今日はホテルです。
リッツそのままじゃちょっと味気ないけど、自分でトッピング組み合わせるのはめんどくせーって人はこれ。チェダーチーズにコクがあり、リッツも塩味効いてて、後引くこと間違いなし。
何度もお話ししてるので改めて言うほどのことでもないのですが、それでも繰り返しておくと、僕は以前、イベント運営のバイトをしていました。その中で一番多かったのが福岡ドームでの野球の仕事。
シーズンオフには仕事が減少しますが、その期間、福岡ドームでは野球以外の様々なイベントが催されます。ある日、子供向けのイベントが開催されたときの話です。バルーンの遊具を多数設置したイベントか、ポケモンのグッズを多数販売するイベントか、もしくは仮面ライダーなどのヒーローショーをメインとしたイベントだったと思います。1月か2月でした。
この手のイベントは、ドームのグラウンド部分で開催されますが、野球のときと違って、通路やスタンドが部分開放になります。つまり、お客さんが入れない場所がいくつかあるわけです。
そのため、立ち入り禁止の場所で見張りをするスタッフが必要になります。僕はその日、コンコース通路の見張り担当になりました。
コンコース通路は、ドーム内を一周できる通路で、いろんな食べ物を売ってる売店がずらりと並んでいます。その日は部分的にしか解放されていないので、一周することはできず、利用できる売店も限られています。
関係者以外立ち入り禁止となっている場所で、お客さんが入らないようにし、従業員だけを通すのです。見た目でここから先は入れないとわかるので、お客さんがやってくることはほぼなく、基本的にヒマな配置です。
何もすることがない僕は、休憩時間の訪れを待ちわびながら、ひたすらぼーっとしていました。
すると、2,30代くらいの男の人がこちらにやってきました。男の人は、立ち入り禁止エリアに入ってきそうな勢いで向かってきます。
従業員であれば、基本的に名札かスタッフパスを着用しています。しかしその人は、何も身に着けていません。
僕は男の人に、「すみません、関係者の方ですか」と声をかけました。するとその人は、キョトンとした顔で「はあ」と答えました。
僕はさらに、「名札かパスをお持ちですか」と訊きました。男の人は無言でポケットから名札を取り出し、僕に見せてきました。
当時のドームの名札は規格が統一されており、左側に顔写真、右側の上に所属、下に名前が名字だけひらがなで記してありました。
その人の名札は、所属が「福岡ダイエーホークス」、名前が「こくぼ」でした。
そう、その人は、あの小久保裕紀だったのです。
僕は福岡ドームで働いていたものの、野球にはまったく興味がなく、当時、ホークスの中で顔と名前がわかるのは王監督だけでした。小久保選手は、名前は知ってましたが、顔は知らなかったのです。なので呼び止めてしまった。
小久保選手は、自分ならフリーパスでどこでも行けると思っていたのでしょう(実際その通りなのですが)。なので名札を付けていなかったし、僕に呼び止められたとき、意外そうな顔をしたのです。心の中では、「こいつドームで働いとるクセに俺のことも知らんとや?」と思っていたはずです。
ですが、それを機にイザコザが起こることはありませんでした。「お前何呼び止めてんだよ」と文句を言われることもなく、あとで球団側から苦情が来るでもなく、「ありがとうございます、どうぞ」と言って通り抜けてもらい、それ以上は何もなく終わったのです。
ちなみに僕は、「こくぼ」と書かれた名札を見たあとも、しばらくの間は、「あれってひょっとして・・・いやまさか」と、小久保裕紀本人であるかどうかの確信が持てませんでした。それくらい野球に疎かったのです。
それにしても、子供向けのイベントが開催されていたあのとき、一般客が通るコンコース通路に、なぜ小久保選手がいたのでしょうか。コンコース通路はドームの地上にあたるんですけど、通常選手は地下にいるんですよね。自分の子供をイベントに連れてきていたのかもしれません。
先に言いました通り、そのイベントは1月か2月のことでした。そして、その年は2003年でした。野球ファン、ホークスファンならその年がどういう年か、ご存じのはずです。
その年は、小久保選手にとって試練の年でした。2003年3月6日、小久保裕紀は西武とのオープン戦でのクロスプレーで、全治6ヵ月の大怪我を負い、そのシーズンは治療に専念することを余儀なくされたのです。
僕が小久保選手を呼び止めたのは、その直前のことだったのです。それがどういうことか、おわかりでしょうか。
そう、僕が小久保選手の怪我を引き起こしてしまったのです!
小久保選手は、僕に呼び止められたあと、「俺ってけっこう有名だと思っていたけど、そうでもないのかな」と考えた。落ち込んでしまったのです。そして、そのことを引きずりながらオープン戦に臨んだ。
そのため注意が散漫になっており、好調時のプレーができず、大怪我に至ってしまった・・・。
そう、すべては僕のせいなのです。本当に申し訳ない・・・。
え、お前本気で言ってんのかって?
僕はいつでも本気で嘘つきです!
リッツそのままじゃちょっと味気ないけど、自分でトッピング組み合わせるのはめんどくせーって人はこれ。チェダーチーズにコクがあり、リッツも塩味効いてて、後引くこと間違いなし。
何度もお話ししてるので改めて言うほどのことでもないのですが、それでも繰り返しておくと、僕は以前、イベント運営のバイトをしていました。その中で一番多かったのが福岡ドームでの野球の仕事。
シーズンオフには仕事が減少しますが、その期間、福岡ドームでは野球以外の様々なイベントが催されます。ある日、子供向けのイベントが開催されたときの話です。バルーンの遊具を多数設置したイベントか、ポケモンのグッズを多数販売するイベントか、もしくは仮面ライダーなどのヒーローショーをメインとしたイベントだったと思います。1月か2月でした。
この手のイベントは、ドームのグラウンド部分で開催されますが、野球のときと違って、通路やスタンドが部分開放になります。つまり、お客さんが入れない場所がいくつかあるわけです。
そのため、立ち入り禁止の場所で見張りをするスタッフが必要になります。僕はその日、コンコース通路の見張り担当になりました。
コンコース通路は、ドーム内を一周できる通路で、いろんな食べ物を売ってる売店がずらりと並んでいます。その日は部分的にしか解放されていないので、一周することはできず、利用できる売店も限られています。
関係者以外立ち入り禁止となっている場所で、お客さんが入らないようにし、従業員だけを通すのです。見た目でここから先は入れないとわかるので、お客さんがやってくることはほぼなく、基本的にヒマな配置です。
何もすることがない僕は、休憩時間の訪れを待ちわびながら、ひたすらぼーっとしていました。
すると、2,30代くらいの男の人がこちらにやってきました。男の人は、立ち入り禁止エリアに入ってきそうな勢いで向かってきます。
従業員であれば、基本的に名札かスタッフパスを着用しています。しかしその人は、何も身に着けていません。
僕は男の人に、「すみません、関係者の方ですか」と声をかけました。するとその人は、キョトンとした顔で「はあ」と答えました。
僕はさらに、「名札かパスをお持ちですか」と訊きました。男の人は無言でポケットから名札を取り出し、僕に見せてきました。
当時のドームの名札は規格が統一されており、左側に顔写真、右側の上に所属、下に名前が名字だけひらがなで記してありました。
その人の名札は、所属が「福岡ダイエーホークス」、名前が「こくぼ」でした。
そう、その人は、あの小久保裕紀だったのです。
僕は福岡ドームで働いていたものの、野球にはまったく興味がなく、当時、ホークスの中で顔と名前がわかるのは王監督だけでした。小久保選手は、名前は知ってましたが、顔は知らなかったのです。なので呼び止めてしまった。
小久保選手は、自分ならフリーパスでどこでも行けると思っていたのでしょう(実際その通りなのですが)。なので名札を付けていなかったし、僕に呼び止められたとき、意外そうな顔をしたのです。心の中では、「こいつドームで働いとるクセに俺のことも知らんとや?」と思っていたはずです。
ですが、それを機にイザコザが起こることはありませんでした。「お前何呼び止めてんだよ」と文句を言われることもなく、あとで球団側から苦情が来るでもなく、「ありがとうございます、どうぞ」と言って通り抜けてもらい、それ以上は何もなく終わったのです。
ちなみに僕は、「こくぼ」と書かれた名札を見たあとも、しばらくの間は、「あれってひょっとして・・・いやまさか」と、小久保裕紀本人であるかどうかの確信が持てませんでした。それくらい野球に疎かったのです。
それにしても、子供向けのイベントが開催されていたあのとき、一般客が通るコンコース通路に、なぜ小久保選手がいたのでしょうか。コンコース通路はドームの地上にあたるんですけど、通常選手は地下にいるんですよね。自分の子供をイベントに連れてきていたのかもしれません。
先に言いました通り、そのイベントは1月か2月のことでした。そして、その年は2003年でした。野球ファン、ホークスファンならその年がどういう年か、ご存じのはずです。
その年は、小久保選手にとって試練の年でした。2003年3月6日、小久保裕紀は西武とのオープン戦でのクロスプレーで、全治6ヵ月の大怪我を負い、そのシーズンは治療に専念することを余儀なくされたのです。
僕が小久保選手を呼び止めたのは、その直前のことだったのです。それがどういうことか、おわかりでしょうか。
そう、僕が小久保選手の怪我を引き起こしてしまったのです!
小久保選手は、僕に呼び止められたあと、「俺ってけっこう有名だと思っていたけど、そうでもないのかな」と考えた。落ち込んでしまったのです。そして、そのことを引きずりながらオープン戦に臨んだ。
そのため注意が散漫になっており、好調時のプレーができず、大怪我に至ってしまった・・・。
そう、すべては僕のせいなのです。本当に申し訳ない・・・。
え、お前本気で言ってんのかって?
僕はいつでも本気で嘘つきです!