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われわれにとってのイルカ


「自分ら世代にとっての👩(誰々)は自分の子供世代(30歳下と想定)にとっての👧(誰々)だ」という話。

この夏、aikoの「かぶとむし」をヘッドフォンをした女学生が歌うCMがありまして、今のあの世代にとってaikoの「かぶとむし」は昔の名曲という認識なんじゃなかろうか?と思いました。そして、僕が前から提唱している「若い人達にとってのaikoは自分らにとってのイルカなんじゃないの説」を思い出したのです。

 もっと他にも「あの世代の○○はわれわれにとっての○○」というのがあるんじゃないか?
「今の10代にとってのゆずはわれわれにとっての○○」とか。10代から見たらゆずも40歳おじさん大御所アーチストといったところでしょうし。

 このような観る目線の差から同じような構造を見つけることで、新たな気づきがあったりしてオモシロイのです。また、べつの「👩(誰々)は👧(誰々)だ」説を発見したら発表したいと思います。

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