式典、そこにあるのは8年前の学区である。地区の青少年育成会の面々に小学校の体育館が新成人のセレモニーとなる。それは年寄りによる会場のセッティングに集うささやかな式である。懐かしい顔の再会であろう。恩師の出席に思い出すよすがとなるのは、かわらぬ面々であるからこそ、着飾り、スーツを決め、袴に、つかの間の元服である。加冠こそ、社会参加の責任と自覚にある。通過儀礼に、それを用意する年寄りたちの世代バトンの意味はありやなしや、式典はそこにいてこそのものである。 . . . 本文を読む
再放送だった。様々、言葉がめぐる。造反有理と書かれた大学の門であった。そこに彼らのシンパがあった。机を積み上げ封鎖する。古い言葉、用語である。中国の文化大革命を経験して逃れて、米在住にして語る人々の年齢は70代になる。そこに、紅衛兵、大衆運動、走資派、造反派、武力、暴力による混乱、革命委員会、粛清、そして、水平銃射である。造反派が革命を変えた視点である。それはデータに現れた闘争のあとである。 . . . 本文を読む