8月6日は「原爆の日」
職場が平和公園に近い所にあるので、ここ数年は現地で8時15分の黙祷をして出勤していましたが、今年は職場が移転した関係で長く寄り道をすることができず、原爆ドーム近くにある動員学徒慰霊塔にお参りをして、黙祷は職場で行いました。
毎年思うことですが、デモ行進をしている皆さんは、どうして黙祷しないのでしょう。
黙祷の時くらい、黙って一緒に祈りを捧げて欲しい。
その1分間は、決してシュプレヒコールに耳を傾けるために沈黙している訳ではないのですから。
1日、ビルの中にこもって仕事。
会社を出たのは22時近くになりました。
やはり、原爆死没者慰霊碑にお参りしておかないと・・・と思い、帰る途中に平和公園に立ち寄りました。
こんなに遅い時間でも、まだまだ祈りを捧げに来る人が大勢いました。
原爆ドームの前を流れる元安川では、灯篭流しを終えてぼちぼち回収が始まっている様子。
岸辺では、被爆ピアノによる演奏が行われていました。
毎年思うことですが、浴衣姿の若い女性がいるのは何故なのでしょう。
河岸でビールを飲んでいる会社員らしき集団もいましたが、何か違うような・・・。
私の頭が固いのかな?
ネットで、路面電車を原爆投下時刻に合わせて破壊するという書込みがあり、運行が中止になったり。
やっぱり、どうかしてるナ。
流れる灯篭を見ていると、炎に追われて川に飛び込み亡くなった人の亡骸で、川面が見えないほどだったという話を思い出します。
灯篭の火が消える時、まさに命の火が消えたという感じがします。
広島に生まれ育ち、長く「ヒロシマ」に触れていると、どうしてもそういう方向に考えを持っていってしまいがちですが、そう思ったとしても「原爆の日」を普通に過ごすことはできないみたいです。
幼少の頃からの刷り込みの部分もあるので、きっとこれからも変わらないでしょう。
ハグとか、空の写真とか、アートとか。
「平和を希求する」という方向では「アリ」かと思いますが。
「原爆の恐ろしさ」を学び、刻み、伝えること。
「死没者の冥福を祈る」ことを置き去りにしないでほしいと思います。
職場が平和公園に近い所にあるので、ここ数年は現地で8時15分の黙祷をして出勤していましたが、今年は職場が移転した関係で長く寄り道をすることができず、原爆ドーム近くにある動員学徒慰霊塔にお参りをして、黙祷は職場で行いました。
毎年思うことですが、デモ行進をしている皆さんは、どうして黙祷しないのでしょう。
黙祷の時くらい、黙って一緒に祈りを捧げて欲しい。
その1分間は、決してシュプレヒコールに耳を傾けるために沈黙している訳ではないのですから。
1日、ビルの中にこもって仕事。
会社を出たのは22時近くになりました。
やはり、原爆死没者慰霊碑にお参りしておかないと・・・と思い、帰る途中に平和公園に立ち寄りました。
こんなに遅い時間でも、まだまだ祈りを捧げに来る人が大勢いました。
原爆ドームの前を流れる元安川では、灯篭流しを終えてぼちぼち回収が始まっている様子。
岸辺では、被爆ピアノによる演奏が行われていました。
毎年思うことですが、浴衣姿の若い女性がいるのは何故なのでしょう。
河岸でビールを飲んでいる会社員らしき集団もいましたが、何か違うような・・・。
私の頭が固いのかな?
ネットで、路面電車を原爆投下時刻に合わせて破壊するという書込みがあり、運行が中止になったり。
やっぱり、どうかしてるナ。
流れる灯篭を見ていると、炎に追われて川に飛び込み亡くなった人の亡骸で、川面が見えないほどだったという話を思い出します。
灯篭の火が消える時、まさに命の火が消えたという感じがします。
広島に生まれ育ち、長く「ヒロシマ」に触れていると、どうしてもそういう方向に考えを持っていってしまいがちですが、そう思ったとしても「原爆の日」を普通に過ごすことはできないみたいです。
幼少の頃からの刷り込みの部分もあるので、きっとこれからも変わらないでしょう。
ハグとか、空の写真とか、アートとか。
「平和を希求する」という方向では「アリ」かと思いますが。
「原爆の恐ろしさ」を学び、刻み、伝えること。
「死没者の冥福を祈る」ことを置き去りにしないでほしいと思います。
でも年の数だけ8月6日をヒロシマで過ごし
同じ数だけ黙とうをささげてきたこと,
たくさんの被爆体験にふれてきたことは
自分のアイデンティティの一部を形成しているようです。
同感です。
この日くらいは心静かに戦禍と平和と未来について考えたいものです。
戦争を起こす人間の底なしの愚劣さとその戦争をなくそうとする人間のけなげなまでの美しさは,そのどちらも人間の本質です。だから努力が必要なのでしょう。
自分のアイデンティティの一部を形成している
そう、それです。
小学校の時、8月6日が登校日だったことや、
広島のテレビが必ず式典を中継していることで、
間接的に「体験」となって残っていくのでしょうね。