W A K I の気ままなトンボの目

自分流の勝手な生き方ですが、何か気付いたことを書いてみます。
コメントはタイトルをクリックしてどうぞ。

古い貴重な写真 「想い出は歴史と共に遠ざかる」

2010年02月11日 | TOWN
 今日はWAKIのOO回目のメモリアルデー、アカトンボは先月メモリアルデーがあってしばらくの間二人はおない年であった。アカトンボがショッピングセンターのレジで支払いを済ますと「おめでとうございます」と言って戴いた蘭の小枝、これがが水揚げが良かったのかまだ綺麗にさいている。さてWAKIがこの世に生を受けたその年は、寒い年で2・26事件があって日本は騒然としていたそうだが勿論WAKIの記憶には無い、もの心ついたのは兄弟姉妹で誰も行ったことのない幼稚園に行かせて貰ったことでそのあたりから生まれ育った町の記憶が残っているでも、国民学校1年生のときに太平洋戦争が始まり、家族7人は今の堺市北野田に疎開、不便な暮らしをした、昭和20年3月の大阪大空襲で住んでいた家もこの幼稚園も焼失した。いずれにしろWAKIの生涯の原点はこの時期にある。貴重な幼稚園の卒園記念の写真もセピア色になってしまった。この次の小学校の卒業まで写真は一枚もない。見比べると未だ端正な服装だが小学校の方は目を背けたくなるような服装をしている。さてWAKIはどれかわかりますか。


コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする