グリフォンの日記

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死刑廃止論者どもに足りないのは、想像力だ

2008-09-15 20:41:01 | 社会・経済

毎度、毎度、性懲りもなく出てくる死刑廃止論。死刑が確定した犯罪者を法に則(のっと)り死刑にしただけで、騒ぎ立てる社民党の馬鹿党首。日本の法律の専門家が聞いて呆れる。そんなに、他所の国の刑がよければ、さっさと移民しろ!

こうした主張を掲げ、それに賛同するのは、高学歴のインテリどもが多い。オウム真理教でも幹部達の高学歴は、世間に驚きを与えた。全共闘時代でも、大学紛争を巻き起こし、共産主義社会への転換を唱えた。

こうしたインテリ、インテリ崩れどもは、何故、そのような主義主張に陶酔していくのだろうか?全共闘時代では、「日米安保条約」に反対するを題目にして、在日朝鮮人の尻馬に乗った人間達が、馬鹿一辺倒で扇動されたのが原因だろう。

そして、現在において、その主義や主張を時代の波に対して、変革できない自分を知るのである。それは、自身のなさと自己顕示欲の表れでしかない。こいつらに死刑を語ることも、過去の戦争を語る資格も批判する資格もない。やっていることは、戦時となんら変わらない。反勢力であることが、こいつらのステイタスであって、本当の意味での創造力なんて微塵も無い。机上の空論だけを振り回しているだけだ。無残に殺害された人間の遺体を見に行けよ!反対論者ども!

犯罪者と一口に言えど、事件も様々である。「女子高生コンクリート詰め殺人事件」や「大阪姉妹殺害事件」のように、自分の欲を満たしたいだけのために人を陵辱し殺害した人間と、「京都 認知症の母を殺害」のように生活苦、認知症の母の介護と折り重なるかのような苦悩に重圧を感じ殺害をしなければならなかった事件とを同じ同列で語ることは出来ない。

弁護士という職業ならば、被告を擁護するのが仕事ではない。被害者が辱めをうけ、陵辱され、殺害された経緯を知り、その無残な遺体の写真を見て、怒りを覚えろ!そして、被害者の無念の思いや遺族の憎しみ、悲しみを伝え、犯罪を犯したことを加害者に、これでもかというぐらいに罵声を浴びせ、後悔と反省を促し、悟せ、それが弁護士の仕事だろう?反省のカケラも無いような加害者なら、弁護を降りろ!人間としての情のカケラも持たない野獣に情けをかけるほど、世の中は甘くは無い!そうでなければ、被害者は浮かばれないのだ。

裁判に情を挟むな、という人間がいるが、残念ながら、人間には感情があるのだ。仕方なく母を殺害し、自らも死のうとした人間がいる。後悔と悲しみに暮れ、それでも母を愛する人間がいる。反して、他人の幸せも喜び、夢を奪い、自らの欲望と私欲にまみれ、簡単に人の命を奪い取る卑劣なゴキブリ並みの人間の形をした野獣がいるのも確かである。

同列に書くのもおこがましいが、インテリどもは、本当の意味での人間らしさを追及していないのがよく判る。所詮、責任転嫁するだけの机上の論理ゴッコが大好きな人間の集まりがインテリなんだろう?想像力とは、よりリアルに物事を空想し、描き出す力だ。それを失ったインテリに誰が賛同してくれるだろうか?野獣が再犯したあかつきには、「お前の身内を差し出せ!」と言われたら、絶対に反対するくせにな。

もし仮に、この死刑反対論者の本人もしくは身内が、陵辱されて、死んだとしても、笑って見ている自分がいる。無論、事件を悼み、悲しみ慈しむ自分も存在する。何故だろうか?自問自答してみる。意見が異なるからか?憎いからか?否、人の痛みが判らない人間に対して、それを知るために必要だからだ。でも、笑っているのは何故だろう?どこかで、見下したい自分がいるからに他ならない。”ざまーみろ””ほれ見たことか!”これは、自己顕示欲の現れだ。だが、これが死刑反対論者達の中にも存在しているのが、問題なのだ。

その証拠に自分の主義主張を相手に飲ませようと躍起なっているではないか。被害者の人生を無視した加害者だけの人生擁護は、そこに根源があるとしか思えない。凶悪な犯罪を犯した人間に、情けは不要だ。自分の家族に手を出す野獣を家で飼えるか?電磁バリアでも張って年頃の娘がいる家でレイプ犯を裁判の求刑通り20年くらい飼えばいい。それが出来ないくせに主義と主張を繰り返しても、なんの実(じつ)にもならないことを知るがいい。人を無視した机上の空論は、誰も幸せに出来ないのだ。

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【毎日変態新聞より】

死刑廃止運動に取り組んでいる安田好弘弁護士(60)=第二東京弁護士会=が13日、山口市亀山町の山口カトリックセンターで「生命を守るたたかいとは-裁判員制度と死刑」と題して講演した。アムネスティ・インターナショナル日本山口グループ(山口市)の主催で、市民ら約100人が参加した。

 安田弁護士は、光市・母子殺害事件の差し戻し控訴審や和歌山カレー事件などで主任弁護人を務めた。

 安田氏は来年5月からスタートする裁判員制度について持論を展開。被害者の家族らが法廷に参加した場合について「泣き崩れ、被告を死刑にしてくれと叫んだらどうなるか。市民裁判員は感情に支配された判決を出す恐れがある」と指摘した。

 また、理由なく裁判員になることを拒否すると過料を受けることなどを説明し「裁判員制度は21世紀の徴兵制」と言い、問題が多い制度だという認識を示した。

〔山口版〕

http://mainichi.jp/area/yamaguchi/news/20080914ddlk35040362000c.html


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4 コメント

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敵討ちが罪となる現在、被害者家族や関係者に代わ... (日本は日本)
2008-09-17 02:37:18
敵討ちが罪となる現在、被害者家族や関係者に代わって国が敵討ちをしてくれる、それが死刑制度だと思っています。

死刑制度反対を主張する人達は、
・冤罪の危険性
・加害者およびその家族の権利
を主張します。

冤罪は確かにあってはならないことで、議論の余地があるかと思います。

しかし、加害者の権利は、罪の内容によってはあり得ないと考えます。
面識もなく何の罪もない人を一人でも意図して殺したなら(通り魔・強盗殺人・強姦殺人等々)、それは死刑が基本。
加害者は生きる権利を剥奪されるべきです。

それでも更生し、逆に人を助けるほどになれば死刑を免れる権利がようやく与えられる、そういうレベルです。

また、死刑は凶悪犯罪の抑制力にはならないでしょう。
凶悪犯罪をするような輩は、捕まるとも死刑になるとも考えないからです。
本質は、被害者に代わって国が敵を討つものだと思います。

死刑は被害者にとってのわずかな権利なのです。
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どうも、管理人グリフォンです。コメント有難う御... (グリフォン)
2008-09-17 20:53:56
どうも、管理人グリフォンです。コメント有難う御座います。
以前から死刑制度を廃止させようとする人間がいました。「被告には将来がある」「更正し罪を一生背負う」という加害者の擁護が、当たり前であった時代がありました。また、本当に罪を償い、生涯を被害者遺族のために捧げようとした罪人がいたのも事実であり、その情に打たれた人間もいました。

しかし、現代における、モラルハザードによって、徳を積むことを忘れ、得をするか損をするかだけが横行し、法の盲点を突いて犯罪を犯す不届きものが出始めたことが、死刑制度存続やむおえなしを加速させているのです。

残酷な殺され方をした事件には、罪人自ら切腹しない(できない)以上、法が裁き、ケジメをつけさせるのは当たり前だと思います。それは、同時に同じような被害者を出さないための処置であると考えることが大事なのです。
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死刑廃止論者の言われ無き優越感はなんなの? (平井美帆はノンフィクションライター)
2008-09-21 19:43:49
死刑廃止論者の言われ無き優越感はなんなの?
死刑支持者を教養が無く感情的に考える人とみなしてる
犯罪者は色々な人達に庇って貰える
中国人妻による幼稚園2児殺害事件が起きた時、平井美帆という女性が週刊誌に犯人が被害者達の父兄から仲間外れにあっていたというのは被害妄想ではないと書いた
たった一人の住民が仲間に入れようとしなかったのを見たと証言しただけ
裁判で被害者の親達が証言
犯人の鄭永善は思った事をすぐ口にする
出産間もない幼稚園のお母さんに「いつまで太ってるの」と言ったり
人に負けるな!という考えで被害者女児の持ち物・髪型を真似、英語教室に通うと鄭も娘を入学させ、被害男児が補助輪なしで自転車に乗れるようになると娘を特訓
他の園児がピアノ教室に通うと娘も・・・
協調性が無く競争心が強い鄭に皆、距離をおきたいと考えていた
けれど他の父兄に「谷口(鄭の日本名)さん、こーなのよ」と言いふらす訳にもいかない
で事情を知らない人から見たら仲間外れにしてるように見えた
被害者に確認もせず、たった一人の証言で人種差別主義者と決め付けられた被害者の親達
アタシはそこら辺の日本人とは違う
リベラルで事件をあらゆる角度から見るわ
と自負、結局ハナから人種差別があったと思い込んで取材、こんな記事になるのでしょう・・・
裁判マニアでもない限り長文は読まない
読み易い短い週刊誌の記事を読み世間は被害者にも落ち度があったと思い込む
何の罪も無い幼児を殺しても犯人も可哀想な事情があったとして死刑に絶対ならない
自分の言い分を聞いて貰えない被害者の思いはどこへ行くのだろう

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平井美帆はノンフィクションライター 様 (グリフォン)
2008-09-21 22:37:09
平井美帆はノンフィクションライター 様
コメント有難う御座います。管理人のグリフォンです。

以前よりマスコミの偏った報道姿勢については、書いてまいりました。その中で顕著なのが、自分達の意見と一致しそうな一部の人間だけを取材して、全部の意見のように、書くことが多いということです。

それは、元々角度を変えて取材しようとした結果だったのかは、わかりませんが、切り口が斬新であればあるほど、報道価値が高まると勘違いをしているような偏った思考の人間が報道側にいるからに他なりません。

最近でも「日刊ゲンダイ」という新聞社が、偏った意見で自民批判を繰り広げております。批判は結構ですが、「○○の関係者によると・・・」というように、あたかも関係者から漏れた情報であるかのように書いています。ただ、実体は、○○さんの行き付けの店主かもしれません。それが○○さんの言ったこととは程遠くても、批判材料が一つでもあれば、それを記事にする、それがマスコミです。

マスコミ自体、記事が売れればいいという風潮が強く、また、一部の市民団体の皮を被った反日団体を恐れて、記事を書いているように思います。特に朝鮮人、中国人に対する刑期の甘さは、裁判長も検察も弁護士もどういった神経を持っているのかと疑います。

死刑制度そのものは、他の国家から言われて変えるものではありませんし、他国の意見で変えることは絶対に避けるべきです。寧ろ、現在の犯罪過多な状態をどうしたら変えられるのか、それが、一番大事なのではないでしょうか。
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