街角ウォッチング:団地横のシュウメイギク
「こだわり」と言うか「性格」と言うか「性質」というか・・・これらは持ちつ持たれつの関係なんでしょうかね?
私が普段に良くやる行為、例えば、本屋さんで、本を買って、内容が面白かったとすると、その作家の本を全て読み、制覇したい思いが募り、実践します。食べ物でもそうかもしれません!ある食べ物を食べてお気に入りになると、その系統の食べ物をあちこちから買って食べたり、そのお店で売られている商品を食べつくして見たいと思うことも・・・これは、さすがに途中放棄になりますが・・・ 同類の食べ物については、できる範囲で、多分、飽きが来るまで実践していると思います。これって、何なんでしょうか?
今は、食べ物系で言うと、全粒粉パン、ライ麦系パン、納豆、コンニャク、なんかが当てはまるかも知れません。また、缶コーヒのブラックや限り無く出続けるペットボトルのお茶もそうかも知れません。新製品や季節限定版が出ると美味かろうが、不味かろうが・・・ついつい買ってしまいます。
この性格(こだわり?)って、記憶によると中学生の頃から持っていたように思います。いや、小学高時代に突然芽生えた切手収集からかな! 当時(中学生)は、本が中心でした。一時期、中学生にして、作家になりたいと様々な作家の本を乱読した記憶があります。
記憶の底にあるのは、石坂洋二郎や源氏鶏太を買い漁った事。なんで、サラリーマン小説の源氏鶏太なんでしょうね。そう言えば、大藪春彦や横溝 正史なんかも読んでいたなぁ~・・・漫画から推理小説、文芸小説まで幅広く、作家にこだわり・・・怪盗ルパンを読みつつ、一方では、源氏鶏太、梶山季之や石坂洋二郎・・・変な餓鬼でした。
こんな「性格」を言い換えれば、「こだわり」を持って・・・と、どちらも使えそうなんだけど、やはり、自分なりには「性格」って言う方がしっくり来るのかも知れませんね。多分、自分の性格って、言い換えれば、習慣/慣習化ですよね。おいしいものがあるとついつい、無条件で手を出し続けてしまう。最初の物に出会った時は、これもあれもと傾倒しますが、一定の時期を過ぎれば、確実に飽きが来ます。放棄するのも多いです。
でも何十年と続いているのもあるんですよね。それは、無条件反応で習慣づけられているんでしょうね。?何年経っても、欲しい物は欲しい。普通に目に飛び込んだら自然に手が出るスタイルに変わっているんですよね。強い欲求から習慣的な欲求に変わっているんでしょうかね。
これを自分的には「習慣/慣習」と呼んでいます。こだわりを持って、制覇すると言う強い欲求を継続し続けることは出来ませんが、習慣的な欲求とになると、ついつい手が出るスタイルに変わり、長続きするんですね。この病気で取り組んでいる運動療法のウォーキングもそうだし、食事療法もそう・・・
同じ商品でも販売されている商品の種類を自然と食べ比べ、一喜一憂しながら、楽しんでいる自分がいます。良く飽きもせず・・・と言われますが、感点が違うんだなぁ~! また、街角ウォッチングにしてもそう。自然と楽しみながらウォーキング。。。継続していても全く苦にならず、日々ワクワクして楽しく過ごせて良いかも知れません。
最近は、雨が降っていても、街中に飛び込んで、ウォーキングするのも違った観点からいろんな物が見え、楽しみが増えました。私にとって、合羽が必需品になってしまいましたね。この習慣/慣習は、多分、この病気に対する取り組みに役立っているのではないかと個人的には思っています。
でもいつ反転するか・・・永遠と続くものでもないので、いずれは、食事療法も運動療法も破綻するかもしれません。その時、自分はどう行動するのでしょうか?見えない将来に不安を抱えてもしょうがないけど、ちょっと気になる今日この頃・・・まだまだ、わずか2年しかたっていないけど・・・先は長いようですね。
天気:曇り一時雨
気温:最低温度:10.0℃ / 最高温度:19.3℃
ウォーキング:16064歩 / 消費カロリー:481.30Kcal
歩行距離:約10.44km
「こだわり」と言うか「性格」と言うか「性質」というか・・・これらは持ちつ持たれつの関係なんでしょうかね?
私が普段に良くやる行為、例えば、本屋さんで、本を買って、内容が面白かったとすると、その作家の本を全て読み、制覇したい思いが募り、実践します。食べ物でもそうかもしれません!ある食べ物を食べてお気に入りになると、その系統の食べ物をあちこちから買って食べたり、そのお店で売られている商品を食べつくして見たいと思うことも・・・これは、さすがに途中放棄になりますが・・・ 同類の食べ物については、できる範囲で、多分、飽きが来るまで実践していると思います。これって、何なんでしょうか?
今は、食べ物系で言うと、全粒粉パン、ライ麦系パン、納豆、コンニャク、なんかが当てはまるかも知れません。また、缶コーヒのブラックや限り無く出続けるペットボトルのお茶もそうかも知れません。新製品や季節限定版が出ると美味かろうが、不味かろうが・・・ついつい買ってしまいます。
この性格(こだわり?)って、記憶によると中学生の頃から持っていたように思います。いや、小学高時代に突然芽生えた切手収集からかな! 当時(中学生)は、本が中心でした。一時期、中学生にして、作家になりたいと様々な作家の本を乱読した記憶があります。
記憶の底にあるのは、石坂洋二郎や源氏鶏太を買い漁った事。なんで、サラリーマン小説の源氏鶏太なんでしょうね。そう言えば、大藪春彦や横溝 正史なんかも読んでいたなぁ~・・・漫画から推理小説、文芸小説まで幅広く、作家にこだわり・・・怪盗ルパンを読みつつ、一方では、源氏鶏太、梶山季之や石坂洋二郎・・・変な餓鬼でした。
こんな「性格」を言い換えれば、「こだわり」を持って・・・と、どちらも使えそうなんだけど、やはり、自分なりには「性格」って言う方がしっくり来るのかも知れませんね。多分、自分の性格って、言い換えれば、習慣/慣習化ですよね。おいしいものがあるとついつい、無条件で手を出し続けてしまう。最初の物に出会った時は、これもあれもと傾倒しますが、一定の時期を過ぎれば、確実に飽きが来ます。放棄するのも多いです。
でも何十年と続いているのもあるんですよね。それは、無条件反応で習慣づけられているんでしょうね。?何年経っても、欲しい物は欲しい。普通に目に飛び込んだら自然に手が出るスタイルに変わっているんですよね。強い欲求から習慣的な欲求に変わっているんでしょうかね。
これを自分的には「習慣/慣習」と呼んでいます。こだわりを持って、制覇すると言う強い欲求を継続し続けることは出来ませんが、習慣的な欲求とになると、ついつい手が出るスタイルに変わり、長続きするんですね。この病気で取り組んでいる運動療法のウォーキングもそうだし、食事療法もそう・・・
同じ商品でも販売されている商品の種類を自然と食べ比べ、一喜一憂しながら、楽しんでいる自分がいます。良く飽きもせず・・・と言われますが、感点が違うんだなぁ~! また、街角ウォッチングにしてもそう。自然と楽しみながらウォーキング。。。継続していても全く苦にならず、日々ワクワクして楽しく過ごせて良いかも知れません。
最近は、雨が降っていても、街中に飛び込んで、ウォーキングするのも違った観点からいろんな物が見え、楽しみが増えました。私にとって、合羽が必需品になってしまいましたね。この習慣/慣習は、多分、この病気に対する取り組みに役立っているのではないかと個人的には思っています。
でもいつ反転するか・・・永遠と続くものでもないので、いずれは、食事療法も運動療法も破綻するかもしれません。その時、自分はどう行動するのでしょうか?見えない将来に不安を抱えてもしょうがないけど、ちょっと気になる今日この頃・・・まだまだ、わずか2年しかたっていないけど・・・先は長いようですね。
天気:曇り一時雨
気温:最低温度:10.0℃ / 最高温度:19.3℃
ウォーキング:16064歩 / 消費カロリー:481.30Kcal
歩行距離:約10.44km