三島 徳三 (北大名誉教授)
衆院北海道5区補選結果からの教訓
夏の参院選挙の前哨戦として全国的な注目を浴びた衆院北海道5区の補選は自民党の和田氏(公明などが推薦)が135,842票、民進・共産・社民・生活の野党4党が推薦する無所属池田氏が123,517票、その差は12,000票余りで、自民・和田氏が逃げ切った。
5区は札幌市厚別区と隣接した5市・2町村から成り、総有権者数は455,262人である。この区域は3つの特徴ある地域に分かれる。
第一は、都市型地域の厚別区・江別市・北広島市・石狩市であり、有権者数は305,050人で5区全体の67%を占める。ここは札幌市のベットタウンでサラリ<}ンや年金生活者が多い。また、古い公営住宅や雇用促進団地(炭鉱離職者が多い)が密集し、生活水準は概して低い地域である。
第二のタイプは、自衛隊の基地がある千歳市と恵庭市である。自衛隊員とその家族および除隊者が多く住んでいる「自衛隊のマチ」である。有権者数は133,024人、5区の29%を占める。
第三のタイプは純農村地域で、当別町と新篠津村がここに入る。有権者数は17,188人、5区の4%を占めるに過ぎない。
3つの地域別に今回の選挙結果を見ると、全有権者の3分も1を占める第一の都市型地域では、和田氏が84,475票、池田氏が91,454票、その差7,000票余りで野党共闘の池田氏が勝った。
だが、第二の「自衛隊のマチ」では、和田氏45,038票、池田氏27,501票で、自民の和田氏が池田氏に17,500票余りの差をつけて圧勝した。
さらにTPPで自民離れが進んでいるのではと思われていた、第三の純農村地帯では、和田氏6,329票、池田氏4,562票で、ここも自民系候補が大きく逃げ切った。
この選挙結果は、夏の参院選に向けた各陣営の戦い方に対して、いくつかの示唆を与える。ここでは野党共闘推進の立場から、課題を整理する。
今回の選挙戦を一口で言うと、「経済の和田」と「福祉の池田」の戦いであった。だが、非正規雇用や中小企業労働者、さらには年金生活者が多い、都市型地域では、和田氏や自民党の応援代議士が強調した「アベノミクスの恩恵を津々浦々に」といった主張は、完全に裏目に出た。安倍内閣3年間の経済の実態を見れば、格差拡大と生活の困窮度が確実に増しているからである。他方、自らの生活体験を踏まえた池田氏の「福祉充実」の主張は、都市型住民の多くの心をとらえた。それが、厚別区や江別市、北広島市など都市型地域における池田氏の勝利につながっている。
第二の「自衛隊のマチ」は保守の堅固な地盤なわけだから、「革新」系候補が入り込むには、もとより困難が伴う。だが、池田氏は千歳・恵庭の両氏において、あえて「自衛隊員の命を守るための安保法制の廃止」を唱え、自衛隊員家族の一定の共感を得た。だが、共産党を含む野党共闘の候補者に投票するまでには行かない。そこで取った行動が「棄権」である。
今回選挙の5区全体の投票率は57.6%で、前回衆院選の58.4%から0.8ャCント下がったのみだが、千歳市(52.7%)と恵庭市(58.7%)は、それぞれ前回を4.4ャCント、1.6ャCント下がっている。ここには、「海外で戦争ができる安保法制」に対する、両市市民のささやかな抵抗が示されているように思われる。
第三の純農村地帯における自民系候補の勝利は、反TPP運動や、これにかかわる研究者に反省すべき多くの課題を提起しているように思われる。端的に言えば、「TPPは農業だけの問題ではない」といった分析や運動論は、それは間違いではないが、TPPで真っ先に影響を受けるのは農業関係者であることが明らかであるにもかかわらず、それらの農業問題の詳細についての分析と啓蒙が著しく遅れていることである。
農業関係者は誰しもが、感覚的に「TPPは問題が多い」ことは分かっている。だから、JAグループの音頭による集会やデモ、署名活動などを行ってきた。だが、TPPの「大筋合意」を契機にJA中央の姿勢は、「批准阻止」から「TPP対策」へと移っていった。「対策」では野党より「与党」の方が有利な立場にある。和田候補者の「農産物輸出を進める、農村を元気にする」といった主張が空虚なものと感じつつも、政権が当面変わらない以上、与党に恩を売るほうがこの先有利になる、と多くの農業関係者は判断したのである。
新篠津村も当別町も水田地帯だが、平均耕地面積が大きい農家が多い。とくに新篠津村は275経営体しかないが、平均耕地面積は18.7ヘクタール、これは水田地帯としては全道一、全国的には秋田県大潟村に次いで第2位である。
この新篠津村において、自民の和田候補は、池田氏にダブルスコアで圧勝した。
大規模水田経営においては、米価の高低が死命を制する。だが、TPP反対運動も農業経済学者も、再生産保障の米価についての研究は十分ではない。米価は一つの例である。農業制度は品目によってまったく違う。それらの違いを踏まえた分析も提言もほとんどなされていない。「○○○億円の影響がある」といったところで、具体的に「じゃあどうするのだ」という答えにはならない。これに対して政権与党は、バックに官僚組織が控えているので、情報戦では圧涛Iに有利である。悲しいかな、そうした現状では、与党の「TPP対策」に頼らざるを得ないのである。
そうした彼我の関係は、夏の参院選までに変えなければ、5区補選と同じ結果になる。「TPPはまずは農業問題である」という出発点に帰り、ジャーナリズムを巻き込む運動にしていかなければならない。
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