徳丸無明のブログ

雑文、マンガ、イラスト、その他

桃屋 桃屋の搾菜(ざあさい)

2024-07-19 23:50:03 | 
今日は付け合わせです。




コリコリの歯ごたえに、香辛料とごま油が効いたしょっぱさ。中華料理の箸休めに、あると嬉しい一品。それがザーサイ。
怒髪天の今後も気になります。アル中は病気で、本人の責任ではありません。
中華料理・・・そう、中華の思い出を話しましょう。がっかり飲食店の話。
某中華チェーン店に行ったときのことです。炒飯と餃子を頼むことにしました。
餃子は普通のやつと、チーズ餃子というのがありました。メニューには写真も説明もありませんでしたが、チーズ餃子って聞いたことなかったし、興味と食欲をそそられたので、注文してみました。
出てきたそれは、普通の餃子の上に、チーズソースをかけたものでした。
僕はがっかりしました。餡の中にチーズを混ぜてあるか、皮にチーズを練り込んでるかだと想像していたからです。
なのに、餃子にチーズソースをかけただけ。なんの工夫もない、安直なかけ合わせです。
しかもそのチーズ餃子、普通の餃子より200円も高かったのです。たかだかチーズソースをかけただけ。チーズソースをチューッと絞りかけただけで、200円も取っていたのです。ぼったくりじゃねーかと思いました、
そのチーズソースにしたところで、餃子に合うやつを自社開発したとかじゃなく、業務用のをテキトーに選んで買ってきただけなのでしょう。おいしいっちゃおいしいけど、定番商品としてアリとか、普通の餃子よりこっちのほうがいいとか、そういうふうに思わせるほどではありませんでした。
この程度でプラス200円なら、普通の餃子のほうがいいとしか思えませんでした。がっかり気分で食べたのです。

それから、某定食チェーン店に行ったときのことです。期間限定で販売されてた、チキンカツカレーを注文しました。
したら、出てきたカツカレー、貧相そのものでした。カツが異様に小さかったのです。メニューの写真と比べて、3分の1ほどの大きさしかありませんでした。
写真が実物と違うというのは、よくあることです。おいしそうに見えるよう、食べ物に不自然な手を加えていたり、写真そのものを加工したりするものです。
しかし、そのカツカレーは、そんなレベルではなかった。もはや詐欺と言っても差しつかえないほど写真と実物が違っていたのです。
しかも、カツにすら見えなかった。カツじゃなくて、フライドチキンにしか見えなかったのです。
ころもが薄くて、カツ特有のデコボコもありませんでした。一般的なカツは、黄色寄りの薄い茶色ですが、それは濃い茶色をしていたのです。
ちゃんとパン粉つけて揚げてんのか?小麦粉しかつけてないんじゃないか?そんな見た目だったのです。
僕は店員さんを呼びました。そして、「このカツはこれで合ってるんですか?」と尋ねました。店員さんはややとまどい、「作り直したほうがいいですか?」とおっしゃいました。
僕は、「いや、写真とだいぶ違うので、これで正解なのかと訊いてるんです。正解ならそれでいいんです」と説明しました。店員さんは厨房に確認しに行き、戻ってきて、「これが正解です」と答えました。
ならしかたないと、そのカツカレーを食べました。味はよかったんですけど、なんか満たされない感がありました。
チェーン店ってのは、本社が販売メニューを決めるものです。各店舗は、決められたメニューを、決められたレシピ通り作る。
だから現場の店員さんたちは、「このチキンカツカレーのカツ、貧弱すぎんか?」と思ったとしても、そのまま作るしかない。そんな決まりごとで成り立っている世界なのです。
だからこちら(客)としても、そういうものとして受け入れるしかない。不平不満を言ったり、騒いだりしてもしかたないのです。イヤなら行くなってことです。
それにしても、あれだけ写真と違うカツを出して、客が離れていくとは考えなかったのでしょうか。目先の利益に目がくらんだのでしょうか。
そのお店には定期的に通っていたのですが、このチキンカツカレー事件を機に、次第に足が遠のきました。そして、新型コロナが流行りだして2年目くらいで潰れていました。
カツカレーでだまされた気分になったとはいえ、長くお世話になっていた店でもあり、なんとも言えないせつない気持ちになりました。
皆さんはがっかり飲食店に当たったことはありますか。お店選びはギャンブルです。外れることだってあります。
外れたとしても、それも人生。心の中の五郎さんに力をもらい、今日も孤独にグルメ道を歩みましょう。

ロッテ BIGスイカバー

2024-07-12 23:41:33 | 
今日は果実棒です。




今年も夏がやってきました。むやみに暑く、暑すぎる夏が。夏はスイカです。アイスなら皮まで食べられます。ウチのばあちゃんは、スイカの皮で漬物を作ってました。
スイカと言えば、塩かけたりするじゃないですか。スイカに塩。塩をかけると、甘みが増すっていいますよね。
皆さんはスイカに塩かけます?僕はかけません。しょっぱくなるからです。
子供のころ、一度だけ薦められて塩をかけてみたことがあります。したら、まずしょっぱい味がして、そのあとスイカの甘みがきました。直後に、しょっぱさと甘さの混じった、不可解な味になりました。その経験から、二度とスイカに塩はかけるまいと誓いました。
僕はまるで理解できないのです。なぜスイカに塩をかける習慣があるのか。
子供のころは、それは錯覚なのではないかと考えていました。スイカに塩をかけると甘みが増すというのは、塩のしょっぱさのあとに甘みに触れるから、その反動というか、ギャップみたいなものによって甘みが増したように感じているだけではないかと。だから、スイカに塩かけてる人は、錯覚にだまされてるだけのアホなのだと思っていたのです。(それにしても、なぜ数ある果物の中で、スイカだけに塩をかけるのでしょうか)
でもまあ、ひょっとしたら本当に甘くなってはいるのかもしれません。塩がスイカに付着するとなんらかの化学反応をもたらし、糖度が増加する、ということが実際に起きているのかもしれない(そのへんの詳細をご存じの方、情報提供お願いします)。
でもですよ、だとしてもですよ。しょっぱくなっちゃうじゃないですか、スイカが。塩がスイカに化学反応をもたらすとしても、もたらしたうえで塩がきれいさっぱり消えてなくなるわけではない。塩は、スイカの上に残るのです。だから、どうしても甘さの前にしょっぱさを感じてしまう。しょっぱさはなくならないのです。
だから僕はイヤなのです。甘い果物を食べるのに、しょっぱさは感じたくない。仮に甘さが増したとしても、しょっぱさによって甘さが相殺されてしまう。そんなことをするくらいなら、甘みの薄いスイカを食べたほうがマシです。ナチュラル指向です。
チョコレートかけたポテトチップスとか、塩豆大福なんかは好きですけどね。スイカに塩はないですね。
ゆで卵にケチャップかけたりもしないし、唐揚げにレモン絞ったりもしません。
今はもう品種改良もだいぶ進んでるでしょうから、スイカもずいぶん甘くなってることでしょう。特別高級な品種じゃなくても、充分な甘さを感じられるようになってきているのではないでしょうか。
だからたぶん、スイカに塩も、過去の風習になりつつあるのだろうと思います。ひょっとしたら、もう一部の年寄りしかやってないのかもしれません。
「スイカに塩」の習慣がなくなってしまうのはさみしい?日本の伝統がひとつ消えてしまう?
いやいや、僕はなくなっていいと思います。だって、アホな習慣ですもの。甘さだけでなく、しょっぱさも感じなくてはならない、バカげた食べ方ですもの。果物という、甘味を食べる場面で、塩気を味わうという、理不尽な食べ方ですもの。
「昔はスイカに塩をかけて食べていました。昔の人は、それでスイカが甘くなると信じ込んでいました。実に愚かな習慣でした」いずれそのように語られるときがくるでしょう。それでいいと思います。そうなるべきです。
僕はスイカに塩はかけません。もちろんスイカバーにもね。