今日は楽器です。
たしかGLAYがCMやってましたね。チョコをラングドシャで包んだもの。誰かクッキーとラングドシャの違いを教えてください。
家族の呼び名について話します。いつのまにやらパパ・ママ・じいじ・ばあばって呼び名が定着しましたね。昔を思うと、変われば変わるものだと感じます。隔世の感に耐えない、と言ったら過言でしょうが。
僕が子供のころ、1980~90年代までは、パパ・ママって呼称は使われてませんでした。パパ・ママという呼び名には、なんとも言えない「甘ったれた」イメージが貼りついていたからです。
パパ・ママという言葉を聞いて思い浮かぶのは、スネ夫くんのような非現実的なおぼっちゃまでした。そういう浮世離れしたボンボンか、マザコンの男の子が母親のことをママと呼ぶ、というのが一般的なイメージだったのです。
だから「ママ」などと言う子供は、現実には存在しないか、いたとしてもごく一部の、漫画のようなお金持ちだろうと思われていたのです。ママという言葉には、過剰な恥ずかしさがつきまとっていた。もし実際に母親をママと呼んでいる子供がいたら、その子はすぐさまマザコンのレッテルを貼られていたでしょう。
そんな空気が支配的だった時代に生まれ育った身としては、今当たり前のようにパパ・ママという呼び名が使われているのが信じられないのです。本当に変われば変わるものです。
ところで、じいじ・ばあばはどこから来たのでしょうか。父母をパパ・ママと呼ぶのであれば、祖父母はグランパ・グランマになるはずです。じいじ・ばあばという言葉は、どうやって生まれたのか。いつ、どこから来たのか。
誰かご存じの人います?いらっしゃいましたら教えてください。
それにしても。僕が子供のころの、「家族を好きと言ってはいけない」という空気は、今にして思えば異常なほどでした。
たとえば、兄を好きだと言えば「ブラコン」と呼ばれ、妹を好きだと言えば「シスコン」だとバカにされる。家族のことを好きだと言おうものなら、すぐさま「◯◯コン」とのレッテル貼りをされ、恥知らずであるかのような扱いを受ける。当時は、それが当たり前でした。
僕はそれを窮屈に感じていました。四六時中家族とベタベタしているならともかく、ただ好きという感情があるだけでコンプレックスだと断定されるなんて、不健全ではないかと思っていたのです。家族のことが好きなのは、自然な感情ではないかと。
なので、母親が息子の大学の入学式に出席したり、中高生になっても父親と一緒にお風呂に入れるという女の子が大勢いたりする今の状況は、変われば変わるというよりは、少し行き過ぎているような気もしなくはないのですが、しかし些細なことでマザコン呼ばわりされるよりはずっと健全だと言えます。今の若い子は、なんの恥じらいもなく「親のことが好き」って口にしますね。反抗期がない子供も増えてるそうですし。
なかなか家族離れができない(もしくはその必要性を感じない)から恋人ができず、したがって結婚にも至りにくい、というマイナス面もあるにせよですが。
とするなら、世の中は少しずつ息苦しくない方向に向かっているということでしょうか。少なくとも、家族の中だけは、ということですが。
たしかGLAYがCMやってましたね。チョコをラングドシャで包んだもの。誰かクッキーとラングドシャの違いを教えてください。
家族の呼び名について話します。いつのまにやらパパ・ママ・じいじ・ばあばって呼び名が定着しましたね。昔を思うと、変われば変わるものだと感じます。隔世の感に耐えない、と言ったら過言でしょうが。
僕が子供のころ、1980~90年代までは、パパ・ママって呼称は使われてませんでした。パパ・ママという呼び名には、なんとも言えない「甘ったれた」イメージが貼りついていたからです。
パパ・ママという言葉を聞いて思い浮かぶのは、スネ夫くんのような非現実的なおぼっちゃまでした。そういう浮世離れしたボンボンか、マザコンの男の子が母親のことをママと呼ぶ、というのが一般的なイメージだったのです。
だから「ママ」などと言う子供は、現実には存在しないか、いたとしてもごく一部の、漫画のようなお金持ちだろうと思われていたのです。ママという言葉には、過剰な恥ずかしさがつきまとっていた。もし実際に母親をママと呼んでいる子供がいたら、その子はすぐさまマザコンのレッテルを貼られていたでしょう。
そんな空気が支配的だった時代に生まれ育った身としては、今当たり前のようにパパ・ママという呼び名が使われているのが信じられないのです。本当に変われば変わるものです。
ところで、じいじ・ばあばはどこから来たのでしょうか。父母をパパ・ママと呼ぶのであれば、祖父母はグランパ・グランマになるはずです。じいじ・ばあばという言葉は、どうやって生まれたのか。いつ、どこから来たのか。
誰かご存じの人います?いらっしゃいましたら教えてください。
それにしても。僕が子供のころの、「家族を好きと言ってはいけない」という空気は、今にして思えば異常なほどでした。
たとえば、兄を好きだと言えば「ブラコン」と呼ばれ、妹を好きだと言えば「シスコン」だとバカにされる。家族のことを好きだと言おうものなら、すぐさま「◯◯コン」とのレッテル貼りをされ、恥知らずであるかのような扱いを受ける。当時は、それが当たり前でした。
僕はそれを窮屈に感じていました。四六時中家族とベタベタしているならともかく、ただ好きという感情があるだけでコンプレックスだと断定されるなんて、不健全ではないかと思っていたのです。家族のことが好きなのは、自然な感情ではないかと。
なので、母親が息子の大学の入学式に出席したり、中高生になっても父親と一緒にお風呂に入れるという女の子が大勢いたりする今の状況は、変われば変わるというよりは、少し行き過ぎているような気もしなくはないのですが、しかし些細なことでマザコン呼ばわりされるよりはずっと健全だと言えます。今の若い子は、なんの恥じらいもなく「親のことが好き」って口にしますね。反抗期がない子供も増えてるそうですし。
なかなか家族離れができない(もしくはその必要性を感じない)から恋人ができず、したがって結婚にも至りにくい、というマイナス面もあるにせよですが。
とするなら、世の中は少しずつ息苦しくない方向に向かっているということでしょうか。少なくとも、家族の中だけは、ということですが。