証人ではない人証、にんしょう、また、じんしょう、人的証拠とはなにか。わかりやすく裁判における書証と人証である。証拠の例として、契約書、注文書、およびメールがあり、いずれも文書である。これが書証である。ここにメールが含まれるかどうか、電子メールは情報である。その文書としての解釈によっては必ずしもこちらにとって有利になるとは限らないとなる。その書証になるものと、人証に及ぶものとがあって、人証を証拠として使うことがある。証拠尋問である。人証には、書証と違った弱点がある。それは、いくらでも嘘をつけるということである。事実認定をして、具体的に何を使って判断するのか、それは、証拠であり、書証、人証となるが、証拠尋問の語り口調によっては、人証が意味を持ってくることになる。>書面で合理的な説明付け、つまり、主張をして提出する。もちろん、証拠となるメール自体も一つずつ区別して判りやすいように印刷して(場合によっては色分け等見せ方を工夫して)裁判官に届ける。 . . . 本文を読む
民主主義は、帰属意識を共有する人たちの間ではじめて成り立つ。なぜなら、多数決でものごとを決めたときに少数派が多数派の主張を受け入れるのは、「私たち」で決めたと思えるからだ---(日曜に想う)歯磨き粉をチューブに戻す 編集委員・大野博人 2016年7月10日 タイトルは歯磨き粉をチューブに戻す 欧州統合のジレンマを、民主主義の根幹にあるものに焦点を当てている。欧州議会人という、欧州人という、その意識に帰属することを示唆するEUの実験である。英国の選択は民主主義にあって大衆が選んだ必然とみる。それはすでに16年前のインタビューだ語られていた。同じことが今になって、英国の国民投票は民主主義を何よりも優先したことを示している、と語る。国民国家、民族の帰属意識を日本も考えざるをえない事態に直面し始めた。2016年の選挙はその岐路のスタートにある。歯磨き粉はチューブに戻せる――と考えた、英国の大衆の票だ。それならば日本人のチューブは歯磨き粉を出したのか、出さないのか。 . . . 本文を読む
国語文法論は書記言語を資料に実証を行った。国語学の研究は実証にあるとしてその手法を明治以前から言語資料に求めて継承している。文語法という語は実は日本語の口語法についてであるが、文語文法として文字言語を対象とすると規定をしてきた。その説明に、文語体は文章を書くときに用いられる、日常の話し言葉とは異なった独自の言葉とあって、書き言葉をさしてきていることになる。しかしその言語資料は、日本語の記録された口語と考えるべきものである。平安時代語を基礎にして独特の発達をとげた書き言葉、というが、文言に対する白話の意識に、口語体としてすでにあった。漢文訓読文章とかけ離れて、人々の口頭にある日本語を、明治における中期の言文一致運動によって確立した文章となる。ある時代の話し言葉をもとにして書かれた文としての説明が繰り返されるのも、その現象には言葉の記録の方法にあった。さらに、それを現代の話し言葉をもとにして書かれた文という、口語文になる。明治中期の言文一致運動によって確立した、口語体の文章というのは、いわば漢文訓読語法と違った、物語、説話、和歌、連歌にみられた日本語の系譜にある。 . . . 本文を読む
長野オリンピック記念アリーナ・エムウェーブ で8/6(土) ~ 8/7(日)に ARASHI”Japonism Show”in ARENA という、 嵐のコンサートがある。そのチケットが当たったとかで行くことになった。夏休みの旅行ということで長野ドライブとなる。コンサートにはわたしは行かない、それはチケットをわたし用でなく、その日は、何をするか、というようなことであった。それで、旅行計画に随行しての、1日目は上田の真田歴史観を訪ね、戸倉の温泉郷で宿をとり、2日目は長野市内ホテルで、3日目は小布施の里をまわって、帰名した。その2日目は善光寺詣りとなって、暑い日盛り、36℃超となろうかという日々であった。おもしろいことに、どうも嵐が宿泊したホテルは、わたしたちがとまった、国際21ホテルであったという情報が7日の日曜日にわかった。だからといって、なにごともなく、すぎたのであるが、コンサートで熱狂するファン心理には何とも言えないことなのだろう。 . . . 本文を読む
選挙につき、気を引き締め、行く末を考える。日本国語大辞典を引いて用例を見ると、はじめの語義に、多人数の中から選び出して推薦すること、また、国家で人材を登用すること、と見えて、*菅家文草〔900頃〕二・博士難「教授我無失、選挙我有平」。さらに、漢文献には、*淮南子‐兵略訓「選挙足以得賢士之志」*史記‐孝文本紀「今不選挙而曰必子、人其以朕為忘賢有徳者、而専於子」とある。近代の選挙制度では、ついで、語義に、>一定の組織・集団が代表者や役員を選出すること。特に、投票による公務員の選出についていう。普通選挙・制限選挙、直接選挙・間接選挙、平等選挙・不平等選挙などがあるが、近代国家では普通・直接・秘密・平等の四つが選挙の大原則とされている。 とあり、その用例には、次のようである。*泰西国法論〔1868〕〈津田真道訳〉二・七「代民議事、制法の権を分領する国に於ては、推挙に応ず可き人並に選挙を為す人を定むる事詳明なる可し」
*公議所日誌‐四・明治二年〔1869〕四月「交選入札にて、来る四月中の議員、幹事六名を撰挙す」
*西国立志編〔1870〜71〕〈中村正直訳〉一・一八「民委官を選びける時、卯格林(ボウケリン)その選挙に当り、その職を尽して後」 中国の試験制度、科挙による以前、郷挙里選の法がった。その語をもって、郷挙里選が選挙となった。官吏登用制度は人物推薦であるから、登用するために投票があったわけではないようだ。郷より挙げ、里から選ぶの意に、九品中正法を行うようになる。 . . . 本文を読む