寓居人の独言

身の回りのことや日々の出来事の感想そして楽しかった思い出話

同情を買うことは? 思い出話

2015年11月13日 08時37分38秒 | 日記・エッセイ・コラム

 電車に乗って通勤していたころの話です。幼子をずれの

女性が電車に乗ってくると私が座っているときはたいてい

席を譲ることにしてきました。それから何十年が経ち頭が

白くなったある日、久しぶりに山手線の電車に渋谷駅から

乗りました。電車内は少し混んでいて座席は空いていませ

んでした。すると私が立った前の席に座っていた30歳前後

の方が立ち上がって

「どうぞ」

 といって席を譲ってくれました。私は、

「ありがとうございます。品川までですから」

 といって遠慮したのですが、さらに

「ご遠慮なく」

 といって、にっこりしました。私の本心は、まだ席を譲られ

る年ではないと思っていたのです。ここで更に遠慮するの

は席を譲って下さった方に失礼だと思いお礼をいって座ら

せてもらいました。それが初めて席を譲られた経験でした。

 さて、私が副会長をしていた学会の若い方(A氏)が、面

白い研究をしていたので、公開ゼミを計画してその方にお

話をしていただきました。話の内容は狭い空間で魚を飼育

する研究で、水流の早さ餌のやり方など大変面白く拝聴し

ました。

 その後、非常勤講師をお願いして毎週講義に来ていただ

くことにしました。スラッとした今風にいうところのイケメンだ

ったので学生が多数聴講していました。もちろん講義の内

容は、さすがにT大学を大学院まで終了していたのでしっか

りしたものだったのはいうまでもありません。

 講義を終わると私の研究室にもよるようになりいろんな話

をするようになりました。そうこうしているとき、生命環境系

の教員を募集することになったのです。A氏はここぞという

ように売り込みを始めました。しかし、当時まだ博士に学位

をもっていなかったので選考に漏れてしまいました。その後

も、私の研究室へよってくれました。しかし、私は少し辟易し

ていました.というのはA氏はどうして東京にある大学の教

員になりたいかという理由を細君の病気のことや精神的に

脆弱なことを理由に挙げるようになりました。それは私にと

って同情を買ってほしいと言っているように聞こえました。

仕事の話に妻の健康状態を理由にするのはあり得ないこ

とではないでしょう。しかし、私としては一日でも早く学位を

取得することを心がけてほしいとお願いするだけでした。大

学の教員になるためには特に理工学系の教員になるため

には学位がパスポートのようなものです。それがなければ

路線に乗れないのはしようがないことですね。それを家庭

の事情などを理由にしたいということには私は賛成出来ま

せんでした。

 A氏は、その後学位を取得して、晴れて大学の教員にな

りました。

 話が飛びますが、小保方さんは早稲田大学の学位を剥

奪されてしまいましたが、審査員の方々の責任はどうなっ

たのでしょうか。