伊藤浩之の春夏秋冬

いわき市遠野町に住む元市議会議員。1960年生まれ。最近は遠野和紙に関わる話題が多し。気ままに更新中。

ALPS処理水放出を契機に国・東電の説明・情報提供を

2023年09月01日 | 子ども
 8月24日午後1時頃、テレビに速報のテロップが流れた。「ALPS処理水の放出が開始された」。たぶんそんな文言だった。

 ALPS処理水の放出は、既定の路線だったのだろう。
そもそも政府は8月末から9月始めの放出をめざしていた。
かねてから「総合的に政府として、そして私も総理大臣として判断しなければいけない」としてきた岸田首相だが、政府が目標としていた8月になると、東京電力福島第一原子力発電所を訪ね「重い責任を国、東電それぞれが担い続ける覚悟が問われている」としながら「最大限の緊張感を持って、国内外の信頼を裏切らないとの決意と覚悟で全力を尽くさなければならない」と東電幹部に求めたという。

 週末を挟んで21日には全国漁連会長と会談し、「一定の理解を得られた」として22日の閣議で24日からの放水を決定した。

 会談の中で全国漁連会長は、「科学的な安全性への理解は深まってきた」としながら、科学的な安全と社会的な安心は異なるとして「社会的な安心を確保し、全国の漁業者や後継者が子々孫々まで安心して漁業できるよう国の全責任で必要な対策を講じ続けてほしい」と述べたという。「反対であることは、いささかも変わりはない」とも述べている。

 これらの発言のどこに「一定の理解」があるのか。科学的安全性への理解うんぬんの言葉が、政府決定の「放出」に都合良く使われたとしか考えられない。

 おまけに、首相は福島第一原発を訪れた際に地元の漁業者に会うこともしなかった。地元に来訪しながら、放出に不安を覚える漁業者の言葉に直接耳を傾けることもなかった。

 「聞く力」は首相のセールスポイントの1つだ。「聞く力」を実証するために、地方視察にも力を入れていた。7月21日の栃木県足利市を皮切りに8月下旬までに各地を訪ね、施設の視察や「車座対話」などを繰り広げることになっていた。急きょかもしれないが東電福島第一原発を訪ねることになったなら、地元の利害関係者の声を聞くことも、首相の「聞く力」を実証する1つの例になったに違いない。

 利害が対決するこの場面だからこそ「聞く力」は効果を発揮する。相手の言葉からその意味するところを正確に理解する――これが「聞く力」の意味に違いない。正確に理解すれば、その意味するところにどう応えることが正しいのか、その答えをより的確に導き出せる。せっかくの機会をなぜ活かそうとしなかったのか。ここは理解に苦しむ。耳障りの良い言葉だけを選んだ「聞く力」でないことを願うばかりだ。

 それはともかく、放出がはじまって1週間、放出装置にも海水または魚の検査でも異常はなかったという。

 その結果はある程度予想できたことだ。

 放出されたALPS処理水は、タンク内の水そのままではない。
 タンク内には処理が十分ではないため放射性物質の濃度が高いものもある。そこで、タンク内の処理水を、トリチウム以外の放射性物質69核種の総和が環境への放出に関する規制基準値を下回るように再処理される。その上で、取り除くことが出来ないトリチウムについては、1リットル当たり1,500ベクレル(㏃)未満になるよう海水で薄め、第一原発が稼働していた頃の年間の管理目標値22兆㏃を下回るように放出するという。

 事故前の第一原発からは、トリチウムは年間で大気に2兆㏃、海洋に2兆㏃、合計4兆㏃放出されていたという。管理目標値の22兆㏃は実績の4兆㏃より多い値となるが、第一原発の管理目標値に抑えるという点では事故前の状況と変わらない。放出の目標設定としては理由が明確だろう。

 こうした手順で放出されるALPS処理水ならば、この1週間にみられるような測定結果も当然だろう。

 幸いにして水揚げされた常磐ものの水産物等の価格も、放出前と変わらない値で推移しているという。こうした状況に、漁業者も「われわれの不安感よりも、冷静に判断していただいているようだ」(県漁連会長)と胸をなで下ろし、こうした状況が継続することを希望している。

 中国は日本産水産物の輸入を停止した。この理由等について、中日中国大使館のホームページに掲載されたコメントには、「事実及び科学的根拠に基づかない内容」が含まれているとして外務省が「回答」(ALPS処理水の海洋放出に関する中国政府コメントに対する中国側への回答=https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press1_001548.html)している。これらを読んでみても、中国の対応には問題を感じる。中国の勝手と言えば勝手だが、事実を歪めているとすれば、この処理水放出を政治的に利用しているとのそしりは免れないだろう。

 政府としては、中国の輸入停止処分への対応として、被害への支援策を検討しているも報じられている。

 これらの現在の状況は結果オーライを示していると思う。
ただ、結果論だけで語れないことがある。「関係者の理解なしにいかなる処分もしない」と政府が漁業者と交わした約束が守られなかったことだ。放出までの経過を考えるならば、漁業者が「理解」して実施されたとはとてもいえない。

 以前から書いているが、私は原発事故とトリチウム等放射性核種について国や東電が率先して国民に向けて説明することが必要だと考えている。最初にその問題を取り上げたのは、地下水が事故炉に触れる前にくみ上げ放出する地下水バイパス(今回と同じくトリチウムを1,500㏃未満に薄めて流す計画)が問題になった際の、国や東電の担当者出席のもとでの市議会の特別委員会(当時はいわき市議会議員)だった。

 当時は、福島第一原子力発電所の事故後の対応で発生した様々な事故や問題の公表が遅れるなどで国や東電に批判が沸騰していた。こうした背景もあり、国や東電は〝信じてもらえるか〟と、それぞれの側からの情報発信に消極的な反応を示した。

 地下水バイパスが問題になったのは2014年だった。それから9年過ぎた。その間国や東電が、国民や世界向けの説明を分厚く繰り返すことがあったら、今回と違う事態になっていたのではないか。そう考えるなら、ALPS処理水の放出が始まった今、やるべきことは、放出作業を計画通り、安全に実施することはもちろん、放出を前提にして昨年辺りから少し取り組みが強まった、国民や世界に向けた説明をこれから間断なく強めることだと思う。

 こうした説明により国民が科学的知識を深めた時に、知識がないことや理解不足あるいは誤解に基づく風評被害が発生する余地はずいぶん軽減していくのだろう。

 こうして国民等に理解を広める国や東電の取り組みは、漁業者等関係者の不安の軽減につながり、処理水放出に対する〝理解〟促進にもつながっていったのではないか。漁業者が「科学的な安全と社会的な安心は異なる」と「科学的な安全」と「社会的な安心」を対比した発言をしているのは、その証左であるように思える。

 漁業者は、風評被害への懸念からトリチウム等放射性核種について理解しようと努力してきたに違いない。その結果、安全性についての理解は深まった。しかし、同じように一般の国民が受け止めてくれるのか。そこには疑問を持っていたからこそ「社会的な安心」を取り上げ、そこへの不安を語った。漁業者と同じように、国民的に学ぶ機会が作られているととらえることができない。だからこその発言だったのだろう。

 国や東電が、国民的な学びの機会を積極的に早くから作っていれば、ここまで漁業者と対立してことが進む形にはならなかったのではないかという思いをぬぐい去ることができない。「結果論だけで語れない」という意味はそこにある。

私は、原発事故と放射性核種についての国民的に知識が普及することが基礎になって、今後の日本の国のエネルギーのあり方についての国民的議論の基盤ができるのではないかと考えている。化石燃料によるエネルギーの確保は論外として、再生可能エネルギーの分野にさらに大きく舵を切るのか、原発に一定程度の重きを置いた政策を続けるのかの判断の基礎になる知識になると思っているからだ。

 私自身は、原発に、使用済み核燃料処分の見通しが立たないなどの問題があり、原発の稼働がこの問題を拡大することを考えれば、また、基準値内で安全とされているとはいえ、稼働によって生成される放射性核種が放出されることを考えれば、それがない再生エネルギーの方向に本格的に舵を切ったエネルギー政策をとるべきだろうと考えている。技術的な課題が残されている部分については、そこに力を入れて研究し、解決していけばいいだけの話しだろう。

 ALPS処理水放出に至るこれまでの国・東電の取り組みにはまだまだ残念な点が残されていると思う。放出を機会にいっそう国・東電の十分な取り組みを望みたい。

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