある血糖値のモニタリング機能付きスマートウオッチに注目し、先手を打った米国連邦保健福祉省・食品医薬品局(FDA)のFDA の安全性に関する伝達文書(FDA Safety Communication)の意義を明らかにするため、以下の項目につき解説を試みるものである。なお、今のところこの問題につき、わが国厚生労働省の具体的対応は見えてこない。

  (1)高血糖値のリスクの概要の説明、(2)FDAの警告内容のわが国のメデイアの記事概要、(3) 今回のFDAの警告は厚生労働省の安全サイトでは取り上げられていない、(4) ネット広告では、スマートウォッチ(Smartwatches)やスマートリング(Smart Rings) のうち特にスマートウォッチの血糖値モニタリング機能広告での使用例、(5) わが国では、まだ普及がいまいちである健康管理スマートリングの機能の概観とFDAのスマートデバイスの認可動向である。

1.高血糖値のリスクの概要の説明例

(1) Kyowa Kirin Co., Ltd. 「糖 尿 病 っ て ど ん な 病 気 ?」から一部抜粋する。

糖尿病の診断には、血液検査が必要です。次の4項目を測定します。

①HbA1c(ヘモグロビンA1c)

②早朝空腹時血糖値

③75gOGTT(75g経口ブドウ糖負荷試験)

④随時血糖値

(2) 2022.2.10 NHK 東京慈恵会医科大学 主任教授 西村 理明「血糖値を24時間モニターできる装置で隠れた高血糖・低血糖を発見」参照。

2.Apple Watch等も目指す血糖値測定機能についてFDAがスマートウォッチの非穿刺型(注2)血糖値測定機能を使用しないでと警告を報じるわが国のメディア記事例

(1)2024年2月22日、Forbes japan記事「 Apple Watchも目指す血糖値測定機能について規制当局のFDAが「スマートウォッチの非穿刺型(注2)の血糖値測定機能を使用しないで」と警告

 AppleはApple Watchの新機能として血糖値測定機能を計画していると長らくウワサされている。しかし、スマートウォッチなどで非穿刺的な方法で血糖値を測定する機能について、アメリカの規制当局であるアメリカ食品医薬品局(FDA)が反対の姿勢を表明した。

(2) 2024年2月22日、Gigazine.net記事「Apple Watchも目指す血糖値測定機能について規制当局のFDAが「スマートウォッチの非侵襲的な血糖値測定機能を使用しないで」と警告」 この記事はFDA Communication等にリンクを貼っている。

3.FDAの警告文書

 (1)今回のFDAの警告は厚生労働省の安全サイトでは取り上げられていない

 現時点で厚生労働省「医薬品・医療機器等安全性情報」には出てこない。

(2)  FDAの安全性に関する伝達文書(FDA Safety Communication)の意義の警告内容

2024.2.21 FDA「血糖値の測定にスマートウォッチやスマート リングを使用しないでください: FDA Safety Communicationを以下、仮訳する。

■米国連邦保健福祉省・食品医薬品局(FDA)は、消費者、患者、介護者、医療提供者に対し、非穿刺型の血糖値(血糖値)を測定できると広告等で主張するスマートウォッチやスマートリングの使用に関連するリスクについて警告する。

 これらのデバイスは、持続血糖モニター(continuous glucose monitoring devices :CGM) デバイスなど、穿刺型 FDA 認可の血糖測定デバイスからのデータを表示するスマートウォッチ ・アプリケーションとは異なる。

FDA は、血糖値を独自の方法で測定または推定することを目的としたスマートウォッチまたはスマートリングは正式認可(authorized)、認可(cleared)、承認(approved)していない。

■糖尿病患者の場合、不正確な血糖値測定(モニタリング)は、インスリン(insulin)、スルホニルウレア剤(sulfonylureas)(注3)、または血糖を急激に下げる可能性のあるその他の薬剤の誤った用量の摂取など、糖尿病管理における誤りにつながる可能性がある。すなわち これらの薬を過剰に摂取すると、すぐに危険な低血糖状態に陥り、誤って数時間以内に精神的混乱、昏睡、または死に至る可能性がある。

■消費者、患者、介護者への推奨事項

① 血糖値を測定すると宣伝・主張するスマートウォッチやスマートリングを購入または使用しないでください。 これらのデバイスは、医師の診断を介せずオンライン マーケットプレイスを通じて、または販売者から直接販売される場合がある。

 ②これらの機器の安全性と有効性は FDA によって審査されていないため、これらの機器を使用すると血糖値が不正確に測定される可能性ならびに過剰な薬の投与があることに注意されたい。

 ③医療ケアが正確な血糖値測定に依存している場合は、あなたのニーズに合った適切な FDA 認可の機器について必ず医療提供者に相談されたい。

■医療提供者への勧奨事項

①消費者、患者、介護者向けの推奨事項を読んでそれに従ってください。

② 未承認の血糖測定装置を使用するリスクについて患者と話し合ってください。

③必要に応じて、患者が適切な FDA 認可の血糖測定装置を選択できるように支援してほしい。

■デバイスの使用説明上の重要事項

 これらのスマートウォッチやスマートリングの販売者は、自社のデバイスが穿刺で穴を開けたりすることなく安全・確実に血糖値を測定できると主張し、かつ 彼らは非穿刺的な技術を使用していると主張している。しかし、これらのスマートウォッチとスマートリングは、血糖値を血液採取により直接検査するものではない。

 これらのスマートウォッチとスマート リングは数十の企業によって製造され、複数のブランド名で販売されている。 このFDA の安全性に関する伝達文書(FDA Safety Communication)は、メーカーやブランドに関係なく、穿刺方式の血糖値を測定すると広告・主張するスマートウォッチまたはスマートリングすべてに適用される。(注4)

FDAの医療機器の監視行動

 FDA は医療機器市場を定期的に監視しており、無許可の製品が消費者に販売されていることを認識している。 同庁は、メーカー、流通業者、販売業者が、血糖値を測定すると称する未承認のスマートウォッチやスマートリングを違法に販売しないように取り組んでいる。 さらに、FDAは消費者にこの問題について警告し、スマートウォッチやスマートリングを血糖値の測定に使用すべきではないことを一般に周知させている。

 FDA は、重要な新しい情報が入手可能になった場合には、常に国民に情報を提供する。

 ■デバイスの問題を報告する

 不正確な血糖測定に問題があると思われる場合、または未承認のスマートウォッチまたはスマート リングの使用により有害事象が発生したと思われる場合、FDA は MedWatch 自主報告フォームを通じて問題を報告することを推奨している。

 FDA のユーザー施設報告要件の対象となる施設に雇用されている医療従事者は、その施設が定めた報告手順に従う必要がある。

 迅速な報告は、FDA が医療機器に関連するリスクを特定し、より深く理解することで患者の安全性を向上させるのに役立つ。

■本件の質問窓口

 質問がある場合は、産業消費者教育部門 (DICE) (DICE@FDA.HHS.GOV) にメールでお問い合わせいただくか、800-638-2041 または 301-796-7100 までお電話ください。

■本通達の影響を受けるデバイス

 ブランド名に関係なく、血糖値を測定すると主張するスマートウォッチまたはスマートリング。

(3) 今回のFDAの警告はCGM(持続グルコースモニタリング技術)デバイスは対象外である。

 持続グルコースモニタリング技術に関する解説例

①TERUMO の解説「CGMはContinuous Glucose Monitoringの略で、SMBGで測定している血液中のグルコース濃度(血糖値)ではなく、間質液中のグルコース濃度を測定している。一般的に、間質液中のグルコース濃度は血糖値よりも遅れて変化することが知られている」

Dexcom の「CGM を理解する」から抜粋引用:

1 型または 2 型糖尿病 (T1D/T2D) の患者は、食事の決定がグルコース濃度に与える影響、インスリンを効果的に調整する方法、運動やその他の活動のタイミングが治療に与える影響を理解するのに苦労している。

 持続グルコースモニタリング技術は、これらの問題などの対処に役立つ。Dexcom G6 CGM システムなどのリアルタイム CGM (RT-CGM) システムは、Bluetooth を介して、ウェアラブル センサーから近くのモニターまたは互換性のあるモバイル機器*に定期的にグルコース測定値を送信する。

4.ネット広告でのスマートウォッチ(Smartwatches)やスマートリング(Smart Rings) の現状

  特にわが国ではスマートウォッチの広告がこのような使用例が跡を絶たないが、今後FDA通達を受けた対応が注目される。

 (1)わが国で血糖値のモニタリング機能を謳うスマートウオッチ

(2) 指輪型ウェアラブルのOura Health 製スマートリングの広告サイト

5.スマートリングの有用性による新規利用形態

 米国でもスマートリングは2018年8月2日、FDAから避妊用基礎体温モニター・デバイスとして認可されている

 「高精度なデータ入手において指は、心拍数、体表温、血中酸素飽和度など、20以上の生体情報を最も正確に測定できる部位である。(Ouraの広告サイトから抜粋)

 一例として指輪型ウェアラブルのOura Healthと避妊アプリのNatural Cyclesとの提携記事がある。

指輪型のヘルストラッカー「Oura Ring」を提供するOura Healthは8月2日、FDA承認済みの避妊アプリ「NC° Birth Control」の開発企業であるNatural Cyclesと提携したことを明らかにした。これにより、Oura Ringが計測した体温データはNC° Birth Controlアプリに同期され、毎朝基礎体温をマニュアルで計測する煩わしさからユーザーを解放した。(一部抜粋)

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(注1)2018年9月11日、Apple Watch Series 4が心電図(electrocardiogram (ECG) )測定機能につきFDAの認可(clearnce)を得たと報じられている(Apple社の記事)。 一方で、日本でApple Watch Series 4の販売が始まった時、国内展開されるApple Watch series4からはApple Watch ECG appの機能が取り除かれていた。理由は、「心電図測定」「脈の不整通知」という機能が医療機器に該当するため、国内での医療機器として認可を得る必要があり、当時その過程をApple社が取っていなかったためである。(Digital Health Times 記事から抜粋)

(注2)わが国メデイアはほとんどがFDAの伝達文書中の“without piercing the skin”.を「非侵襲的」と訳している。これは誤訳であり、「非穿刺」が正しい。

(注3) 厚生労働省「医薬品・医療機器等安全性情報 No.275:新規作用機序の糖尿病治療薬(DPP-4 阻害剤及びGLP-1 受容体作動薬)の安全対策について」

スルホニルウレア系経口血糖降下薬の解説

(注4) 米Movanoが現地時間2022年5月12日、非穿刺(針を刺さない)血糖値測定と、カフ(空気袋)を用いない血圧測定が可能なウェアラブルデバイスを実現するためのセンサーの開発が完了、機能試験が成功したと発表した。同社は2022年2月に、非穿刺型ウェアラブル血糖値測定器に関し、米食品医薬品局(FDA:Food and Drug Administration)での医療機器承認取得に向けた、臨床治験の第2段階が終了したことも発表済みである。 (iphon mania 記事から抜粋。この記事の信ぴょう性は如何。同社のリリース文参照)。

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オンライン憎悪(online hate)と憎悪犯罪(hate crime)やヘイト・スピーチ(hate speech)の規制強化にかかるEUや主要国の最新立法の動向

2024-02-16 14:05:03 | SNSと言論の自由問題

  筆者の手元に、米国連邦議会の独立補佐機関GAO(連邦議会行政監査局)(注1)から標記レポートが届いた。

 この問題は単にオンライン憎悪(online hate)と憎悪犯罪(hate crime)やヘイト・スピーチ(hate speech)の規制強化の問題ではない。先に筆者が論じたデジタル社会の法制整備の一環でもある。

 今般のGAO の調査によると、選ばれた 6 社すべてが、人種や宗教などの実際の特徴または認識されている特徴に基づいて、自社ポリシーでヘイト・スピーチまたは人々に対する暴力的過激主義を促進していると定義しているコンテンツを削除するために何らかの措置を講じていることが判明した

 はたして、わが国では立法問題だけでなく企業等のポリシー等の調査がはたして適正に調査したりしているのか、疑問が湧いた。

 今回のブログは、(1)GAOレポートの概要紹介、(2)最近時のEU議会や欧州委員会の法規制の取り組み、(3)米国、ドイツ、フランスの立法の動向と更なる課題について解説を試みる。

12024.1.12 GAO レポートオンラインの過激主義:インターネット上で発生する憎悪犯罪について、より完全な情報が必要」の仮訳

 (1)概況報告(Fact Sheet)

 GAOが調査した調査によると、近年、かなりの数のインターネット・ユーザーがオンラインでのヘイトを経験している。

 GAOの研究と政府の報告書は、オンライン憎悪(online ate)と憎悪犯罪(hate crime)(注2)との関連性を示している。 たとえば、査読済みの研究(peer-reviewed study)では、パンデミック中に米国の一部の都市で、無作法なインターネット・コメントとアジア人に対するヘイト・クライムが関連付けられていることが判明した。

 連邦司法省(DOJ)は、執行機関から憎悪犯罪に関するデータを収集している。 司法省はヘイト・クライムの推定に全国世帯調査も行っているが、ヘイト関連のサイバー犯罪については調査対象でない。 ヘイトク・ライムをより深く理解し、対処するために、このデータを入手する方法を検討することを勧める。

【ハイライト】

*GAOが明らかとしたこと

 連邦司法省 は、次の 2 つの統計プログラムを使用して、ヘイト・クライム (例:人種、民族、性別、性同一性(gender identity)、宗教、身体障害、または性的指向に基づく偏見の証拠を示す犯罪等) に関するデータを収集している。

 連邦捜査局 (FBI) の「統一犯罪報告プログラム(Uniform Crime Reporting Program)」は、インターネット上で発生する憎悪犯罪を含む憎悪犯罪データを法執行機関から収集している。

 連邦司法省・司法統計局(Bureau of Justice Statistics:BJS)は、毎年実施する全国世帯調査「全国犯罪被害調査」を利用して、法執行機関に報告されたヘイト・クライムと報告されていないヘイト・クライムの蔓延の推定値を算出している。 ただし、BJS の調査は、インターネット上で発生するヘイト・クライムに関するデータを収集していない。

 「2022 年サイバー犯罪サイバー犯罪のより良い数値基準法(2022 Better Cybercrime Metrics Act)」では、BJS に対し、調査にサイバー犯罪被害に関する質問を含めることを義務付けている。BJS は、インターネット上の偏見に基づく被害を測定する 1 つの方法を調査する研究に資金を提供した。

 しかし、この調査では、対面でのヘイト・クライムを測定する方法と同様のアプローチなど、他の方法は検討されていない。 全国犯罪被害調査や補足調査でインターネット上の偏見に関連した犯罪被害を測定するための他の選択肢を模索することは、FBIのデータを補完し、司法省が憎悪の影響を受けるコミュニティを特定して支援を提供するのに役立であろう。

 GAO の調査によると、選ばれた 6 社すべてが、人種や宗教などの実際の特徴または認識されている特徴に基づいて、自社ポリシーでヘイト・スピーチまたは人々に対する暴力的過激主義を促進していると定義しているコンテンツを削除するために何らかの措置を講じていることが判明した。これら企業のデータによると、2018 年から 2022 年までに削除されたヘイト・コンテンツの量は、運営するプラットフォームによって異なった。これは、企業によるヘイト・コンテンツの定義と関連ポリシーのばらつきが部分的に原因であった。

インターネット上で発生するヘイト・スピーチ

 GAO調査によると、インターネット ユーザーの最大 3 分の 1 が、インターネット上でヘイト スピーチを経験したと報告しており、インターネット上でヘイト・スピーチや過激なスピーチを投稿するユーザーは、インターネットがヘイト・デオロギーの拡散に役立っているためにそうしている可能性があった。

 さらに、GAO調査や政府の報告書は、インターネット上のヘイト・スピーチとヘイト・クライムとの関連性を示している。 たとえば、ある査読済みの調査研究では、インターネット上の非礼なコメントと、米国の一部の都市におけるアジア人に対するヘイト・クライムとの間に関連性があることが判明した。 また、国土安全保障省(DHS)とFBIは、インターネットは、より大規模な暴力的過激派組織の支援なしに、個人が自己過激化し、単独犯による攻撃を行う機会を生み出したと報告した。

GAO がこの調査を行った背景・理由

 FBI に報告されたデータによると、米国では、ほぼ毎時間ごとにヘイト・クライムが発生している。最近のヘイト・クライムの調査では、インターネット上のヘイト・スピーチへの暴露が被害者に対する攻撃者の偏見に寄与した可能性があることが示唆されている。 2021年、FBIはヘイト・クライムを国内の暴力的過激主義の防止と同じ国家的脅威の優先順位に置いた。

 GAOは、インターネット上のヘイト・クライムとヘイト・スピーチに関する情報を調査するよう連邦議会から依頼された。この報告書は、(1) 司法省がインターネット上で発生するヘイト・クライムに関するデータをどの程度収集しているか、(2) 選ばれた企業がインターネット・プラットフォームからヘイト・スピーチや暴力的過激派の言論を削除するために講じた措置についてどのような企業データが示しているか、および( 3) インターネット上でのヘイト・スピーチに関するユーザーの経験や表現、ヘイト・クライムや家庭内暴力的過激主義との関係についてわかっていることを論じた。

 GAOは米国のヘイト・クライムデータを分析し、連邦司法省職員にインタビューした。 GAOはデータを分析し、ヘイトや暴力的な過激派の言論を禁止する公的ポリシーを定めたインターネット・プラットフォームを運営する厳選された6社の関係者にインタビューした。 GAOは、インターネット上のヘイト・スピーチ、ヘイト・クライム、国内の暴力的過激派事件について記述した査読付き(peer reviewed)の非営利研究を評価した。

2.米国連邦法のヘイト・クライムに関する従来の立法措置

(1)1968 年の法律「公民権法Civil Rights Act of 1968」P.L.90-284)の第Ⅰ編Title I: Hate crimes(18 U.S. Code § 249 - Hate crime acts)は、人種、肌の色、宗教、国籍を理由に、またその人が公教育など連邦政府によって保護されている活動に参加していることを理由に、雇用、陪審員サービス、旅行、公共宿泊施設の利用、または他人のそれを助けることは、いかなる人に対しても故意に干渉するために武力を行使する、または武力を行使すると脅すことを犯罪とした。同法の各権利の内容を解説から以下のとおり、抜粋する。

TITLE I--VOTING RIGHTS

TITLE II--INJUNCTIVE RELIEF AGAINST DISCRIMINATION IN PLACES OF PUBLIC ACCOMMODATION

TITLE III--DESEGREGATION OF PUBLIC FACILITIES

TITLE IV--DESEGREGATION OF PUBLIC EDUCATION

TITLE V--COMMISSION ON CIVIL RIGHTS

TITLE VI--NONDISCRIMINATION IN FEDERALLY ASSISTED PROGRAMS

TITLE VII--EQUAL EMPLOYMENT OPPORTUNITY

TITLE VIII--REGISTRATION AND VOTING STATISTICS

TITLE IX--INTERVENTION AND PROCEDURE AFTER REMOVAL IN CIVIL RIGHTS CASES

TITLE X--ESTABLISHMENT OF COMMUNITY RELATIONS SERVICE

TITLE XI--MISCELLANEOUS

 その後の同法の解釈を巡る追加立法、改正の経緯をまとめたサイト(Civil Rights Act of 1866 & Civil Rights Act of 1871 - CRA - 42 U.S. Code 21 §§1981, 1981A, 1983, & 1988)がある。(TITLE 42 - THE PUBLIC HEALTH AND WELFARE CHAPTER 21 - CIVIL RIGHTS)

1981条    Equal rights under the law.                      

1981a条   Damages in cases of intentional discrimination in employment

1983条    Civil action for deprivation of rights.          

1988条    Proceedings in vindication of civil rights.    

 1988 年には、家族状況と身体障害に基づく保護規定が追加された。1996 年には、連邦議会は「教会放火防止法 (合衆国法典: 18 U.S. Code § 247 - Damage to religious property; obstruction of persons in the free exercise of religious beliefs) 」を可決した。この法律の下では、州際通商に影響を与える状況において、宗教/的不動産を汚損、損傷、破壊すること、あるいは個人の宗教的実践を妨害するとは犯罪であるとした。また、同法は宗教的財産に関係する人の人種、肌の色、民族性を理由に、宗教的財産を汚損、損傷、破壊することを禁じている。

(2)米国の近年のヘイト犯罪に関する法律

 連邦司法省が近年のHate Crime Laws一覧とリンクがまとめている。

以下で抜粋、仮訳する。

1.連邦により保護される諸活動保護法(18 U.S.C.§245 - Federally protected activities)

 人種、肌の色、宗教または民族的出自を理由に、連邦により保護される 6 つの行為について、その行為者に暴力または暴力の威嚇(暴力の行使を告知して威嚇すること)により、故意に傷害を与え、脅迫し、または妨害すること及びその未遂を禁ずる。

  1. B. The Public Health and Welfare § 3631. Violations; penalties (42 U.S.Code.§3631)

 法律に基づいて行動しているかどうかにかかわらず、武力または武力による脅迫によって、故意に傷害、脅迫、妨害を行った者、または傷害、脅迫、妨害を試みた者は誰でも、公正住宅権の妨害罪となる。

1.宗教関係財産等への損壊罪法(18 U.S. Code § 247 - Damage to religious property; obstruction of persons in the free exercise of religious beliefs)

 米国における宗教表現の自由と同様に、宗教施設は意図的な損害から保護されている。このため、連邦政府は宗教財産への損害を米国法第 18 編 247 に基づくヘイト・クライムと認定した。

 関係する状況、被害の深刻さ、犯罪の過程で誰かが負傷した場合、その刑罰は1年から40年の拘禁刑が科される可能性があり、または殺害された場合、裁判官はさらに死刑を科す可能性がある。

1.1990年ヘイト・クライム(憎悪犯罪)統計法(Hate Crime Statistics Act of 1990) 28 U.S.Code §534 noteAcquisition, preservation, and exchange of identification records and information; appointment of officials )ヘイト・ライムの発生状況や発生場所を把握し、再発防止のために連邦政府がデータ収集を行うことを定めた法律。

34 USC 41305: Hate crime statistics 2024.2.12により改正法が行われた。

 E.1994年ヘイト・クライム(憎悪犯罪)量刑強化法(Hate Crimes Sentencing Enhancement Act of 1994)」(H.R.1152)ヘイト・ライムを行った加害者に対して、通常の犯罪の刑罰より、厳しい罰則を適用する法律。

F地方及び部族当局が行うヘイト・クライムの調査、訴追への技術的・資金的援助法(42 U.S.C.§3716, 3716a)

42 U.S.Code §3716を仮訳する。

§3716: 州、地方、部族の法執行官による犯罪捜査と訴追のサポートに関する規定

(a) 資金援助以外の援助

(1) 一般

 州、地方、または部族の法執行機関の要請に応じて、司法長官は、犯罪捜査または犯罪の訴追において、技術的、フォレンジック的、検察的、またはその他の形式の支援を提供することができる。

(A) 暴力犯罪を構成する場合。

(B) 州法、地方法、部族法に基づく重罪に該当する場合。

(C) 被害者の実際のまたは認識されている人種、肌の色、宗教、出身国、性別、性的指向、性自認、または身体障害に基づいた偏見によって動機付けられている場合、または州、地域または部族のヘイト・クライムに違反している場合 。

(2) 優先順位

 第 1 項(一般)に基づく支援を提供する際、司法長官は、複数の州で犯罪を犯した犯罪者による犯罪、および犯罪の捜査または訴追に関連する特別な費用を賄うことが困難な地方の管轄区域を優先するものとする。

(b) 助成金

(1) 一般規定

 連邦司法長官は、ヘイト・クライムの捜査と訴追に関連する特別な経費のために、州、地方、部族の法執行機関に助成金を与えることができる。

(2) 司法省のプログラム

 このサブセクションに基づく助成金プログラムを実施するにあたり、司法省プログラムは助成金受領者と緊密に連携し、コミュニティグループや学校、大学を含むすべての影響を受ける当事者の懸念とニーズが、このサブセクションに基づいて開発された地域インフラを通じて確実に助成金に対処されるようにするものとする。

(3) 申請手続

(A) 一般規定

 本項に基づく助成金を希望する各州、地方、部族の法執行機関は、司法長官が合理的に要求する情報を添付または含む方法で、その時点で申請書を司法長官に提出するものとする。

(B) 提出日

 サブパラグラフ (A) に従って提出される申請は、司法長官が指定する日付から 60 日間の期間内に提出されるものとする。

(C) 要件

 このサブセクションに基づいて助成金を申請する州、地方、および部族の法執行機関は、次のことを行うものとする。

(i) 助成金が必要とされる特別な目的を説明する。

(ii) 国家、地方自治体、またはインディアン部族にはヘイト・クライムの調査または訴追に必要なリソースが不足していることを証明する。

(iii) 補助金の実施計画を策定する際に、州、地方、部族の法執行機関が、ヘイトク・ライムの被害者にサービスを提供した経験のある非営利、非政府の被害者サービスプログラムと協議し、調整していることを証明する。

(iv) 本項に基づいて受領した連邦資金は、本項に基づいて資金提供される活動に利用できる非連邦資金に取って代わるのではなく、補完するために使用されることを証明する。

(4) 締切日

 本項に基づく補助金の申請は、連邦司法長官が申請を受領した日から 180 営業日以内に連邦司法長官によって承認または拒否されるものとする。

(5) 助成金額

 このサブセクションに基づく助成金は、単一の管轄区域に対して 1 年間で 100,000 ドル(約1,510万円)を超えてはならない。

(6) 報告書

 連邦司法長官は、遅くとも 2011 年 12 月 31 日までに、本項に基づいて提出された補助金の申請、そのような補助金の授与、および補助金の支出目的を記載した報告書を議会に提出するものとする。

(7) 歳出の認可

 2010 年、2011 年、および 2012 年の各会計年度に、このサブセクションを実行するために 5,00万 ドル(約755億円)が割り当てられることが承認されている。

(Pub. L. 111–84、div. E、§4704、2009 年 10 月 28 日、123 Stat. 2837参照)

【法典化】

 このセクションは、「マシュー・シェパードおよびジェームス・バード・ジュニア憎悪犯罪防止法」の一部として、また 2010 年度の国防権限法の一部として制定されたものであり、1968年オムニバス犯罪規制および安全な街路のタイトル I の一部として制定されたものではない。

連邦司法局の助成プログラム - 42 U.S.C. § 3716a (2012)

 以下、42 U.S.C. § 3716aを仮訳する。

(a) 補助金を与える権限

 連邦司法省の司法局プログラムは、連邦司法長官が定める規制に従って、ヘイト・クライムの特定、捜査、訴追、防止に携わる警察官に対し、地方の法執行機関を訓練するプログラムを含む、少年による憎悪犯罪と闘うことを目的とした州、地方、または部族のプログラムに助成金を与えることができる。

(b) 支出の認可

 このセクションを実行するために必要な金額が割り当てられることが許可される。

(Pub. L. 111–84、div. E、§4705、2009 年 10 月 28 日、123 Stat. 2838参照)

【法典化】

 このセクションは、「マシュー・シェパードおよびジェームス・バード・ジュニア憎悪犯罪防止法」の一部として、また 2010 年度の国防権限法の一部として制定されたものであり、1968年オムニバス犯罪規制および安全な街路法のタイトル I の一部として制定されたものではない。

G.「マシューシェパードとジェームズバードジュニアのヘイト・クライム憎悪犯罪防止法(Title 18, U.S.Code §249 - Matthew Shepard and James Byrd, Jr., Hate Crimes Prevention Act)」

 連邦議会で、 2009年10月22日に可決され、2009年10月28日にオバマ大統領によって2010年の国防権限法の上乗せ法案(National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2010/Division E) (HR 2647)に署名された。 1998年のマシューシェパードとジェームズバードジュニアの殺害への対応として考案されたこの法案は、1969年の米国連邦ヘイト・クライム法を拡大したもので、州、地方及び部族当局が行うヘイト・クライムの調査、訴追への技術的・資金的援助を規定するものである。

3.EUで進むオンライン・ヘイト・スピーチ規制議論と立法化

 ICT Global Trendの解説から一部抜粋する。なお、法律等の原本へのリンクや注書きは筆者が独自に行った。

 欧州委員会は2016年に「オンライン上の違法ヘイト・スピーチに対抗する行動規範(Code of Conduct on countering illegal hate speech online)」を策定するなど、長年に亘ってオンライン・ヘイト・スピーチ対策に取り組んできた。オンラインでの違法なヘイト・スピーチの拡散を防止および対抗するために、欧州委員会は 2016 年 5 月に Facebook、Microsoft、Twitter、YouTube と「オンラインでの違法なヘイト・スピーチ対策に関する行動規範」に合意した。

 2021年12月9日、欧州委員会はEU運営条約TFEU(Treaty on the Functioning of European Union)第83条第1項(注3)の「EU犯罪(EU crimes)」の現在のリストをヘイト・クライムとヘイト・スピーチにまで拡大する理事会決定を促す通知を採択した。 (注4) この理事会の決定が採択されれば、欧州委員会は第二段階として、人種差別主義や外国人排斥の動機に加え、他の形態のヘイト・スピーチやヘイト・クライムをEUが犯罪化できる二次立法を提案することができるようになる。

 欧州委員会の政策「ツールボックス(The legal and policy framework in the EU)」には、2016 年から機能しているヘイト・スピーチとヘイト・クライムとの戦いに関するハイレベルグループの文脈において、各国当局を支援するための専用の交流機関やツールも含まれている。

 この取り組みは、被害者へのより良い支援に焦点を当てている。被害者の権利指令に沿って、法執行機関向けのヘイト・クライム訓練を強化し、ヘイト・クライムの記録、報告、データ収集を強化する。さらに、オンラインヘイトの課題に対処するために、欧州委員会は2016年に有名IT企業とともに、オンラインでの違法なヘイト・スピーチに対抗するための自主的な行動規範を開始した。

 この欧州委員会の政策は、反ユダヤ主義との戦いとユダヤ人の生活の育成に関するEU戦略(2021年から2030年)で言及されている反ユダヤ主義、反イスラム教徒の憎しみや反ユダヤ主義など、グループやコミュニティが経験する特定の形態のヘイト・スピーチやヘイト・クライムや反ジプシー主義にも特に注意を払っている。

 2018年中に、Instagram、Snapchat、Dailymotionが行動規範に参加し、2019年1月にJeuxvideo.com、2020年にTikTok、2021年にLinkedが参加した。2022年5月と6月に、Rakuten ViberとTwitchがそれぞれ行動規範への参加を発表した。

 2023年12月、欧州委員会と上級代表は「憎しみの余地はない:憎しみに対して団結する欧州」に関する共同声明を採択した。 この指針文書(communication)は、さまざまな政策にわたる行動を強化することにより、あらゆる形態の憎しみと戦うためのEUの取り組みを強化することを目的としている。 これらには、主要なオンライン・プラットフォームと合意した行動規範のアップグレードを通じて、オンラインでのヘイト・スピーチとの戦いの取り組みを強化すること、国内安全保障基金の予算の増額を通じて礼拝所の保護を強化する措置、および政府の役割のアップグレード、反ユダヤ主義との闘いとユダヤ人の生活の育成、反イスラム教徒の憎しみとの闘い、人種差別との闘いについての現調整官の特使を含む。

筆者追記】2024.1.18欧州議会サイトではヘイト・スピーチとへィト・クライム立法につき強い姿勢を見せている。抜粋し、仮訳する。

 欧州議会議員らは欧州連合理事会に対し、ヨーロッパのすべての人に対する憎しみからの適切なレベルの保護を確保するための法案を最終的に前進させるよう求めている。

 欧州議会は採択された報告書の中で、理事会はTFEU第83条第1項(いわゆる「EU犯罪」)(注4)の意味するところの刑事犯罪にヘイト・スピーチとヘイト・クライムを含める決定を現立法期間の終わりまでに採択すべきであると採択した法案2/12(49)の中で述べている 1月18日には賛成397票、反対121票、棄権26票であった。これらは国境を越えた側面を持つ特に重大な性質の犯罪であり、議会と評議会は刑事犯罪と制裁を定義するための最小限の規則を確立することができる。

4.ドイツの立法

 EU加盟国レベルでのオンライン・ヘイト・スピーチの取締まり規制は様々だが、先導的な立場に立ってきたのはドイツである。同国は2018年1月に、国内ユーザー数が200万人以上のプラットフォーム事業者に違法コンテンツを24時間以内に削除することを義務付ける法律を世界で初めて導入した。

 この法律は「ソーシャルネットワークにおける法執行を改善するための法律 (いわゆるネットワーク執行法 -Gesetz zur Verbesserung der Rechtsdurchsetzung in sozialen Netzwerken (Netzwerkdurchsetzungsgesetz - NetzDG))と名付けられ、違反した場合の罰金は最大5,000万ユーロ(約80億5,000万円)に上る。2020年に入ってからは同法の幅広い改正が並行して進行中で、同年6月18日にはその一環として、右翼過激主義と憎悪犯罪に対抗することを目的とした「CDU/CSU 及びSPD 法」が採択された。同法は、違法コンテンツに関する報告を受けたプラットフォーム事業者に、報告を受けた時点で当該コンテンツを連邦刑事庁に直接届けることを義務付けるもので、NetzDG法をより厳格化した形となる。

ドイツの憎悪犯罪の規制強化

(1)「ソーシャルネットワーク(SNS)における法執行の強化に関する法律(Gesetz zur Verbesserung der Rechtsdurchsetzung in sozialen Netzwerken (Netzwerkdurchsetzungsgesetz - NetzDG)」(以下、「SNS規制強化法」という)が 2017 年 9 月 7 日に公布され、同年 10 月 1 日施行された。SNS 事業者に対し、一定の違法情報への対応手続の策定等を求めるものであり、設定された高額な過料とともに各国で大きく報じられた。

 国立国会図書館の解説から概要を抜粋する。

1.対象と範囲

(1)対象となる SNS 事業者

対象となる事業者は、国内の利用登録者が 200 万人以上の一般 SNS 事業者である。

(2)違法なコンテンツの範囲

SNS 法で対応を義務付けられる「違法なコンテンツ」は、第 1 条第 3 項に掲げられた刑法典上の犯罪の構成要件を満たすものであって、かつ違法性が阻却されないものをいう。(注5)したがって、刑法典上違法とならない情報(一部のフェイクニュース等)(注6)は、同法の対象外ということになる。

2.報告義務

  違法なコンテンツへの対応に関する報告を義務付けられるのは、年間 100 件を超える苦情を受けた SNS 事業者である(第 2 条第 1 項)。該当する SNS 事業者は、半年に 1 度、報告書をドイツ語で作成し、連邦官報及び自社のウェブサイトで公開しなければならない(当該期間終了から 1 か月以内)。

3.苦情処理手続の策定義務

 SNS 事業者には、違法なコンテンツに関する苦情を送信するための方法を利用者に提供するとともに、苦情処理手続を策定することが義務付けられる。

(1)手続において保証されるべき内容

 苦情処理手続においては、以下のことが保証される必要がある。まず、遅滞なく苦情を認識し、当該コンテンツの違法性及び削除等を行う必要性について審査することである。次に、当該情報が明らかに違法である場合には、これを24 時間以内に削除することが求められる。それ以外の場合であっても、違法なコンテンツは原則として 7 日以内に削除される必要がある。ただし、主張されている事実の真実性が違法性の判断に関係する場合や規制された自主規制機関(後述)の判断に委ねる場合はこの限りではない。

(2)規制された自主規制機関

  規制された自主規制とは、法規制により事業者の自主規制を促進する手段ないし、自主規制の枠組みを決定する手段である

4 過料

 SNS 法による報告義務及び苦情処理手続の策定義務等に反した事業者等には、秩序違反として過料が科せられる。法人に対する過料は最大で 5,000 万ユーロ(約 74 億5000円)(秩序違反法第30 条の規定の適用による)である。ただし、苦情処理手続において保証されるべき事項について不備があったり、その運用について体制上の問題があったりする場合が対象であって、個別のコンテンツを削除しなかったことをもって過料が科されるわけではない。

(2)2021年「右派過激主義及びヘイト・クライムに対抗する法律」

 2021年4月1日に、「右派過激主義及びヘイト・クライムに対抗する法律(Gesetz zur Bekämpfung des Rechtsextremismus und der Hasskriminalität)」が公布され、同月3日に一部を除き施行された。(注7)

 同法は、前年の2020年7月に連邦参議院で可決されたが、同年5月の連邦憲法裁判所の違憲判決との関連から、連邦大統領が署名認証を行わなかったものである。

 ただし、同法は、同日(2021年4月1日)に公布された「既存データの開示に関する規則を2020年5月27日の連邦憲法裁判所の判決に由来する要件に適合させるための法律(Gesetz zur Anpassung der Regelungen über die Bestandsdatenauskunft an die Vorgaben aus der Entscheidung des Bundesverfassungsgerichts vom 27. Mai 2020)」(翌4月2日施行)の第15条によって、施行前に半分が廃止され、全5か条の条項法のみとなった。

5.フランスの立法

 フランスでは国務院(下院:Conseil d’État))が2020年5月14日に「インターネット上のヘイト・スピーチ対策法案(Loi du 24 juin 2020 visant à lutter contre les contenus haineux sur internet)」を可決、承認し、6月24日公布された。同法は、プラットフォーム事業者に対し、ネット上に投稿されたヘイト・スピーチや侮蔑表現を24時間以内に削除するよう義務付けるものである。違反企業には最大125万ユーロ (約2億125万円) の罰金が科され、悪質な場合には当該企業の全世界における年間収益の4%が罰金上限となる可能性もある。

 しかし、その後、保守野党の共和党上院議員団が同法の違憲審査を請求した。最終的に、フランスの憲法裁判所にあたる憲法院(Conseil constitutionnel)は2020年6月18日、24時間以内の削除義務が表現及び言論の自由を侵害するとして、Avia法の主要部分に違憲性があるとの判断を下した。憲法院は、プラットフォーム事業者が罰金を逃れるために過剰反応し、問題のないコンテンツまで削除されるリスクがあるとして、一連の関連条項の削除を命じた。(注8)

5.日本

 日本もSNS等を介した自殺事件等からも手本格的な立法の必要性は多く叫ばれている。

 その中で、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(平成28年法律第68号)」、いわゆる「ヘイト・・スピーチ解消法」が成立し、平成28年6月3日に施行された。(法務省「ヘイトスピーチ、許さない」参照

 同法は、「本邦外出身者」に対する「不当な差別的言動は許されない」と宣言している。

 なお、同法が審議された国会の附帯決議のとおり、「本邦外出身者」に対するものであるか否かを問わず、国籍、人種、民族等を理由として、差別意識を助長し又は誘発する目的で行われる排他的言動は決してあってはならないものとされている。

 一般的には憎悪犯罪を特別に重く罰する法律は、思想・良心の自由・表現の自由を脅かす恐れがあり、日本国憲法の理念に反するという主張がある。また、何がヘイトに該当するかは必ずしも明確ではなく、恣意的な運用が懸念されることから、現状ではそのような法律は制定されていない。

https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken04_00108.html#%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%AE%EF%BC%9F

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(注1)わが国でのGAOの訳語も多岐にわたる。しかし、筆者は2008年にブログで取り上げ訳語にこだわった。

2008.11.29 「連邦議会独立補佐機関GAO(連邦議会行政監査局)による行政Watchdogの役割と機能」(Last Updated: Febuary 25,2022)の(注2)参照。

(注2) ヘイト・クライム( hate crime:憎悪犯罪)とは、人種、民族、宗教、などに係る、特定の属性を持つ個人や集団に対する偏見や憎悪が元で引き起こされる、嫌がらせ、脅迫、暴行等の犯罪行為を指す。アメリカ連邦公法によれば「人種・宗教・性的指向・民族への偏見が、動機として明白な犯罪 (Public Law101-275) 」と定義されている

(注3) EU運営条約TFEU(Treaty on the Functioning of European Union)第83条第1項を以下、仮訳する。

1.欧州議会と欧州連合理事会は、通常の立法手続きに従って採択された指令により, そのような犯罪の性質または影響、または 共通して彼らと戦う特別な必要性から特に深刻な犯罪の分野における犯罪と制裁の定義に関する最低限のルールを確立できる。

 これらの犯罪分野は次のとおりである。テロ、人身売買、女性と子供の性的搾取、違法麻薬密売、違法武器売買、マネーロンダリング、汚職, 支払い手段、コンピューター犯罪、組織犯罪の偽造。

 犯罪の進展に基づいて、欧州連合理事会は、この段落で指定された基準を満たす他の犯罪分野を特定する決定を採択することができる。欧州議会の同意を得た後、全会一致で行動するものとする。

(注4) 2021年12月9日、欧州委員会は「より包括的で保護的な欧州:EU犯罪のリストをヘイトスピーチとヘイトクライムに拡大する」に関する指針文書(communication)」を採択した。これは、現在のEU犯罪リストにつき、EU運営条約(TFEU )第83条に規定されているいわゆる「EU犯罪」にヘイト・クライムヘイト・スピーチにまで拡張する理事会決定を引き起こすことを目的としている。 このような決定により、欧州委員会は第2段階で、EU全体でヘイト・スピーチやヘイト・クライムに取り組むうえで加盟国の法的枠組みを強化することが可能となる。

(注5) 対象となるのは、第 86 条(違憲な組織(ナチス等)のプロパガンダの制作・頒布)、第 86a 条(違憲な組織のシンボルの頒布、公然使用)、第 89a 条(国家を脅かす暴力行為の準備)、第 91 条(第 89a 条の罪を文書によりそそのかすこと)、第 100a 条(国家反逆的な事実の歪曲)、第 111 条(犯罪の扇動)、第 126 条(犯罪行為を実行するという脅迫により公共の平穏を乱すこと)、第 129 条から第 129b 条まで(テロ組織の結成等)、第 130 条(民衆扇動罪。ヘイト・スピーチやナチスの暴力的支配の賛美等)、第 131 条(暴力表現)、第 140 条(犯罪行為への報酬の支払い等)、第 166 条(他者の宗教観・世界観の誹謗)、第 184d 条に付随する第 184b 条(ポルノの放送等)、第 185 条から第 187 条まで(名誉毀損的表現)、第 201a 条(盗撮等高度に私的な領域の撮影)、第 241 条(脅迫罪)又は第 269 条(法律行為の証拠となるデータの改ざん)である。

(注6) 違法情報に該当するフェイク・ニュースとしては、名誉毀損的表現(刑法典第 187 条(悪評の流布)等)が代表的なものである。しかし、フェイク・ニュース対策として期待される成果は少ないとするものもある。

(注7) 国立国会図書館「【ドイツ】右派過激主義及びヘイトクライムに対抗する法律」の解説

(注8)フランスの公共政策や社会を動かす主要な議論を理解するための鍵を提供する無料の政府情報サイトVie-publique.frの解説を仮訳する。

 テロリストまたは児童ポルノのコンテンツについて、憲法院は新法律でいうコンテンツの違法性の判断はその明白な性質に基づくものではなく、行政の単独の評価に従うものであり、オペレーターが実行するために許可される時間は、オペレーターのみに許可されないものであると考え、あくまで裁判官から判決にもとづく判断を得るべきである。

 憲法院にとって、この法案上程議員は、追求される目的に適合したり、それに比例したりしていない表現の自由を侵害していることになる。 個人によって報告されたコンテンツについて、憲法院は、合法なものを含むすべての異議申し立てのコンテンツを削除するよう運営者に奨励されるリスクを強調しており、したがって、これは表現の自由に対する新たな攻撃といえると指摘している。

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米国のGAO(連邦議会行政監査局)によるデジタル・フォレンジック技術・アルゴリズムの評価と更なる課題レポートおよびデジタル・フォレンジックに関する研究機関の最新情報

2024-02-09 12:12:31 | デジタル・フォレンジック

 筆者の手元に、邦議会独立補佐機関GAO(連邦議会行政監査局)(注1)から「デジタル・フォレンジック技術・アルゴリズムは犯罪捜査に利点をもたらすが、一方で、攻撃の痕跡や手法などの技術的解析から、攻撃者の意図をめぐる地政学的背景まで、多様な状況証拠の収集と分析を通じ、匿名性が高いサイバー攻撃の攻撃者や背後の攻撃国を特定(判断)していくプロセスであるフォレンジック・アトリビューション(attribution )の難しさ、さらに偏見や誤用の可能性、結果を伝える難しさなど等さまざまな要因が結果に影響を与える可能性がある」というレポートが届いた。

 米国GAOには、この問題と関連するレポートが2つある。1つ目は

「デジタル・フォレンジック技術:連邦法執行で使用されるアルゴリズム(Forensic Technology:Algorithms Used in Federal Law Enforcement GAO-20-479SP Published: May 12, 2020. Publicly Released: May 12, 2020)」

 2つ目は、「デジタル・フォレンジック・アルゴリズムの技術で性犯罪者を追い詰めるNov 27,2020」である。今回のブログは後者レポートの概要も併せ引用する。

 筆者は従来からわが国で「フォレンジック」を「法医学」、「法廷証拠学」や「法科学」といった訳語が氾濫していることに懸念している。(注2) その中で、以下の令和4年6月 法務省刑事局作成の検察庁「各種犯罪への対応(時代に即した検察庁における人材育成)」を読んだ。

デジタル・フォレンジック=電子鑑識 ジタルフォレンジック(DF)とは、押収したデジタル機器内に保存されているデジタルデータを適正な手続により、全く同じ状態で抽出し(保全)、その抽出したデータの中から犯罪立証のための客観的証拠を見つける(解析)ための手法、技術。

 

法務省刑事局作成の検察庁「各種犯罪への対応(時代に即した検察庁における人材育成)から抜粋

 GAOレポートを簡易かつ正確に読むには、まず“Highlights”と「GAOが明らかとした事項」、および「GAO が本調査を行った背景」を概観することがポイントなるので、今回のブログでは、まず、その内容をまとめるとともに関連する注書きを追加した。

 なお、最後に法務省の犯罪白書等によると性犯罪者の起訴の難しさや有罪化率の低さはわが国でも同様であろう。

1.2024.1.25 GAO レポートGAO-24-107206

 「デジタル・フォレンジック技術・アルゴリズムは犯罪捜査に利点をもたらすが、一方でさまざまな要因が結果に影響を与える可能性がある(Forensic Technology: Algorithms Offer Benefits for Criminal Investigations, but a Range of Factors Can Affect Outcomes)」(全文は16頁)を仮訳する。なお、3つのアルゴリズムの内容については、GAO-21-435SPが詳しく論じているので一部引用し、補筆した。

3つのアルゴリズムにつきGAO レポートから抜粋

(1) 概況報告(Fact Sheet)

 指紋やその他の物的証拠は長い間、法執行官や調査官が犯罪を解決するのに役立ってきた。しかし、デジタル・フォレンジック・アルゴリズムの進歩により専門家はそのような証拠の調査を部分的に自動化できるようになった。

このアルゴリズムは、指紋や掌紋、顔画像、DNA を分析できる。我々は、これらのツールが多くの調査の速度と客観性を向上させることができることを証明した。

 しかし、一方でアナリストや調査員は、偏見や誤用の可能性、結果を伝える難しさなどの課題に直面している。

GAOの以前の研究2021.7.6 発表では、これらのアルゴリズムのテスト方法、成果や実績、使用時期の透明性の向上など、役立つ可能性のある政策オプションが特定された。

(2) GAOが明らかとした事項

 2020年と2021年のGAOの技術評価では、連邦法執行機関が証拠が個人に由来する可能性があるかどうかの評価に主に3種類のデジタル・フォレンジック・アルゴリズム(①確率的ジェノタイピング(Probabilistic genotyping algorithms)、②指紋の潜在印刷物分析(Latent print analysis)、③顔認証(Face recognition))を使用していることが判明した。

①確率的ジェノタイピング・ アルゴリズム

 確率的ジェノタイピング・アルゴリズム(Probabilistic genotyping algorithms) (注3)は、分析者が従来の分析よりもさまざまな DNA 証拠 (複数の寄与因子を持つ DNA 証拠や部分的に分解された DNA など) を評価し、そのような証拠を対象者から採取した DNA サンプルと比較するのに役立つ。 これらのアルゴリズムは、尤度比(ゆうどひ)(注4)と呼ばれる証拠の強さの数値尺度を提供する。 これらのアルゴリズムを評価するために、法執行機関などは、DNA サンプルの品質、サンプル中の DNA の量、貢献者の数、民族性や家族関係など、尤度比に対するいくつかの要因の影響をテストする。 GAO は、これらのアルゴリズムの使用に対する 2 つの課題を特定した。 たとえば、尤度比は複雑であり、確率的ジェノタイピングに関連する結果を解釈したり伝達したりするための標準はない。

指紋の潜在印刷物分析

 分析者が一人で作業するよりも迅速かつ一貫して、指紋と掌紋の大規模なデータベースを検索できる。その精度は、画質、特定された画像特徴 (隆線パターンなど) の数、分析者が完成した特徴マークアップの変動など、さまざまな影響要因にわたって評価される。ただし、出力の使用に人間が関与すると、エラーや認知バイアス(cognitive bias:物事の判断が、直感やこれまでの経験にもとづく先入観によって非合理的になる心理現象のことである)が発生する機会が生じる。

③顔認証(注5)アルゴリズム

 分析者が画像からデジタル詳細を抽出し、データベース内の画像と比較するのに役立つ。これらのアルゴリズムは、大規模なデータベースをより高速に検索でき、アナリストよりも正確である。これらのアルゴリズムの精度は、画質、データベース サイズ、人口統計など、さまざまな影響要因にわたって評価される。大規模なデータベースも検索できる。人間のアナリストだけで行うよりも精度が高くなる可能性があるが、連邦法執行機関では一般的に行われているように、アルゴリズムと訓練を受けたアナリストを組み合わせることで最高の精度が得られるとある研究では報告されている。 ただし、アルゴリズムの出力を人間が解釈するとエラーやバイアスが生じる可能性があり、一部の法執行機関のユーザーは結果が保証されているよりも確実であると認識する可能性がる。

  GAO は、これらのアルゴリズムの使用に対するいくつかの課題を特定した。 たとえば、人間の関与によりエラーが発生する可能性があり、政府機関は最も正確で、人口統計グループ間のパフォーマンスの差が最小限に抑えられるアルゴリズムをテストして調達するという課題に直面している。

 GAO の 2021 年報告書では、政策立案者がフォレンジック・アルゴリズムの使用に対する主要な課題に対処するために検討できる 3 つの選択肢について説明した。① 政策立案者は、フォレンジック・アルゴリズムの一貫した客観的な使用を改善するためのトレーニングの強化、②捜査におけるフォレンジック・ アルゴリズムの適切な使用に関する基準とポリシーの策定、および③アルゴリズム・ テストに関連する透明性の向上を支援することができるとした。

(3) GAO が本調査を行った理由

 1世紀以上にわたり、法執行機関は重要人物の特定、未解決事件の解決、行方不明者や搾取された人々の発見に役立つ物的証拠を調査してきた。 デジタル・フォレンジック専門家は現在、アルゴリズムを使用して犯罪捜査で収集された証拠の評価を部分的に自動化しており、捜査の速度と客観性が向上する可能性がある。

 GAO は、これまで法執行機関におけるフォレンジック・ アルゴリズムの使用に関する技術評価を実施してきた (GAO-21-435SPおよび GAO-20-479SP参照)。 今回のGAOレポートでは、確率的ジェノタイピング、指紋の潜在印刷物分析、顔認識という 3 つのアルゴリズム・タイプの利点と課題、およびこれらの課題に対処するために政策立案者が検討できるオプションについて言及した。

2.2020.5.12 GAOレポート(GAO-20-479SP)の概要

「フォレンジック技術:連邦法執行で使用されるアルゴリズム(Forensic Technology:Algorithms Used in Federal Law Enforcement) 」(全文は24頁)を仮訳する。

【概況報告】

 米国の法執行機関は永年、犯罪解決に指紋などの物的証拠を活用してきた。 現在、コンピュータ・アルゴリズムは、そのような証拠が特定の人物に関連しているかどうかを評価するのに役立つ。これはフォレンジック帰属(forensic attribution) (注6)として知られるプロセスである。

以下については前記1.の内容と重複するので略す。

3.デジタル・フォレンジック・アルゴリズムの技術で性犯罪者を追い詰める(Using Algorithms to Track Down Sex Criminals) (2020.11.27 公表)

 GAOレポートと関連してデジタル・フォレンジック・アルゴリズムに関する新たなintech.mediaポータルの日本語レポートを読んだ。このレポート(原文は英語はAI翻訳らしき内容で、翻訳文としてはいまいちであるが、リンクは確実である。以下、要旨とリンク先データの抜粋、仮訳を行う。

 なお、筆者は関連サイトを調べる中で“プロメガクラブ”の興味深い下記サイトDifferex Systemを見出した。まだ具体内容は読んでいないが、改めて研究したい。

(1)証拠収集上の課題

​ 性的暴力事件の起訴を実行するには、法執行機関と法制度に多くの課題がある。 性的暴行事件の起訴にいたる裁判化件数は、他のどの犯罪よりもはるかに少なく、最近の統計(注7)では、1,000人中5人が刑務所に収容されるにとどまっている。 弁護士は、性的暴行事件の起訴が困難であることを認めており、有罪判決の数が少ない理由の1つは、被疑者を暴行と結びつける物理的証拠がないことがあげられる。

 いわゆる「レイプキット(rape kit)」は、正しくは「性的暴行証拠キット」または「SAEK(Sexual Assault Evidence Kit)」と命名され、事件の捜査に役立つ。性的暴行の後、医療スタッフは性的暴行フォレンジック検査(Sexual Assault Medical Forensic Examination)を行い、この検査キットは被災者の衣服、所持品、身体に残された毛髪や精液などの身体的証拠を収集し保管するために使用される。これらのサンプルは、DNA検査を通して、犯罪者のDNAプロファイルの全国データベースであるODIS (注8)にアップロードして照合する。

 しかし、SAEKで採取した検体を検査するには時間がかかり、1キットあたり平均約1000ドルの費用がかかる。また、検査ができるのはデジタル・ォレンジックの専門家のみであり、DNAが採取できる可能性が最も高いと考えられる検体を絞り込むことで時間短縮をはかろうとするが、性的暴行事件の捜査に間に合うようにキットを処理して検査するのに膨大な時間がかかる。多くの都市では、キットは単に保管されているだけですが30日以上経過したキットは廃棄されることもあり、これはニューヨーク市で起きたことで、2012年以降、840個のキットが廃棄された。

 しかし、現在では、高度な機械学習(Machine Learning)によって、キットの検査やDNAサンプルのタイプをより迅速かつ正確に行うことが可能になり、収集された証拠を直ちに暴行事件の起訴に利用できるようになった。

​(2)機械学習による検査の高速化と正確性の向上

​ スタンフォード大学人間中心人工知能研究所(Stanford University Human-Centered ArtificiaIIntelligence)(HAI)の報告書によると、同大学のローレンス・M・ワイン(Lawrence M. Wein)教授は、SAEKのどの生体試料がDNAを提供する可能性が高く、その結果がヒトの検査官の推奨よりも正確であるかを予測できる機械学習アルゴリズムを開発した。

 ワイン教授の最初の研究は、サンフランシスコ警察(SFPD)データベースに基づいていた。同研究所は、SAEKのすべての要素を検査し、DNAを含む可能性が最も高いと考えられるすべてのサンプルに関する情報を収集し、保管するものであった。サンフランシスコ警察(SFPD)のデータベースには、2年間(2017~2019年)にわたって検査された868キットのデータが含まれており、Weinのチームは、SAEKのどの要素がCODIS(Combined DNA Index System)データベース(注9)にロードする価値のあるDNAサンプルを含む可能性が最も高いかを予測するのに十分な精度の機械学習モデルを開発することができた。

(3) ​機械学習の仕組み

​ 機械学習は、人工知能(AI)の多くの応用例の1つである。人工知能とは、コンピュータやその他のシステムに経験や過去の情報から学習する能力を与え、状況を評価し、人間の行動から独立した判断を下す能力を与える仕組みである。​機械学習の日常的なアプリケーションには、検索エンジンや、ユーザーの過去の行動に基づいて提案を行うプラットフォームなどがある。

 大量のデータへのアクセスは機械学習にとって不可欠であり、クラウドベースのストレージプラットフォームはこれまで以上に多くのデータを利用可能にする。​機械が操作できるデータが多ければ多いほど、機械のパフォーマンスはより正確になる。​これにより、大規模なデータセットに対して人間が同じことをするのに要する時間の数分の一で複雑な操作を行うことが可能になり、間違った結果や不完全な結果をもたらす「ヒューマンエラー」を減らすことができる。

 ​このように、高度な機械学習プロセスとSFPDが提供する大規模なデータセットの組み合わせによって、Wein教授の初期研究が可能になり、性的暴行事件の捜査と起訴の方法を良い方向に変えられる可能性があることを示した。

【参考】

わが国の犯罪白書や令和3年5月性犯罪に関する刑事法検討会「性犯罪に関する刑事法検討会」取りまとめ報告書を読んでの感想

 わが国ではintech.mediaポータルの日本語レポートのような問題指摘は見当たらなかった。

1.犯罪白書

令和4年白書犯罪統計から性犯罪を抜粋

 

2.令和3年5月性犯罪に関する刑事法検討会「性犯罪に関する刑事法検討会」取りまとめ報告書

デジタル・フォレンジックについての問題指摘は見当たらなかった。

**********************************************:

(注1)わが国でのGAOの訳語も多岐にわたる。しかし、筆者は2008年にブログで取り上げ訳語にこだわった。

2008.11.29「連邦議会独立補佐機関GAO(連邦議会行政監査局)による行政Watchdogの役割と機能」(Last Updated: Febuary 25,2022)の(注2)参照。

(注2) 原文は「フォレンジック」のみである。しかし、わが国で訳語につき、一律に「法医学」という訳語については大いなる疑問を抱いていた。特に企業情報システム部門にとってのフォレンジック対応はどう訳するのか。

その中で、立命館大学情報理工学部 上原哲太郎氏の発表資料を改めて読んだ。そこで筆者が選んだ訳語は「デジタル・フォレンジック」である。以下、一部抜粋する。

辞書的には「科学的な知見を法的解決のために役立てること:特に証拠の分析に使うこと」の意である。

  • Forensic Medicine 法医学
  • Forensic Chemistry 法化学
  • Forensic Science 鑑識学
  • デジタルなデータを法的に生かすためにComputer Forensics Digital Forensicsという語が産まれた
  • ここではデジタル・フォレンジックで総称

インシデント・レスポンス

  • コンピュータやネットワーク等の資源及び環境の不正使用、サービス妨害行為、 データの破壊、意図しない情報の開示等、並びにそれらへ至るための行為(事象)等への対応等を言う。

デジタル・フォレンジックとは、「 インシデント・レスポンスや法的紛争・訴訟に際し、電磁的記録の証拠保全及び調査・分析を行うとともに、電磁的記録の改ざん・毀損等についての分析・情報収集等を行う一連の科学的調査手法・技術を言う」と定義されている。

企業情報システム部門にとっての「フォレンジック対応」

  • 民事訴訟対応のため(特に欧米で)
  • 企業コンプライアンスのため
  • IT内部統制の健全性を確保する道具として
  • 内部不正調査の道具として
  • システム管理のため
  • インシデンスレスポンスの武器として

(注3) 「確率的ジェノタイピング(Probabilistic genotyping algorithms)」は、DNAプロファイリングにおける統計的手法と数学的アルゴリズムの使用をいう。サンプルが非常に少ない場合や、複数の個人のDNAの混合物が含まれている場合など、困難な状況では、手動による方法の代わり使用できる。

(注4) 尤度比((ゆうどひ:likelihood ratio)とは、感度と特異度の比を表すもので,感度÷(1-特異度)で計算する。感度または特異度が高いほど,大きな値をとる。これは正確には陽性尤度比と呼ばれるもので,10より大きくなると有効な検査と判断できる.これとは反対に,陰性尤度比というものもある。陰性尤度比は(1-感度)÷特異度で計算され,感度または特異度が高いほど,小さな値をとる。0.1よりも小さくなると有効な検査と判断できる。(尤度比 likelihood ratio - 一般社団法人 日本理学療法学会連合解説から抜粋)

(注5) 「顔認識」は顔の特徴や表情を読み取る技術で、「顔認証」は前もって取得した画像のデータと照合して本人かどうかを見分ける技術である。

(注6) アトリビューション(attribution )とは、攻撃の痕跡や手法などの技術的解析から、攻撃者の意図をめぐる地政学的背景まで、多様な状況証拠の収集と分析を通じ、匿名性が高いサイバー攻撃の攻撃者や背後の攻撃国を特定(判断)していくプロセスである。日本では「特定」や「帰属」とも訳され、「誰がやったのか(who did it)」の問題と呼ばれてきた。(防衛研究所「国家のサイバー攻撃とパブリック・アトリビューション」から抜粋)

米国連邦緊急事態管理庁(FEMA)の“(attribution”の)解釈を引用、以下、仮訳する。

 デジタル・フォレンジックと発生源の帰属者の特定(attribution)の能力は、デジタル・フォレンジックを実施し、テロ行為 (テロの手段と手法を含む) をその発生源に帰属させることとして説明されており、これには、最初の行為やその後の行為を防止するための取り組み、および/または対抗策を迅速に開発するための取り組みによるデジタル・フォレンジック分析と攻撃者の帰属および攻撃の準備が含まれる。

 デジタル・フォレンジックは、行為に関連する証拠の収集と検査である。発生源の帰属には、科学に基づいた技術フォレンジック検査の結果、あらゆる情報源からの諜報情報、およびその他の法執行/捜査情報の融合が含まれる。これらは、米国政府指導部に責任主体を通知し、初期またはその後のテロ行為の防止を支援するために共同で実施される。

(注7) 連邦司法省の最新の全国犯罪被害調査(2018年10月)は性的暴行の被害者のうち警察に犯罪を報告したのはわずか23%だった。

 FBI の統一犯罪報告データベース(Uniform Crime Reporting Program:UCR)によると、通報した者のうち、逮捕に至った通報はわずか約 20% である。 性的暴行と強姦に関する全国データを分析している非営利団体「強姦・虐待・近親相姦全国ネットワーク」によると、裁判につながる逮捕はわずか約半数だという。

 有罪判決率に関する最も信頼できるデータは、1990 年から 2009 年までの有罪判決を分析した司法省の調査によるものである。その調査では、レイプ裁判は約 35% の確率で有罪判決に終わると結論付けられている。

 これらを総合すると、有罪判決に至る暴行はわずか約 0.8% であることを意味する。

(注8) ODIS (Offender Data Information System) は、法執行データの取得、保守、品質を向上させるための Web ベースのコンピュータ化された記録管理ソフトウェア・アプリケーションであり、集中型または分散型ネットワーク環境の任意の組み合わせで実行できる。 これは Microsoft の DNA (分散型ネットワーク間アーキテクチャ) プログラミング・ モデルを使用して設計されており、ストレージ用のデータベース、ビジネス ロジックを処理するコンパイル済みアプリケーション コンポーネント、およびユーザーに表示されるプレゼンテーション層の 3 層を使用して構築されている。(Wikipediaから抜粋、仮訳)

(注9) Combined DNA Index System (CODIS) は、連邦捜査局によって作成および維持されている米国の国家 DNA データベースである。 CODIS は 3 つのレベルの情報で構成される。 DNA プロファイルが作成される Local DNA Index System (LDIS)、州内の研究所が情報を共有できるようにする State DNA Index System (SDIS)、および各州が DNA 情報を比較できるようにする National DNA Index System相互 (NDIS)がある。

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