記事を読んで見ると国・東電と漁業者の考え方のずれが良く分かる。
まず、漁業者は処理水の長期保存が廃炉作業の妨げになるという国・東電の説明には理解を示している。その上で「国内外の理解醸成の不十分さや新たな風評が発生することへの懸念」を伝えたとされる。また記事の本記は、「風評被害への懸念や経営面の不安の声、地元をはじめ国内外への説明不足を指摘する意見が相次いだ」と伝えている。ここから伝わるのは、漁業者が、そもそも風評被害が発生しない環境作りやあるいはその降り組を優先させることを求めているということだ。
「経営面への不安」は風評による被害が発生する懸念から生じる。県漁連の野崎哲会長は「現在と同じ形の漁業を続けていけるよう、国や東電に我々の不安を直接伝えていく」と取材に答えたという。この不安の解消を図るためには、国内的、国際的に処理水の海洋放出に対する懸念を大方解消し、その頃合いを見計らって処理水の処分に移行するように、段階的な取り組みを進めることが必要だろう。
あるいは、風評払しょくの取り組みを大々的に進めることによって、国・東電の強い姿勢、いわば本気度をしっかり示し、漁業者をはじめとした関係者の厚い信頼を得ることが必要だろう。たぶんその信頼は、風評被害が発生した場合の賠償の取り組みへの信頼度を高めることにもつながる。
ところが国・東電の取り組みにはこの大前提が見られない。今回の意見交換会でも、「国内外に向けて丁寧な情報発信に務めるとの説明を繰り返した」と、ごく一般的な説明をするに止まったという。
この丁寧な情報発信がくせ者だ。私自身は、汚染前の地下水をくみ上げて海洋に放出するいわゆる「地下水バイパス計画」実施に向けた資源エネルギー庁と東電を迎えた議会審議(2014年)に、原発事故前のトリチウムの放出状況を確認した上で、問題がないと考えているのなら原発設置後の核種放出状況も含めて国民に安全性を説明したらどうかと求めていた(当時はいわき市議会議員)。その後も、トリチウム水の取り扱いに関する政府小委員会の報告書が提出された際(2020年4月)にも、資源エネルギー庁に対する質問項目では、特に情報発信と風評の関係で質問していた。2014年の際には国・東電とも自らの説明に対する国民的受け止めへの不安が語られ、2020年の際には14年から6年の間の取り組みの基本が福島県等の被災地が、被災地あるいは他県開催するイベントの際の説明やホームページ上への解説の記載に止まり、国・東電が風評払しょくのための取り組みにまともに取り組んでこなかったことが示されていた。
国・東電は、昨年の夏以降、テレビCM等を通して処理水の処分に関する国民的説明を実施したが、それも短期間で終り、今に至っている。
このためだろう。福島県民の世論調査では、風評被害発生を懸念する見方が9割を超え(福島民報、2013年3月6日)、県内市町村の首長の調査でも同様の傾向が見られ、この調査では同時に海洋放出の安全性への理解醸成に改善はみられるもののいまだ6割が十分ではないということが示されている。
国・東電の取り組みを改善して、風評発生の抑制に、早急にかつ本格的に取り組むことは、こうした県内の受け止め方から見ても大きな課題になっている。しかも、そのことはこの間の県内漁業者等関係者と国・東電の対話でも明らかにされ続けてきた。
ところが国や東電はそれにまともに応じない。抽象的な「丁寧な情報発信」という取り組みを説明するにとどめている。記事には「東電の担当者からは廃炉作業が完了するまで対策を採り続けるとの説明があったという」とあるように、「丁寧な情報発信」は放出時期にかかわらず、ずーとやって行きますよという一般的な強調にすぎないのだ。
同じく今日の記事では、今日から3日間広島で開かれるG7(先進7カ国首脳会議)の声明に、海洋放出に向けた日本政府の取り組みを明記する方向で政府内で検討が本格化していることとともに、国際的な説得という意味もあるのだろうが、第一原発沖合1kmに設けられる処理水放出口付近の観測ポイントでの海水中トリチウム濃度が1リットル当たり700ベクレルを上回った場合、ただちに放出を停止すると東電が発表したことも報道されている。放出される処理水は国基準(6万ベクレル)の40分の1の1,500ベクレルに希釈される。海水に放出されれば、海水でさらに希釈されることになることを考えれば、700ベクレルを超えるためには、よっぽど大量のトリチウムが放出されていなければならないが、まあ、そうした事態には対応するので大丈夫と安心感を与える基準のように思える。
処理水の海洋放出の下地作りには熱心なような国・東電ではあるが、肝心の被災地・住民は置いてきぼりという印象を受ける。このままでは被災地の漁業者・県民と国・東電の溝が埋まることがないままに、国・東電の思惑通り「今年の春から夏」にかけて放出強行ということになる懸念が強い。この国・東電の姿勢の背後にあるのは、廃炉作業の進捗という「大義名分」があれば処理水海洋放出を押し切ることができるという傲慢な思いに違いない。
この問題に国・東電がどう対応するか。原発事故から12年が過ぎたが、国・東電が被災地・県民にどう向き合うかは、引き続き重要な課題になっているように思う。これから数十年以上続くだろう廃炉作業を、被災地の理解と協力のもとにすすめるためにも、国・東電には、業業者・被災地が求める前提条件、風評がおきない環境作りにこそ率先して取り組むべきだと思う。
まず、漁業者は処理水の長期保存が廃炉作業の妨げになるという国・東電の説明には理解を示している。その上で「国内外の理解醸成の不十分さや新たな風評が発生することへの懸念」を伝えたとされる。また記事の本記は、「風評被害への懸念や経営面の不安の声、地元をはじめ国内外への説明不足を指摘する意見が相次いだ」と伝えている。ここから伝わるのは、漁業者が、そもそも風評被害が発生しない環境作りやあるいはその降り組を優先させることを求めているということだ。
「経営面への不安」は風評による被害が発生する懸念から生じる。県漁連の野崎哲会長は「現在と同じ形の漁業を続けていけるよう、国や東電に我々の不安を直接伝えていく」と取材に答えたという。この不安の解消を図るためには、国内的、国際的に処理水の海洋放出に対する懸念を大方解消し、その頃合いを見計らって処理水の処分に移行するように、段階的な取り組みを進めることが必要だろう。
あるいは、風評払しょくの取り組みを大々的に進めることによって、国・東電の強い姿勢、いわば本気度をしっかり示し、漁業者をはじめとした関係者の厚い信頼を得ることが必要だろう。たぶんその信頼は、風評被害が発生した場合の賠償の取り組みへの信頼度を高めることにもつながる。
ところが国・東電の取り組みにはこの大前提が見られない。今回の意見交換会でも、「国内外に向けて丁寧な情報発信に務めるとの説明を繰り返した」と、ごく一般的な説明をするに止まったという。
この丁寧な情報発信がくせ者だ。私自身は、汚染前の地下水をくみ上げて海洋に放出するいわゆる「地下水バイパス計画」実施に向けた資源エネルギー庁と東電を迎えた議会審議(2014年)に、原発事故前のトリチウムの放出状況を確認した上で、問題がないと考えているのなら原発設置後の核種放出状況も含めて国民に安全性を説明したらどうかと求めていた(当時はいわき市議会議員)。その後も、トリチウム水の取り扱いに関する政府小委員会の報告書が提出された際(2020年4月)にも、資源エネルギー庁に対する質問項目では、特に情報発信と風評の関係で質問していた。2014年の際には国・東電とも自らの説明に対する国民的受け止めへの不安が語られ、2020年の際には14年から6年の間の取り組みの基本が福島県等の被災地が、被災地あるいは他県開催するイベントの際の説明やホームページ上への解説の記載に止まり、国・東電が風評払しょくのための取り組みにまともに取り組んでこなかったことが示されていた。
国・東電は、昨年の夏以降、テレビCM等を通して処理水の処分に関する国民的説明を実施したが、それも短期間で終り、今に至っている。
このためだろう。福島県民の世論調査では、風評被害発生を懸念する見方が9割を超え(福島民報、2013年3月6日)、県内市町村の首長の調査でも同様の傾向が見られ、この調査では同時に海洋放出の安全性への理解醸成に改善はみられるもののいまだ6割が十分ではないということが示されている。
画像はいずれも福島民報HPより。画像をクリックすると元記事が表示されます。
国・東電の取り組みを改善して、風評発生の抑制に、早急にかつ本格的に取り組むことは、こうした県内の受け止め方から見ても大きな課題になっている。しかも、そのことはこの間の県内漁業者等関係者と国・東電の対話でも明らかにされ続けてきた。
ところが国や東電はそれにまともに応じない。抽象的な「丁寧な情報発信」という取り組みを説明するにとどめている。記事には「東電の担当者からは廃炉作業が完了するまで対策を採り続けるとの説明があったという」とあるように、「丁寧な情報発信」は放出時期にかかわらず、ずーとやって行きますよという一般的な強調にすぎないのだ。
同じく今日の記事では、今日から3日間広島で開かれるG7(先進7カ国首脳会議)の声明に、海洋放出に向けた日本政府の取り組みを明記する方向で政府内で検討が本格化していることとともに、国際的な説得という意味もあるのだろうが、第一原発沖合1kmに設けられる処理水放出口付近の観測ポイントでの海水中トリチウム濃度が1リットル当たり700ベクレルを上回った場合、ただちに放出を停止すると東電が発表したことも報道されている。放出される処理水は国基準(6万ベクレル)の40分の1の1,500ベクレルに希釈される。海水に放出されれば、海水でさらに希釈されることになることを考えれば、700ベクレルを超えるためには、よっぽど大量のトリチウムが放出されていなければならないが、まあ、そうした事態には対応するので大丈夫と安心感を与える基準のように思える。
処理水の海洋放出の下地作りには熱心なような国・東電ではあるが、肝心の被災地・住民は置いてきぼりという印象を受ける。このままでは被災地の漁業者・県民と国・東電の溝が埋まることがないままに、国・東電の思惑通り「今年の春から夏」にかけて放出強行ということになる懸念が強い。この国・東電の姿勢の背後にあるのは、廃炉作業の進捗という「大義名分」があれば処理水海洋放出を押し切ることができるという傲慢な思いに違いない。
この問題に国・東電がどう対応するか。原発事故から12年が過ぎたが、国・東電が被災地・県民にどう向き合うかは、引き続き重要な課題になっているように思う。これから数十年以上続くだろう廃炉作業を、被災地の理解と協力のもとにすすめるためにも、国・東電には、業業者・被災地が求める前提条件、風評がおきない環境作りにこそ率先して取り組むべきだと思う。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます