私は、トリチウムを含む処理水の海洋放出問題の肝は政府や漁業者への信頼の問題だと思っている。
トリチウムは自然界でも発生しており、水分子として存在する。このため汚染水から取り除くことが難しく、他の放射性物質が十分に取り除かれた後の処理水にも残留する。ただし、発生する放射線(β線)は紙一枚(肌でも)で遮蔽できる程エネルギーが小さく、体内に取り込んだ場合でも10日程で半分が排出され、特定の臓器に蓄積することもなく、身体に対する影響は極めて小さいとされている。
自然界にも存在するので日常的にも体内に取り込まれてきた。大部分は、水のまま排出されるが、約5~6%が体の中のたんぱく質等の水素原子と入れ替わり、有機結合型トリチウム(略号はOBT)となるという。OBT の生物学的半減期は、短期半減期成分で約 40 日、長期半減期成分で約 1年。長期半減期成分の半減期が長くなるのは分子が体内でリサイクルされるためだという。
こうした性質からトリチウムの生体に対する影響は小さいとされている。おまけに処理水の年間放出量は、第一原発が運転されていた頃の管理目標年間22兆ベクレル以下にするという。
たぶんこうしたトリチウムに危険はまずないという化学的な知識は、漁業者をはじめとした関係者も持っている。それでもなお処理水の海洋放出に反対するのは、政府や東電に対する信頼感がかけるところに原因があるのではないかと考えている。
11日の報道を見ると、処理水放出に「県漁連重ねて反対・『理解なく放出しない約束』」との見出しで、同漁連会長が理事会終了後に「漁業者として海で操業する観点、関係者の同意なしには海洋放出しないと約束した観点から容認する立ち位置には立てない」と表明したとしている。
県漁連の拡大理事会に出席した西村経産相が、IAEA(国際原子力機関)の処理水の安全性に関する包括報告書をもとにしながら海洋放出への理解を求めたことに対しての態度表明だ。
県漁連会長の態度表明の背後に何があるのか。私は15日に報道された全漁連会長と西村経産相の会談での、同会長の報道に尽きるのではないかにと思っている。
会談は非公開だったようだが、会談後、西村経産相次のように述べているという。
「漁業関係者から①安全性は一定の理解ができる②科学的安全と社会的安心は別物で国内外への説明と風評対策が重要③安心して漁業を継続できることが唯一の望み――という趣旨の発言があった。」
全漁連会長は「科学的安全と社会的安心は違う。安心を得ることができない限り、我々は反対の立場を崩すわけにはいかない」と強調し、次のように述べたという。
「坂本氏(全漁連会長)は、会談後の取材で『(処理水海洋放出の)科学的安全に関する理解は一定程度できた』としつつ、『国が全責任を負うと言っているだけでは不十分』と述べ、『社会的安心が必要だ。それは国が示すもので、我々がこれだったらいいとは言えないと思う』と国にさらなる対応を求めた。」
私は地下水バイパス計画が打ち出された2014年に開かれた特別委員会で、トリチウムの環境放出に問題がないと考えるならば国や東電が率先して国民に向けて説明すべきと求めてきた。国や東電関係者出席のもとの会議で直接求めたのだ。化学的知識と歴史的事実を普及することで風評が発生しない環境を作り出すことが必要と考えていたからだ。
ところがそれから幾年が過ぎても、国も東電も、まともにトリチウムなど放射性物質の科学的知識普及のためにまともに取り組んできたとは言えなかった。それが確認できたのが2020年4月のトリチウム水の取り扱いに関する小委員会の報告書提出を受けての国・東電と市議会の文書質問(新型コロナの影響で直接の質疑はとりやめた)だった。
原発運用上で放射性物質が放出されている事実(各種ごとに管理目標値が設定されている)やトリチウムなど放射性物質の化学的性質などの国民的規模での説明への質問では、国の回答は、ホームページ上での解説や福島県内あるいは福島県などが県外で実施するイベントにコーナーを設けての説明、あるいは若干の高等学校等の教育機関の生徒を対象にした説明会にとどまり、お世辞にも国民的規模に説明したものとはいうことはできないと感じた。
昨年、テレビCMや新聞広告などを通じた説明に取り組み、その総括として理解が若干広がったとする総括をしていた。その後、どうなってるかと様子を見ているが、説明のための広報が充実しているとは感じない。IAEAの計画に関する報告書の報道などが、最近増えているとはいえ、政府自ら、国民全般に対して説明しようという状況を見ることができない。
こうした政府・国、そして東電の姿勢にこそ、漁業者をはじめとした関係者・県民が不信を抱いている。その結果が、先の「科科学的安全と社会的安心は違う」というコメントにつながっているのではないだろうか。国民的説明というボタンをかけないまま、次の段階である関係者の信頼というボタンをかけることはできない。ボタンを正常にかけるためにも、政府・国、東電にはまずやるべきことがある。それは、昨年の一時期展開したような、国民向けの説明を、もっと頻回に、もっと詳細に繰り広げ、トリチウムや放射性物質に関す理解醸成に協力に努めることと思う。こうした姿勢が関係者に理解されたときに、「安全」とともに「安心」感も関係者の心に芽生えるのではないだろうか。
政府は、とにかく漁業者など関係者に理解という詰め腹を切らせ、海洋放出を強行しようという構えのようだ。それが首相の全漁連会長面会の真相と言えると考える。それは海洋放出の責任、反対する国民の怒りを漁業者に向けることにつながる。つまり政府・国の責任回避につながると思えるのだ。
国がやるべきことは漁業者をはじめとした関係者の説得ではないだろう。まずは全国民に対する全般的、より詳細な説明を積み重ね、理解を広げる努力だと考える。こうした努力が国民や漁業者をはじめとした関係者に認められる日まで、まずは海洋放出の計画を停止すべきと思う。
トリチウムは自然界でも発生しており、水分子として存在する。このため汚染水から取り除くことが難しく、他の放射性物質が十分に取り除かれた後の処理水にも残留する。ただし、発生する放射線(β線)は紙一枚(肌でも)で遮蔽できる程エネルギーが小さく、体内に取り込んだ場合でも10日程で半分が排出され、特定の臓器に蓄積することもなく、身体に対する影響は極めて小さいとされている。
自然界にも存在するので日常的にも体内に取り込まれてきた。大部分は、水のまま排出されるが、約5~6%が体の中のたんぱく質等の水素原子と入れ替わり、有機結合型トリチウム(略号はOBT)となるという。OBT の生物学的半減期は、短期半減期成分で約 40 日、長期半減期成分で約 1年。長期半減期成分の半減期が長くなるのは分子が体内でリサイクルされるためだという。
こうした性質からトリチウムの生体に対する影響は小さいとされている。おまけに処理水の年間放出量は、第一原発が運転されていた頃の管理目標年間22兆ベクレル以下にするという。
たぶんこうしたトリチウムに危険はまずないという化学的な知識は、漁業者をはじめとした関係者も持っている。それでもなお処理水の海洋放出に反対するのは、政府や東電に対する信頼感がかけるところに原因があるのではないかと考えている。
11日の報道を見ると、処理水放出に「県漁連重ねて反対・『理解なく放出しない約束』」との見出しで、同漁連会長が理事会終了後に「漁業者として海で操業する観点、関係者の同意なしには海洋放出しないと約束した観点から容認する立ち位置には立てない」と表明したとしている。
県漁連の拡大理事会に出席した西村経産相が、IAEA(国際原子力機関)の処理水の安全性に関する包括報告書をもとにしながら海洋放出への理解を求めたことに対しての態度表明だ。
県漁連会長の態度表明の背後に何があるのか。私は15日に報道された全漁連会長と西村経産相の会談での、同会長の報道に尽きるのではないかにと思っている。
会談は非公開だったようだが、会談後、西村経産相次のように述べているという。
「漁業関係者から①安全性は一定の理解ができる②科学的安全と社会的安心は別物で国内外への説明と風評対策が重要③安心して漁業を継続できることが唯一の望み――という趣旨の発言があった。」
全漁連会長は「科学的安全と社会的安心は違う。安心を得ることができない限り、我々は反対の立場を崩すわけにはいかない」と強調し、次のように述べたという。
「坂本氏(全漁連会長)は、会談後の取材で『(処理水海洋放出の)科学的安全に関する理解は一定程度できた』としつつ、『国が全責任を負うと言っているだけでは不十分』と述べ、『社会的安心が必要だ。それは国が示すもので、我々がこれだったらいいとは言えないと思う』と国にさらなる対応を求めた。」
私は地下水バイパス計画が打ち出された2014年に開かれた特別委員会で、トリチウムの環境放出に問題がないと考えるならば国や東電が率先して国民に向けて説明すべきと求めてきた。国や東電関係者出席のもとの会議で直接求めたのだ。化学的知識と歴史的事実を普及することで風評が発生しない環境を作り出すことが必要と考えていたからだ。
ところがそれから幾年が過ぎても、国も東電も、まともにトリチウムなど放射性物質の科学的知識普及のためにまともに取り組んできたとは言えなかった。それが確認できたのが2020年4月のトリチウム水の取り扱いに関する小委員会の報告書提出を受けての国・東電と市議会の文書質問(新型コロナの影響で直接の質疑はとりやめた)だった。
原発運用上で放射性物質が放出されている事実(各種ごとに管理目標値が設定されている)やトリチウムなど放射性物質の化学的性質などの国民的規模での説明への質問では、国の回答は、ホームページ上での解説や福島県内あるいは福島県などが県外で実施するイベントにコーナーを設けての説明、あるいは若干の高等学校等の教育機関の生徒を対象にした説明会にとどまり、お世辞にも国民的規模に説明したものとはいうことはできないと感じた。
昨年、テレビCMや新聞広告などを通じた説明に取り組み、その総括として理解が若干広がったとする総括をしていた。その後、どうなってるかと様子を見ているが、説明のための広報が充実しているとは感じない。IAEAの計画に関する報告書の報道などが、最近増えているとはいえ、政府自ら、国民全般に対して説明しようという状況を見ることができない。
こうした政府・国、そして東電の姿勢にこそ、漁業者をはじめとした関係者・県民が不信を抱いている。その結果が、先の「科科学的安全と社会的安心は違う」というコメントにつながっているのではないだろうか。国民的説明というボタンをかけないまま、次の段階である関係者の信頼というボタンをかけることはできない。ボタンを正常にかけるためにも、政府・国、東電にはまずやるべきことがある。それは、昨年の一時期展開したような、国民向けの説明を、もっと頻回に、もっと詳細に繰り広げ、トリチウムや放射性物質に関す理解醸成に協力に努めることと思う。こうした姿勢が関係者に理解されたときに、「安全」とともに「安心」感も関係者の心に芽生えるのではないだろうか。
政府は、とにかく漁業者など関係者に理解という詰め腹を切らせ、海洋放出を強行しようという構えのようだ。それが首相の全漁連会長面会の真相と言えると考える。それは海洋放出の責任、反対する国民の怒りを漁業者に向けることにつながる。つまり政府・国の責任回避につながると思えるのだ。
国がやるべきことは漁業者をはじめとした関係者の説得ではないだろう。まずは全国民に対する全般的、より詳細な説明を積み重ね、理解を広げる努力だと考える。こうした努力が国民や漁業者をはじめとした関係者に認められる日まで、まずは海洋放出の計画を停止すべきと思う。
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