川柳・ボートっていいね!北海道散歩

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ホーチミンでのひととき。

2021年08月19日 | 川柳

 数年前、夫とベトナムホーチミンへ行った。

 

 1975年4月30日、私が当時21歳のころ、ベトナム戦争は終わった。

 

その時、世界中で一番行きたかった国がベトナムでした。

 

 

 その理由はベトナム戦争終焉の傷跡をカメラに残しておきたいと切に思ったからだ。

 

当時の私は、ただ思っただけで実行するだけの渡航知識も軍資金もなかった。

 

 でも、人生の中でその胸にたぎった思いは・・遅かりし頃にホーチミンへと渡航が実現した。

観光ルートに

 当時、戦略戦術を指示していた政府官邸。(世界中が多かれ少なかれこのような施設になっていると思ったら・・貴重な施設です。)

 

 ベトナム戦争資料館(アメリカ人の観光客が7割くらい)。

 

 最後の戦争の舞台となったワニだらけのジャングルの沼地。(そこがオプションの観光媒体になって二年目に行けた。)

を、選んだ。 

その奥地の奥地に行くまで船を何度か乗り換え、丸木のボートを少し手こぎしながら臨場感を感じ、ジャングルの中にそびえたつ20mくらいの櫓の上まで上がり、見渡す限り緑濃いジャングルを眼下に、平和の風と空気の清々しさを感じていた。

 

 米軍が最後に負けたのは、「地の利」の差。

 

そのジャングルは当時、ワニだらけで米兵は戦わずしてワニの餌食になったという。

 

 このような、リアルな確信の話は映画にさえなっていないのではないだろうか。

 

ベトナム兵はこのワニを味方につけ・・森の奥地や沼地へと米軍を誘い・・最後の戦いとなった。

 

 今は観光用のワニだけが一部沼地に飼われているが、人間が檻に入りワニに餌を食べさせるコーナーもあり、目の前でワニの口が大きく開くのを見て恐怖でぞっとした。

 

私は檻体験だけで、エサはやる気にもなれなかった。(楽しんでいる人もいたが・・気が知れない)

 

 今思えば、米国にもベトナムにも生まれなくてつくづく良かったなと思う。

 

今、アフガニスタン問題で世界中がアーダーコーダになっています・・・ソ連もアメリカ人の兵士たちや家族も皆、犠牲になっています。

長い戦いが終わったとは思えない。(なんせ・・タフなタリバン!)

 

一部の資本家を肥やすためにある戦争。

 

 今のコロナ問題も、武器を変えた確信犯の戦争だろうに。。。

 

 1パーセントの特権階級にいる者たちは、悪事戦略がエリートの称号のようなもの。

次から次とその悪事が肥え続けてゆく。(アホな奴ら!)

 

 これからはドローンの出現で・・小国が大国にも勝てる戦術が数多増えているのも・・今まで数々の悪事を働いてきた国家に対する報復も今後、私たちはその事件を報道によって垣間見ることにもなるだろう。

 

 日本は・・ただただ・・資金を提供するしかできない国家だが・・建設的に使っていただきたいものだ。

 

  もはや・・国家の威厳も焼失した米国は、また、ベトナムと同じ轍を踏んでいるが。。

懲りない。

ベトナムのような和平には至るかどうか??

 

 第一、テロリストと呼ばれる者たちに資金援助したり、ガニ大統領に8兆円の戦費費を支払ったりしながら

・・いつもの汚いやり方で世界を翻弄して来た米国も資金も悪事も力も尽き果て、アホバイデンの声明を世界中がもっともらしくニュースで見ている。

 

 それにしてもいい加減・・人間の平安を乱すのはやめて欲しい。

 

そういえば中共が世界中の人々が自由に使っているユーチューブ全面禁止となった。。

 

中国市場で儲けている人もこれから儲けようとする人も

 

 中国市場に目がくらむから・・正しい立ち位置を忘れる。

まことに結構なことです。

 

 今、ベトナムのあの最後の戦地の風景を思い出し、あのすばらしい緑のやさしい風景に想いを馳せています。

 

コメント
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