仙台藩犯科帳と言う本がある。
仙台藩で起きた事件や裁判、刑罰などが書いてある。
地元の歴史家なら興味深い事件や地名が出てくる。
目を伏せたくなるような絵図もありますが、これも歴史と思いご覧いただきたい。
著者は『高倉 淳』先生、仙台・宮城の郷土史や歴史、古文書などの分野で活躍されています。
この写真は明治40年に取り壊された「牢」です。
地下鉄八乙女駅を降りて、徒歩5分の所に江戸時代に火あぶり・磔(はりつけ)・
獄門の刑が行われた処刑場跡があり「仙台藩七北田刑場跡」の標柱が立っている。
江戸時代には、奥州街道に面していた。
「仙台領奥州街道絵図」
侍の死刑:江戸時代の支配階級である武士は、名誉が重んぜられ、
見せしめの付加刑はなく、「斬罪」と「切腹」である。
切腹には、「牢前切腹」と「その身屋敷切腹」があった。
「広辞苑」で「土壇場(どたんば)」をひくと「斬罪の刑場。おしおき場」とある。
罪人がひき据えられる土壇の前には、横長に四角に穴が掘ってある。
首が落ちた時、噴出する血を落とし込む血溜まりである。
庶民の死刑
八代将軍徳川吉宗の「御定書百ヶ条」や、仙台藩の「評定所格式帳」は、
成文化された法令であるが、その内容は一般の侍も庶民もわからない。
何が罪でどんな刑罰があるのかわからないほど恐ろしいことはない。
それを知っているのは一部の司法官だけである。
市中引き回し
罪人は牢前に呼び出され、町同心が科書(とががき)を読み聞かせる。
道に出ると、先頭にが六尺棒を持ち、続いて抜き身の朱槍二本、・・・・
馬上には菰(こも)が敷いてあり囚人を縄で縛りつける。
実際のコース
牢より出し、片平町・脇丁・北目町へ出、染師町・田町・猿率丁より土樋へ下がり
西光院・真福寺・前より荒町へ上り、昌伝庵・仏眼寺、南鍛治町泰心院・東禅寺
、御茶畑より連坊丁え出、八塚残らず、孝勝寺前相越し、御名掛丁・本寺小路・
東四番丁・新伝馬丁・大町・肴町・立町・本材木町・国分町・二日町、北一番丁
より八番丁、大願時通りより出、北山残らず、堤より御仕置場え指し遺わすべき事
堤町を過ぎると左に「新助壇」と呼ばれる所がある。
囚人は馬から下ろされて望むものを食べさせられた。・・・・・・・
いや~長いですね~ 仙台の人は、町名がそれほど変わってないので、
大体分かると思います。
かなりの距離になります。
こんな感じで、回ったようです。
冤罪もあったでしょうねぇ~
仙台藩で起きた事件や裁判、刑罰などが書いてある。
地元の歴史家なら興味深い事件や地名が出てくる。
目を伏せたくなるような絵図もありますが、これも歴史と思いご覧いただきたい。
著者は『高倉 淳』先生、仙台・宮城の郷土史や歴史、古文書などの分野で活躍されています。
この写真は明治40年に取り壊された「牢」です。
地下鉄八乙女駅を降りて、徒歩5分の所に江戸時代に火あぶり・磔(はりつけ)・
獄門の刑が行われた処刑場跡があり「仙台藩七北田刑場跡」の標柱が立っている。
江戸時代には、奥州街道に面していた。
「仙台領奥州街道絵図」
侍の死刑:江戸時代の支配階級である武士は、名誉が重んぜられ、
見せしめの付加刑はなく、「斬罪」と「切腹」である。
切腹には、「牢前切腹」と「その身屋敷切腹」があった。
「広辞苑」で「土壇場(どたんば)」をひくと「斬罪の刑場。おしおき場」とある。
罪人がひき据えられる土壇の前には、横長に四角に穴が掘ってある。
首が落ちた時、噴出する血を落とし込む血溜まりである。
庶民の死刑
八代将軍徳川吉宗の「御定書百ヶ条」や、仙台藩の「評定所格式帳」は、
成文化された法令であるが、その内容は一般の侍も庶民もわからない。
何が罪でどんな刑罰があるのかわからないほど恐ろしいことはない。
それを知っているのは一部の司法官だけである。
市中引き回し
罪人は牢前に呼び出され、町同心が科書(とががき)を読み聞かせる。
道に出ると、先頭にが六尺棒を持ち、続いて抜き身の朱槍二本、・・・・
馬上には菰(こも)が敷いてあり囚人を縄で縛りつける。
実際のコース
牢より出し、片平町・脇丁・北目町へ出、染師町・田町・猿率丁より土樋へ下がり
西光院・真福寺・前より荒町へ上り、昌伝庵・仏眼寺、南鍛治町泰心院・東禅寺
、御茶畑より連坊丁え出、八塚残らず、孝勝寺前相越し、御名掛丁・本寺小路・
東四番丁・新伝馬丁・大町・肴町・立町・本材木町・国分町・二日町、北一番丁
より八番丁、大願時通りより出、北山残らず、堤より御仕置場え指し遺わすべき事
堤町を過ぎると左に「新助壇」と呼ばれる所がある。
囚人は馬から下ろされて望むものを食べさせられた。・・・・・・・
いや~長いですね~ 仙台の人は、町名がそれほど変わってないので、
大体分かると思います。
かなりの距離になります。
こんな感じで、回ったようです。
冤罪もあったでしょうねぇ~
今晩は眠れませぬ (そんなタマか ww)
チェンジリングの断末魔の痙攣を思い出してしまったぁ
誤って前のコメントも消してしまいました。
この処刑場に行きたいと思いながら2年がたちました。
近い内に行きます。
石を投げつけ続けて殺してしまったり・・・
あーでも、イラストにある「のこぎり引き」だけは嫌だよー。
現在でも半島の北のお国では、イベント化してますしね。
わが国でも、殺人の容疑者の移送の際には「人殺し!」「早く死ね!」と声をかける輩がいます。
うー耐えられんぞーっ。
クロンシュタットさんはきっと石をぶつけるタイプと想像がつきます。www
でも、かなり長い距離ですね。
自分も驚きました。そのうち、この本にある、事件を取り上げたいと思います。
お上の側にすれば「一罰百戒名」ってことなんでしょうけど、民衆の側から見れば「恐いもの見たさ」ってこともありますね。
西洋の魔女や異端者の火刑も同じですね。これなど殆どショーと化し、食べ物やなんかを売る屋台も出てたという話です。
ショー的な部分もありですね。
なにが罪か解らないのも怖いですが・・・
魔女は完全に冤罪ですよね。
世論や権力は怖いですね。
南下して、東へまがって、北上して、西へまわって、また、北上して…
七北田まではかなり遠いなぁ…
市内には他にも、小田原念仏壇とか蒲生骨葬畑とか
何ヶ所か刑場跡があるけど、時代とか受刑者の違いで複数あるのかな?
お侍さんは、また別の場所ですからね~
この本はまだ読みきってないので、面白い事件があったらUPします。