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情報セキュリティ、消費者保護、電子政府の課題等社会施策を国際的視野に基づき提言。米国等海外在住日本人に好評。

米国連邦巡回区控訴裁判所が電話サービス契約内容のウェブ上の変更表示の法的効果を否定

2007-08-19 11:19:41 | 消費者保護法制・法執行

 

Last Updated: Febuary 25,2022

 わが国でも携帯電話やブロードバンド顧客の新規獲得をめぐり、家電量販店等の値引きセールスは厳しさを増すばかりである。わが国における消費者保護に関する法制度として代表的なものは「クーリング・オフ制度」であろう。しかし、その問題点は関係者からすでに指摘されているとおり、根拠法は「特定商取引法」を中心としながら複雑多岐にわたり、消費者には完全な理解はまず不可能である。(筆者注1)
 
 この複雑性に目をつけた司法専門家である司法書士や行政書士が、相談業務や代行業を始めていることも一般常識になりつつある。なお、わが国のクーリング・オフ制度は限定列挙であり、わが国ではそのほかに解約・法的救済方法もある。
 例えば、(1)契約の「取消」が可能な場合としては、①不実告知(消費者契約法4条21項1号)、②断定的判断の提供(同法4条1項2号)、③不利益事実の不告知(同法4条2項)、④不退去(同法4条3項1号)、⑤詐欺(刑法96条)、⑥脅迫(同法96条)、未成年者取消権(民法5条)がある。
 (2)契約の「無効」が可能な場合としては、①消費者契約法による一部無効(事業者の損害賠償責任を免除する条項(消費者契約法8条)、消費者が負担する損害賠償の予約や違約金を定める条項(同法9条)、消費者の利益を一方的に害する条項(同法10条)、公序良俗違反(民法90条)、錯誤(同法95条)がある。
 (3)契約の「解除」が可能な場合としては、①合意による解約・解除、債務不履行解除がある。
 その他としては「不法行為」による損害賠償、「支払停止の抗弁」がある。

 わが国の消費者がこれらの内容をすべて頭に入れながら商品やサービスの提供を受けなければならないという現実は消費者保護行政制度上無視しえない重要な課題といえよう。

 これに関し、2003年(平成15年)10月に独立政法人化された「国民生活センター」の権限強化問題が昨今問題となっており、本年4月に同センターのあり方や同センターを中核とした裁判外紛争解決等に関する制度のついて検討するため、内閣府は「国民生活センターの在り方等に関する検討会」を設置、7月30日にその中間報告を公表し、8月22日を期限とするパブリックコメントに付している。(筆者注2)(筆者注2-2)この点については、本年6月7日から施行されている消費者団体訴訟制度との関係やわが国のクラス・アクションのあり方等も含め別途検討したい。

 ところで、企業のM&Aに伴い対顧客との重大な契約内容の変更が生じた場合の通知義務の内容はどこまでが認められるのであろうか。この問題は電子商取引契約法の分野の問題といえようが、米国の通信事業会社が消費者との契約内容の変更についてウェブサイトで行った一方的通知による法的効果について、6月7日付けの連邦第9巡回区控訴裁判所は同通知を有効とした下級裁判所の判決(クラス・アクション)を破棄した。判決文では、このような契約内容の変更は予め利用者に通知しかつ同意を得る必要があると判示した。

今回のブログは、単なる消費者保護論だけでなく、ますます増えつつある電子商取引契約の内容について基本的かつ共通の問題を提起した判決として紹介するものである。また、あわせて英国の電子商取引法理の観点から見た本判決のコメントと英国の通信事業者の監督機関であるOfcom(英国通信規制局)の指摘を受けて改正された英国の電子政府啓蒙サイト(UK Online)の利用規約の内容について補足する。

1.事実関係
  原告ジョー・ダグラス氏(Joe Douglas)は、アメリカン・オンライン(AOL)と長距離電話サービスの提供契約に署名した。ISPであるTalk America INC.,(筆者注3)はAOLからプロバイダー・サービスを買収したが、ウェブサイトに契約内容の変更を掲示することで契約内容の変更(具体的には、①新たな追加料金、②紛争適用法(choice –of-law)としてニューヨーク州法を強制する、③仲裁条項、④集団訴訟権の放棄(class action waiver)を明記するという内容である。
  ダグラス氏は、追加料金に気づくまで4年間Talk America を利用し続けたが、気がついた時点でクラス・アクションを起こした。
 当然、Talk America は変更した契約内容に基づき仲裁手続きに入ることを強制し、ニューヨーク州地方裁判所は仲裁手続きに入った。

2.連邦第9巡回区控訴裁判所の判決内容
 ダグラス氏等原告はこれを不服とし、カリフォルニア州連邦第9巡回区控訴裁判所(United States District Court of Appeals for The Ninth Circuit)は、6月7日に下級審であるカリフォルニア州中央地方裁判所(United States District Court for The Central Disitrict of California)の仲裁命令を取消す職務執行令状(writ of mandamus)(筆者注4)を発布した。
(1)争点
 サービス・プロバイダーは、前記契約内容の変更について単にウェブサイト上での契約内容の変更表示のみで行いうるか。
(2)事実関係の詳細
 原告は前記の事実に基づき連邦通信法(Federal Communication Act)および
カリフォルニア州の消費者保護に関する法律違反を理由にクラス・アクションを起こした。
(3)法的論点と過去の判決を踏まえた検証
 職務執行令は特別な法救済手段がゆえに、当裁判所はその発布の可否について次の5つの要素を明らかにする。(Bauman v.U.S.Dist.Court,557 F.2d 650,654-55(9th Cir.1977))(以下「Bauman factor」という。))

① 原告が求める救済段として職務執行令以外に連邦最高裁への直接上訴(Direct Appeal)(筆者注5)といった適切な手段があるか。
② 原告は控訴審による修正が行われない場合、損害または権利の侵害が生じるか。
③ 地方裁判所の命令は、法律問題(a matter of law)に関し明らかに誤りであるか。
④ 地方裁判所の命令は、再三繰り返された誤りまたは連邦裁判所規則に対し継続的に不一致なものであるか。
⑤ 地方裁判所の命令は、新規または重要な法律問題または先例がない法律問題を提起するものであるか。
(中略)
 原告はTalk Americanが原告に通知なしにサービス契約の内容を変更した旨主張する。原告はTalk Americanのウェブサイトを開いたとときにかつその契約内容の変更について検証できるのみである。地方裁判所は、原告が利用料請求書を見る際に契約内容は閲覧可能であると見なしうるとしている。しかしながら、原告はAOLを利用していたときからクレジットによる自動支払いを認めており、Talk Americaもこの方法を踏襲している。したがって原告は請求書支払いにおいてTalk Americaのウェブサイトを閲覧する機会はないのである。
 仮に原告がウェブサイトを閲覧する機会があったとしても、そこに掲示された契約について注視(look)すべき理由は存しない。
契約当事者は、相手の条件が変わったか否かにつき定期的に条件を確認すべき義務はない。事実、一方の当事者は契約条件の一方的変更は不可であり、事前に他方当事者の「同意」が必要とされる。過去の判例においても、一般的に変更の申し出(offer)は相手がその存在を知らない限り承認(accept)したことにはならないとされる。
 地方裁判所が、ダグラス氏が契約内容の変更について通知を受け取っていない時に契約条件の変更に拘束されるとした点は誤りである。この誤りは、契約法の基本的誤解に基づくものであり、原告の請求の中核部分である。この点だけでも上記第3要素を満たすといえるが、地方裁判所はさらに2つの誤りを犯している。仮に原告が新たな契約条件によって拘束されるとしても、新たな条件はカリフォルニア州では法執行力を持たない。その理由は、これらの新条件は不当な契約(unconscionable contracts)に当たるからである。カリフォルニア州と同様ニューヨーク州も手続的および実質的の双方で不当な契約は不当とされる。地方裁判所の誤りは、この手続面および実質面の分析における誤りに基づくものである。
 変更契約にある仲裁条項を支持した地方裁判所は、原告は電話サービスに関し意義のある代替的選択肢があることから手続的に不当には当たらない(法執行可能)としたが、ニューヨーク州法におけるこの選択肢条項は手続的に不当な訴えを排除するためのものである。
 カリフォルニア州において、契約の内容に関しサービス・プロバイダーが圧倒的な販売力を持ちかつ消費者との契約において「買うか去るか」を強制するような権限を有するときは不当契約となる。
 同様に、地方裁判所がクラス・アクション放棄条項を支持した点についても、ニューヨーク州法はこのような条項は実質的に不当とする。

3.判決結論
 前記5つのBauman factor中、第4番目の要素のみについては不十分といえるが、その他4つが職務執行令による救済を支持している。したがって、当裁判所は執行令の発布を必要と認め、地方裁判所の命令を取り消す。

4.英国の弁護士による本件についてのコメント
(1) 大手ロー・ファームであるPinsent Masonsの弁護士であるJon Fell氏は次のように解説している。

Jon Fell氏

 「英国の特に消費者契約において、一方当事者の一方的契約内容の変更は裁判所に持ち込まれるのが一般的である。電子商取引サイトで顧客への販売条件を変更したい場合、その手続きは簡単である。すなわち、ベンダーは顧客が注文する前に契約条件が変更された旨画面上にメッセージを表示する。ただし、顧客がその変更を認めたことを確認しなければならない。その場合、細かな文字や長文にならない配慮が重要である。顧客のために主な変更内容の要約を説明したりかつ変更申し出の内容は完全なものとすべきである。
 クレジットカード会社が契約条件の変更について変更内容の詳細と要旨について書面をおくる例が一般的である。これらの手紙はすぐに顧客のごみ箱に捨てられるかも知れないが、この通知行為自体は重要であり、顧客の継続的カード利用のためには取消しうる真正な機会を持っていることを顧客に理解させるべきである。特に当初の契約時に将来契約内容の変更時の通知方法についてのメカニズムを入れることで顧客の取消権を行使する機会の提供となる。」

(2)英国通信規制局(Ofcom)が行った電子政府啓蒙サイト(UK Online)の利用規約の内容に関する改正要請
 2006年1月に英国通信規制局は、一般利用者からの苦情に基づきUK Onlineに対し、利用規約の内容について見直しすべき具体的問題指摘(Consumer complaint against UK Online about unfair contract terms))を行った。その中にも、ブロードバンド・プロバイダーはいつでも利用者にメールを送信するだけで利用条件を変更できるとする規定の見直しを要請した(旧利用規約2.8項)。その他の要請も含め詳細は省略するが、不公正規約といえる内容についてかなり詳細に指摘し、かつUK Onlineが行った見直し検結果についてOfcomサイトで詳細に解説している。 
 これらの手続きの「公開性原則」についてもわが国の行政監督機関に求められる点であろう。

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(筆者注1)携帯電話やブロードバンド契約については特定商取引法やその他の法律に基づく「クーリング・オフ」の適用はない。店舗でのアルバイトの説明だけで1か月7千円以上もするし、短期解約にはペナルティを課すような契約条件で量販店の店員を使った説明に終始する商法が果たして有効な契約といえるか。まさにクーリング・オフの対象となるべきものと考えるのは間違いか。後日トラブルになるケースが多いと聞く。

(筆者注2)7月31日付けの朝日新聞がこの件を報じている。しかし、記事の内容が不正確であると思う。内閣府の幹部が「国民生活センター法(平成14年12月4日法律第123号)」の改正の可能性についてコメントしたとしても、いかにも拙速な取材である。同検討会の中間報告を斜め読みしたが、この報告の内容のみで国民生活センター法(現行の同法は10条が業務の範囲を極めて簡単に定めているだけである)の改正による機能強化や関係法との調整がそう簡単にできるとは思えないのである。少なくとも関係の法律専門家のコメント付で記事とすべきであろう。取材・編集責任者の質が不満である。)

(筆者注2-2) 今回の原稿の更新にあたり、筆者は「国民生活センター在り方の見直しについて」のリンク等の正確性をチェックすべく作業してみた。ところが結果は大いに落胆である。リンクができなかったり別のサイトにつながるなど問題が大きい。2022.2.25 追記 最終報告参照。

(筆者注3)Talk America社(ペンシルバニア州本社)は、市内および長距離通信を合わせたサービスを米国各地の居住者および小規模企業顧客に提供する総合通信プロバイダー。

(筆者注4)連邦地方裁判所の命令に不服がある原告は、控訴裁判所に対しこれを取消すための職務執行令状(writ of mandamus)の発布を申し立てることを要する。

(筆者注5)米国では連邦地方裁判所が3名の裁判官によって決定した命令に対し、控訴裁判所を経ずに権利として最高裁判所に直接上訴することができる。(128 U.S.C. §1253)

〔参照URL〕
http://www.out-law.com/page-8328(連邦第9巡回区控訴裁判所の判決内容の解説)

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米国連邦議会が「米国保護法(Protect America Act of 2007)案」を可決

2007-08-13 08:27:35 | 国家の諜報機関・諜報規制法制


 Last Updated : March 6,2021

 わが国のメディアがあまり大きく取り上げていない人権問題として「国家の安全保障と通信傍受問題」がある。
 わが国における犯罪捜査対策としての公表される唯一の「通信傍受」のデータは、「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律(平成11年法律第137号)」29条に基づき法務省が行う「実施状況等」である。平成18年度の統計では、計16件の傍受令状が発付されており、いずれも罪状はいわゆる「麻薬特例法」に基づくもので対象となる通信手段はすべて「携帯電話」である。

 一方、グローバル・ネット時代に技術面を優先して取組んできたわが国のISP等通信事業者にとって、通信傍受対策の法的検討は進んでいるといえるであろうか。大国の政府からのテロ対策等による要請を受けたときや秘密裏に国際的な傍受が行われているといった問題について、わが国の専門家による議論はあまりにもお粗末である。なお、2007年8月9日に政府は「カウンター・インテリジェンス推進会議(議長・的場順三官房副長官)」を開き、「カウンター・インテリジェンス(防諜)機能の強化に関する基本方針」を了承したが、その中核は、①国の安全・外交上の重要情報にあたる「特別管理機密」漏洩防止のための政府統一基準の策定(平成21年4月から適用予定)、②内閣情報調査室に「カウンター・インテリジェンス・センター」設置(2008年(平成20年)4月設置予定)する点であると報じられている。この点についても縦割り行政の弊害が出ないよう、政府のリーダーシップを期待したい。

 今回は、8月初旬に上院・下院の可決を経て8月6日に大統領が署名し、約30年ぶりに改正が行われた米国の「1978年外国からの国家安全保障情報の監視に関する法律(Foregin Intelligence Surveillance Act of 1978)FISA」の改正法(
S.1927(110th):Potect America Act of 2007)に関する最新情報の裏話を含め紹介する筆者注1)。なお、わが国ではほとんど紹介されないオーストリアで最近時に毎年のように行われているISPのサーバー等の「蓄積情報の傍受法」改正の詳細な経緯については、別途改めて紹介する。 (筆者注2)

1.米国におけるテロの脅威の拡大と通信傍受
 米国の歴代大統領は通信傍受の強化には必ずしも熱心ではなかったとされている。しかし、ニクソン大統領によるウォーターゲート事件をきっかけとして「ニューヨーク・タイム」紙に発表された内容は、米国CIAの外国指導者の暗殺、外国政府の転覆、米国市民の政治活動に関する情報収集等が含まれていた。これを受けて1975年に連邦議会に設置されたのが「情報(インテリジェンス)活動(筆者注3)に関する政府の運用についての連邦議会上院特別調査委員会(United States Senate Select Committee to Study Governmental Operation with respect to Intelligence Activities:チャーチ委員会)であり、同委員会は計14の報告書・提言を発表している。これらの提言を受けて成立したのが「1978年外国情報活動監視法(Foregin Intelligence Surveillance Act of 1978:FISA)」であり、また同法に基づき新たに「外国情報活動裁判所(Foreign Intelligence Surveillance Court:FISC)」が設立された。

(1)FISAおよびFISCの活動の概要
 FISCは11名(Patriot Act成立以前は7名)の連邦裁判官(任期7年)から構成され、その主たる任務は外国政府またはテロリストとの接触を行っていると疑う米国内の人間を監視することである。FISAによると監視下におかれる米国人は外国勢力の機関員であると信じうる十分な理由がなければならず、従って米国内でCIAは一般的な電子監視は一切行えず、FISAに基づき監視令状(surveillance warrants)を取りFBIに実行させるしかなかったのである。従って、実質的にNSAによる国内傍受は不可といえた。

 この原則には例外があり、①米国内に住む住民に対し、大統領は司法長官を通じて72時間以内の令状なしの監視を行うことができるが、その場合、司法長官はできるだけ早期にFISCにその旨を報告し、事前に令状を得られなかった理由を説明しなければならない。②仮に連邦議会が戦争状態に入ったと宣言した場合、大統領は司法長官を通じて15日間の令状なしの監視が許可される。

 FISCの令状の発行手順は次のとおりである。
① 政府のインテリジェンス機関は、まず監視要求を国家安全保障局(NSA)および司法省情報政策調査局に出向く。
② 司法省は司法長官に勧告を行い、長官が承認した場合、政府は監視令状の発行をFISCに要求する(同令状には盗聴および捜査が含まれる)。
③ FISC裁判官は司法省に集まり、次の特別な手順を取る。
・司法省の弁護士のみが裁判所に出廷できる。
・ 監視下に置かれる人間は同手続きについての情報は知らされず、また弁護士の代理もつかない。
・ 仮に政府の要請が拒否されたときは、政府は3人の裁判官からなる「再調査上級裁判所」に控訴できる。
・ さらに上級裁判所が拒否したときは、政府は連邦最高裁判所に控訴できるが過去控訴されたケースはない。

(2)「パトリオット法(愛国者法)」における通信傍受
 パトリオット法はFBIの通信傍受の要件を緩和せず監視令状は必要とされるため、情報機関は傍受対象者のテロとの関係を明らかとしなければならず、同法はNSAに新たな権限を与えるものではなかった。

(3)人権保護団体(Electronic Frontier Foundation:EFF)による令状なし通信傍受に対する集団訴訟の提起

2.Protect America Actの要旨
 米国は世界の情報ネットワークの中心的存在であることは間違いなく、海外の国家間の電話やインターネット等の情報交換が米国内で行われている実態に着目した。
ホワイトハウスの説明では今回の法改正の趣旨を次のように述べている。

(1)政府は1978年以降のネットワーク技術等の進展に対応してFISAの守備範囲の拡大を図ってきたが、この意図せざる拡大は多くの場合、海外に位置する外国の情報の収集のため裁判所の命令が必要という障害が残されていた。このため不要な障害を除去し、迅速にインテリジェンス・コミュニティ機関の権能を強化すること、すなわち①海外の敵の意図についてリアルタイムの情報収集を行い、②米国に危害を加えようとする外国のテロリストではなく米国市民がよりよく安全な生活ができるような情報を充実する。

(2)米国政府は外国に位置する外国の情報機関の監視を行うために裁判所命令を得る必要はないはずであるが、FISAの立法時にはこの点は見逃されており、米国を守るべき外国の情報の収集・確保ができていなかった。

(3)新法は4つの重要な方法でFISAを近代化するものである。
A.同法は政府の情報機関の専門家が第一次裁判所の承認を受けないで効果的に外国情報の収集を行うことを認める。
B.同法は、インテリジェンス・コミュニティ機関が監視の海外にいる個人を対象 とすることを保証することを証明しやすくするようFISA裁判所の役割を提供する。
C.同法はFISA裁判所が第三者に対し直接インテリジェンス・コミュニティ機関の
 情報に協力にするガイダンスを提供する。
D.同法は政府が提供する支援行為から生じる民事訴訟から第三者を保護する。

3.新法の米国憲法上等の解釈上の留意点
 筆者が見た限り一部メディアでは取り上げているものの人権保護団体等でも本法の問題点について法的な分析・解説があるように見えない。米国政府が述べているように6カ月間の時限立法であり限定された目的の法律であるからといって、米国の憲法上の問題点等がすべて明確に明らかにされているとは思えない。
一般向けメディアや政治家の意見等について、CNETが「FAQ」で紹介しているので今回はその概要を述べるにとどめ、機会を改めて解説を行うこととする。

(1)新法は実際何を目的とする法律なのか。
 新法の目的は、限定的裁判所の監視下における国家安全保障機関による電話、電子メールその他インターネットを介した情報の盗聴権限の拡大である。ISP等通信会社は政府からの要請の受諾が義務付けられ、もしそれに応じたときはあらゆる訴訟リスクが免除される。ジョージ・ワシントン大学のOkrin Kerr教授は「FISAに基づく令状はインターネットや海外にいると合理的に信じうる個人という概念を用いる必要がなかったが、現在では、国家安全保障機関は予め裁判所命令を要することなく国内からプラグインすることができる」と述べている。

(2)新法の施行期間はどうなっているのか。
 ブッシュ大統領は署名時に施行期間を6か月とする「サンセット条項」を入れた。この法律内容の変更はどのように恒久法としての文言を入れるかについての対立に基づき、連邦議会の政治家とブッシュ大統領の署名直前の1分間の交渉により追加されたものである。

(3)なぜ下院議長のNancy Pelosiや民主党議員は同法案について2007年秋の議会まで結論を延期することや完全に廃案にすることを行わなかったのか。
 政治家固有の懸念である。下院の規則が共和党は保守党として投票スケジュールを強行させた。下院議長は投票を無期限に延期できた。実際に同議長は今回の立法は憲法違反であると述べている。
 多くの民主党議員はサマーホリディ前に入る前に法案の採択ラッシュを懸念していた。共和党のRush Holt議員(ニュージャージー州選出)もこのような不安を煽るような(fear-mongering)立法は行うべきでないとのコメントを行っている。しかし最終的に、民主党の議員たちはテロとの戦いに弱腰であるとの世論や、またインテリジェンス機関からの妨害やバカンスに入る前に投票するという安易な姿勢をとったのである。

(4)新法に関し最近時の裁判所の姿勢の懸念すべき変化はあるのか。
 詳細は不明であるが確かに変化がある。下院の少数派の代表であるJohn Boehner 議員(オハイオ州選出、共和党)は、「この4,5か月以上について米国内を経由して通信を行っている海外のテロリストに関する事情聴取に関し、米国の諜報機関や敵対諜報関係者の行為を禁止するルールがあるようである。しかし実際そのようなルールが存在するのか否かは明らかでない」と述べている。

(5)通信会社が連邦法違反を理由としてNSAとのネットワークを公開せよと訴訟を起こされることとはどのような意味を持つのか。
 司法省はこの点に関する継続中の訴訟についてコメントは行っていない。また人権保護団体であるACLU(American Civil Liberties Union)は個別訴訟について、なお新法の影響を調査中であるとしている。新法は通信会社に免疫性を与えたが法的責任について例外ではない。裁判所の取組は、理論上は弱まるものの継続するであろう。

(6)電話会社は今回の新法についてどのように考えているのか。
 AT&T、QuesrやVerizonはなんらコメントしていない。2006年AT&Tはサンフランシスコのスウィチングセンターでインターネットや電話の通話につきモニタリングしている差し当たりのない理由(benign reasons)を求められた訴訟事件において、事故的に情報を流失させている。
民主党のリーダー的存在であるMaConnell議員は私的な会合で大手通信会社は新法により司法長官や国防総省(DNI)からの命令に基づき法執行機関との協力を求められることを懸念していると述べている。

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(筆者注1)ブッシュ政権における令状なしの通信傍受のための法改正に今までの経緯の分析については、慶応義塾大学大学院政策メデイア科の土屋大洋准教授の報告書「ブッシュ政権の令状なしの通信傍受をめぐる課題:デジタル技術とネットワークがインテリジェンスにもたらした変化」が参考になる。ただし、今回の新法については直接言及されていない点と、最後の章「5.通信の秘密と安全保障」内容は今一である。新報時の問題点を含めわが国の安全保障法制のあり方について更なる研究を期待したい。
また、弁護士の高橋郁夫氏と清和大学助教授の吉田一雄氏の「ネットワーク管理・調査等の活動と「通信の秘密」」も参考とされたい。

(筆者注2)オーストラリアの「通信蓄積データの傍受」に関するKDDI総研のレポートが貴重な報告といえる。ただし、このレポートは法改正の最新情報をフローしていない。筆者は国際的個人情報保護機関のオーストリア支部の議論メンバーとして取り上げたい。

(筆者注3)米国における国家安全保障法に基づき定められた機関の集合体を「インテリジェンス・コミュニテイ(intelligence community)」と呼んでおり、2007年8月1日現在同サイトによると中央情報局(CIA)、国防総省国防情報局(DIA)、国家安全保障局(NSA)、国家偵察局(NRO)、国務省情報調査局(INR)、連邦捜査局(FBI)、空軍・海軍・陸軍・海兵隊情報部、国土安全保障省(DHS)、財務省情報分析部、麻薬取締局国家安全保障情報部等16機関から構成されている。インテリジェンス・コミュニティの基本的機能は、①情報収集、②敵の諜報活動および破壊活動、③敵の対諜報活動、④秘密活動(破壊工作、欺瞞工作、転覆工作、イデオロギー戦への支援等)に分類される。

2022.2.25 現在で更新した。米国情報コミュニティは、以下の18の組織で構成されている。(国家情報長官室(ODNI)サイトから引用)

  • 国家情報長官室(ODNI)と中央情報局(CIA)の2つの独立機関。
  • 国防情報局(DIA)、国家安全保障局(NSA)、国家地理空間情報局(NGA)、国家偵察局(NRO)、および5つのDoDサービスの情報要素の9つの国防総省の要素。陸軍、海軍、海兵隊、空軍、宇宙軍。
  • 他の部門と機関の7つの要素:エネルギー省の情報・対諜報機関国土安全保障省の情報分析局と米国沿岸警備隊情報局。司法省の連邦捜査局および麻薬取締局の国家安全保障情報局国務省情報研究局。財務省情報分析局。


〔参照URL〕
http://www.epic.org:80/alert/EPIC_Alert_14.16.html
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オーストラリアの科学者チームがレーザープリンター・トナーの飛沫による肺がん等健康被害の拡大を示唆

2007-08-05 10:11:24 | 海外の医療最前線

 

Last Updated:Febuary 25,2022

 わが国でも職場や公共交通機関等における喫煙対策規制が強化されてきているが(筆者注1)、企業や筆者も含め一般家庭などでごく一般に利用されているレーザー・プリンター機がタバコや自動車の排気以上の微粒子物質を排出しているとの研究報告結果がオーストラリアの研究者グループにより発表された。この記事自体は本年8月はじめに「ITmedia」やCNET等でも訳されて簡単に紹介されている。

 このような重要な環境問題を、2006年4月にすでに取り上げたのはわが国と韓国の研究グループである(筆者注2)。数少ないこの分野の研究を参考に世界的権威をもつ米国化学会(American Chemical Society)(筆者注3)の学会誌においてオーストラリアのクイーンズランド工科大学のリディア・モラウスカ(Lidia Morawska)博士グループが発表したことから世界の環境問題の関係者は注目している。同博士グループは偶然の機会を通じて大手プリンター・メーカー62台の新・旧レーザー・プリンターのトナー粒子の排出値を検査し、その結果、17台から大量の超微粒子が排出されており、肺や血管等への影響(発癌を含む呼吸器の炎症や心臓や血管系への影響)があると指摘したのである。

Lidia Morawwska氏

 62台中最も対象機種が多かったヒューレッド・パッカード社は、国際基準に適合した品質管理を行っているとコメントしている。しかし、今回の調査にはわが国のプリンター・メーカーであるリコー、キャノン、東芝、京セラミタが含まれている。果たして、わが国のプリンター・メーカーや厚生労働省はどのようなコメントを出すのであろうか。喫煙やアスベストだけでなく事業所内における空気の環境保全問題が改めて問われる時代になったといえよう。

 今回は、この論文発表を受けて英国ロー・ファームが出した同国の事業所内の化学物質からの曝露保護に関する法規制の現状およびEU(欧州連合)における従業員の化学物質の曝露限度値指標(Indicative Occupational Exposure Limit values)(筆者注4)の検討内容についてEU資料に基づき紹介する。

1.英国の印刷業者向け作業所内の健康保全規則と適用ガイダンスの策定
 英国で2002年に改訂された「1999年有害物質管理規則(the Control of Substances Hazardous to Health Regulations:COSHH )」および「2005年事業所での騒音管理規則(the Control of Noise at Work Regulations 2005)」を受けて、健康安全局(the Health and Safety Executive:HSE)は化学物質の排出管理・曝露保護や騒音管理等労働者の健康管理のため、印刷業界の経営者や労働組合に向けた50項目を取りまとめたガイダンスを策定・公表している。同ガイダンスの39頁以下がデジタル・インクジェット・プリンター作業に関する留意事項が記されており、大型ファンによる通気性の確保や密封された交換カートリッジの使用が可能である場所での使用の義務付け等が内容となっている。

2.EUの評議会・欧州委員会(EU行政機関)における職場の化学物質の曝露限度管理のあり方の検討・関係指令
(1)化学物質の曝露限度値に関するEU指令
 EUは、従来から労働者の危険物からの曝露保護のためのプログラムや曝露限界値の策定に取組んでいる。その法的根拠は、①1989年欧州評議会の労働者の職場での安全・健康の改善の促進の手段に関するフレームワーク指令(89/391/EEC)、②1998年事業所における化学物質からの労働者の健康・安全に関する保護指令(98/24/EC)(いわゆる化学物質指令)、③2000年第一次化学物質(63種)の曝露限度値一覧に関する欧州委員会指令(2000/39/EC)である。

(2)科学専門家グループ(Scientific Expert Group:SEG)による限度値の検討作業
 委員会は、1990年に評議会の要請に基づき、加盟国による各種の観点からの再検討結果を踏まえ曝露限度値設定のための科学専門家による非公式検討グループを設置した。事業所内曝露限度値(OELs)の奨励目的から、委員会はSEGを公式化し、併せて事業所内の化学物質に関するリスクの科学的査定の作業基盤を設定した。
 この事業所内の曝露限度値に関する科学委員会(Scientific Committee on Occupational Exposure Limits:SCOEL)は適切な限度値の提案のための助言を行うものである。
 委員会は、内部作業文書であるガイダンス注釈(Guidance note)を承認したが、これは事業所における安全、衛生、健康分野の専門家から集めた意見に基づき内容の更新を行っている。同注釈は、政府、産業界、労働者、科学者その他関係機関に対し、どのようにどの段階で介在を求めるかについての手順を含むものである。
委員会は、健康面の基本となる科学的コメントおよび最終段階としてさらに追加すべきデータについて関係者に対し公的要約文書の同意をとることになる。6か月間のパブリックコメントに付した後、最終版の文書内容の討議を経て委員会としての公表を行う予定である。
 なお、SCOELはOELsに関し意見の併合の過程で追加的に次の点に関する表記や情報について意見を提供することができる。①8時間の時間加重平均(Eight-hour time-weighted average:TWA-8h)、②短時間曝露限界値(short-term exposure limits:STEL)、③生物学的限界値(biological limit values:BLVs)

3.事業所の経営者に対する助言
 英国の専門弁護士は、今回の論文に関し、①差し当たり雇用者は現在の英国の保険安全規則等やガイダンスの遵守状況を再確認する手続きをとること、②労働衛生士(Occupational Hygienist)から適切な助言を得ることであり、小規模な事務所で通気性が十分確保された場所に設置したレーザー・プリンターを使用している場合はあわてる必要はないと述べている。
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(筆者注1)厚生労働省は平成15年5月に施行された「健康増進法」に基づき「職場における喫煙対策のためのガイドライン」を平成15年5月に改訂している。しかしこの点について事業所の取組状況は決して満足とはいえないという調査結果も出されている。

(筆者注2)2006年4月にアメリカ化学会から論文査定・承認された国立保健医療科学院、東京工業大学、金沢大学、テクノ菱和、韓国の仁川大学(University of Incheon)の研究グループの論文で、「Building and Environment」2007年5月号で発表している。

(筆者3)アメリカ化学会(American Chemical Society, ACS)は、米国に基盤をおく、化学分野の研究を支援する個人参加型の学術専門団体である。1876年に設立され現在の会員数は約163,000人と、化学系学術団体としては世界最大のものになっている。隔年で化学の全領域についての国内会議と、数10の特別分野についての小委員会を開催している。出版部門では、20誌ほどの雑誌(多くが各分野のトップジャーナルとなっている)と、数シリーズの書籍を発行している。中でも最も古いのは1879年に発行を開始した米国化学会誌(Journal of the American Chemical Society, JACS)であり、これは現在発行されている全化学系雑誌の中でも、極めて高い権威を有する雑誌である。(Wikipediaから引用)。

(筆者注4)英国安全衛生委員会(Health and Safety Commission)における事業所内の化学物質の曝露限度値への取組については、やや古くなるが2003年11月、わが国の「国際安全衛生センター」が概要を紹介している。化学的専門知識が十分といえない事業者とりわけ中小企業向けの施策のあり方や実用化できるガイダンスの必要性等について配慮した姿勢は、わが国の今後の検討に当り参考となりうるものといえよう。

〔参照URL〕
http://www.out-law.com/page-8342
http://pubs.acs.org/subscribe/journals/esthag-w/2007/aug/science/nl_printers.html
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Copyright © 2006-2010 芦田勝(Masaru Ashida).All Rights Reserved.No reduction or republication without permission.

 




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