念を失う、という意味、仏教用語から、大事なものを忘れてしまうことをさす。敬語との扱いがあるので、使い方を知っておかないと、失念が、度忘れだけでは済まないことになる。ビジネスマン会話に使用例を紹介するのも、漢語を使うことで場面性を持つ。どうにもならない事態を引き起こして、忘れていたでは済まされないようなときに、上司が使うと説明があり、さらに、詫び状、始末書に書く文言だとする。メールにタイトルにもなりそうな、件名失念により、再送信といたします、というのは、軽くやり取りするようなことではない。漢語乱用で敬意、丁寧さがなくなってしまうと、それこそ、念が失われてしまう。 . . . 本文を読む
ザコラムの一文、タイトルは、霞が関伝統芸能、朝日デジタル、偏執委員秋山訓子しによる。改めしかしか、となる。>改め文(かいめぶん)とは、既存の法令を一部改正する法令において用いられる文章の形式の俗称のこと。「改める文」とも ウイキペディアより その方式を伝統芸能にとらえたようであるが、芸能をただの芸としたのか、能力としたのか、もっと言えば伝統が何に当たる解釈か、「私が普段フィールドとする永田町・霞が関界隈(かいわい)独特の伝統芸能である。このあたりには、連綿と続く驚くような数多くの伝統芸能が存在している。まるで伝統芸能保存会だ」と陳べて、喩えている。話題にはふたつのことを陳べて、それは、女性課長のポストが、もう一つの話題だ。そちらは続いて記女性課長に、今度は男性がポストについて、伝統芸能が破られたのではなくて、男性のポストになったということをいうのだろう。「変わる伝統もある。霞が関でたった1カ所、役所の開設以来、課長がずっと女性の部署があった。厚生労働省の雇用均等政策課である」と言う。
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